アルビオンの20

 アルビオンの町が今燃えていた。

 立ち上る蛇のような黒煙は町のいたる所から発生している。燃え盛る業火は全てを平等に飲み込んでいく。

 意外なことに死者はいない。盗賊の襲来に備えて家の中にいた人々は、騎士団出立とともにどこからか現れた盗賊風の集団に拘束されて公園で固められていた。

 無論ここだけではない、都市全域にわたり周囲に家屋がない場所に住人は移されている。


 縛られた住人たちは、剣を手にあくびをする男たちに身を縮こまらせて震えることしかできない。

 暇になった見張りの背の高い男が、隣にいる別の見張りに言う。



「おい、何でこんなめんどくさいことするんだ?」

「知らねえよ、良いから言われたとおりにやってろ」

「だって逆らう奴は殺したほうが早いだろ」

「俺だってそう思うけどよ……」

「馬鹿だなお前らは」



 その隣で二人の会話を聞いていた背の低い盗賊が、やれやれと肩をすくめながら話に参加する。



「お前ら今回のこれが何をする計画なのか理解してるか?」

「知らんから聞いてるんじゃないか、人は極力殺すな、廃屋以外はできるだけ燃やすなって、意味が分からん」



 頭からクエスチョンマークを飛ばして首をかしげる背の高い男に、背の低い男は呆れたように肩をすくめた。

 その仕草に、背の高い方の男は苛立たせたが、背の低い男は気にも留めずに相手を見上げた。



「……お前なぁ、説明されたろ」

「あんな難しい話聞けねえよ、都市を乗っ取って、ええとなんだ……『国』をつくるんだっけ?」

「――その話、詳しく聞きてえな」



 突然聞こえてきた声に三人の盗賊は身構えるがもう遅い、一人は猛スピードで目の前まで来た男に顎を打ち抜かれ、一人はその男の後ろから現れた騎士に、鞘で首を打たれ、気を失った。

 残された背の低い男は長身の二人に挟まれ、抵抗の無意味さを悟ってすぐさま跪いた。



「ま、まってくれ!」

「良いから知ってること全部話せ」



 龍二は男の胸倉をつかむと強引に持ち上げる。

 もともと慎重さがあったせいで、男は完全に宙に浮き、首元がしまり咽そうになっている。

 だがそんなことは知ったことじゃないと、龍二はますます胸ぐらを強くつかみ上げた。

 背の低い男は顔面を真っ青に染めながらも、必死の思いで声を張り上げる。



「お、おい良いのか!? こんなことして! 定時連絡の合図がなけりゃ、他の場所にいる住人が――」

「残念だったね、ここが最後だ……他は既に救出済みだ」

「へ?」

「都市中回ったのに、誰も何も知らなくてな、俺もいい加減いらいらしてんだ――知ってることがあるなら全部話せ」



 そんなことはありえないとか、騎士団は都市外にいるはずなのにとか、色々な言いたいことはありそうだが、目の前に迫った現実に打ちのめされたらしい背の低い男は、あっさりと諦めた。



「こ、この計画はバンゴっておっさんに声をかけられたんだ、あのおっさんはアルビオンをそのままの形で乗っ取るんだって」

「そのままの形? どういう意味だ?」

「人も殺さず、土地もできるだけそのまま、廃屋を燃やしてるのは見せしめだ!」

「しかし、生活が無事なら民衆がいつか反抗するだろう」



 ケビンが当然の疑問を口にする。龍二もそう思った。いくら恐怖で縛られようと、それではいつか抵抗が激しくなる。

 それこそこの世界で、『帝国』と呼ばれた彼らがが犯した間違いと変わらない。

 盗賊も、そのことについては理解しているようで、恐怖に染まっていた顔をいやらしく歪めながら、その続きをこう語る。



「だ、だからこの計画には詰めがあるんだ」

「もったいぶってねえでさっさと言え」

「人質だよ」

「人質?」

「都市民の前で、市長とその娘を人質に脅すんだ。この都市の市長親子は他のところと比べても人望が厚い、そうなるようにしてきたんだと。きっと市民も今まで以上に都市のために働いてくれるはずだぜ、愛する市長様のためだからな!」



 話している最中に盛り上がってしまったのか、男は言い終わると勢いのまま笑い始めた。

 龍二は持ち上げた男を思いきり背中から地面に叩きつける。男は声を上げる暇もなく失神した。


 龍二は男から手を離すと、軽く呼吸を整える。

 計画の全貌は分かった。前向きに考えるとこの計画には死者が出ることは想定されていない、ルイスもアリスもおそらく無事だ。

 ケビンも同じ結論に達したのだろう。龍二の肩に手を置くと神妙な面持ちで、白の方向へと視線をやった。



「城に急ごう、今ならまだ間に合う」

「ああ――ってまた飛ぶのか」

「これで最後になるはずだ」



 バンゴに対する恨みがまた増えた。

 出会いがしらにぶん殴ってやろうと心に誓う。

 本日何度目か分からない浮遊感にうんざりしながら、龍二はこの騒動の終わりが近いことを祈った。



※   ※   ※   ※



 玉座の前でルイスは跪いていた。当然だが彼の意志ではない。首筋からはとうの昔に刃は退けられていたが、彼我の戦闘力の差については長い付き合い故に、先刻承知だ。逆立ちしてもルイスではバンゴには勝てない。

