第3話 ひきこさん(+0)

 突然、インターホンが鳴った。

 時刻は朝の5時……日が昇り出したあたりだ。


「誰よ……こんな時間に」


 と、口では言いつつ。

 私の家を知っていて、なおかつこんな時間に尋ねて来る人という時点で、いくらか察しはついていた。


 よっこらしょっと腰をあげ、玄関のドアスコープを覗きにいく。


 狭い穴から見えるどこか現実とずれたような世界。


 そこには一人の女性が立っていて……。

 彼女はゆらりとこちらに近付く。


 至近距離。

 細く、消え入りそうな息遣いがわかるほどの距離でソレハ……。


 痛々シク、頬マデ裂ケタ大口ヲ私ニ覗カセタ。


 直後ドアを開ける。

 ゴンっという音が発生。


「いだっ」


 連鎖的に、ドアに密着して立っていた女性が鈍い悲鳴をあげた。

 そして、私は一言。


「先輩、いい加減それやめてくれませんか? 私怖くないですし」


 すると、口裂け女先輩はおでこをおさえながら、コンビニの袋を私に手渡した。


「とりあえず……差し入れ、あと……痛み引くまでちょっと待って……」



「で、何しに来たんですか? もしかしなくても仕事終わりですよね?」


 居間に通した後、時間からそんな推測を立てて先輩に訊ねる。

 口裂け先輩は「あっ。わかるぅ?」と、機嫌よさげに私に答えた。


「わかりますよ……先輩、仕事終わりはいつも妙にテンション高いんですもん」


 責めるつもりで先輩を見つめてみたが、彼女はけろりとした顔でテーブルにお酒とつまみを並べ始める。

 そんな先輩に対して、私は「はぁ」と、ため息をついた。


「まあまあ、そんな顔しなさんな。仕事終わりに可愛い後輩の顔見に来てあげたんじゃん?」


 先輩が大きく裂けた口でにやっと笑う。

 彼女は機嫌よさげにコンビニの袋からカップ酒を取り出し、私へと向き直った。


「さ、飲もうぜ! あんたもそろそろ愚痴たまってる頃でしょ?」


 ……その怪談らしからぬあけすけな笑顔が、思わず私の胸をあつくする。


「うっ……せぇんぱぁ~いっ」


 気付けば私は先輩に抱き着き、急に抱き着かれた先輩はフタを開けたお酒をこぼしそうになってあわてた。



「で、最近はなにやってんの?」

「なにって……ひきこもってますよ」


 次の瞬間、先輩が身も凍るような視線を向けてきた。


「……やめてください。そのダメなものを見るような目」

「いや、だって。あんた、あたしとテケテケ先生との深夜徘徊同盟を崩してまで新しい都市伝説になったのに……それが今じゃ、なに? ひきこもり? かやこかよお前」


「やめてくださいよ。私子連れじゃないですし」


「じゃあ、あれだ。座敷童」

「妖怪じゃないですか!」


「似たようなもんじゃん?」

「妖怪と都市伝説じゃ全然違いますよ。それに……なんか妖怪の人って怖いし」


 直後、ピキッと空気が凍る音がする。

 なにごとかと目線をあげると、雪女もびっくりなほどに口裂け先輩が冷めた眼差しを私へと向けていた。


「えぇ……だからその目やめてくださいよ」


「いやだって……都市伝説が妖怪怖がるなよ。なにお前、相棒引きずる死体いなくなったらそこまでメンタル細くなったの?」

「いや、死体関係ないですし。私は初めからこんなんでしたよ……ていうか、先輩は怖くないんですか? 妖怪?」


 私からの疑問に口裂け先輩は心底不思議がるような顔をして首を傾げる。


「なんで? 何が怖いの?」


 先輩の声色から、訳がわからないという意思がビシビシと伝わって来た。


「え? いや、だって……私らと比べてその、歴史があるし……重みが違うと言うか……」


「あー……大御所相手に緊張するってこと?」

「……その言い方やめませんか? なんか自分の悩みが新人タレントと大差ないような気分になるんで」


 それから先輩はカップ酒を煽り「かぁーっ!」と喉を鳴らして――


「くっだらない!」


 ――と、私の意見を一蹴する。


「くっだらないわ。新人タレントの悩みの方がまだ切実だわ」

「……そうですか?」


「そうよ。それに、妖怪なんて全然怖くないじゃん……モノによるけど」

「……先輩だって怖いんじゃないですか」


「あんたと一緒にしないで。あたしが怖い妖怪なんて一握りよ。ていうか、あんたの場合は妖怪をひとくくりにして怖がり過ぎだし」


 そう言うと、先輩は柿ピーに手を伸ばしながら「例えばさ」と話を切り出した。


「あんた、黒手って妖怪知ってる?」

「くろて? なんですかそれ?」

「詳しくは言わないけど、たぶんそこそこマイナーな石川県の妖怪」

「……そのそこそこマイナーな妖怪を、なんで先輩が知ってるんですか……」

「え? だって飲み友達だし」

「えぇ……」


 ポリポリと咀嚼音を響かせ、こくんと喉を鳴らし、先輩は話しを続ける。


「いやね? 石川まで足を運んだ時に良い地酒がないかと深夜に飲み屋を徘徊してたわけよ。そしたら、急に声かけられて」

「飲みにでも誘われたんですか?」

「尻を触られた」

「痴漢じゃないですか!」


 驚く私とは対称的に先輩は平然と過去を振り返る。


「まあ、そうね。痴漢だね」

「嘘……リアクション薄すぎ……もう、いいですよ。で、その後どうなったんですか?」


「どうなったって言われてもなるようにしかならなかったんだけどさ? ほら、あたしも都市伝説になったとはいえ乙女じゃん? マスクつけてれば美人だしさ。急に尻触られてびっくりしたわけよ」

