ブロックスの7

 陽気が心地いい春の昼下がり、道行く人々は談笑に花を咲かせ、春を喜び、これからに希望を抱いている。



 そんな明るい雰囲気をたった一人で意図せずぶち壊そうとしている人物がいた。

 その人物はのしのしという擬音が似合いそうな豪快な歩き方で道の真ん中を行き、不機嫌を顔中に貼り付けている。

 すれ違うものはみな彼女を避けるのだが、本人にはどうでもいいことのようだ。露ほども気にせずに怒りをぶちまけている。



「あーいう相手の痛いとこ強引について悦に浸るタイプほんっとにやだ。ムカムカするったらありゃしないわ、腹たち過ぎて吐きそうよ」

「ラ、ラフィさん落ち着いて」

「落ち着け? 落ち着けるわけないでしょあの澄まし顔! あーもう、あの場でとっちめてやれば良かったわ、次あったらただじゃおかない!」

「だめですよ!あいつは昔から気が短いんだから、冗談でも酷い目にあわされますよ!」

「冗談なわけないでしょ! 騎士がどんなものよ! このラフィさんにかかれば指先一つで――あいたっ」



 壁から降りて十数分、もうずっとこの調子だ。最初のうちはリュージも同感だったため黙っていたが流石にうるさい、その頭に軽くチョップを落として黙らせる。



「そろそろ止めとけ、目立ち過ぎだ、それに騎士がお前に倒せる程度なら俺達がここに来た意味がないだろ」

「なにようリュージ、腹たたないって言うの!」

「たったに決まってんだろ、それは分かったから少しは周り見てみろ」



 言いながらリュージは自分でも軽く辺りを見回した。

 緑の服、視線をずらせば緑の服、反対を向けども緑、店の中も緑、歩いているのはほぼ緑、聞いてはいたが流石天下のブロックスと言ったところか、大声で騎士の悪口を言い続けていたラフィ、と一緒に歩いている自分たちに向けられる視線は友好的なものではなかった。



 ラフィもようやくそれに気づいたようで、今更ながら身を小さくして愛想笑いなんか浮かべていたが、完全に手遅れだ。

 ヴィートも周りの目が気になるのか、体をできるだけ小さくして歩いていた。

 ここは気を紛らわせるために別の話をした方がいい。



「それにしても、本当に騎士ばっかだな」

「えっと、多いですよね、遠くから来られた方は皆さんそう言われます。ここは住民の八割が騎士ですから」

「八割か、それ都市の機能は保てるのか」

「ああ、騎士団に努めているのはいわゆる精鋭たちだけですよ。それ以外は騎士としての働きを許可されている一般人、ほら、お店見れば分かると思うけど店員も騎士服着てるでしょ、ああいうの兼業騎士って言うんです」



 言われて気づいたが近くの喫茶店では座っているのが騎士なのはもちろんのこと、店員も騎士服の上からエプロンをかけている。

 そこだけではない、花屋も本屋も大体はそうだ。リュージは思わずため息をついていた。公務員の副業が禁止されている日本とはずいぶん違うようだ。



 それにしてもこの都市では万引きや窃盗など絶対に出来ないだろうとリュージは思った。

 そこらの店の店員まで騎士、つまりそれなりの規模の魔法を放てるのだ。軽犯罪で魔法を放たれていては命がいくつあっても足りない。これほど分かりやすいハイリスクローリターンも他に無いだろう。

 しかし、そうなってくると一つ疑問がある。



「なぁ魔素保有量インベントリって完全に素質頼りで鍛えることは出来ないんだよな? そんなに都合良くここに騎士に慣れる人間が集まり続けるもんか?」

「逆よ、集まってくるんじゃない、集めてんの」



 返事をしたのは、憮然としていたまま黙っていたラフィだ。

 多少は機嫌が直ったのか、ヴィートに訊いたつもりだったが代わりに答えてくれた。



「生まれついて騎士に向いてる人間を世界中から集めてるの、ブロックスの騎士学校って言えば世界でも指折り、ここで学んだって実績があれば、その後は引く手あまたってわけよ」

