100 ルーク、弟子をとる
朝が来た。ほとんど寝てない。
何故かイノセントハーツの勧誘ビラ作りをさせられたからだ。もちろん総出で。オール達は散々文句を言ってたが、お付きのメイド達は楽しんでやっていたようだ。
本日のゲーム内時間九時に、第五陣のプレイヤーが入って来る事になっている。
ゲーム仕様も若干変更になると運営からメールが来ていた。やはり時間経過が早すぎると多くの意見があったらしく一日は四時間に変更、最大九時間で強制ログアウト、インターバルは四時間につき一時間に変更される。
リアル一日で八日が六日に変更になる訳だ。代わりにこの世界に居られる時間が減り、ゲーム内の夜間を上手くログアウトして時間調整する必要が出てきた。まあ、こまめにログアウトすれば良いだけの話だ。
それから昨日の夜レイアと話をした結果、やはりニーニャが居るので臨時以外パーティーを解散する事になった。仕方がない。
と言う訳で、是が非でもパーメンに新人をゲットしなければならない。今回新しく実装されるシステムに師弟制度なるものがある。プレイヤー同士が師弟関係を結ぶと師匠が持つスキルを覚えやすくなるもので、パーティーを組むと弟子に合わせたステータスに変更され一緒に楽しめると言うものだ。パワーレベリング防止する意味もあるようだ。
【優雅高妙】の皆は既に臨戦態勢。イノセントハーツの他の参加予定のプレイヤーは、既にルグージュで受付の会場作りをしているらしい。
今回はレイアもニーニャもビラ配りのお手伝いをしてくれる。充分に目を引くコンビ、活躍が期待できる。それにアルファとメイド隊も参戦が決定。本人達希望の上だ。オール達はブツクサ言ってるがな。まあ、多くの男共が罠に嵌ってくれる事だろう。
そして今回の目玉は、うさ子とペン太それにカーちゃんだ。みんなおめかししている。これは強力な勧誘の目玉になること間違いなし。決して考え抜かれたものではない。単に下手の考え休むに似たりって事で、今やれる事をやろうというだけ。
時間も迫ってきたので移動しよう。
ルグージュの教会の前に陣取る。多くのクランも勧誘に来ている。事前にクランごとに場所をくじ引きで決めているので、場所で揉める事はないはず。
そしてその時がやって来た。何か
すぐに、辺りは勧誘の声一色になった。
自分はビラ配りに参加していない、ビラを配るよりパーメン探しの方が大切だ。鑑定を使って目星を付けたプレイヤーに声を掛けてはいるが、空振り状態が続いている。
そして、、二時間が経過した。イノセントハーツの勧誘は盛況のようだ。予想通り、アルファ・メイド組には男共が群がり、レイア・ニーニャ組には男女半々が集まっている。今回の目玉組は女性陣に大盛況である。
自分の方はフレンド申請を幾つかおこなったが、これといったパーメンは見つかってない。疲れたのでベンチに座ってさくらと休憩中である。
「可愛いネコちゃんですね。お兄さんのネコちゃんですか?」
急に声を掛けられビックリしたが、見ればエルフ族の新人女性プレイヤーだった。
「そうだよ。さくらって言うんだ」
「さくらちゃんって言うんだ。抱っこさせてくれませんか?」
「さくらが許可すればね」
「さくらちゃん。抱っこして良い?」
「ミャー」
彼女は恐々とさくらを抱っこする。
「柔らかくてあったかい……」
「ミャ~」
さくらが彼女の顔をペロペロし始める。
「くすぐったい……うちはマンションなのでペットが飼えないのです。だから『infinity world』で必ず、可愛い子をゲットするって決めたんです」
この状況を理解しない人が聞いたらギョっとするだろうな。
「鈴音《すずね
》! お前どこ行ってんだよ。ちゃんと約束の場所にいろよな」
「ごめんなさい。それから鈴音じゃなくて、リンネだよ。ゆうちゃん」
