101 クラン【イノセントハーツ】

 その日の夕方。


 ルグージュの教会前に来ると、既にふたりは俺を待っていた。



「待たせたかな」


「いえ。自分達もさっき来たばかりです」


「それで、俺達をどこに連れてく気だよ」


「ハァ……連れて行ってくれるのですか、だ。馬鹿者」


「ミャッ!」


「こ、子猫にまで、馬鹿にされるなんて……」


「お前達は俺の弟子になったからな、特別に良い所に連れっててやる」



 転移魔法を使ってイノセントハーツの砦に飛んだ。


 会場は既にセッティング済みだ。今日のお披露目に大小のクランの代表達を招待している。


 招待を断ってきたのはシルバーソードだけだ。別に来て欲しい相手でもないので誰も気にしていない。気にしないというより来なくて清々しているくらいだろう。会えばコリン星人がゆく……もとい、逢えば五厘の損がゆく、来なくて良かったよ。


 壇上にひなさんが上がってきた。そろそろ始まるようだ。



「本日、お集まりの皆様には、この喜ばしい場に来てくださった事に大変感謝しています。今日この日から、皆様と肩を並べて『infinity world』を歩いて行ける事を誇りに思います。我々はまだ若輩者ではありますが、皆様のクランに負けないように精進していくつもりです。長々と話をする人は嫌われますのでこの辺で止めときますね」



 会場から笑いが起こる。口笛を鳴らす者や、掛け声を出す者、これだけでもこの場を祝福してくれてる事がわかる。


 司会者がグラスを持つように促す。



「クラン【イノセントハーツ】の歴史は今この時より始まります。カンパーイ!」


「「カンパーイ!」」


「「オォー」」


「「おめでとう!」」



 会場に集まった人々から、祝福の声が掛けられる。



「あのぅ。私達ここにいて良いのでしょうか?」


「兄ちゃん。このクランの人じゃないんだろ。不味くねぇ」


「ユウ。兄ちゃんじゃなくて、師匠と呼べ」


「ミャッ!」



 そう言ってユウのほっぺを抓る。さくらもそう言ってるしな。



「イテテッ。ふぁかったふぁら。ふぁらして」


「取り敢えず、飲み食いはタダだから好きなだけ飲み食いしろ」


「マジ! ラッキー。食うぜ俺は!」



 ふたりを連れ会場のテーブルに向かう。丁度、三人娘のミオがいたので声を掛けた。



「ミオ。何か飲み物を貰えるかな」


「ルークさん! すぐにお持ちします。お酒で良いですか?」


「こっちのふたりはジュースかな」


「わかりました。お待ちください」



 コリンさんとマクモンさんに預けていた三人娘も、正式にクラン職員として採用してもらった。この三人娘以外にもNPC人達を多く雇っている。どのクランに比べてもその数は多いだろう。


 確かにお金は掛かるかもしれないが、それ以上のものが得られると言うのがこのクランの考え方だ。プレイヤーでもノンプレイヤーでも関係ない。多くの人と関わり合いを持つ事がこのクランのコンセプトなのだから。



「お待たせしました」


「ありがとう。お前ら挨拶しとけよ。ミオはこのクランの職員だから、言わばお前達の先輩だ」


「えぇー。そんなんじゃないですぅ」


「リンネです」


「ユウだ」


「ふたりとも、このクランに入る事になっている。面倒見てやってくれ」


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


「なんだルーク、こんな所に居たのか」



 クラン【ウィズダムグリント】のマスター、セイさんだ。



「お疲れ様です。今日は良く来てくださいました」


「おいおい。なんか物凄く他人行儀じゃないか」


「弟子をふたり取ったので、威厳を見せておかないといけないので。こちらはクラン【ウィズダムグリント】のマスターでセイさん。隣がサブマスターのニンエイさんだ。挨拶しとけ」


「ゆう。お前こんな所で何をしている」


「えっ。まさか理子姉ぇ!」


「という事は、そっちは鈴音か」


「理子さんお久しぶりです」



 うむ。知り合いか……。


 ニンエイさんはユウの実姉、リンネはユウの幼馴染なので必然的にニンエイさんとは知り合い。セイさんは、ニンエイさんとユウが通っている剣道の道場の跡取り息子。ちなみに流派は北辰一刀流らしい。セイさんはリアルスキルあってのトッププレイヤーだったみたいだ。



「清史郎さんなの! マジ。じっちゃん泣いてるぜ」


「俺が頑張りすぎると、爺さんが拗ねるから良いんだよ」



 さっきからリアル話題でついていけない。仕方ないのでさくらにアポンジジュースを飲ませてる。さくら、美味しい?



