第8話 恐れ
――十数分後。制服に着替えた後、団は足早に下駄箱へ移動した。
結局鮮美は来なかった。自分を持っている彼女なら、先に帰ってしまってもおかしくはない。
そうすると、自分は鮮美がそばにいないとなにもできないくらい依存症なのか。自嘲しながらスニーカーに履き替えようとして、ふと鮮美の靴箱を見た。
ちょっとした再確認のつもりだった。
――こげ茶色のローファーが残っている。スニーカーを投げ捨て、取って返す。校舎に囲まれた中庭を一望できるガラス戸へ駆け寄り、教室棟を見上げた。
階上は真っ暗で、明かりひとつない。赤々としているのは一階の職員室周辺だけだ。いてもたってもいられず、スニーカーを靴箱に突っ込んで、静かに校内へ舞い戻った。
設計時、校舎の日当たりを重視したのか藤和高校は全体的に明るい。冬の放課後や雨天でも教室の電気がついていると廊下は事足りるということで、教室棟廊下に元から蛍光灯がついていないほどだ。
ただ、生徒下校時刻三十分前になると階段や特別棟の電気が消える。夜の学校は藤和といえども死の世界だった。
団は静かに階段を上り、足音を極力立てないようにして廊下を歩いた。
空いている教室をひとつひとつ覗いてまわる。人探しの都合上、教室の施錠をしない校風がナイスだ。同じくらい、思う。どうしてこんなことしているんだろうとか。
見つかったら反省文と説教は免れない。怖かったのはそんな事態に陥るよりももっと別の部分にあった。
自分の教室を見るのが、正直怖い。いなかったら、鮮美が消えてしまったみたいだ。もしいたら――――どう接していいか、分からない。どんな言葉をかけたらいいのか分からない。
だから自分の教室についてもすぐには入らず、恐々と顔だけ入れてみた。まずは教室の後ろ。何も変わらない。次に鮮美の席。――かばんも置いていない。
そして正面、グラウンド側の窓際。
誰かが――なんともなしに教壇に座っていた。
「鮮……美?」
誰かは声のほうを見もしなかった。
団は足を踏み入れて、かばんを静かに床に滑らせる。その誰かを鮮美と確認した。
「………」
近づいたはいいが、かける言葉がみつからなかった。鮮美はなんの表情も浮かべていなくて、小奇麗な人形のようだった。
最悪の事態を予想してしまう。
「鮮美、どうかした?なにかあった――?」
鮮美はそこで初めて小原を見た。
「……別に、何も――」
それでも声に力はない。
改めて観察しても、鮮美の姿に変わった様子はない。制服はいつものようにアイロンがかけられている様子が見て取れる。教室を見回しても、鮮美と話していたはずの東村がいない。
「……あいつは?」
鮮美はしばらく黙ったままだった。
「…………帰った」
鮮美はすっくと立ち上がり、隣に置いてあったかばんをつかむと、右肩にかけて竹刀を左手に持った。すたすたとわき目も振らずに教室を出ようとする。
ドアを引く溝を越える前、彼女はぴたりと止まった。
「……帰ろうか」
振り返ることなく言われた背中を、団は慌ててかばんを持ち、追いかけることしかできなかった。
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