ブロックスの23

 リュージとヴィートが相乗りでカフナに到着したのは、昼過ぎだった。少しの遅れかと思ってみれば、先に出発したグイドたちに追いつくこともなく、カフナまでたどり着いた。

 ただの邪推でしかないが、ヴィートに追いつかれたくなかったグイドが、本来よりも早いペースで進んだのではないだろうか。



 リュージとしては、移動中まで険悪な雰囲気のままだと、流石に息が詰まるので、助かるくらいだったが、結果的にその考えは間違いだったと思い知らされた。

 具体的には、睨みあうグイドとラフィを見たときに……。



「いいから教会使わせろって言ってんだろ! 他に残ってる建物ねえだろうが!」

「嫌、中にはけが人がいるし、そんな大勢来られたらお爺ちゃん起きちゃうし、あなたのこと嫌いだし」

「最後の奴完全にお前の私情じゃねえか!」

「大声出さないでよ、乱暴な人ってやだわ」

「お前にだけは言われたくねえんだよこの暴力女が!」

「なによう! 手加減してあげたからその程度ですんでるんだからね! 私が本気出したらあなたの未来はとっくになくなって――あいたっ!」



 グイドの下半身のある一点を指さしながら、大声でわめいていたラフィは、後ろから近づいてきたリュージに気づかず、頭をはたかれた。



「止めろお前一応女なんだから」

「うっさいわね、それ男女差別ってやつよ、女の子は汚い言葉使わないって? 夢見すぎよ、あとおかえり」

「……俺が帰ってきたのはついでか? ――その様子じゃ無事だったみたいだな、それで、何やってるんだ?」



 言い争っていたのは分かるが、内容までは聞き取れなかった。リュージがグイドに視線をやると、グイドは、面倒くさそうに説明し始めた。

 聞けば対策本部のようなものを作ろうとしていたところ、使える建物が教会しか無かったのだが、ラフィが頑として拒んでいるらしい。



「一応聞いとくけど、なんで嫌なんだ?」

「私そいつ嫌い」

「オレのセリフだ、バカ女」



 ラフィとグイドの確執は深かった。

 お互い直接話したのはこれが最初であるはずなのに、異様に仲が悪かった。とはいえこれでは埒が明かない。



「ラフィ、我慢しろ、せっかく来てくれたんだから」

「来てくれたのは感謝してるけど、何でよりにもよってそいつなわけ!? もっとまともな人選はなかったの!?」

「そりゃオレが一番優秀だからだよ、分かったらさっさと中に入れろ、さっさと終わらせて帰りてえんだよ」



 リュージもそれに同調した。グイドが気に入らないのは、リュージも同じだが、だからこそ早くけりをつけて帰ってもらった方がいい、それがリュージの意見だ。

 味方がいなくなったラフィは、「ぐぬぬ」と歯を食いしばっていたが、閃いたように、ヴィートのほうへ首を向けた。



「ねえヴィート! あなたも嫌よね! 嫌って言いなさい!」

「え、ええ!? 僕ですか、いや、僕は別にそんな」

「おい、余計なこと言いやがったら分かってんだろうな」

「は、はい、分かってます……」

「その性悪男と、このラフィさんどっちを選ぶのよヴィート!」



 前門のラフィ、後門のグイド、多大なるプレッシャーに挟まれたヴィートは、襲ってくる吐き気と胃痛に苦しみながら、できるだけ合理的に判断しようと、考えた。



「……教会で、いいんじゃないですかね」



 ラフィの完全敗北だった。

 大口を開けてショックを受けたラフィは、わなわなと震えながら、一歩、二歩後ずさった。そしてそのまま教会のほうへと駆けだして、中に飛び込んだ。



「あれだけかわいがってやったのに、ヴィートの裏切り者ー!」

「ラ、ラフィさーん!」



 ヴィートは何か選択を間違えてしまったかと、リュージのほうを見た。

 リュージは急激に襲ってきた疲れに、こめかみを揉みながら、ため息をついた――ひどい茶番だ。

 結局そのまま無視していると、相手がいなくなってつまらなくなったのかラフィは自分から出てきた。

 本部はそれからほんの数分でできた。




 グイドの手際は驚くほど良かった。まず十五人のうち、自分以外を二人ひと組、七つに分け、周辺の地図を見ながら、盗賊が潜んでいそうな場所に見当をつけると、そこにふた組、残された五組は、徘徊している奴らがいないか確かめるために、周辺の見回り、グイドは遊撃役として村に残ることになった。