「すまなかったルーク。まさかこんな所で知り合いに会うとは思わなかったからな」


「ルーク。愚弟の事よろしく頼む」


「お前たち運が良いぞ。こいつは前のイベントで個人の部トップだった奴だ。実力もさることながら、謎だらけのプレイヤーだしな。良い例が超美人のNPCを口説き落とした事にある。『infinity world』の七不思議のひとつだ」



『infinity world』の七不思議ってなに、なんなのさ? それもその内ひとつが自分って。教えて欲しい!



「それより、あのデルタって傭兵何者なんだ。悔しいがまず間違いなく俺より強いぞ。ダイチが手も足も出ないそうじゃないか」



 確かにいつもボロボロにされていたな。可哀そうなくらい……。



「彼は、所謂、隠しキャラみたいなものですよ。良く居るじゃないですかお助けNPCって」


「隠しキャラってねぇ……お前。あれは異常な強さだぞ」


「彼はパーティーメンバーにはなりませんよ。手を貸してくれるのは条件があるみたいです」


「成程、だが訓練の相手はしてくれるんだろ?」


「時間が合えばしてくれますね。後でエキシビジョンでですが、カイエンさんと試合しますよ」


「マジかよ……俺も参加させろよ!」


「今日は無理ですが、話はしておきます」


「マジで頼むぞ!」



 向こうからリトルエンジェルが走ってきた。屈んでがっしっと受け止めてあげる。



「にーに。しゃくら」


「ミャー」



 ニーニャとさくらがお互いスリスリしてる。もちろん自分も参加する。



「猫姫だな……」



 ニンエイさんがポツリと言った。ニーニャを抱きかかえてニンエイさんに尋ねる。



「猫姫ってなんですか?」


「なんだ知らないのか。その子の事だぞ」


「ニーニャですか?」


「プレイヤー問わず獣人族は、みんなその子を猫姫と呼んでるぞ」


「まぁ、これだけ可愛ければ当然ですね!」


「親馬鹿だな」


「嗚呼、親馬鹿だ」



 失礼な事言わないでくれ。事実をを言っているだけだぞ。



「レイアさんがいつも連れて歩いてるし、ルークの所のテイムしてる子達と一緒に居るからな余計に目立つのだろう」


「知らなかった……。ニーニャはうさ子達とお出かけしてるの?」


「……(コク)……うさちゃんといっしょにいくー」


「そうなんだ。知らなかった……さくらも一緒?」


「ミャー」


「ですよネー」



 うちはフリーダム過ぎるな、少し注意しないと駄目な気がする。セイさん達と別れてそのうさ子を探す。更紗さんが居た。うさ子も居た。



「お久しぶりです。更紗さん」


「ルークか。今回の新人勧誘、イノセントハーツはなかなかやるんじゃないか。あんな隠し玉を用意するなんて策士だな。お前は」


「嫌だなぁ、どこも同じような事やってるじゃないですか」


「イヤイヤ、あれは反則だろう。レイアさんと猫姫は別としても、あのメイド隊とうさ子達は無しだろう。このクランの者達じゃないんだから」



 確かにそれを言われると余り強くは言えない。



「ですが、自分は出資者のひとりですからね。イノセントハーツには頑張ってもらわないといけません」


「しかしあれは詐欺じゃないかな、あのメイドさん達はクランに居ないのだろう?」


「確かに居ませんが、雇って来てもらってる訳ですから詐欺はないでしょう。どうしても会いたいなら会える場所を紹介しますしね。もちろん自己責任でですが」


「それならうさ子達はどうなんだ?」


「カーちゃんはこのクランのプレイヤーのテイムモンスターですし、うさ子達には自由にして良いといつも言ってますからね、この砦にも自由に出入りできるようにしてますので、後は本人達次第です」