「まあ、そうですね?」

「だから、思わず凹凹ぼこぼこにしちゃった☆」

「えぇ……」


 頬まで裂けた口でにまっとはにかみながら、先輩は言った。


「ほら、相手の妖怪も2メートルはあったからさ? 加減したら負けるかなと思って、つい本気で凹凹ぼこぼこに」

「うわひっでぇ……ていうか、よく勝てましたね? 妖怪相手なのに」


「だから、あんたはその妙な思い違いがダメなんだって。妖怪もあたしらも似たようなもんだよ? まあ、元々の霊力とか妖力は、そりゃむこうの方が高いけどさぁ。そんなの初期ステータスじゃん」

「その初期ステータスって言い方やめません?」


「あたしらみたいな都市伝説とか妖怪ってさ、どれだけ人に知られているのかってのも力になるわけじゃん? 知名度とか……信仰? みたいな。ようは、大切なのは初期値じゃなくて、どんだけ知名度あげてバフ盛れるかって話よ」

「そのバフって言い方もやめません?」


「ま、というわけでだ。あたし、妖怪とか全然怖くないわ。だって、あたしの方が強いもん……メジャーなのには勝てないけどね?」

「えぇ……」


 再びカップ酒をあおる先輩。

 その後、彼女は少し赤くなった顔を私に向け、大口を開いた。


「ていうか、むしろあたしは人間の方が怖いね」


 この瞬間、私は思わず辟易した声を出してしまう。


「うへぇ……あの流れからそういう話になるんですか? 結局、一番怖いのは生きている人間だって? やめましょうよ、私ああいう説教くさい屁理屈嫌いなんですよぉ」


 すると、口裂け先輩は「あー、違う違う」と手をパタパタ振って否定した。


「これは、そんな人をくったような話じゃない」

「じゃあ、どういう話ですか? 霊能者が怖いとかそんなんですか?」


「いやいや、霊能者とかNPCみたいなもんじゃん。あれは怖いとは違うね。あれはむしろ倒したい対象」

「……もう、つっこみませんよ。で、結局先輩はどんな人間が怖いんですか?」


 私は、どこか先輩を急かすように訊ねた。

 しかし。


「…………」

「先輩?」


 何故か、先輩からは沈黙しか返ってこない。

 それでも、根気よく耳を澄ませながら待っていると……。


「……しゃ」


 お酒のせいか、真っ赤になった顔で……先輩はほっそい声を絞り出した。


「え? なに?」

「だから! 歯医者!」


 急にあげられた声のボリューム……よりも、私は発言の内容に驚く。

 いや、むしろがっかりする。

 がっかりは即座に苛立ちに姿を変え、ポッポーンと簡単に私のボルテージをあげた。


「は、歯医者って! こどもか! あんたは! なに? その歳になって歯医者さんが怖いの!? その歳なのに!? 都市伝説なのに!?」


「ばっか! お前、なんか勘違いしてるだろ! 絶対勘違いしてる! 違う違う! そういう怖いじゃないから! 電動ドリルとかマジ平気だから!」

「じゃあ! 何なんですか!」


 途端にもじもじとしだす先輩。

 一体何が恥ずかしいというのだろう。

 いや、死後都市伝説になってまで歯医者が怖いっていうだけで恥ずか死ものだが。


 私が理解できず先輩の弁解を待っていると、彼女は指先をつんつんとつつき合わせながら小さな声で語った。


「えっと……その、前にさ? 前に……歯医者さんに……口が、その大きいから、治療しやすいですって……言われちゃって……」


 その後、静寂は訪れる。

 ふしゅーっと、恥ずかしそうに顔から煙を出さんばかりの勢いで、先輩は沈黙した。


「……えっ? それだけ?」


 ぼそっと本音がこぼれた瞬間、先輩は真っ赤になった顔で大口を開け、せきを切ったようにしゃべり出した!


「それだけってなんだよ! 超重要だよ! 口裂け女にとってこれ以上の問題はないよ! あたしって口が大きいことが怖い都市伝説なのに『大きい口、良いですね(イケボ』って言われたんだぞ!? 私のホラーポイントを一瞬でチャームポイントにされたわ! 『ビッグマウス大きな口』というアクティブスキル封じられたあたしってなんだよ! 村人Aかよ!」


「いやいや! 脳内変換乙ですし! 自分に都合よすぎでしょ! チャームポイントってなんですか! 変えられてませんからね? 言っときますけど、それって事務的な感想ですから! タクシーの運転手が『あー、ここの道。平たいから走りやすいなぁ!』って言うのと一緒でしょ!」


「い、一緒なわけねーだろ! あたしの貴重なときめきエピソードになんてこと言うんだ!」

「ときめいちゃってる! もうっ怖い! その短絡的な思考が怖い! ていうか、先輩の怖いって怖い!? 男を知らない喪女かあんたは!」


 結局……。

 この後も酔った先輩が一方的に騒いだだけで、先輩が私の愚痴を聴くことも、私が新たな都市伝説として成功するアイデアも、何一つ出なかった。


「なんで歯医者の男ってみんなイケメンに見えんだろ」

「マスクしてるからじゃないですか? 先輩と同じで」


 この人、ホントに何しに来たんだ……。


 〇現在の知名度バフ圏外

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