小さな英雄
その時、死が目前にせまっていた。ゴブリンキングが、俺を叩きつぶそうと棍棒を振り下ろしてきた。死ぬかもしれない。けど、俺は英雄に成れた気がする。死ぬ気でとったゴブリンキングの右腕。勝てなかったけど、俺は英雄に成れた気がする。
そして、俺は英雄を見た。本物の、英雄を。
「大丈夫ですか?」
そう言ったのは例の新人。片手でゴブリンキングの棍棒を受け止めながら、俺にそう言う。
「……ああ。大丈夫だ」
新人はコブリンキングを素手で殴り殺した。結局俺は、英雄の引き立て役だった。俺は英雄になれない。だけど、俺はさっきまで英雄だった。誰にも認められないけど、俺は、英雄と成った気がする。
それは英雄達の独壇場。剣をふれば数百の魔物が死に、魔法を唱えれば数千の魔物が蒸発する。俺達底辺冒険者はそれを見ているだけだった。本物の英雄を。
そして、戦いは終結する。英雄の活躍により、街は救われた。
――冒険者ギルド 酒場。
「エイト、酒がうまいぞー」
「そうだな」
魔物達との戦いは、英雄の活躍で幕を閉じた。俺達底辺冒険者は、結局英雄の引き立て役。しかし、みんな全てを忘れたかのように酒を飲んで笑っている。
「なあ、今回の戦いどう思った?」
「んあ? そうだな、面白かったぜ。英雄ってやつの実力もしれたしな」
「……俺達は結局英雄になれなかった」
「そうだなー。だけど、街は無事で俺達は生きてる。それで充分だ」
男はそう言うと、他の席に突撃していった。まあ、いっか。誰も知らなくても、俺は小さな英雄になれたから。俺はゴブリンキングの右腕をとれただけでも、満足だ。
「……なあ、小さな英雄」
「っ!」
その言葉を俺の耳元で囁いたのは、無精ヒゲをはやした男。そう、酒草を買い取ったAランク冒険者ザザン。今回の戦いで活躍した英雄の一人だ。
「見てたぜ。お前がゴブリンキングの腕を小さな短剣を折ってまでとったところを」
「…………」
「お前は凄いよ。小さな英雄」
「……そうか」
「ああ。小さな英雄。お前の活躍は俺しか知らない。そして、俺はお前以上の英雄をしらない」
英雄がつむぐ愚者への賞賛。まったくなんの冗談だろう。俺は、本物の英雄に比べられるほどの英雄じゃない。
「なあ、小さな英雄エイト。俺はお前のファンだ。お前は俺が今まで出会ったどの英雄よりすげえ」
「なぜだ?」
「ただの冒険者が
「…………」
俺はあの時、英雄だった。けど、人に褒められるほどの英雄じゃない。手の届かない場所に居る英雄に褒められるほど。
「英雄を夢みる凡才はなにも出来ずに死ぬ。そして、俺みたいなイカサマ野郎が英雄となる」
「っ!?」
「俺は英雄じゃねえ。ただの詐欺師だ。だけどお前は本物の英雄だぜ」
なんの冗談だ? こいつが、詐欺師? 分からない。こいつは、英雄だ。本物の英雄のハズだ。
「まあいい。エイト。お前は本物の英雄だ。そして俺はお前のファンだ」
ザザンはそう言って、俺から離れた。そして、前と同じように、気配をだすことなく、霧のように消えていった。
「……まあいいか」
なんだか分からないが、忘れることにしよう。俺みたいなバカが考えても仕方ないことだ。
「なあ、エイト! 楽しいか?」
「ああ。楽しい」
酔っ払った冒険者の言葉に俺はうなずく。
「じゃあ今日は騒ぐぞ!」
あの男は俺を英雄と言った。そして俺はあの時、ほんのちょっとだけ英雄になれた気がする。けど、英雄になれなくてもいい。俺は今の生活が、一番好きだから。
――その夜は満月だった。小さな英雄は、冒険者達と混ざって、笑い合う。これは冒険者の物語。小さな英雄、冒険者Aの物語。
~冒険者Aは英雄になれない-おしまい~
冒険者Aは英雄になれない 天野雪人 @amanoyukito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます