漫遊・冒険


 水底にしずむ遺跡の遥か頭上を、影が悠々と横切ってゆく。


 水温は冷たく、金属の鎧がきちっと収縮するほどだ。温度こそ感じられないけれど、それを肉体とする潜水艦ケトゥスには、それがありありと感ぜられた。緊張した全身……。

 それは懐かしき、海の冷たさ。二度と届かぬ場所。

「水深が!あってよかった!よかったですねーケトゥス!」

「こうして泳げば視界良好・融通無碍・交通安全、空を飛んでいるようなもの!敵も下手に姿を見せられません!」

「安全!安心!ケトゥス号!!」

 静寂をつらぬいて、唐突に響き渡る大声。キンキンと痛いような高音の大合唱だ。乗員たるオキアミ・プチロボットたちは、わいのわいのと騒いでいる。オキアミたちは戦いを忌避するが、それは戦闘となり右に左に船体が揺れれば、小豆を入れた箱を傾けるようなものだからだ。ざざーっと、たくさんのオキアミたちが家具類や貯蔵品と一緒に船内の床を滑ってゆく、ということになる。ときどきワイヤの髭も折れるし、その乱れた船内を後で片付けるのもオキアミたち。戦闘をその面倒臭さゆえに嫌う、小さき平和主義者たちなのだ。

「ほほ、このケトゥス、争いは苦手であるからの。こうして避けられるのならば一番だわい」

 ゆったりとしたしゃべり口の老人の声は、この潜水艦ケトゥスの声。オキアミたちの騒がしさのなかでもよく通る低い声で話す。

 彼は戦いのために作られた艦船ではなかったし、長い死のなかで気長な性質が育っていた。くるくると動く必要のある戦闘は苦手だったし、傷つかない機能こそあれど傷つける機能は備わってはいない。

 こうして泳ぐのが彼らの楽しみ。少し後にこの平穏が崩れるとしても、それまでは最大限にぺちゃぺちゃとしゃべくるのだ。


「ケトゥス、ケトゥス?」

 ケトゥスはふと気がついた。オキアミのなかの一体が、騒ぐ群れを外れて艦内カメラに寄ってきている。5942号だ。ケトゥスに見分けはつかないが。

「なんだねオキアミ?」

 オキアミの言葉は、そのちっぽけな頭で考えたものではない。この潜水艇ケトゥスに搭載された電子頭脳の──ポンコツだが──総意である。普段こそその思考ドライブや言語ドライブを無駄に駆動しメモリを消費して好きなことを好きなように口走り叫んでいるのだが、こうして改まってその意思を伝えに来るような時には、マイクを傾けたほうがいいのだとケトゥスは知っている。

「この後の海域なのですが───」



「ああ!オキアミピンチ!」

「右に左に!前と後ろに!」

「オキアミは揺らされていますー!!ああ!ピンチ!!!」

 艦内に響く無数の悲鳴。揺れる灯りと調度品。

 潜水艦ケトゥスは、未開の海域の端っこ、海流と海流のあいだを縫って進んでいた。機体を押し流しかねない奔流を避けて、浮き沈みを繰り返す。先程オキアミから受け取った情報を元に決めたルートは、それでも、きつい。悪路というやつだ。

「これでもできる限り、速い海流は避けておる。だが、時々もろに被ってしまうな……」

 乗員たるオキアミ達が右往左往するなか、ケトゥスは自らの操縦に全神経を傾けていた。

 いつか海に生きていたころの泳ぎは既に失われている。この体は鋼によって重くなり、骨はいくつか失われ、ぎしぎし鳴る鉄の筋が、彼の体を辛うじて動かす。

10年間こうして泳いできても、永遠に慣れることはない。肉さえ失くしたからだに、動くことを強制するという無限の戦いには。

「オキアミども!炉に火を焼べるのだ!

ここを突っ切れば……次の海域である!」

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