「うむー。そう言われると文句が言えないな……猫姫ぐらいはうちに遊びに来させろよ。みんな楽しみにしてるんだからな」



 前に一度ニーニャを連れてシャングリラに行った時。普段はモフられる側のテイムモンスターの子達が、一斉にニーニャをモフリ始めたのだ。最初は襲われたと思って慌てたが、なんとか助け出した時には、ニーニャはよだれだらけになっていたけどとっても良い笑顔だった。


 ニーニャ自身はとても喜んでいたが、シャングリラのメンバーが俺と一緒で驚いていたね。こんな事初めてだって。まぁ、ここでもニーニャの可愛さが証明されたと思ったな。俺は。



「ニーニャ。またモフモフちゃん達に会いに行きたい?」


「もふもふ」


「ミャー」


「そうか、猫姫とさくらはうちを気に入ってくれたか。ぜひまた遊びに来てくれ」



 そろそろメインイベントの時間である。プレイヤー最強を誇るカイエンVS謎の傭兵デルタのエキシビジョンマッチが始まるようだ。


 練兵場の中央にふたりが立つ。


 今、この練兵場はいつも朝練しているクリスタルの模擬戦と同じ仕様になっている。これもオールが作成した魔道具である。何気に見直してしまった事は秘密だ。


 招待客は各々見やすい場所に移動する。


 自分もニーニャを抱っこしたまま、特等席の防壁上に上った。


 何か話し合いが合った後、試合が開始された。


 動いたのはカイエン、一気に間を詰め刀を一閃。デルタはほとんど動くことも無く大剣で受ける。カイエンは笑っている。笑っているが目が笑っていない。なんて冷めた目をしているんだ。戦っていない自分に悪寒が走っている。これがトッププレイヤーなのだろうか……。


 いや、違う。これはある意味、狂気だ。カイエンは純粋に戦う事を楽しんでいるのだ。人切り……江戸時代末期に現れた狂人。今の彼を評するなら、そう……人切りカイエン。


 何度も打ち合いアーツも使っている。しかし、人切りカイエンはデルタの防御を切り崩せていない。人切りカイエンはおもむろに刀を鞘に戻す。


 招待客は誰もがカイエンが負けを認めたと思った事だろう。


 抱っこしているニーニャはミミもシッポもピーンと立っている。



「でるにゃ」



 招待客でさえ感じていない、何かを感じているのか? 緊張しているのが伝わってくる。



「大丈夫。デルタは負けない。なんたってさくらの剣だからな」


「ミャッ!」



 会場が騒ぎ始める。


 カイエンが構えを取ったからだ。人切りと評するに値する殺気。明らかに居合いの構え。気負った風はなく、あくまで自然体。また笑った。今度は目も笑っている。笑てはいるが狂気に満ちた目だ。


 デルタが構えを取った。取ってはいるがこちらも自然体だ。


 人切りカイエンがニヤリとした瞬間、消えた。いや、消えたのではなく目で追えなかった。スキルなのか?


 パキーン


 一瞬消え、現れたとおもったらカイエンの刀が折れ、デルタの大剣が切られている。デルタは大剣を持っていた手とは反対の手に短剣を持っていた。切られた大剣の切り口の辺りに。


 ふたりは何かを話てる。どうやら、ドローで幕を閉じる事になったようだ。



「すげぇ……」


「見えませんでした」



 いつの間にか、リンネとユウが隣にいた。



「あれが現状最強プレイヤーだ」


「あっちのおっちゃんは何者だよ?」


「NPCの傭兵だ」


「カイエンって人もかっけぇけど、俺が目指すのはおっちゃんの方だな」


「なんなら紹介してやるぞ」


「マジで! 師匠お願いします。一生のお願いです」



 何とも安っぽい一生のお願いだな。


 試合をした二人には惜しみない拍手が贈られた。


 ニーニャも緊張を解いたが喉が乾いたようなので、ニーニャのジュースを取りに行くがてらデルタの所に行こう。


 練兵場の方では、どうやらエキシビジョンマッチ第二戦が始まったようだ。


 第二戦は更紗さんが連れてきたモフモフ軍団VSうさ子である。黄色い歓声が聞こえる。もちろんお遊び。最初はうさ子がモフモフ軍団を相手に圧倒的な強さを見せるが、後半モフモフ軍団に一斉に襲われギブアップする筋書きになっている。


 下に降りニーニャのジュースを貰い、デルタの居る辺りに向かう。デルタの周りに人が集まっている。ダイチやセイさんまで居る。


 デルタはこちらに目礼した。もちろんさくらにである。



「流石、師匠。お見事でした」


「しかし、あの居合いは凄かったな」


「全く見えなかった」



 いつからデルタはダイチの師匠になったんだ?



