ブロックスの6

 ヴィートが出てくるときに使ったのは非常用の脱出口、壁にきれいに隠されているそれは、教えてもらった後でも見つけられる自信がないほど巧妙に隠されていた。

 見張り台、つまりは壁の上につながる通路ということもあり、入口からずっと階段になっている。当然窓もなければ蠟燭もない、ヴィートとラフィが魔法で光を出して照らさなければ進めない。

 予想以上に長い階段を上る最中、暇を持て余したのか一番前を歩いていたヴィートが話し始めた。



「そういえば、どうして今日は二人なんです?いつもラフィさん一人ですよね」

「そうね、最近このあたり物騒じゃない?そしたら強そうな人が通りかかったから、連れてきた」

「そんな適当な、リュージさんにも都合があったんじゃ――」

「行き先が偶然同じだったからな、俺としてもついでみたいなもんだったんだ」

「あ、そ、そうですよね、よ、余計なこと言ってごめんなさい! 僕なんかが偉そうでしたよね、はは……」

「……気にしすぎるなよ、心配してもらえるなんて珍しいことだしな」



 狭い通路で首だけ後ろに向けて謝ってくるヴィート、何というか初対面の相手に対してする評価ではないかもしれないが卑屈な青年だ。

 一挙一動おどおどしている。別にリュージはこのくらいで怒ったりしないのだが、そんなに顔が怖いのかとリュージは密かに凹んで押し黙る。

 ヴィートは訪れた沈黙さえ自分のせいだと思ったのか、慌てて話し始めた。



「で、でも確かに最近は盗賊が増えてますね、ここら辺にアジトでも作ったんじゃないかって、近いうちに周囲の探索することになってるんです」

「そうなのか」



 話の通りなら、このままいけばそう遠くない未来に盗賊は討伐されそうだ。せっかく直訴しに来たがその必要はなかったかもしれない。

 それでもなにごとも無事に終わるならならそれに越したことはないはずだ――だが後ろから聞こえてきたラフィの声はリュージの安易な考えを否定した。



「だめよ、近いうちじゃ遅い」

「え?それってどういう――」

「その話をしに来たのよ、とりあえず街に出れたら、団長のとこまで連れてって」

「……カフナで何かあったんですか?」

「だから、それも一緒に話すってば、ほら振り返ってないできびきび進みなさいな」

「おい、押すな危ないだろ」

「はいはいぴぃぴぃ言わないの、男でしょ」



 背中を押してくる手のひらからが前に進めと急かしてくる。

 口ではおどけたことを言っても、焦り具合は触れている個所にかかる力で十分察することができた。それは彼女にしかわからない危機を必死に前の二人に伝えようとしているようで、リュージとヴィートは押されるままに進んでいった。



 長い階段も当然進んでいる限りは終わりが来るもので、登りきった先には木製の小さな扉、リュージでは潜らなければならないほど小さい。

 それはリュージに比べると背の低い――とはいえ百七十近くある――ヴィートも例外ではなく、身を低くして扉を開き外へ、二人も続いて扉を潜った。太陽の光が瞼に眩しかった。とっさに手で日光を遮る。



「えっと、リュージさんは初めてですよね、ようこそブロックスへ、ここからの眺めを見られるなんて運がいいかもしれないですよ」



 心なしかその声は自慢げだった。

 見降ろす街並みは確かに美しい。家の造り自体はアルビオンで見たものと変わらず石造りが並んでいた。

 同時に、必要なものが一通り揃っているだけだったあそことは違い、都市として完成されている姿がそこにはあった。こればかりは歴史の差だ。どうしようもない。



 初めて到着した都市を感慨深げに眺めていると、襟を強い力で引っ張られた。



「……息が苦しい」

「急いでるって言ってるでしょ、感動してる場合じゃないのよ勇者様、観光がしたいなら用事が終わった後で付き合ったげるから、今は行きましょうよ」

「分かったよ、ヴィート、悪いが団長のところまで連れてってもらうことってできるか?」

「そうしてあげたいのはやまやまなんですけど、僕ここの見張りがあるから――」

「ええー、いいじゃないのそんなの、サボりなさいよ、どうせここにいてもまた変な失敗するだけでしょう?」

「今日初めて僕の名前知ったくらいなのによくそんなこと言えますね!?」



 あまりにもあまりな言い草に、ヴィートが抗議の声を上げる。

 他の誰にどんなことを言われようと彼にとってはこの仕事は任された責任ある職務なのだ。残念ながら動く気はないのが、その表情から分かった。

 しかしラフィはなおも不満なようで、口をとがらせてヴィートに問う。



「だいたい、仕事って何よ、今日客とか来るとか?」

「いや、今日はその予定はない、ですけど、突然人が来ることもあんまりないし」

「じゃあ……もう仕事ないじゃない」

「いやありますよ!僕には正午の鐘を鳴らす大事な仕事が――」

「もう三十分も過ぎてるぞ」

「え……い、嫌だなぁリュージさんまで、そんな良くない冗談を、時計も持ってないのに」



 リュージは無言で腕時計を見せた。ちなみにこの世界にも時計はある。しかし腕に巻けるほどの小型化は進んでおらずリュージの腕時計は彼の持ち得る唯一のオーバーテクノロジーだ。

