第3話 朝練の後

「朝練やめ―!速やかに着替えて!放課後は大会メンバー選抜するから遅れないこと。以上、解散!」

 部員は礼をしてばたばたと更衣室にダッシュする。道着を着たらあとが大変だから、いろいろと。部員は瞬く間に遠ざかった。

「鮮美、ここで着替えてくか?」

 正規の更衣室である部室棟は、グラウンドのはずれにある。冬は行くまでが寒く、雨のときは濡れる。だが公平性を保つため、どの運動部も部室棟で着替えることが規則になっていた。朝練は一番乗りなので必然的に無視している。馬鹿正直に使って、鮮美の更衣中に誰かが入ってくるのもネックだ。

 ただ、今日は終わる時間が遅くなってしまった。団の時間配分ミスが原因だ。更衣室が空くのを待っていると、間違いなく一時間目に遅刻してしまう。主将になったばかりとはいえ、痛い失敗をした。

「……いや、やめとく。後輩が鍵かけずに待っててくれてるだろうし、道場の鍵返す小原もぎりぎりになるから」

 鮮美は変なところで硬い。

「……分かった。じゃあ俺先に行ってるからな。あと五分くらいしたら来いよ」

 鮮美は軽くうなずいて、早く出るように促した。

 団が道場を出ると、廊下で一年の女子部員がちょこんと待っている。

 目が合うと、手持ち無沙汰だった様子が一変した。

「青柳」

「小原先輩、更衣室の鍵です!」

 そういって、彼女は今日も男子用と女子用の鍵を持ってきて渡してくれた。

 青柳に礼を言っていると、うっすらと気配を感じる。

「……ゴシップ記者が何のようだ?」

 水を向けると素直に出てきたが、悪びれた様子はない。一年男子が三人。報道同好会の連中だ。報道といってもカップル成立情報や、スキャンダラスなニュースを集め、自費で発行しているような活動だ。正式な部として認められていないが、ひどいいじめや予兆があると速報を出し早めに鎮火させたりもするので、学校側も目をつむっているらしい。

「写真撮影はお断りだぞ」

 団は先手を打った。学校側は把握していないが、部長の許可さえ取れば部員を撮影していいという協定が各部と同好会との間で結ばれている。

 ただし鮮美はカメラの気配を感じると逃げるので、需要と供給はあっていない。同好会のレートでも鮮美の写真だけ桁が違った。

 撮影お断りはいつものことだ。

「ずばり、質問です。できてるんですか?」

 今日はあっさりと引き下がってくれなかった。誰と、とは言わなかった。聞かなくても分かった。

「……そんなわけないだろ」

 苦々しく返事をすると、連中はですよねえーと笑う。

「だって鮮美さんきれいだけど、男同士ねえ?」

 思考停止。――今なんてった?

「……あいつ女だぞ」

 ――中性的な顔立ちで、背も高い。ぱっと見どちらかわからないが、鮮美深紅あざみみく は紛れもなく女子だ。「かわいい」は似合わない。「美女」「美少女」も不適当。

 確かにきれいだが、性別さえ超越するレベルだ。そのせいで表だった積極的なアプローチはない。強引な手段を使う輩には彼女自身が返り討ちを行っている。 

 運動神経、頭の良さも文句なし。女子にもファンは多く、先生受けもいい。

「ちょ、付き合ってないほうがおかしいでしょう!?だって同じクラス、部活で行き帰り同じって、間違いなくできてるじゃないですか!!」

「世間一般じゃそうかもしれないけど、俺たちはなにもないんだよ」

 本当に尊敬する、というような眼差しで見られた。気のせいか憐憫も混ざっていたような気がする。

「今までよく生きてこれましたね」

「殺される理由ないからな」

 いや、でも異常に多い鮮美ファン。今はなんとかなっているが、仮に付き合いでもしたらどうなるんだろう。

 笑顔で『滅べ』とか言われるのか?それとも……。ああ、考えたくない。

「でも好きなんでしょう?」

 睨んでも相手は態度を変えなかった。それどころか確信を得たとでもいう風ににんまりと笑う。

「ご心配なく!書きませんから」

 当たり前だ。憶測でもの書くな。そう言おうとしたときスピーカーから聞き慣れた音が漏れる。一年連中は、予鈴が鳴ったと走り去った。

 ……今更ながら、自分が着替えていないことに気付いた。

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