 そのバンゴは一切の表情を消して玉座に座っていた。そこにいるのが当然であると言わんばかりに――



「バンゴ、何のためにこんなことをする」

「……誰がしゃべることを許可した」

「良いから答えてくれ……こんなことをして、ただで済むと思っているのか? 武力による革命は連盟法で違法とされている行為だ、私を殺してもアルビオンは君のものにはならない」

「そんなもの、端から望んでおらんわ」

「じゃあ、君の目的はいったい――」

「国をな、作るのよ、まずは西の大陸を制覇しよう、ここはその足掛かりだ」

「何を……!? 気は確かか!?」



 世界基準の法として定められている連盟法だが、その中でも最も厳重に罰せられるのは都市を超えた勢力の立ち上げだ。

 複数の都市が同盟を組むことさえ審査に審査を重ねて行われる程のことなのだ。立国宣言など、それこそ――。



「――世界を、敵に回すぞ! そうなったらこんなことはすぐに終わりだ! そうだろう!?」

「確かにまだ真っ向から戦う力はないな――だがアルビオン自体には支配する程度の価値が生まれた。周囲にばれないように力を蓄えて行けるほどにはな」

「……何故だ、何故そこまでするんだ! 何か不満があったのならどうして言ってくれなかった! ここはそうやって意見をぶつけ合って私たちで作ってきた都市じゃないか!」

「――ひとつ、勘違いを正しておこう」



 激昂するルイスに、至極冷静なバンゴ。

 指を立てて相手を制するその様子は、まるでいつもとは役割がそのままひっくり返ってしまったようだ。



「俺は、不満が、目的があるから国を作るんじゃないんだ」

「じゃあ、どうして」

「それ自体が、目的だからだ!」



 バンゴはポケットから出したバッジを胸元につける、それはいつだったか廊下で龍二とぶつかったときに、落してしまったものだった。

 ルイスの顔色がはっきりと変わる。

 十本の剣が剣先を一点につき合わせ円を作っている模様



「君、その徽章は……」

「ああそうだ、『帝国』のものだ」

「なぜそんな物を――!?」

「決まっているだろう、俺の家は代々帝国の重鎮だったからだ!」



 バンゴは吠える、その声には今までずっと隠してきた、隠せざるを得なかった自分自身の出自、誇り、それをようやく表の世界に晒せたことへの、喜びが確かに混じっていた。



「生まれてから約半世紀、片時も忘れたことはない、私の目的はただ一つ、帝国の再興、それのみだ!」

「……嘘だ、そんなことは、嘘だと言ってくれ!」

「嘘ではない、悪いがそろそろ耳障りだ、お前にも黙ってもらうぞ」



 バンゴが指を一つ鳴らした。

 閉まっていた扉が開く。城にしては質素な作りであるアルビオン城には似合わない豪奢な扉だ。

趣味ではないから質素なものにしようとこの間を作るときにバンゴに相談したのを思い出す。あの時バンゴはかつてないほどの猛反対を見せた。仮にも王が謁見をする部屋なのだと、この部屋くらいは威厳に溢れていてもらわねば困ると、押し切られた。



 もうあの時からバンゴが見ていたのは――彼の中でこの椅子に座っていたのは、バンゴ自身だったのだろう。

 扉の向こうにいたのはルイスの愛娘――手を縛られ、気を失っているアリス。

 それだけでも悲鳴を上げたい気持ちになったルイスだったが、その眼はアリスの隣に立っている人物に釘付けになった。



「……アロマ? そんな、どうしてお前まで――」



 その声は掠れていたかもしれない。意識して出たものではない、出てしまった声だった。

 呼ばれた老人は一切の反応を示さず、アリスを持ったままバンゴの玉座の傍らに立った。



「こいつが協力を申し出た時は驚いたぞ? お前は民の心はつかめても部下の心をつかむのはずいぶん下手のようだな」



 ルイスにはもう何も聞こえていなかった。

 十五年、決して短いとは言えない時間、共に生きてきた。

 辛く倒れそうな時も、互いに支えあって生きてきたつもりだった。血の繋がった家族よりもずっと深い信頼を心の底では捧げていた。

 全てを否定されたような虚無感に、ルイスの思考が停止する



「まぁじっとしていろ、もうすぐ終わる。町の制圧は終わった。これから貴様らを人質にしてそのことを市民たちに理解させる」

「そんな事!」

「許さんか、しかし貴様には何もできん」



 ルイスは歯が砕けるほどに食いしばった。

 悔しさも悲しさも、今のルイスにはそれを形にすることすらできない。

 このまま、自分の大切なアルビオンが崩れていく様を見ているしかないのか――



 バルコニーに誰かが降り立ったのはその時だ。



「これは、間に合ったってことでいいのか?」



 そこに立っていたのは、少なくとも自分と娘にとっては勇者である男だった。

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