 そのさい緊急連絡用と称して、カラフルなビー玉を配っていたのだが、ヴィートに聞けば、あれが『響き石』だそうだ。

 効果は単純で片方の石を叩くと、それに対応するもう片方の石が振動して鳴る、範囲は正確に測れたことがない、ほぼ無限に近いらしく、本来は都市同士の緊急連絡のために使われるが、ブロックスでは今回のように別れて行動する任務の際に使われる。

 つまりは、持ち運びに便利なモールス信号だ。



 手際よく進む盗賊討伐に、やることが無くなったリュージたち――当然のようにヴィートもここにいる――は、ラフィからとある報告を受けていた。

 その内容に、ヴィートが目を見開いて声を上げる。

 



「ええ!? 縛ってた盗賊たたちがいなくなった!?」



 大声を上げたヴィートに、不機嫌そうに舌打ちをするグイド、たちまちにヴィートは小さくなって小声で喋りだす。



「そんなのあり得ないですよ、だって『禁じ鋏』使って、手足まで縛ったんですよ? 扉を壊す方法なんて――」

「違う、壊されてたんじゃない、無くなってたのよ、残骸もなにもなかったわ」

「もっとよく分らないですよ! だってそんなこと魔法使ったって――」



 跡形もないほどに燃やすか、粉末になるまで砕くか、もしあの捕らえた盗賊たちの中に、高度な魔法を使う人間がいたとするならば、できないことはない。

 だがそこまで高威力の魔法を使おうと思えば、それなりの魔素保有量インベントリが求められることになる……それこそ、騎士になっていなければおかしいレベルの――。


 

 そのうえ何度もヴィートが言っているように、盗賊たちの魔法は封じられていたのだ。仮に何らかの手段で『禁じ鋏』を無効化して魔法を使ったとしても、扉一枚を消滅させるのに、すぐ傍の教会にいたラフィにまったく気づかれないように消滅させることなど流石に不可能だ。

 総合して考えると、その扉を破った何者かは、魔法の類を使わずに扉を破ったとしか考えられない。

 想像も出来ないなにかだ、想像したヴィートが緊張に袖を握りしめていた。



 当然、聴いていたグイドはその話を一笑に付す。



「馬鹿らしい、潜んでた仲間が助けに来て、外から道具を使って扉を壊した、そう考えるのが普通だろうが」



 グイドが言っているのは、おそらくまともな意見だ。

 リュージだって、これが普通の事件ならばそう考えたかもしれない。

 ――だが、今回ばかりはそうじゃない。

 ラフィが呆れたように鼻を鳴らすと、グイドに向かって温度の低い視線を向けた。



「もしあなたの言うとおりだとして、扉が跡形もなく消えてることはどう説明するの? わざわざ壊した扉を持って帰ったとでも? 言っとくけど売れるようなものじゃないわよ?」

「……」

「それに道具を使ったなら、なおさら大きな音がすると思わない? 気付かないわけないじゃない」

「知らねえよ、大方酔っ払ってたとかそんなんだろ?」

「失礼ね! 私が飲んだのは扉が壊されてるのを見てからよ!」

「ラフィお前、飲んだのか!? こんな危険な時に?」



 リュージは流石に唖然とした。いつ何が起きるかも解らないのに、飲酒など――。

 失言に気づいたラフィは、小さく咳払いをするとリュージから目をそらした。逸らした先には同じく白けた目のヴィートがいた。



「……なによう、その眼は」

「一日くらい我慢しましょうよ……」

「なっ!? ヴィートのくせに生意気な!」

「痛い! やめてやめて髪の毛引っ張らないで!」

「うるさい! ハゲろ! 若くしてハゲろ!」

「ほわああああああああああああ!!」



 十六歳にして訪れた毛根の危機に、ヴィートは必死に応戦した。

 ラフィの両腕を掴み、できるだけ体から離しているが、成長期が終わっていないヴィートと、身長が高いラフィとでは、リーチがほぼ変わらないので、すんでのところで髪を毟られそうになっていた。