「で、プレイヤー最強はどうだった。デルタ」


「……お前よりは格段に強いな」



 あのぅ……そう言う事を聞いてる訳ではないぞ。デルタさん。



「ゴホン。まあ、それは横に置いといて」


「置いておくんだ……」



 外野は黙ってなさい!



「なんで、防御しかしなかったんだ?」


「……最初の取り決めで、私に一太刀入れられたら彼の勝ちと決めた」



 デルタはニーニャの頭を撫でている。流石にさくらには触れようとはしない。律儀な奴だ。


 しかし、カイエンさんのあの狂気の原因が少しわかった気がする。現役最強と迄言われる自分が、完全に格下に見られらたのだ。プライドが許さなかったのだろう。まあ、実際に格下なんだけどね。デルタ、強すぎ……。


 デルタにセイさんとユウを紹介して、今度手合わせしてやってくれと頼んでおいた。


 会場に戻ると



「みゃまー!」


「ニーニャ!」



 レイアが俺ごと抱きしめてくる。とても嬉しい。



「そちらのおふたりは昼間の方達ですよね」


「あぁ、弟子にした」


「レイアリーサです。レイアと呼んでくださいね」


「リンネです。よろしくお願いします」


「ユ、ユウでっしゅ。よろしゅくお願いしまっしゅ」



 カミカミである。レイア程の美人の前だ、仕方ない気がしないでもない。二人にレイアは俺とパーティーを組んでた事や、ニーニャの母親だと言った時は驚いていた。



「……人妻っすかぁ」



 なんだこいつは、あぶねぇ奴だな。レイアに近づくな! それに人妻じゃねぇーよ。


 ひと際大きな黄色い歓声が上がった。どうやら第二戦の勝負がついたようだ。


 向こうからトコトコとうさ子が歩いて来る。



「ご苦労。うさ子」



 うさ子は片手を上げてをヒラヒラさせる。気にすんなって、とこでしょうか? またひとつリアクションが増えてる……。



「し、師匠! この子師匠の子ですか!?」



 あっ、うさ子姐さんが鼻息荒くしてプンスカ怒っている。



「あ、あのね。うさ子はフリーダムなんだよ。誰かの者とかじゃなくてね。みんなの人気者? って感じかな……」


 うさ子は短い両手を組んでウンウン頷いている。メンドクセー奴。


 リンネは気にした風もなく、うさ子をモフリまくっている。



「この子が欲しいです!」


「あげられません」


「どうやってテイムしたんですか?」


「運です」


「そんなぁ……」



 そもそもテイムしてません。それに、さくらの一の臣下だ。



 そんな時にひなさんがやって来た。



「その人達は誰かしら? 見かけない顔ね」


「弟子に取りました。ニンエイさんの愚弟と幼馴染でこのクランに申請済みですよ」


「そう、じゃあ明日忘れないで朝、集合場所に来てね」


「「はい」」


「ひなさん達は今回のイベントどうするんですか?」


「ネズミ狩りの方はパスね。クランの事があるし、王様との謁見は断れないでしょう? オークションは是非、行きたいわね。ルークはどうするの?」


「自分もネズミ狩りはパスします。弟子を取ったばかりですし、謁見は断りました。オークションは見に行きますよ」


「謁見を断ったの! できるのそんな事!?」


「カイエンさんも断ったって聞いてますよ。それ以前に会う意味ないですし」


「レイアはそれで良いの?」


「はい。孤児院も権力を排除してますから、行っても意味がありません」


「でもそれって目を付けられたりしない?」


「既に付けられてますよ」


「それもそうか……」



 ひなさんと談笑を交わしていたが、ニーニャがお眠むのようだ。


 ひなさんにリンネとユウの宿泊場所をお願いして、降魔神殿に戻る事にした。


 ペン太が見当たらなかったが、カーちゃんと一緒に居るだろうから良いか。どうせ、勝手に帰って来るだろう。メイド隊もいる事だしな。


 自分にとってはニーニャのお眠むの方が最重要課題だ。




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