第5話 裏の顔

「なあ鮮美、レポート手伝ってよ。選択のやつ」

「知らないよ、こっちは取ってないんだから。ってか今度はなに?」

「城に出るといわれる怪異について4000字」

「イギリスの幽霊にしたら?……あー、市内じゃないとだめなんだっけ」

「うん藤和市内限定。他の地域なら分量増し増し。来週提出なんだけど軒並み図書室の本借りられて」

一学期からこの状態で、二学期以降は不安しかない。

友達に泣きを入れる光景は、クラスで恒例行事となっていた。

「毎度レポート書かされる『藤伝』取ったのは小原。自分の責任だよ」

さばさばした友人にはぐうの音もでない。

「――ほら、移動しなよ。もう小原の席の子来てる」

 そう言われて初めて、目の前に立つ女子に気づいた。そのまま立ち去るのもそっけない。軽く会釈し、教室を出た。

 次の授業は歴史。世界史組は自教室、団のような日本史組は隣の教室へ移動だ。

 ――藤和高校は、県内でも少数の単位制で、文理区分もない。生徒は自分の進路にあわせ、英語や国語などの一般教科と数多い分野の選択科目から授業をとる。外大を目指すなら英語漬に加えハングル。理系ならスーパーサイエンスという授業群、そして少数派だが歴史系に興味があると地方伝承など。

その中でも『藤和市における伝説から見る考察』、通称「藤伝」は、藤和市内の伝承について調べ、毎月レポートを提出するという異彩を放ったものだった。テーマは今月が藤和城の怪異(幽霊)、先月が藤和で発見される化石、その前は藤和の民話。受験には一切関係ない。逃れられるのは進級後だ。藤和市内にはどれだけ伝承の類いが残っているんだと、履修者全員涙目だ。「だからやめろといったのに」と言われつつも履修した研究大好き人間たちでさえきついとぼやくのだから、高校の選択科目の範疇にはないと思う。

 鮮美は伝承の類は好きだが『藤伝』をとっていない。レポートが嫌だったんだろう。けれど理系・医療系に進まないといいながら生物Ⅱ、化学Ⅰ、Ⅱを履修して、はっきり言って取り方がばらばらだ。将来的に受験科目が足りなくなるんじゃないだろうか。そもそも進路はどうするんだ。このような不可解さも、鮮美が注目される理由だろう。

「小原、ちょっと」

 団は思考を止めて呼ばれたほうに向かった。相対するのはひょろっとしているカクブチ眼鏡、姫島ひめじま幸祐こうすけ。小学校からの親友だ。

「また鮮美さんのこと書き込まれてる」

 団は幸祐の私物のノートパソコンを見た。画面に映っているのは藤和の学校裏サイト。最近の書き込みには鮮美の通学路や、顔が判る粗い画像も載せられていた。

「この書き込み、何時頃にどの道通るか具体的に書き込まれてるね。身元分かれば訴えられるレベルだよ」

「これ、IP番号からみたら前の同じ奴じゃねえの?」

「たぶんそうだと思う。一応管理人には連絡するけど、小原。しばらくは気を付けて」

 うなずいたと同時にチャイムが鳴る。幸佑は大急ぎで席へ戻った。こんなことも日常茶飯事。

 こんな裏側のこと、鮮美は一生知らなくていい。

 

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