「つまり、留学みたいなもんか」

「ええ、それにここだけじゃないわ、最近は本人の希望さえあれば自分の才能にあった都市で生活できるようになったから」

「良い時代になりましたよね、やっぱり生まれた都市と生き方がかみ合わないと辛くなっちゃう人ってたくさんいるから」

「……なるほどな」



 ヴィートが思い出しているのはきっとさっきのグイドとの会話のことだろうか、表情が暗くなっていた。何があったのかは聞く気はなかった。リュージはおせっかいではあるが、無神経ではない、と本人は思っていた。



 だが今回は彼一人ではなかった。世の中には聞きたいことは構わず聞く人間もいて、リュージの隣を歩いているのはそう言う人種だった。ラフィは真顔のまま、



「それは自分のこと言ってんの?」

「お前そんな直接的な――」

「いや、いいんです。そうですね、僕も確かに自分は騎士に向いてないと思います、剣の才能はないし、ドジだし、何より臆病だし、僕なんかが騎士なんて、そもそもおかしいって言うか――あ、ごめんなさいこんな話聞いても気分悪くなるだけですよね黙ります」



 前を歩いている青年はそう言って頬を掻いていた。後からでもその表情が手に取るように分かる、お茶を濁すために浮かべるだけ浮かべた微笑みだ。

 リュージが最も嫌いな笑い方だ。

 足を止めずに、後頭部に向かって一方的に声をかける。



「ヴィート」

「は、はい? なんですか?」

「笑わなくていい」

「……えぇ?」


 突然そんなことを言われて、驚いて振り返ったヴィートと目が合う。

 その瞳は不安で揺れていた。もしかして自分が知らないうちに、リュージの着を損ねてしまったのではないかという、わかりやすい不安に――。

 リュージは、そんなヴィートと正面から視線を交わすと、構わずに言葉を続ける。




「笑いたくないのに笑うな、辛いのに無理して笑ってるとそのうち笑えなくなるぞ」

「僕は別に、無理なんて――」

「――お前が騎士に向いてないなんて、俺は思わない」



 思わず振り返ったヴィートの両眼は見開かれている。

 そんなことは初めて言われたと、言葉にせずともよく分かった。長い前髪の奥の瞳に映るリュージは精一杯表情を緩めて、自分を指さしていた。



「こんな……なんだ、盗賊面の男の前によ、ひとりで女助けに来たんだ。十分勇気あるだろ」



 なれない冗談を必死に言ったからか、自分ではできる限り優しく言ったつもりだが、顔は気まずげで、声はぶっきらぼうそのものだった。

 ヴィートがぽかんとしているせいで、今更ながら羞恥心が芽生えて顔が熱くなってくる。

 固まってしまった場を動かしたのはラフィだった。彼女は哀れなものを見る目をリュージに向けて、



「自分で認めちゃおしまいだわ」

「……うるさい」

「リュ、リュージさん、僕本当に怖いとか思ってませんから」

「あなたあれだけぶるぶる震えてたのに今更それは苦しいわよ」

「いやだってめちゃくちゃ怖かったし――あっ!」



 慌てて口をふさぐヴィートに、リュージは思わず苦笑した。少しは元気が出たのなら何よりだ。近づいて肩を叩くと、怒らせたと勘違いしたのかビクッと全身が震えた。



「嘘はついてないつもりだ。だから騎士に思い入れがあるのなら馬鹿にされて笑うな、俺に喧嘩売る度胸があるなら、堂々と騎士だって名乗る度胸もあるさ」

「リュージさん……」

「ほら、さっさと行こうぜ」

「は、ハイ!」



 再び歩き出したヴィートは背筋を伸ばしていた。

 形から堂々としようとする若者に微笑ましさを覚えていると、ラフィがこちらを見上げていることに気づいた。

 ラフィはふと例のいたずらっ子の顔になると、リュージの肩を強引に引っ張ると耳元で囁いた。



「流石ね勇者様」

「……その呼び方は止めろって言ってるだろ」



 周りの建物より一回り大きな建物が見えてきた。騎士団の本部だ。大きな舌打ちと共に速足でそこに向かうリュージだったが、それが照れ隠しであることは残念ながらばれていた。

 にやにやしたままのラフィを置いていこうと、リュージはさらに速足になった。


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