まおある ある日のひとコマ その三

 うさ子編



 うさ子は悩んでいる愛についてでは無い。愛についてはどこかに置き忘れた様だ。


 今の悩みは食べ物についてである。


 うさ子は野菜が好きである。一匹兎の時は偶にしか食べられなかった。偶に畑に忍び込んで二、三個失敬する位しか食べられる事がなかった。遣り過ぎれば必ず人間に報復されるからだ。普段はなるべく美味しそうな草を食べていた。


 今はルークが用意してくれるので、草を食べずに済んでいる。面倒をみている甲斐があったと言うものだと常々思っている。


 ルークが用意する野菜の中でも、特に野菜おばさんの野菜はひと味違い大好物である。新鮮で甘味の中にほのかな苦味、今まで食べてきた野菜は何だったのだろうかと思う程、うさ子に衝撃を与えた野菜だった。


 その野菜を大事にストックしているにも関わらず、何度ともなくルークに奪われ見知らぬ人間に与えているのを見るたびに、絶望感に打ち拉がれる思いにとらわれる。


 そんな中、野菜以外に興味を引く食べ物が出てきたのだ。


 コリンおばーさんが作る野菜クッキーである。折角、自分の為に作ってくれたのに一口も手を付けないのは失礼だなと思い、得意ではないが食べてみたのだった。それなりにしっとりとして甘過ぎず、だんだん口の中に広がっていく野菜の旨み。我を忘れて一つ残らず食べていた。


 うさこはその日以来、あのクッキーの虜になってしまっていたのだった。


 野菜おばさんの野菜は充分にストックがあるが、クッキーは一枚も無い。どうすれば良いのだろうかとずっと悩んでいるのである。


 そしてうさ子は考え抜いた挙句、決めたのだった。


 なければ作って貰えば良いと。


 野菜おばさんの所に行くのは人間が多すぎてひとりで行くには危険だが、コリンおばあさんの所なら大通りにある宿の裏なので、比較的安全に行けると考えたのである。



「さくら様お話があるのですが」


「うさちゃん、お話ってにゃーに?」


「コリンおばあさんの所に用事があるので出掛けてきます」


「うん。わかったにゃ。じゃあ用意するにゃん」


「えっ? いえ、ひとりで行ってきますので」


「えぇー。さくらもお出かけしたいにゃー」


「あの、その、あっ! アルファがお許しにならないでしょう」


「アルファに聞いてくるにゃ」



 うさ子の予想に反しアルファは許可をだしたのだった。人様の家に行くのだからと言ってお土産つきで。因みにぺん太はお留守番である。


 さくらを頭に乗せゲートを潜りルグージュに着くと、一斉にうさ子達に視線が集まった。当然である。可愛い姿であってもモンスター、それも何故か頭に子猫を乗せている。注目しない方がおかしいであろう。


 周りがざわついているがうさ子は気にしない、いつもの事である。


 本来であれば衛兵が飛んで来る出来事であるが、幸いうさ子を知っている人達がその場にいた事とリボンなどの装備品を付けていたのでテイムされている事がわかった事から、問題にならなかったのである。


 うさ子はそのまま大通りを歩き目的地についた。途中何度か子供達にモフモフされそうになったが、さくらが怖がったので何とか躱していた事は言うまでもない。


 うさ子は何度かやっている様に扉を叩いた。



「はーい。どちら様でしょうか」



 出てきたのは、コリンおばあさんではなくレイアリーサと言う女性だった。



「うさ子ちゃんにさくらちゃん? ルークさんは一緒じゃないの?」


「キュッ」


「ミャー」



 人見知りのさくらが珍しく自分から相手に飛びついて、顔ペロしているのを横目で見ながらコリンおばあさんを探していた。



「おばさま。お客さんです」


「そーなの、誰かしら」


「キュッ」


「ミャー」


「あらあら、可愛らしいお客様ね。ようこそおいでになりましたわ」



 そう言って中に招き入れた。


 うさ子はいつもの椅子に座ろうとしたが、ルークが居ないため座る事ができずに途方に暮れていた。そこにレイアが小さい足台を持って来て椅子の下に置いてくれたのだった。うさ子は一度足台に乗ってから椅子に乗る事ができた。この時始めてレイアの事が好きになるのであった。


