第12話 人間関係のリセット
「なんで休校?」「ラッキーな休み」
軽くチェックをして読み飛ばす。同じように、純粋に休みを喜べたらどんなにかいいだろう。
自分がやらなきゃいけないことは決まってる。深呼吸して、一思いに実行。
一番見たくない、でも見ないといけないクラスメイトのアカウントへ飛んだ。
「っ……」
やっぱりだ。あのトラブルの事が書いてある。
把握しているクラスメイトのアカウントはほぼ動きがある。
そして、確証を得た。
死んだのは、殺されたのは東村。
「……東村のこと、残念だね。昨日の昼休みと事件を結びつける人も出てきているし、このことが広まるのは時間の問題だと思う」
「なんとかならないのかよ――!」
状況を報告する電話で幸祐にいらついても何も変わらないのに。どうしてもそうせずにはいられなかった。
「……僕らにできるのは、前と変わらず鮮美さんのそばにいてあげることだけだよ」
黙っていると、固定電話の秒数がどんどん増えている。だからだろうか。幸祐のほうが先に沈黙を破った。
「小原、気分悪くしたらごめん。鮮美さんが空白の時間に何をやっていても、小原はなにも変わらない?」
幸祐が言いたい事。おそらくこれから立ち向かわなければならない周りの視線。
はっきりと分からない鮮美。すべてがぐるぐると混ざっていく。
「……俺は、あいつを信じるよ」
幸祐は呼吸の仕方を変えたようだった。
「……そう、わかった」
諦めや、仕方がないといったようなニュアンスだった。鮮美の立ち位置は、幸佑でさえ、どうにも動かせやしない。
「言っておくけど、今鮮美さんに連絡とったら駄目だからね。今頃学校側も東村ともめてたこと掴んでると思うし……もしかしたら警察が任意で事情聞きに行くかもしれない。どっちにしろ、小原に体調悪いって連絡きたんでしょう?変に刺激しないほうがいい」
何かしていないと振り払えそうもなかった。けれどそれが迷惑になるなら、全力で自分を抑えるしかない。
しぶしぶ受け入れた後は、幸祐と少しだけ雑談をして電話を切った。
――藤和の入学式では、新入生代表の挨拶を誰が行うのかは最大の関心事だった。
今までは全国大会出場者、入試トップ、帰国子女。元生徒会長や、ボランティア160時間以上経験者など、そうそうたる存在ばかりが務めている。まさかいきなり一般生徒に振り分けられるわけはない。
「絶対幸佑だと思ったのに」
入試の答え合わせで満点に近い得点をたたき出した幼馴染はかぶりを振る。
「そんなのやりたくないよ。誰かほかにいい人いるだろうし」
慣れない制服を着て、体育館に座る。校長、生徒会長の挨拶が終わり、次は新入生の挨拶だ。
『では、新入生代表、アザミシンクさん、どうぞ』
そう司会者生徒がマイクにむかって言うと、自分と同じ横ライン……つまり同じクラスの列から一人が立ち上がった。耳に残る名前には憶えがない。越境受験者か。
構えることなく、凛として背筋を伸ばして歩く。違和感を覚えながら見ても、顔は見えなかった。だが、前のほうが息を飲むのが分かった。
アザミシンクは体育館ステージに立ち、緊張する素振りもなく演台の前に立つ。そこに置かれていたマイクをスタンドからはずし、手でぽんぽんとおさえた。
軽く礼をする。顔を上げたとき、多くの人間が息を呑んだ理由が分かった。
きれい、だったのだ。男子が2、3秒止まってしまい、女子もため息をつくしかできないくらいに。そして違和感の正体。彼女の制服姿がスカートではなくスラックスで、中性的な容姿だったことも。
だるい雰囲気だった式がざわざわし始めたなか、彼女は口を開いた。
『こんにちは。私たちは、今日から藤和高校の生徒となりました。全県学区である藤和高校では、おそらく多くの人と関わることと思います。勉強面でも単位制という、自分にぴったりの時間割が組め、多くの部活動が、各種大会に出場しています。きっとここで、私たちはそれぞれの道を見つけ、進んでいくことになる。
わたしたちは、今日から今までとはまた違う世界で生活することになります。
多くの人が関わるからこそ、ぶつかりあい、否定することもあるでしょう。しかし、そこで私たちは、これからも生涯の友となるであろう人とも出会うはずです。今日からたった一度の高校生活が始まります。悔いの残らないよう、何事にも取り組み、自分が信頼を寄せる仲間を見つけ、誰かの大切な人間になっていきたいと思います。藤和高校1年2組、アザミミク」