「リュージさん! 助けてください! 髪が、髪が!」



 リュージは明後日のほうを向いて、聞こえなかったことにした。

 ヴィートは今悩みの坩堝にはまっている、悩んでもどうしようもないことに、足を取られるくらいなら、今みたいにふざけていた方が精神的にもいい。

 言わばこれは親心であって、まかり間違えても相手をするのが疲れるからヴィートに押し付けているわけではない、まあ今回は服を脱がされるわけでもなさそうだし放っといていいだろう。



 助けが来ないことに絶望したヴィートは、迫りくる毛髪的寿命から逃れようと、孤軍奮闘していた。

 そこに、水を差すものが一人。



「いつまで遊んでんだ、下らねえ」

「……素直じゃない男って鬱陶しいわね、暇だから一緒に遊びたいならそう言えばいいのに、ほら頭下げてお願いしてみなさい? 断ったげるから」

「おい、オレは気が長い方じゃねえんだ、そこの何もしなくていいやつと違って、神経すり減らして仕事してんだよ、騒がしくすんな、気が散るから」

「ヴィートが暇なのはあなた達が無視するからじゃない! いい年して、やることは子供と何も変わらないのね、気に入らない人がいたら仲間外れって?」



 グイドが、勢いよく椅子から立ち上がった。

 反動で椅子が後ろに倒れる。そのままラフィに距離を詰めると、手を振り上げた。

 とっさに止めようとしたリュージだったが、それよりも先に、ヴィートが立ちふさがった。



「や、止めましょうグイドさん! 騒がしくしたのなら、謝りますから……ごめんなさい」

「謝る必要なんてないわ、そいつが怒ってるのは、仕事に支障が出るからじゃない、単純にあなたが楽しそうなのが気に入らないだけよ!」

「ラフィさん! もう止めましょう、こんなことしたって意味ないじゃないですか、グイドさんの言う通りですよ、僕が仕事してないのも、役に立ってないのもホントのことだし……」