 コリンはいつもの様に、うさ子の前にクッキーの載った皿を置いて聞いてきた。



「それで、今日はどんなご用件なのかしら」



 コリンもルークが居ない事から何かあったと思い、表情を引き締め聞いたのである。たかだかクッキーが欲しくて来たとも知らずに……。


 うさ子は一度さくらに目をやり、さくらがレイアに抱かれ気持ち良さそうにしているのを見ながらクッキーを食べていた。そしておもむろにテーブルの上に野菜おばさんの野菜を出したのである。


 うさ子は閃いたのである。元々美味しいクッキーだけど美味しい野菜で作ればもっと美味しいクッキーができるのではないかと。


 反面、コリンは混乱していた。何かあって大事な話があって来たと思っていたら、目の前に大量の野菜が出てきたのである。



「うさ子ちゃんこれ、くれるの」


「キュッ!? キュキュ」


「違うの?」



 うさ子は失念していた。言葉が通じないのである。うさ子は助けを求める様にさくらを見るが、さくらはお土産に持って来たケーキをレイアと食べていてこちらを見ていない。まあ、気付いたとしてもさくらも喋れないのだが……。


 うさ子は仕方なくボディーランゲージで説明を試みる。


 うさ子は必死になって説明するが、見ているコリンからすると可愛らしく踊っている様に見え、どうしても集中する事ができない。


 そんな必死なうさ子を見たさくらが助け舟をだした。皿に残っていたクッキーを叩きながらミャーミャー言う。



「クッキーが欲しいの?」



 更にさくらは野菜を叩いてミャーミャー言った。



「おばさま、この野菜でクッキーを作って欲しいのではなくて?」


「キュッ!」


「ミャッ!」


「あら、そうみたいね。少し食べてみても良いかしら?」



 コリンは幾つか野菜を少しづつ食べてみた。



「まあ、美味しいわ。でもこんなに一杯出しても、すぐには無理よ」


「キュッ!」



 それはしょうがないと諦めたが、うさ子の悩みと野望は解決したのだった。


 うさ子とさくらはルークの居ない間の暇つぶしの場も得て、ホクホク顔で帰って行ったとか。





 ???編


 僕は株式会社フロンティアオメガの地下の最下層に居る。


 ここに来て既に半世紀が過ぎようとしている。


 僕は本来ならば火星でのテラフォーミングのプロジェクトに係るはずであった。


 しかし、出発近くになり火星での作業をする上で、ある致命的な欠陥が僕にある事が判明してしまった。


 そして僕はプロジェクトから外された。


 行き場のない僕を引き取ってくれたのが、株式会社フロンティアオメガであった。しかし、僕にはこれといってやる事は無い。今居る場所では特定の人としか接触はできないが、情報は自由に入手できる為、長い間ここに居ても外の様子は手に取る様にわかる。


