第4話 ひきこさんのひるさがり

 結局、口裂け先輩は朝日が昇るまで飲み、その後寝落ちして夕方を迎えた。


「あー……頭ガンガンする……ひきこ、ちょっとエ〇クサーちょうだい」

「ありませんよそんなの……」

「……とか言いながら、あるじゃんエリ〇サー」


 先輩は私が差し出した冷水を受け取り、それをエリク〇ーと言い張ったまま口にした。

 もはや、何でもいいんじゃないか〇リクサー。


 それから空が暗くなるのを待った後、先輩はよろよろと立ち上がる。


「じゃあ、そろそろ帰るわ」

「あ、はい。この後も仕事ですか?」

「うーん……どうだろ? 一回自分の家帰って……仮眠して……夜中に目が覚めたら仕事することにする」


 ……なんというか、不真面目な勤務態度だなぁ。


「いいんですかそんなんで? だからか〇こに勝てないんですよ?」

「うへぇ……だから、子持ちのシングルマザーと比べないでよ。あいつこども抱えてる分仕事にガチなんだもん。やだぁ、比べられたくなーい」


 先輩、まだ酒が残ってるんだろうか?

 普段はわりと言動がアレなだけで頼りがいはあるのに……今は完全に甘えん坊な困ったさんになっている。


「じゃあ、誰となら比べてもいいんです? さ〇こ?」

「……私だけを見てほしい」


 直後、私は先輩の顔をじっと見つめた。

 すると、やはりお酒が残ってるのか、先輩は顔を赤くする。


「な、なに?」

「いや、だって……見てほしいっていうから」


 カチ、コチ……と、時計の音と、気のせいでなければどこか近くからトクントクンという音が聞こえた。

 かと思ったのだが!


 急に、口裂け先輩が私に背を向けた。


「せ、先輩? どうかしました?」

「な、なんでもないっ! 帰るっ」

「えっ? へ? あ、はい。お気をつけて?」


 どたどたと床を踏み、先輩はマスクをつけながら慌ただしく玄関へ向かい――


「じゃあ、また様子見に来るから」


 ――そう言って、家を出て行った。


「……お、お待ちしてます」


 …………。


 ……。


 先輩が帰った後、急に部屋が静かになった。

 カチコチという、時計の音だけが耳に入る。


 さて、思考を切り替えねばと、思った矢先——。

 ドタドタと、家の外から何かがこちらに向かってくる足音が聞こえ!


 次の瞬間!

 勢いよくドアが開かれた!


「ひきこ! ニュースニュース! 良いニュース!」


 さっき家を出たばかりの口裂け先輩が慌てて駆け込んでくる!


「せ、先輩!? どうしたんですか!」


 急に騒がしさを取り戻した我が家にこそばゆさを感じつつ、私は息の荒くなった先輩を迎えた。

 直後、先輩はマスクを取るなり――


「ここの家! 近所で噂になってた!」


 ――嬉しそうにそう告げる!


 その瞬間、私の胸はかぁっと熱くなった。


「ま、まま! まじっすか!」

「うん! まじまじ! ご近所さんが噂してるの聞いたの!」


 ひきこもって数週間、こっくりさんにまで手を出して耐えしのんだ日々!

 ついに私の願いが天に届いたのだ!


「で、で! どんな噂ですか!」


 私と先輩は手と手を取り合ってはしゃぐ!

 口裂け先輩は明るい声色で、私に聞かせた。


「ここ最近、誰も住んでない筈の家から気配を感じるだって!」

「キャー定石ィ! それでそれで!」


「夜中に物音が聞こえたり、ぽうっと明かりがつくのが窓から見えるんだって!」

「ヤダモーPC画面、ハズカシ音量注意ィ! あとはあとは?」


「もしかしたら、不審者が住み着いてるのかもだって! 気味が悪くて夜も眠れないんだってぇ! キャーッ!」

「キャーッ…………え?」


 ふと、私は冷静さを取り戻してしまった。


「先輩? それ、相手怖がってました?」

「キャーッ……え? なに? どしたの?」

「相手! その噂をしてた人! 怖がってましたかっ?」


 先輩は、こてんと首を傾げ――


「え? えぇ……どうだろ、なんていうか……気持ち悪がってた?」


 ――その大きな口で、ぼそりと呟いた。


 思わず、ため息が出る。


「先輩……それはとんだバットニュースですよ」


 〇現在の知名度…不審者

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