 ヴィートが、愛想笑いで、頬を掻く。

 場をなだめようとした少年の行動は、グイドにとっては完全に逆効果だった。

 グイドは、無表情で、ヴィートが座っていた椅子を蹴りあげる。椅子は壁にぶつかって、足が折れた状態でおちてきた。

 あまりに突然な行為に、ラフィですら声を発せなかった。

 グイドは怒気を滲ませた息を、静かに吐き出しながら、額に青筋を浮かべてヴィートを睨み付ける。



「……お前は何も変わらねえな、あの時の、オレをこけにしたときのままだ、そういうところがうざったくて、うざったくて、うざってえから――!」



 ――机の上に置いていた響き石のうちの一つが音を鳴らした。

 鈴を転がしたような、この瞬間でなければ心が澄んでいくと言える音だった。グイドは呼吸を整えると、鳴った石に対して、返答らしきものを返した。



 直後、また別の石が鳴る、その隣も、隣も、隣も、隣も、一番端の石を残した全ての石が鳴り出した。気のせいでなければすべて同じリズムに聞こえた。

 グイドが眉をひそめて信じられないものを見たように呟く。



「どういうことだ……」

「なんて言ってるんだ?」

「……全部同じ報告、『危険なものを発見したから、ただちに戻る』だ」

「危険なもの?」



 教会の扉が開いた。

 入ってきたのは一番近くをパトロールしていた二人、女のほうは口元を押さえ顔を青白くしている。今にも戻しそうだ。男のほうも、女ほどではないが細かく震えていた。

 グイドが慌てて二人に駆け寄る。



「なんだ、何があったんだ!」

「グイド、やべえよ、ここはやべえ、今すぐ逃げた方がいい!」

「何があったのか言え!」

「死体だ、死体があった。たぶん盗賊のだ、俺達が見つけたのは十二人」

「死体なら見たことねえわけじゃねえだろうが! なんでそんなになってる?」

「普通の死体じゃなかったんだよ!! 皮膚が、皮膚がなかったんだ! ――肉と、筋の塊が――」



 限界だった。男の説明で光景を思い出してしまったのか、女が床に嘔吐した。

 胃の中をすべて吐き出し、胃液だけになっても、まだ吐こうとしている。

 慌てずラフィが背中をさすりながら、治癒魔法を使った。高度な治癒魔法のなかには、気持ちを落ち着けるものもあるというが、どうやらラフィはそのレベルに達していたらしい。



 徐々に落ちる気を取りもどしていく騎士を見ながら、リュージは顔を険しくする。

 皮膚がない死体、それも十二人も、明らかに尋常ではない。

 人間が、正気で行える限界を超えている。

 現にヴィートなど、想像しただけでガタガタ震え今にも気絶しそうだ。グイドでさえ焦りを隠せていない。

 そんな中リュージは、自分のなかの嫌な予感が形になっていくのを感じていた。



 その後も、帰ってきた騎士たちは、一様にこう言った。

 『山賊の者らしい、皮膚がない死体が十数人分転がっていた』と――。

 恐ろしい見た目になっていたそれらが、盗賊だと分かったのは近くに使っていたであろうナイフやら、衣服の切れ端が落ちていたからだ。

 それは今回の一件をなめきっていた騎士たちが見るにはあまりにショッキングな光景だった。

 帰ってきた十二人は、意気消沈していた。その様子を見て、グイドは苛立ちを隠せないように叫ぶ。



「くそ、くそ、くそ! なんだってんだ! なにが起こってんだ!」

「グイドさん落ち着いて……!」

「てめえは黙ってろヴィート!」



 グイドは爪を噛んで、考えをまとめようとしたが、何もまとまらないようで、さらに苛立ちを募らせている。

 おそらくその身を焦がしているのは、圧倒的な屈辱。

 簡単な仕事だったはずだ。近くの盗賊たちを、適当に叩きのめして終わりだったはずだ。自分が、こんなに恐怖を感じるような案件では決して――。





 ――大きな音を立てて、残り一つの『響き石』が弾け飛んだ。





「……ラフィ?」

「何よ」



 一聞けば勝手に十しゃべるラフィでさえ、神妙な顔をしていた。

 リュージは、内心聞きたくなかったが、訊かずにはいられなくなって、訊ねた。



「石が砕けた場合は、なんなんだ?」

「……叩けばもう片方が響く、砕けたときは、もう片方も砕けた時だけよ」



 その意味するところをリュージが察する前に、さらなる異常が一同を襲った。

 ドアの外から、大きな音が聞こえたのだ。

 勝手な想像だが、何か重いものを高いところから落とした音に似ていた。そしてそう、あの音なら――。





 人間を高いところから落としたら、こんな音がするんじゃないだろうか……。





 最初に動いたのはリュージだった。

 自慢ではないが異常事態には人一倍慣れてしまっていたからだ。とっさに机の上に置いていたカーラから預かったケースを担いで――ラフィ、グイド、ヴィート、それから他の騎士たちがそれに続く。