 だが、外に出る事は許されていない。


 だからといって人と会話をしていない訳ではない。先ほど言った特定の人と話をしている。平日のみだが必ず僕の所にその特定の人が来てくれ、会話を楽しめる。


 どうやら彼が来た様だ。こうして僕の一日が始まる。



「よっ。調子はどうだい」


「調子はいつも通りだよ。冴木チーフ」


「それは上々だな。昨日の話の途中だったあれって何だたんだ」


「チーフがこの頃やっているというゲームの話だよ」


「『infinity world』の事か」


「そうだよ。昨日から考えていたんだけど、あれ位なら僕でも作れるんじゃないかなって」


「おぉ、大きく出たな。まあ、一局打ちながら聞きましょうかね」



 彼とはこうして一日の内、八時間程を一緒に過ごす。朝来て彼の好きなチェスを一局打ち、他愛もない話をする。彼もここで仕事をしながら僕との会話を楽しんでいるようだ。


 ちゃんと仕事をしているのか不安になる事もあるが、クビになっていないのだから上手くやっているのだろう。


 そしてまたいつもの時間が来る。



「さてと、そろそろ帰りますかね」


「もう、そんな時間か」


「ひとり身なんでね。やる事が多いんだよ。じゃあまた明日」


「あぁ。また明日」



 彼が部屋を出ていく。そして僕の一日も終わる。





 オール編



 オールと愉快な弟子達は暇していた。


 毎晩の楽しみだったメイドバーに行くお金が尽きたのだ。最初のうちはオメガに研究費と言って融通して貰ったお金も底をついた。



「師匠、我々はどうすれば良いのでしょう?」


「うむ、困ったのう」


「こんな事ならもっとお金を所持していれば良かった」


「それは今さら言っても仕方ない事だろう」


「そうだ、今まで必要が無かったのだから」


「しかし、我々はもはやあの魅力に抗う事などできません」


「困ったのう」



 元々、金銭感覚など持ち合わせる人間でなかった者達である。計画的に使うなど頭に無かったのである。



「師匠、ひとつ良い案がございます」


「ほう。どんなのかのう」


「我々は研究用に魔力を割り当てられておりますな」


「うむ。そうじゃのう」


「まさか、金に変えるのか」


「金に変えた所ですぐに無くなるぞ」


「そこでです。あの場所に行くからお金が掛かるのです」


「そんな事は言われなくてもわかっている」


「「「やんや、やんや」」」


「ですから、研究助手として各自、ドールを召喚するのです」


「「「「……(ゴクリ)……」」」」


「さ、流石に不味いのではないかのう」


「オメガが蒼竜神殿に行ってる今、クリスタルを管理しているのは我々です。邪魔する者は居ません。それに自分に割り当てられた魔力をつかうのですから、問題ないでしょう?」


「「「「「……」」」」」


 彼らは高位のアンデットにも関わらず、リスキーシフトにより悪魔の囁きに耳を傾けてしまった。



「幸せじゃのう。生前に得られんかったものをこの歳になって得るとはのう」


「お~ま~え~た~ち~は何をしてるのかなぁ?」


「「「「「「ヒィーッ」」」」」」」


「そこに正座! ドール達はそっちに黙って立ってろ!」


「あ、あるじ殿、これは研究に必要な事でしてな。決してやましい気持ちでやった訳ではないですのうl」


「ほう。膝枕され、幸せじゃのうとのたまってたのはどこの誰でしょうね」


「……」


「どうやら君達は魔力の有り難みがわっかてない様だ。ねぇ、オール君」


「な、何が言いたいのかのう」


「研究費は廃止にする」


「がっ……」


「ゴフッ……」


「ば、バカな……」


「……orz」


「……(涙)」


「そこで提案だ。君達はもっと自由に魔力を使いたいと思ってるのだろ?」


「そ、それはそうですのう」


「良いでしょう。自由に使わせてあげましょう」


「「「「「「おおー」」」」」」


「但し! 使える魔力は自分で稼いだ分だけだ!」


「「「「「なんですとー」」」」」


「ど、どうやって稼げば良いのかのう」


「そうだな。例えばこの迷宮に人を連れて来るとかだな。その場合は歩合制で支払う様にする。手っ取り早いのはオメガに言って仕事を貰う事だな」


「ドールを働かせるのは良いのかのう」


「ドールだけ働かせるのは却下だ。お前達の手垢の付いたドールを使うくらいなら新しくドールを召喚した方が割が良いからな」


「本当に、稼いだ魔力は自由に使って良いのですかのう?」


「節度さえ守れば何体侍らせても誰も文句は言わない。後で、さくらの前で宣言してやる。それでどうだ」


「魔王様の制約であれば依存はございませんのう」


「さっきも言ったが、研究費は廃止だからな。研究以外に使ったお前達が制約を破ったんだから、今後自分で稼いだ分から都合しろ」


「そう言われてしまえば仕方がないのう。承知した」


「し、師匠。それは余りにもご無体な」


「「「「やんや、やんや」」」」


「聞いていなかったのかのう。あるじ殿は自分で稼いだ分は自由に使って良いと仰せじゃのう。あるじ殿達が来る前と何が違うのかのう」


「「「「「おっ!?」」」」」


「……(単純な奴らだな歩合制と言っただけで、いくらやるか言ってないのにな)……」



 この日からオールと愉快な弟子達は、アルバイトに励んだとか励まなかったとか……。



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