ブロックスの5
騎士、といえば特定の王族や、領土を守っているイメージがあったリュージだったが、この世界においては少しばかり話が違う。
自由都市連盟が発足してから、身分制度は完全に形骸化した。
それは民衆たちの意思が生んだ結果でもあり、徹底した身分制度で成り立っていた『帝国』を打倒した勢力として、連盟に求められていた条件でもあった。
更に国の廃止や、それらに伴った封建制度の廃止によって、いよいよ騎士と言う存在はその意義を失っていった。
しかし彼らが持っている戦力は、遊ばせておくにはあまりに持ったないうえに、野放しにしておくには危険すぎた。
結果として、それまで騎士として生きてきた彼らは、騎士と言う名称のみをそのままに、各都市に配属される治安維持組織として生きていくことになった。
リュージの解釈で述べるならば、この世界の騎士と言うのは元の世界でいうところの、警察に他ならないわけで――つまり今リュージたちが向かっているブロックスと言うのは、警察官養成を専門とした都市であると言える。
エリート養成校にして、世界警察本部とでもいうべきか、それが防衛都市ブロックスなのだ。
そんなブロックスに向かう足音は、先ほどよりも一つ増えて三人分になっていた。そのうち一番後ろを歩いている小さな足音の主は、大きなたんこぶを頭に作って、ぶつぶつと文句を言い続けている。
「なにも殴らなくてもよくない!? 私の頭が悪くなったら世界レベルの損失なんだからね!」
「下手したら死人出るところだったってのが分かってないなら、元から頭悪いと思うけどな!」
「出なかったんだから良いじゃない!」
「結果論だろうが!」
激しくにらみ合うリュージとラフィの間に、割り込んできたのは金髪の少年。
彼は控えめな笑みを浮かべて、両者を交互に目を合わせながら、どうにかなだめようと試みる。
「まぁまぁまぁ、二人とも落ち着いてくださいよ」
「……一番怒っていいのはお前だからな」
「いやぁ、元はと言えば全部僕が勘違いしたせいですから、ごめんなさい」
増えた一人分の足音は、少年、ヴィート・マッシのものだ。
あの後すぐに目覚めた彼は、頭を押さえて蹲るラフィと頭を下げてくるリュージに混乱していたが、全て自分の勘違いだと気づいた後は、逆に首がもげるのではと心配になるほど必死に頭を下げ続けた。
誤解とはいえ騎士が一般人に切りかかったことを深く恥じているようだったが、リュージからしてみれば偶然とはいえ死にかけた彼が頭を下げるのはいい気分ではなかった。というか気まずかった。結局その場で和解した二人は、不機嫌になったラフィを連れてブロックスまで道を共にしている。
ヴィートは人の好さそうな笑みを浮かべると、照れくさそうに頭を掻きながら、口を開いた。
「でも見張り台から見つけた時は驚きました。ラフィさんの後ろに知らない人がいるから」
「その知らない人の顔がこんなに厳ついんじゃ、私がつかまってると考えてもおかしくはないわね」
「い、いや!そういうわけじゃないんです、ただ何というかその、最近盗賊が多くてそれで、あの、目つきが…………ごめんなさい」
「おいやめろ謝るな、それで謝られると本当に傷つく」
「ち、違います!迫力があってかっこいいと思います!」
「盗賊みたいで?」
「いやあのそれはその――」
「ラフィやめてやれ、ヴィート大丈夫だ、よく分かったから」
思ったことに嘘がつけない性格なのだとよく分かった。人と関わるうえでは中々苦労するかもしれないが、美点と数えていいとリュージは思う。俯いて凹んでいるヴィートの肩を軽くたたいて、言外に気にするなと告げておく。
「それにしてもお前一人で来たのか?」
「あ、はい、見張りは僕一人しかいないんです」
ヴィートの言葉にリュージは目を剥いて驚きを露にする。
ブロックスは、というかこの世界の都市はひらけた場所にあることが多く、その全てに都市全体を囲むような城壁が築かれている。
有体に言って、明らかに一人で目が足りるわけはないのだが。リュージは素直にそのことを尋ねる。
「あの規模の都市で、見張りが一人は不用心すぎるんじゃないか?」
