第5話 ひきこさんの収入
不本意な形で知名度が上がった。
どうやら私は今、ご近所で『不審者』として噂になっているらしい……。
だが、噂は噂だ。
例え歪んだ形であっても、誰かが私に対して不安を感じているのは間違いない。
つまり、私にも自身の知名度に合わせた
とてもとても不満な収入だけども……。
◇
「で、汚れたお金はさっさと使ってしまおうって訳か」
私の家のテーブルにべたりとうつぶせになり、こちらを見上げてくるのはテケテケ先生だ。
「そう言うことです」
私はテーブルの上でふにゅりと潰れる先生の胸を眺めながら力強く頷いた。
「そんな気にすることないと思うけどなぁ」
そう私を励ますのは口裂け先輩。
しかし、私の気持ちは変わらない。
テーブルの上に広げた数々の菓子、酒、つまみ……。
これらは全て私のおごりだった。
「気にするに決まってますよ! 仮にも『ひきこさん』として都市伝説の第一線で稼いでいた私が、今になって『不審者』として
ハキハキと私が声を張ると、テケテケ先生が「おぉ~」と間延びした声を出しながらパチパチと拍手をくれる。
対して、口裂け先輩はどこか浮かない顔だった。
「ひきこ、そういう変にプライド高いとこあるよね」
先輩は私を心配してくれているのか、細い溜息をつく。
大好きなお酒にもまだ手をつけず、目の前の飲食物へ本当に手を伸ばしていいのか迷ってるみたいだった。
だが。
「まあまあ、プライドあるのはそうマイナスなことばかりじゃないよ。食うに困ってプライドあるか、食うに困らずプライドないか。でもでもホントにダメなのは、食うに困ってプライドない奴。元気がないのが一番よくない」
テケテケ先生がそう言いながらポテチに手を伸ばすと、口裂け先輩は「そんなもんですか?」と、困ったように口にした。
そんな二人を見て私も、ここが好機だ! と、思い口裂け先輩へ畳みかける。
「そうですよ先輩! 心配ご無用ですし! 今日は気にせず騒いでください! すぐに私、またきちんと稼げるようになってみせますから!」
意気込む私を見て、先輩が再びため息をついた。
「まあ……もう、買ってきちゃったのはしょうがないし、ありがたく頂くけどさ……はぁ……なんか、今日の酒は複雑な味がしそうだよ…………」
と、先輩が言ったのが約30分前のことである。
「うっ――まっ! なにこの酒。どこで買ってきたの?」
「え? さあ? Amaz〇nのランキング上位にあったのを適当にポチっただけなので」
「えー、結構高かったんじゃないのこれ?」
「まあ、その……一応私の今月の
それから先輩は「いやー、いいもん飲ませてもらったわー」と、ご機嫌になって酒をグラスに注ぎ足していく。
さっきまでの心配はどうしたんだ、この酔っ払いめっ。
私はうらめしく先輩を横目に見ながら、テケテケ先生にお酒を注ぐ。
すると、テケテケ先生はケラケラと笑いながら口を開いた。
「いやぁしかし、別の都市伝説としてやり直しますと聞いた時はどうなるかと思ったけど、案外何とかなってるもんだねw」
「まあ。おかげさまで」
「もうどれぐらいになるんだっけ?」
「えっと……まだ一か月と二週間くらいですね」
テケテケ先生はグラスに口をつけ「あー、結構経ったねぇ」と呟き。
「けどまあ、なんとかなりそうで良かった良かった」
と続けて、心底安心したように頷きながらお酒を口に含む。
私は、そんな先生の横顔を見てひどい違和感を抱いた。
「先生? なにかあったんですか?」
もう、口裂け先輩やテケテケ先生と付き合って長い。
この人はわりと放任主義で、大抵のことは笑って「なんとかなるさ」と言う人だ。
だから、そんな人が私を心配したような風に見えるのはとても珍しい。
そんな想いから、まじまじと先生を見つめると……。
「あー……まあ、言っても良いか」
と、先生はおもむろに告げた。
「いやさ? もう、ひきこは『ひきこさん』に戻れないから」
瞬間、空気が凍る。
「へ?」
私も、自分から元の『ひきこさん』に戻るつもりはなかった。
だからこの瞬間、私がドキリとしたのはひきこさんに戻れないと言われたからじゃない。
テケテケ先生が大真面目に『今』この話を持ち出したことがわからなかったから、驚いたのだ。
「それって、どういう?」
「いやね? この前新しい『ひきこさん』が決まったからさ」
『新しい』『ひきこさん』
二つのワードが、ぐさりと私に刺さる。
突き付けられた言葉は、私の想像を簡単に飛び越えた。
「だから、ひきこが『ひきこさん』に戻りたくてももう戻れないのよ。なので、新しい生活が上手くいってるみたいで本当に良かった」
「な、なんですかそれーっ!」
思わず、私は絶叫していた。
〇現在の知名度…不審者
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