アルビオンの3
戦いは終わった。
数秒の間油断なく二人組を見つめていた龍二はふっと一息つくと両手を下す。
龍二はそのまま男たちに背を向けると、壁際に倒れていた少女に歩み寄り、その手足の縄と猿轡を解いてやった。
「ぷはぁっ」
「悪いな、少し時間がかかった」
「あなた、いったい……」
呼吸を整えながら少女は先程の戦いを思い出す。
ただただ圧倒的だった戦いを――。
眼前で伸びている男達が弱かったのだろうか、いや違う、あの二人の動きだって自分には一切見えないほどだったのだ。そんな相手に、武器も持たず、傷一つ負わずに勝ったこの男はいったい――
「怪我はないか」
「な、無いわ、その、おかげさまで」
「そうか、ならよかった」
「え、えぇ……」
今しがた圧倒的な暴力を見せた人間とは思えないほどの――不器用ではあったが――穏やかな笑みに、少女は戸惑った。
龍二は少女の戸惑いを自分への恐れと受けったのか、少しさびしそうな顔をすると、倒れている二人を見て、自らの首に手を当てた。
「こいつ等を、どうするか、ほっとくと死んじまうしな」
「……大丈夫、すぐに騎士団を呼ぶわ」
「騎士、警察みたいなものか?」
「ケーサツってのがなにかわからないけど、この二人きっとお尋ね者だから、騎士団に預けなきゃ」
大雑把に警察の代わりと考えてよさそうだ。ならば自分もここにいたほうがいいかもしれない。状況の説明を子どもだけに任せるのもなんだし、いい加減自分の状況を誰かに説明したい。
「じゃあ呼んできてくれ、俺は見張っておく」
「あら、大丈夫よ、ここから呼ぶわ」
そういうと少女は懐から何かを取り出した。
龍二には、細長い筒にしか見えなかった、少女がその片側をくわえる。それが突然けたたましい音をたて、龍二は耳をふさぐ、笛ならば笛だと先に伝えておいてほしかった。
「これできっとすぐに――」
「アリス様!」
直後に路地の入口から、老人と言っても良いくらいの男が走ってこちらに向かってきた。
執事服に
その視線は鋭く、老人とは思えない迫力が龍二に向けられている。
「ご無事ですか! もう大丈夫です! このアロマ、参上いたしました故」
「大声を出さないで、耳が痛いわ」
「そんなことはどうでもよいのです、また勝手に城を抜け出されて、ルイス様が心配のあまり仕事が手につかなくなっています」
ルイス、という名前が聞こえた途端に、アリスはどこか寂しそうな顔して、ふっと微笑んだ。
それは年齢にそぐわない程には、さみし気な笑みだった。
「あら、面白い冗談ね、それで、アロマこれを見て」
アリスはすぐに表情を戻すと、その場を手で示した。
執事服を着た男――アロマ――は龍二を見て、肩から血を流して倒れている二人組をみて、その二つを幾度か交互に見た後、
「この男を捕まえればいいので?」
「なんでそうなる」
「何でと言われましても、どう見ても人さらいの一味かと」
目つきが悪い自覚はあるがそこまで言われると流石に辛い、ため息をつく龍二の代わりに隣の少女が状況を説明する。
「この二人が人さらい、この人は助けてくれたの!失礼な事言わないで」
「おや、そうでしたか、それは失礼」
「それで、お礼したいからこの人城に連れて行っていい?」
「構いませんが、その、旅のお方、名前をお窺いしても?」
「城戸龍二だ」
「……失礼ですがどちらが名字で」
「ああ、えっと、リュージ・キドって言ったほうがいいのか」
アロマの表情が一瞬固まった。
だがほんの一瞬の違和感だ。
次の瞬間には元の様子に戻っていたアロマに、恐らく気のせいだったのだろうと龍二は勝手に納得する。
「とりあえずアリス様、この路地の入口に馬車を置いてありますから、お先にお帰りになってください、私は騎士団に連絡を取ってから帰ります」
「うん、お願いね」
