77 ルグージュ防衛戦開始

 決戦当日の朝。空は晴れ渡り、初夏の陽ざしが眩しく少し暑さを感じさせる。


 西の門前に日本の城にある出丸のような物を作りモンスターの襲撃に備える。出丸の周りにはモンスターの動きを阻害するように、柵を幾つも設置してあり、柵の前には堀が掘られている。プレイヤーの行き来は仮の橋を架けておこない、籠城時は外される事だろう。史実にある真田丸のように活躍を期待したいものだ。


 そして、堀の前には一万弱のプレイヤーがひしめいている。あれから、更に参加人数が増えたようだ。俺とうさ子もその中に居てイベント開始を待っている。


 先程、総大将(笑)のセイさんから、作戦計画の概要が説明された。


 一班が左翼、二班と三班が中央、四班が右翼を担い、左翼右翼がモンスター達を囲うようにして、モンスターを中央に引きずり込み、鶴翼の陣形を取ると言うものだ。


 本来であれば、攻撃力の高い一班を中央に持って来る所だが最初から一班はこの作戦に含まれていない。もちろん、この話はオフレコで話をした時の話である。


 一班はこちらの作戦通りに動かないのは想定済みで、今日新たに参加したプレイヤーは全て二班に配属されている。要するに実際は二班が左翼も担うのである。



「緊張するなぁ。みんな大丈夫か」


「大丈夫問題ないわ」


「さっさと始めれば良いじゃん。こういうの苦手」


「手のひらにー人と書いてー。ペロン」


「今の人じゃなくて入だったぞ。まりゅ」



【優雅高妙】のみなさんは平常運転のようだ。頼もしいのか?


 自分はと言えば緊張していると言うより、周りからの目が痛く辛い。


 今日ログインした時舞姫からメールが届いており、頼んでいた装備が間に合ったと書いてあった。なので、急いで取りに行き今ぶっつけ本番で装備したら、今の状況に陥った。


【優雅高妙】の皆まで目をそらす始末。何とか言え!


 舞姫から渡された装備は三つ。実際に頼んだのはひとつ。また、試作品かと思ったが。舞姫が言うには素材が余ったので作ってみた、だそうだ。


 自分が頼んだのは、肘から下の籠手に親指フリーの、ナックルの付いた物を注文した。見た目は忍者の籠手のような物。ナックルに魔力を流すと鋼以上の強度が出る金属を使用してもらっている。


 舞姫はその金属を予想以上に仕入れてしまった為、ついでに主要部分にその金属を組み込んだ、黒い頭巾と黒い鎖帷子の忍者装備を作ってくれた。何故、全てをその金属で作らなかったのか聞いた所、鉄などに比べて重いから動き難くなるそうだ。


 そして先程、装備を変更するとコートを着た忍者がピエロの仮面を被っているプレイヤーが現る。失念してた。全くコーディネートされていない。


 そこは静寂が支配していた。笑ってくれた方が何倍も良かった。まさに針の筵。誰も声を掛けてこない。うさ子でさえ目を合せず、目を泳がせる次第。早く始まれぇー!



 しばらくして、ブオォーっとホラ貝を鳴らしたような音が聞こえ部隊が移動し始めた。


 街から少しだけ離れた場所に陣取るようだ。遠くを見れば高い知性のモンスターは居ないはずなのに、整然と並んでいる。どの位の数が居るのか見当もつかない程、目の前を埋め尽くしている。


 メニューから時間を確認すると開始まで五分を切った。突如、後方から美しい歌声が聞こえてくる。振り返ると、街の防壁の上で女性が歌っているのが見える。さっきまでの緊張やイライラが消えていき、神経が研ぎ澄まされていき、身体全体を高揚感が包んでいく。ステータスを確認するとブレイブ状態となっている。


 ブレイブ状態、レイアのゾディアックブレイブと何か関係があるのだろうか? 残念ながらが時間だ。考えてる時間はなくなった。あとで考えよう。


 いたる所から、鬨の声があがり始める。


 既に一班は作戦などなかったかの如く走りだした。馬鹿としか言いようがないな。右翼はゆっくりと進軍を開始し、自分達の二班は予定通り一班の抜けた穴を埋める為、ニンエイさんが指揮を取り陣形を組み直していく。


 前方で派手な魔法が炸裂した。どうやら一班がモンスターと接触したようだ。モンスター達も進軍を開始し始めたのが見えたが、先頭が狼などのモンスターの為、トップスピードになるまでの時間が短くこちらに迫るスピードが異常に速い。


 右翼の先端に既に迫っていて、タンク役のプレイヤーが盾を構え衝撃に備えている。その後ろから矢や魔法が放たれて、モンスターが中央に誘導されていく。


 俺達の前もタンク役のプレイヤーが盾を構えている。後ろにはアーチャーやソーサラーが控えて、今か今かと落ち着かない姿がみてとれる。俺達の出番は後ろの攻撃が終わった後。ここまで来ると逆に開き直る。うさ子を見ればまだ、人参を食べて余裕の表情。流石うさ子姐さん。大物だな。



「準備は良いか! 遠距離攻撃の後、白兵戦に移る。モンスターを一度押し戻した後、タンクが前に出るので急いでタンクの後ろに入れ! すぐに遠距離攻撃が開始される。わかったな!」


「「「オォー」」」


「攻撃開始!」



 自分達の上を矢や魔法が飛んでゆく。タンク役のプレイヤーが必死にモンスターを抑えこんでいる。


 さぁ、うさ子姐さん。我々の出番だぞ。光の精霊さんも呼んでおく。スキルレベルが上がってるので光の玉が三つになっている。今回は自由にやって良いぞ、周りは敵しか居ないからな。


 ~ 是 ~♪。と意思が帰って来る



「スイッチいくぞ! スイッチ!」



 うさ子が一番槍と言わんばかりに、タンク役のプレイヤーを飛び越しモンスターの中に消えていく。俺達はタンクがモンスターを一度押しのけた隙間に、前に出て攻撃になる。


 内功スキルで身体全体に氣を巡らせ、新しく作ってもらった装備品に魔力を流し殴る。当たった瞬間に氣を拳から放つ。モンスターの顔が吹き飛ぶ。後はこれの繰り返し、殴る殴る殴る。殴る度に体液を飛び散らし、そして消えていく。蹴りは攻撃力はあるが、隙ができるので混戦ではあまり使わない。せいぜい距離取るのに喧嘩キックかローキックを放つくらいだ。


 オメガ相手に訓練した成果が出ている。周りの様子が手に取るようにわかる。あの苦行に耐えて頑張った甲斐があったと言うものだ。自分が余りにも冷製巾着……もとい、冷静沈着なので怖いくらいだ。


 斜め前でモンスター達が宙に舞っているのが見える。たまに一直線上に炎の道ができるので、うさ子姐さんだろう。うさ子、そろそろスイッチするから、あんまり遠くに行っちゃ駄目だぞ。



「スイッチいくぞ! スイッチ!」



 今度は自分達の前にタンク出でくる。何とかタンクの後ろに入り周りを伺うと、流石に皆の疲労の色が濃い。これ何回繰り返すんだと思った時。シュッタ! と横にうさ子が飛んできた。いつもり通り平然としウサギポケットから野菜を出し食べ始める。お疲れ様、うさ子姐さん。次もよろしくお願いします。こちらを一瞥し黙って軽く頷く。用心棒稼業にも磨きがかかってきたようだ。姐御。



 この後、この一連の行動を五回繰り返した時、全軍撤収の合図が掛かった。




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