「ゆうちゃんって……確かにユウだけどなちゃんは付けるなよ。で、こちらの兄ちゃんは誰?」
ハーフウルーフの新人男性プレイヤーだ。どうやら待ち合わせでもしていたのだろう。
「ネコちゃんの飼い主さんです」
そう言って彼の前にさくらを抱え上げて見せる。
「子猫だな」
そう言って、さくらに触れようとしたが、さくらが前足で触ろうとしてきた手をテシっと肉球パンチで払った。
「なっ! 猫の分際で生意気な!」
「シャー!」
さくらが威嚇するなんて初めて見た。威嚇はしたもののやっぱり怖かったのかピョンと自分に飛びつきスリスリしてきた。よしよし、怖かったねぇ。さくら。
「おい、小僧。うちのさくらに手を上げるなんて覚悟できてんだろうな」
「えっ! いや、あの……そんなつもりは……」
「にーに」
ニーニャがこっちに歩いてきた。流石に疲れたのかな。近くまで来たニーニャを抱き上げる。
「ニーニャ。疲れた? アポンジジュース飲む?」
こくんと頷いたのでコップにアポンジジュースを注ぎ、ストローを付けニーニャに渡す。
コクコク勢い良く飲んでいく、よほど喉が乾いていたんだろう。よく頑張りました。偉いぞ。
「可愛い……」
リンネと言ってた彼女がニーニャの頭を撫でてやると、ニーニャは薄目になって気持ち良さそうにしている。
ユウと言う彼もウズウズしていたが、意を決しニーニャの頭を撫でようとしたが、さくらがまた威嚇する。
「シャー!」
「なんでだよう!」
「無理だな。お前はさくらに敵とみなされた。ニーニャはさくらの妹分。触らわせる訳ないだろう」
「そんな……」
レイアもビラ配りを一旦止めてこちらに歩いて来た。
「ご苦労さん。なんか飲む?」
「いえ、大丈夫です。ニーニャは喉が乾いていたみたいですが」
ニーニャがジュースを飲み終わったので、レイアにニーニャを渡す。
「凄い美人……」
「……超絶美女」
「ルーク。こちらのおふたりは?」
「気にしなくて良いよ。さくらを可愛がってくれた人と、サクラに喧嘩を売った馬鹿。それより、そろそろお昼だしコリンさんの所で先に昼食を取ってきなよ」
「ですが、みなさんは……」
「午後も続くから、ローテーションで取らないと誰も食べられなくなる」
「わかりました。先に済ませてきます」
レイアが立ち上がりコリンさん宅に向かおうとすると。
「しゃくら……」
ニーニャの顔が曇っている。仕方ないのでサクラ用のネコ缶を渡しニーニャにさくらも渡す。
「重くない? 一緒に行こうか?」
「フフ、大丈夫ですよ。さくらちゃん位」
「じゃあ、よろしく」
レイアがこの場から去ったが、まだふたりはここに居る。
「それで、お前達は何がしたいんだ」
リンネの方が何かを思い出したように。
「弟子にしてください!」
「お、おい。リン何言ってんだよ勝手に!」
「だってこの人テイマーだよきっと。私はテイマーになりたいの。見て、あそこに居るウサギちゃん、あんな子をテイムしたいの」
うさ子姐さんですね。はい。テイムしてないです。そもそも、テイマーじゃないぞ。
「だからって何も、この兄ちゃんじゃなくても」
「ほう。俺が師匠じゃ不満か小僧。前回イベント個人一位の俺も舐められたもんだな」
「ウソ……マジ?」
「マジ。小僧。頭が高いぞ、控えおろう」
「ははーって、何やらせんだよ!」
「お前達を弟子にしてやっても良いが、条件がある」
「条件ですか?」
「イノセントハーツに加入してこい」
「師匠もイノセントハーツの人なんですか?」
「俺は違うぞ。どこのクランにも入っていない」
「ならなんで俺達だけ入るんだよ」
「俺は忙しい身だからな、いつも一緒と言う訳にはいかんだろう。クランに入っていれば、他のプレイヤーと臨時パーティーも組みやすいからな。で、どうする?」
「わかりました。その条件飲みます」
「おい、だから勝手に決めるなって!」