彼女はそこでマイクを戻し、礼をした。
どこからともなく音がして、すぐに大きな拍手が彼女を包んだ。
式のあと教室に入ると、出席番号順に座るように黒板に指示が書かれていた。男子から詰めて座り、女子は廊下に近いほう。誰もが彼女のほうをちらちらと見る。だが、彼女に声をかける人はいない。
普通に席に座っているだけなのに、話しかけるのさえ恐れ多い。おそらくこれは共通の意見だ。
そんなクラスの空気もいざしらず担任が入ってきて、お決まりの挨拶と生徒の自己紹介がはじまった。入学者は県内出身が9割以上。そのうち市内出身者が約半数だ。志望理由のトップスリーは、偏差値が適当、家から近い、部活で大会に行きたいから。あとは筋金入りの部活人間が稀に越境で入学する。
幸佑と団は前の2つが志望理由だ。
少ない例外が、彼女だった。彼女の時間は誰よりも静まり返っていた。
だからよく覚えている。
「――鮮美深紅です。K県からの引っ越しをきっかけに、藤和高校に入りました。県立大付属中学出身、元フェンシング部です。よろしくお願いします」
少し遅れて、拍手が起こった。
K県は特徴的な方言がある。その割には訛りがまったく感じられなかった。
藤和にフェンシング部はない。部活に打ち込みたければ他に私立があっただろうし、大学付属ならそのまま持ち上がりで進学できただろうに。越境のメリットは特にない。引っ越しに伴って受験したのだろうか。
ただ、彼女はそれ以上自分のことを語ろうともしなかった。
あのときの自分はどうかしてたのだろうか。
放課後、誰ともしゃべらずに教室を出ようとしている彼女を見つけた。
みんな話しかけたいのだとは思う。躊躇しているだけだ。
後を追うようにナイロン製の指定かばんを掴むと、団は勢いよく飛び出した。
「鮮美さん!」
彼女はゆっくりと振り返る。
「……なに?」
日の光が白い廊下とクリーム色の壁に優しく反射する。警戒されていないがいぶかしむ表情。団は声をかけてから、話す内容を用意していなかったことに気がついた。
「えっと、あの……。部活って、何入るの?」
我ながらてっぱんネタだと思ったが、変に『なんでもない』と言うよりはいいはずだ。
「――剣道部。ド素人なんだけど、刀使う武道が好きだから」
「えっ、おれも剣道部志望。中学からやってる。それでさ……」
ここから先は、黙ったら負けだ。一旦黙ったら再度しゃべるのに時間がかかる。
だから言え。女子にびびるな、いくらきれいだからといっても!
「もしよかったら、今から見学行かない?」
彼女はずりおちてきたかばんを抱えなおす。
「……うん!」
そしてゆっくりと微笑んだ。
それからはずっと一緒にいた。普通に、友達として。
お互い普通に友達ができたし、誰とでも話している。ただ、特定のグループに入らず自分から話しかけにも行かない。来るもの拒まず。去るもの追わず。カップルに間違われたこともあるけれど、なんのことはない。よく観察していれば、鮮美のほうから話にきたことなんて、一回もないと分かったはずだ。
誰よりも近くにいたと、断言できる。それでも、そんな優越感何の足しにもならない。
だって、鮮美のことをなにも知らない。
クラスも、部活もと四六時中一緒にいるのなら秘密を知ってもおかしくはない。中学時代、家族関係、自分のこと、内面、悩み。
鮮美からはそういったことを聞いたことがない。強いて言えば通り魔に悩まされていたことくらい。
隣にいることを許してくれていたんじゃない。ただそこにいるだけだ。別に何の感情もない。自分じゃなくてもいい。自分である必要はない。
信頼なんて、されていないんだ。その他多数と変わらない。
でも、それでもいいよ。
望むならどんな形でだっていい。
食材の買出しに作りおき、部屋の掃除に宅急便の采配と、家事を無心に行っていると、日はとっぷりと暮れていた。連絡網によると、明日からは普通に授業が行われるそうだ。ふと思う。そのとき鮮美はどうなるのだろう。また、鮮美を見る目は変わるのだろうか。
こんなことを考えている自分もまた、偽善的でややこしくするのかもしれない。
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