第6話 声も届かぬ壁の先


 遠方から伝わる空気の震え。それに混じる大地の揺れ。自室のベッドで寝かせられていても、シャーロットはリネーゼがエタロットと戦っていることを理解出来た。


「すごい揺れだね、兄さん」


 ベッドの脇に置かれた椅子に腰を下ろしたゾフィーは、細かく音を鳴らす窓ガラスを見て軽く笑う。窓ガラスの向こうには、ちょうどリネーゼが土色のエタロットの光線を受け止める後ろ姿が見えていた。

 シャーロットは天井で円を描く電灯を眺めながら笑い返した。その顔に血の気は大分戻ってきているが、しかしまだまだ色は青い。


「シュテファンはすごいな。悔しいけど、僕じゃああはいかないよ」

「そうかな? 兄さんだって鍛えてたんだから、あれくらい――」

「無理だよ」


 ゾフィーの励ましの言葉をシャーロットは無感情に断ち切る。


「僕はスピリットに成れなかった。どれだけ鍛えたって、役に立てないならなんの意味もないよ」

「……ごめん」

「いや……僕の方こそ、ごめん」


 シャーロットはゾフィーから顔を隠すように寝返りを打ち、窓側に顔を向ける。寝転がりながら景色を見るには窓の位置は少し高過ぎたが、起き上がればなんの問題もない。

 しかし、シャーロットがリネーゼの後ろ姿を見るにはその壁はあまりにも高過ぎた。


「……もうすぐ勉強の時間じゃないか?」

「あ、うん。そうかも……そうだね」


 ゾフィーは部屋の時計を確認し、立ち上がる。


「先生にはもう兄さんの具合のこと話してあるから、安心して」

「ありがと」

「どういたしまして。……それじゃ、また来るよ」

「勉強頑張れ」

「あはは……」


 シャーロットの言葉にゾフィーは苦笑し、兄の背中に向けてひらひらと手を振りながら部屋を出ていった。

 部屋に一人残されたシャーロットは、物憂げな表情で溜め息を吐く。


「役に立てないなら意味がない、か」


 先ほど自分が発した言葉を繰り返し、シャーロットは自嘲気味に笑う。


「スピリットに成ることにこだわらなければ、僕が役立てるところなんて探せば見つかるんだろうけど。でも、それでもやっぱり……」


 シャーロットは笑みを崩すことなく、寝転がったまま膝を抱えて丸くなる。

 彼の瞳から透明な雫がこぼれ落ちた。


「諦めたくないなあ……」


 その小さな音は、激しい光に遅れて轟く空気の震えに呑み込まれ、跡形もなく掻き消された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鉄壁の薔薇駆動 リネーゼ めそ @me-so

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