「よし。じゃあ加入票を貰って来い。そしたら弟子にしてやる」
「わかったよ。貰って来れば良いんだろ。リン行くぞ!」
程なくしてふたりは戻って来た。
「貰って来た。これで良いだろう」
「どうもお前は口の利き方がなっとらんのう」
ユウのほっぺを抓り上げる。
「イテテテテッ!」
「と言う風に、痛覚レベルは初期設定で100%になってるので注意するように」
「はい。師匠」
リンネの方は素直そうだ。
「『infinity world』で何かやりたい事ってあるか?」
「特には何も考えてない。レベル上げとお金を稼ぐ事が優先って事くらいかな」
「ゲーム内に知り合いとか居ないのか?」
「俺は兄と姉が居るけど、名前も姿も知らねぇ」
「私も兄がやってますが、どこに居るか知りません」
案外さっぱりした兄弟姉妹のようだ。
「生産とかには興味はないのか?」
「取り敢えず、余裕ができるまでは戦闘の方を鍛えたい」
「私はテイマー希望なので生産関係は考えてません」
「そうか、了解。これからの時間はどうする?」
「ハンターギルドに行ってハンターになろうと思う」
「うーん。ハンターはお勧めできないな、今は……だけどな」
「どうしてですか? アバター作成の時、最初はハンターになると良いって教えてくれましたよ?」
確かにその通りだろう。ハンターギルドに入れば職業に見習いが付き、ここから色々な職業に発展していく。しかし、今は間が悪い。ハンターギルドに対して大小のクランが同盟を組んでハンターギルドに対抗している。依頼も独自のルートで集め、それを孤児院に併設した施設の方でプレイヤーに斡旋している。最終的に第二のハンターギルドを設立させようとしているのだ。
「今な、ハンターギルドとプレイヤーは犬猿の仲なんだよ。できれば行かない事をお勧めするね」
「えぇー、じゃあどうすれば良いんですか?」
「その為のクランでもある。依頼を受けるだけならこの街の孤児院で受けれるから、金策には困らないので安心して良い」
「そうなんですか? じゃあ何も問題ないのでは?」
「うーん。デメリットはあるんだ。今、いろんなクランがこのデメリット対策を考えている」
「そのデメリットてなんだよ?」
「なんですか。だろう馬鹿弟子が。デメリットはなあ、職業を覚え難くなるんだ。本来ならギルドに入ると見習いって職業が付いて、そこから色々な職業が発生してくるんだが……」
「それって物凄ぇデメリットじゃね?」
「考え方次第だろな。俺は最初からハンターギルドに入ってないが、何種類かの職業持ってるぞ」
「私達も覚えられますか?」
「弟子になった記念にひとつ試してみよう。上手くいくかわからないが、この事は他言無用だからな」
「「はい」」
「これから言う事をイメージするんだ。ハンターなんかになるつもりは無く、この世界を旅して色々なもの見て回りたいって、強く心に想うんだ。只それだけ願うんだ」
「「!?」」
どうやら上手くいったようだな。やはりこの旅人と言う職業はゲームを始めたばかりの時じゃないと得られないのだろう。これが良い選択なのかはまだわからないが、この二人の場合最悪ハンターギルドに入れば良いだけの話だ。選択肢が多いって良いよね……。
「どうだった?」
「覚えた……」
「……覚えました」
「その職業はハンターギルドに入ると消えるからな。それから他言無用。忘れるなよ」
「「……はい」」
「夕方にまたここに来い。それまで自由にして良いぞ」
「わかった」
「あの……師匠の名前、まだ聞いていません」
「あれ? そうだっけ? ルーク・セブンスランク。『infinity world』によく来た。歓迎するぞ」
こうして、新しい仲間ができ、また新しい冒険が始まるのだ。
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