「いえ、今時都市を襲撃する存在なんていませんよ、正直いらないくらいです。でもうちは『防衛都市』ですからね、万が一ブロックスになにかあるとボアル大陸が不安定になっちゃうから、念のために置かれてるんです」
「なるほど、大事な役目を任されているんだな」
「……えぇ、そうですね、僕なんかにもできる大事な仕事です」
その返答に、一拍の間があったのにリュージは気付いた。
前を歩いているヴィートの顔を見ることはリュージにはできない。だが、その表情が決していいものではないことは、今の声を聴く限り明らかだった。
が、それも一瞬のことだった。ヴィートはすぐに元のような雰囲気に戻ると、すぐ傍まで迫った城門を指さした。
「ほら! もうすぐです! あれがブロックスの門ですよ」
「……でかいな、これどうやって開けるんだ?」
「見張りが開門役を兼任してるんです」
他の都市だと開門だけで一つの役目なんですけどね、と特に役に立ちそうもない知識を披露するヴィート。
リュージはラフィと顔を見合わせる。
二人とも同時にあることに気づいてしまったのだ。ラフィはすぐに俯いてしまった。その方が細かく震えていることに気付いたリュージは、ラフィの意地の悪さにため息を一つこぼすと、仕方なく代わりにヴィートに問いかける。
とても簡単な問いかけだ。多分。
「なぁヴィート」
「何ですか?」
「見張りってお前しかいねえんじゃなかったか」
その場に喋る者がいなくなり草原の静けさが否応にも強調された。
鳥が空を羽ばたく音すら聞こえるほどの静寂の後、ヴィートがあんぐり口を開けた。アゴが外れてないのが不思議なほどだ。
よく顔色の変わる男だ。そのまま悲鳴とも呻きともつかない声を上げながら門へと手をついて叩き始めた。
「開けてー!誰かー!開けてください!!」
「それじゃ無理なんじゃないか」
どのくらい分厚いのかわからないが、叩いた音が反対側に響くほど簡単な作りには見えない。
必死の形相で扉を叩き始めるヴィートにラフィが再び限界を迎えた。辺りを文字通り笑い転げながらヴィートを指さして笑っている。リュージはとりあえず笑っているラフィを諌める。
「おい、笑ってやるなよ」
「無理よ、あの子天才だもの! いや近年稀に見る天才だわ」
「ったく、どうする? 俺たちも一緒に叩いてみるか?」
「私の記憶が正しかったら混雑を避けるために門を開けた直後の通りは人がほとんど通らないわ、三人でどうにかなるもんじゃないわね」
「……ここまで来て入れないのかよ」
最悪の場合自分がむりやり開けるかと、リュージは門を見上げた。
多分だが、自分が全力を――あの能力まで使っていいなら、確実に開けることができる。
そして別にリュージは出自についても、能力についても隠しているわけではない。ただ騒ぎになるのが面倒なので、できる限り目立つことがしたくないだけなのだ。
だが、この場合は致し方ないと言ったところか――と、考えていたリュージは、いつの間にか笑いやんだラフィが興味津々に自分を眺めていることに気がついた。
「ねぇねぇ、もしかして自力で開けたりできるの?」
「……できる、ただできれば目立ちたくはない」
「へぇ、リュージは正体を隠さなきゃいけない系の勇者なのね!」
「正体を隠さなくていい系の勇者に会ったことあるのかお前……」
不思議な彼牛来図をされたリュージは、気が抜けたように肩を下げるとげんなりした視線をラフィに送った。
ラフィはラフィで、笑いすぎて目尻に浮かんでいた涙を指で拭うと、呼吸を整えてから口を開く。
「目立ちたくないなら、それでいいんじゃない?」
「……いや、そうは言っても中に入らないことには――」
「皆まで言わなくてもいいわ! もう十分笑ったからラフィさんが解決策を教えてやろうじゃない!」
ラフィは胸を張って勝気な笑みを浮かべている。
なんだか腹の立つしたり顔だが、何か方法を思いついたというのなら今回は素直に頼るしかない。ヴィートに近づくラフィについていくと、もはや半分泣きながら膝をついているヴィートに一言、
「出てきた場所から入りなさいよ」
飛び降りてきたわけじゃあるまいし、そう続く言葉に、男二人はあっと声を上げた。何で気付かなかったのだろうか……。
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