手をひらひらと振って立ち去るアリスに、龍二はついて行く、話を聞いて居る限りついて言っていいはずだが。
それより龍二はさっきの会話で何度か出てきた単語がひっかっかっていた。
「なんでそんな何とも言えない顔してるのよ」
「……しろってのは何のことだ」
「はぁ!? 城も分からないの」
「いや、そうじゃ無くて、なんというか」
言いにくそうにしている龍二を見てアリスは何を言いたいのか察したようだった。
「ああ、あなたこの都市にははじめてきたのね、それなら仕方ないわ」
少女は小さな体で精一杯の威厳を示そうと胸を張って、堂々と名乗った。
「開拓都市アルビオンの市長の娘、アリス・アルビオンよ」
お姫様って言ったほうが分かりやすいかしら、少女は得意げに口角を上げた。
※ ※ ※ ※
城戸龍二は勉学に熱意を向けたことがない。勉学をさぼっていたわけではないので、一般常識程度なら問題ないが、専門的な知識は何もない。
そういう生き方を選んだのは自分なわけだが、成長してから悔やんだものだ、今だってそうだ。
自分の記憶が正しければアルビオンなんて名前の都市はなかった。しかしそれでも知らないだけかもしれない、そんな気持ちが捨てきれないのだ。
自動車が一台も走っていない道を、馬車に乗って、うっすらと見えてきた目的地が城だったとしても、まだここは自分の知っているどこかなのではないかと思ってしまう。
「どうしたの、リュージ?」
「いや、俺の住んでたところとはずいぶん様子が違うと思ってな、馬車にも初めて乗った」
「あなたどんな田舎から来たのよ、これ以外どんな移動手段があるの?」
「……そうか、そうだな」
「変な人ね、初めて乗ったっていう割には興奮してないし」
「そんなことはないさ、これでも驚いてる」
「ふーん」
釈然としない表情で、こちらを見てくるアリスに、軽く笑いかけてから改めて外を見る。流れてゆく町並み、服装、乗り物、ようやく落ち着いてみると、時代錯誤も甚だしい。
普段ならば何が起こっているか絶対に分らなかった。だが今回は、今回だけは、察しが悪いと自負している龍二にも何が起こっているのか分かっていた。
「岩永、俺はごめんだって言ったはずなんだがな」
ここに来る直前の後輩との会話を思い出しながら、龍二は深くため息をついた。
悔やむべくは、持っていた鞄を置いてきてしまったことだ。あの中にある携帯電話を使えれば、事態の把握ももっと早かっただろう。
彼の持ち物は着ているスーツを抜くと、腕時計だけだった。こんな装備で、本当に大丈夫だろうか。
頭を抱えている龍二の顔を、アリスが心配そうに覗き込んだ。
「どうしたの? なんだかずいぶん辛そうだけど……」
「なんでもない、強いて言うなら言葉が通じて助かったってことだ」
「……まぁいいけど、着いたらとりあえずお父様のところに行かなきゃ」
「お前の父親って」
「この都市の市長よ」
「おいおい、こんな恰好で会って大丈夫か」
「良いんじゃない別に?確かに変な服だけど、汚れてるわけじゃなさそうだし、もう着くわよ」
大枚はたいた一張羅のスーツを変な服呼ばわりされて龍二は複雑な気持ちになる。
車輪が音を立てて馬車が止まった。地面までの距離が意外と長い、アリスが手を貸してもらって降りている間に龍二はひとり飛び降りた。
靴底がカツンと音をたて、顔を上げた龍二は目前の城を見上げた。押しつぶされると錯覚するほど大きい。
はるか昔歴史の教科書で見た覚えのあるそれは、覆しがたいリアリティで持ってして龍二に現実を突きつけた。
龍二の頭の中に現れた岩永が、『ずるいっすよ先輩、オレも連れてってくださいよ!』と騒ぐ、自身の想像に苦笑いし、龍二は門をくぐった。
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