 手で開ける間も惜しいと、リュージは扉を蹴り開けた。



 そこには、村のちょうど真ん中あたりに、全身を赤く染めて、倒れ伏している二人の騎士の姿があった。

 幸いと言うべきか、皮膚はあるようだ。



 「エリナ!チェーリオ!」



 倒れている騎士と親しいのであろう女騎士が、悲鳴のような声を上げて二人に駆け寄った。

 いったいどんな攻撃をされたのか、二人の騎士の手足はあらぬほうへ曲がっている。意識もないようで、そうとう危険な状態だと一目で分かる

 ラフィも治療のために駆け寄ろうと足を上げる。

 ――同時に、嫌な予感が爆発的に膨れ上がったリュージは、片手でラフィを遮ると、もう二人の元へたどり着いていた女騎士に叫んだ。



「早くそこから離れろ!」

「え……?」



 とっさに立ち止まった女は、それでも遅かった。

 女騎士は不思議そうに自らの腹を見下ろして――力なく手を伸ばした。

 手を当てた女はそこにべっとりと血が付いているのを見て、遅れてやってきた痛みと共に、自分が何かで斬られたのだと、静かに倒れて気を失った。

 それは遠くから見ていたリュージ達にも理解できない光景だった。一瞬前まで立っていた騎士が、血の海に沈んでいるのだ。

 そしてその傍らに立つのは――。



「マルチャーノ……!」

「ほっほっほ、一日ぶりですねえ皆さん――随分と人数が増えてますが」

「おい、てめえ……今何しやがった! そいつらに、何したんだよくそ野郎!」



 グイドが額に青筋を浮かべて、剣を抜いた。

 刹那、グイドの体が加速した。風の操作により、一時的に爆発的な推進力を得た体は、視認できる限界の速さでマルチャーノに突進した。

 ――が、マルチャーノはそれを事もなげに、後ろに飛んで避けた。



 避けられると思ってなかったグイドは、驚愕の表情を浮かべながらも、行った時と同様のスピードで戻ってくる。 

 激情に身を任せているようで、どうやらグイドはまだ冷静さを残していたようだ。

 マルチャーノは、油断なく見つめてくる騎士たちを前に、愉快そうに笑う。

 細められた目は、生き物が持っているべき活力を完全に失っていた。



「……ただ金が欲しかっただけなんですよ、それなのに、こんなに酷い目にあって、今破滅する寸前にいる、おかしいと思いませんかぁ?」

「何がよ? 全部あなたの自業自得じゃない」

「……違う、元はと言えばあなたと、あの爺さんが強情なせいだ。金はあげると言ったじゃないですか、ここを離れさえすれば、もっと裕福な暮らしを約束したじゃないですか、何が不満だったんでしょう」



 心底不思議だと、首を傾げるマルチャーノを見て、ラフィは会話を諦めたように肩をすくめた。

 分かり合えないとかいう次元じゃない、たまにいるのだ、人間だけど自分とは違う生き物が――。

 ラフィにとってはマルチャーノがそれだったし、逆にマルチャーノからすればラフィがそれに当たった。それだけのことだ。



 だから、ラフィは最後に言いたいことだけ言うことにした。



「あなたには分からないだろうけど、お金より守りたいものがあるのよ、私とお爺ちゃんには……ううんきっと他のみんなだって」

「……戯言だ、下らない戯言ですよ、私は金を信じる、金だけを信じる――だから、あなた達は邪魔でしかないんですよ」



 言い終わってマルチャーノが懐から出したものを見たとき、それが何であるのか分かったのはリュージ唯一人だった。

 円錐形の薄気味悪い水晶が、なんなのかを――。

 臓腑がひっくり返るような不快感を覚える水晶を見て、リュージは激情を隠しもせずに叫んだ。



「おい! おまえそれをどこで――!」



 見たこともないほど声を荒げるリュージに、ラフィとヴィートは驚きを隠せない。

 だが同時に二人とも理解していた――あの水晶は、それほどまでに危険な代物なのだと。

 それを持っている当人には、その危険はみじんも理解できていないようだが――。

 マルチャーノは、まるで初恋の人を抱きしめるように、陶然とした表情で、水晶を胸に抱きながら答える。



「これですか?もらったんですよ、優しい人にね」

「……それがなんなのか分かってんのか? それを使うってことがどういうことか!」

「ええ勿論、これは武器です……私の信念のための、壁を打ち壊すためのねぇ!!」

「止めろ!」



 制止は無意味、マルチャーノは掲げた水晶を、忌まわしき『ジャンクスピリット』を左の手首に突き刺した。

 そこから発生した衝撃波と光に、見ていたものは一斉に顔を覆った。

 そして、光がおさまって、正面を見た彼らの眼に映ったのは、醜く体を歪めていくマルチャーノの姿――。

 リュージは歯嚙みした、ここまで来るともう止められない、嫌な予感の正体は、やはりこれだったのだ。





 再び、この世に悪魔が姿を現す――。

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