 もう少しましなものは持ち込めなかったのかと言ってはいけない。



 自分の数少ない仕事を忘れていた事実は、ヴィートには衝撃だったのか、初めて見る小型の時計に驚くことも忘れて、深刻な顔を鐘に向ける。



「あああ、大事な仕事なのに、僕ってやつは――」

「いいじゃないの、時報なんて今どき誰も聞きゃしないわよ」

「そういう問題じゃないですよ!こんな簡単な仕事も出来ないなんて、また皆に馬鹿にされる……」

「……まぁなんだ、たまには失敗することだってあるさ。そんなに落ち込まなくてもいいじゃねえか」

「こらリュージ、空気読みなさいよ、こんなドジがたまにしか失敗しないわけないでしょ、きっと日頃からドジにドジを重ねてドジの上に成り立つ生活を送ってるに違いないわ」

「そこまで言わなくても良くないですか!?」

「じゃあ実際は?」

「それは、それはぁ――」

「やめろ、言わなくていいから」



 みるみる内に悲しみに染まる表情で全て分かるというものだ。

 見ていられなくなって止める。ラフィはその様子を実に楽しげに見ていた。良いおもちゃを手に入れた子供の表情だ。リュージは深いため息をついた。出会ってはいけない二人が出会ってしまったのかもしれない。



 今回のことについてはヴィートの勘違いとはいえ、帰るのが必要以上に遅れたのは自分たちにも原因がある。団長にあったらフォローくらいはしておこうと心に刻んだ。



「あんまり気にしすぎるな、凹んだところで失敗は元には戻らねえんだから、これからの仕事で挽回していくんだ」

「……そうですね、ありがとうございます、僕なんかを慰めてくれて」

「まぁ頑張ったからってやらかしたことは消えないんだけどね」

「ラフィ?」

「はーいごめんなさい」



 とりあえず案内はしてもらえないのなら、さっさとここから降りて自分たちの足で向かうしかないだろう。どうせ目的地はこの都市の代表のところだ。そこいらを歩いている誰かにでも聞けるだろう。



 そう思って降りるための階段か梯子を探していた時だった。鐘楼のほうから足音が聞こえてきたのは、思わず顔を向けると、一人の青年が足音高くこちらに歩いてくる。着てる服は緑、ヴィートと同じブロックスの騎士服だ。

 青年はそのままヴィートの正面に立つと、にやついたまま鼻につく声で言い放った。



「よお腰抜け、随分遅いお帰りだな」

「グ、グイドさん、何でここに?」

「何でって、鐘がならなかったのを団長が心配してよ、見てくるように言われたんだ」

「そ、そっか、えと、忘れてただけで、迷惑掛けてごめんなさい」

「忘れてた、ねぇ。腰ぬけヴィートのことだからてっきり見張りからも逃げたのかと思ったぜ」

「ひ、酷いなぁ、そんなことするわけないじゃないですか……」

「酷いのはどっちだよ、オレは訓練の途中だったんだ。お前とは違って将来ってもんがあるんだよ」



 情けなく笑って誤魔化そうとするヴィートに、グイドと呼ばれた青年の舌はますます陰湿さをに拍車をかけて追い打ちをかける。粘っこい悪意がヴィートに絡みついていた。



「お前のように若いのにこんな閑職に追いやられてる木偶の坊には分からないかもしれないけどな、一分一秒が惜しいんだよ、お前の相手なんかしたくないんだ」

「……す、すみません」

「なんなら本当に逃げてくれても良かったんだぞ?マッシ家のお家芸じゃないか逃げ出すのはさ」

「――やめてくださいよ」



 言われっぱなしだったヴィートの表情がここにきて変わった。当たり障りなく終わらせようと浮かべていた笑みを引っ込め、怒りと悲しみが混じりあった表情でグイドを睨む。睨まれた当人はどこ吹く風だ。



「怒ったのか?でも言い返せないだろう、全部本当のことだもんな」

「やめてくださいって」

「ブロックスで歴代最強だの何だの言われても結局はお前の親だもんな、親子揃って根性無しの恥さらしだ、マッシ家も大変だな!」

「やめてよ!」



 ヴィートはグイドの胸倉を掴み、持ち上げて睨みつけ、拳を振り上げた。

 それでもグイドの余裕は崩れない。その顔からは自分は絶対に傷つかない確信が、濁りをもって滲みだしていた。笑みさえ崩さずにグイドは尚口を閉じない。



「何だよ、殴るのか、殴れるのかおい! やれるもんならやってみろよ! ヴィートちゃんよぉ!」



 一色触発の事態のなか、平然と割り込む人影が二つ、大きい方の影はヴィートの振り上げられた腕を掴み、小さいほうの影は二人の間に割り込んだ。割り込んだ小さい影、白いシスターは白けた顔でこう言った。



「おしまい、見てても全然面白くないわ」

「ラフィさん、リュージさんも」

「ああ?なんだあんたら」



 煩わしさを隠しもせず、グイドは突然首を突っ込んできた二人に舌打ちまでした。リュージはヴィートの腕から力が抜けたのを確認すると腕を放す。



「詳しいことは知らねえが、家族まで槍玉に挙げるのは感心しないな」

「関係ねえだろ、どいてくれよ」

「悪いけど私たちこの子に道案内頼んでんのよ、急ぎの用でね、あなたもイライラしてるだけならもういいでしょう?」

「……ふん、好きにしろよ、そいつには道案内でも荷が重いかも知れねえけどよ」

「ご忠告どーも、ほら行くわよヴィート」

「い、いや、僕仕事が――」

「口答えしない、ささっと動きなさい」



 有無を言わせずに引きずっていくと、ヴィートも最後には逆らわずに着いてきた。

 梯子から下に降りるとき、リュージが最後に見たのはグイドの顔。

 多少にらむつもりだったリュージはの視界に意外なものが飛び込んでくる。

 一方的にヴィートを貶していたはずのグイドの表情は、苦々しく歪められていたのだ。それは邪魔されたことに対する怒りもあるだろうが、もっと、別の何かを疑わせるに足りた。



 入口から随分嫌な気持ちにさせてくれるものだ。梯子を下りながら、なんとなく何かが起こりそうな予感を、リュージは感じていた。

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