事件前の日常
第2話 いつもどおりの登校
「……鮮美、明日は道変えよう」
平日の午前6時半。藤和高校近くの歩道はやけに騒がしかった。
騒ぎの原因は、不細工でもそこまでかっこよくもない男子高校生、
「小原に迷惑かけるんだったら、オレが一人で行くけど?」
笑顔がまぶしい鮮美に、脱力するしかない。
おまえがそれを言うか、と。
鮮美は、団が今まで会った中でこれ以上ないほど綺麗な人間だった。肌は滑らかで白い。170センチの身体はモデル体型で、制服の上からでも細い線が分かる。
シャツにダークグレーのベスト、紺のネクタイ。その下にグレーのスラックス。夏だっていうのに涼しい顔をして合服で過ごすのは、きっと今年も変わらないだろう。
「……おまえ分かってる?自分のこと。絡まれるわ、隠し撮りされるわ、去年はプレゼントに盗聴器仕込まれてたの、忘れてないよな。一人で出歩くとかないだろ」
幾度となく繰り返してきた言葉に鮮美は眉を上げる。
「いや、全員返り討ちにしたからいいじゃん。知ってるだろ?オレの腕」
そう言ってくいと竹刀の入ったケースを持ち上げた。
「けど、さすがに女子を竹刀で打ったらあとあとやばいじゃん?」
鮮美は不服そうな顔をしながらも黙っていた。文化系クラブの女子と本気でやりあったら、向こうがただでは すまない。
それにしても鮮美の美貌は生きていくのに邪魔すぎる。
団はシャッターを切ってきた生徒を一睨みして、また取り留めのない話に戻った。
藤和高校の校門開放は朝早い。ただし教職員駐車場には物好きな早朝出勤者の分しか停まっていないし、生徒の声もなくしんと静まり返っている。
体育館の靴箱に靴を置き、靴下で廊下を歩いた。どうせスリッパは邪魔になる。
「じゃあ俺便所寄ってから道場行く。ノックは四回するから、ちゃんと中から鍵かけて着替えろよ?あと――」
「分かったって。ったく、小原はオレの保護者かよ?」
軽口を叩いて道場へ歩いていく鮮美を、団は見送った。
鮮美は同性であっても絶対に人前で着替えない。元から制服の下にインナーや半袖体操服を着て登校している。部活や体育が終わったあとは猛ダッシュ、誰かが来る前に着替えるか、場合によってはジャージで過ごす。どうしても着替えなければならないときは、トイレに駆け込んでいって個室で着替えている。
昔更衣中に盗撮されたらしく、それがトラウマになっているらしい。
……面と向かっては言わないけど、お互い分かっている。踏み込めない領域。本当は信頼なんてされてないのかもしれない。でも、高校くらい楽しんでほしい。少しでも普通の生活を送ってほしいのだ。それは偽りのない思いだった 。
部活では着替えや待ち伏せ回避の問題で自主的な早朝練や居残りはざらだ。部長特権を利用して鮮美だけ引き止め、更衣室で誰かと鉢合わせないようにすることもある。――おかげで顧問からは練習熱心だと覚えもめでたいが、そんなのは副産物でしかない。
過剰だなんて思っていない。むしろ、やりすぎるくらいでちょうどいい。
団は、鮮美が着替え終わった時間を見計らって道場へと歩き出した。
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