第83話 愛國せし者。

 シスターモモはフォールーンの教会のシスター達と共に、城壁外で暮らす者たちへのボランティア活動を行っていた。ここに残っている者達は前城主マクドガル・トレイターの政策により財貨や身内の命を奪われ、人間を信じる事が出来なくなり、とはいえ魔族によって故郷を奪われ生まれ育った場所へも帰ることの出来なくなった人々の集まったスラムのような集落である。


 新城主のミレイが行なった保護政策も簡単には信用する事ができずに城壁内に移り住む事を拒み、人間と距離を置いている獣人や半妖精たちが多く住んでいる場所でもあった。


 その様な場所に似つかわしく無い一団が、モモたちの行っている炊き出しで賑わう人混みを引き裂くように突き進んで来る。


 十数名だろうか……全員左の腰には剣を下げ、白いフルプレートアーマー装備し、その上から白いローブの様な物を羽織った、明らかに騎士と思える服装の男たちが近づいてきたのだ。


 彼らの鎧の胸の部分には、盾と十字架を組み合わせて更にバラのトゲが絡まっている様な紋章があしらわれている。


『あの紋章は教会騎士……』


 心の中で呟いたシスターモモの瞳は彼らに対して警戒の色を示した。もともと父であるシグベルトが一時期所属していた組織ではあるが、彼いわく『選民思想のクソったれ共!』である。


 もともと貴族の子弟らから多くが編成されており、自らの常軌を逸した正義を押し付けてくるので、下手な悪人よりもよほどタチが悪いと良く言っていた。


 一体なんの為にここに現れたのだろうか。


 三十代後半位の年齢だろうか、騎士達の先頭に立つ口ひげとタレ目の男が、顔を歪めるようにしてニヤリと笑うと大声で話を始めた。


「ここに集まるタダメシ食いのクソ共、良く聞け。我々ヒューマニア中央聖教会は何の役にも立たないキサマらを有効に使ってやる事にした。有り難く我々について来るが良い。財貨を持つ者はそれを差し出せば、我らが神の慈悲をくれてやろう!」


 とんでもない言い始めた教会騎士達の前に一人の老人が進み出た。垂れ下がった耳から想像するに、犬人の獣人だろうか、ワージという名のここに残った者たちのまとめ役をしている人物だ。


「騎士さま、申し訳ございません。ここにいる者たちは年寄りと女子供の他は病人ばかりです。騎士様たちの御役に立てる者などおりません」


「そんな貴様ら亜人でも金をだそうという物好きもいるのだ。安心して我らに従うがよい。この砦の城主も国に追加の予算を申請しているのだそうだ。オマエ等がいなくなり、更に金になるのだ、一石二鳥で喜ぶだろうよ!」


「そんな、我々はあなた方の奴隷ではありません」


 ワージの言葉に少しだけ眉間に眉根を寄せた教会騎士は、腰の剣をスラリと抜き放つと何のためらいもなく彼の胸へと突き立てた。


教会われらの意向に逆らう者には死を」


 ワージの胸から剣が引き抜かれると同時に、大量の血が流れ落ちる。


「誰か、砦の騎士を呼んで来て!」


 炊き出しに参加していた若いシスターが叫んだのだが、教会騎士の一人に殴り飛ばされて倒れたまま動かなくなると、他のシスターたちも恐怖で動けなくなった。彼女を殴り飛ばした騎士が静かに薄ら笑いをあげながらつぶやく。


「地方の田舎シスター風情が教会騎士のすることを邪魔するものではありませんよ。勝手に動くとあなた方も同じ目に合う事になります」


「ふふ……、神に祈りを!」

「「「神に祈りを」」」


 脅しと取れる騎士の言葉に、その場の全員が凍りつき震え始めると、別の騎士たちも口元を吊り上げるように笑いながら神に祈りを捧げる。


 そんな時だ、一人の少女が人混みから飛び出し、ワージの亡き骸へと抱きついた。


「おじいちゃん!」


 ワージの孫かそれとも知り合いの子供だろうか、同じ犬人と思われる少女が、動かなくなった彼におおい被さるようにして抱きつき大声で泣きじゃくり始めた。


「小うるさい亜人ですね、コイツも見せしめに殺しますか……」


 言葉は柔らかいが悪魔の様な笑みを称えた騎士が、腰に吊るした剣をスラリと鞘から引き抜いた。誰も動く事が出来ない、誰も逆らえない、振り上げた騎士の剣に少女が貫かれた。そう誰もが思った瞬間……風が動いた。


『ガチン!』


 金属同士が激しくぶつかり合う音と共に、騎士の振り下ろした剣が大きく弾き返される。その光景を見ていた多くの物が大きく息を飲んだ。


 桃色の髪をした一人の少女が、犬人の娘をかばい、教会騎士の前に立ち塞がった。その少女はシスター服であるトゥニカをたなびかせ、その両手に装備したガントレットをクロスさせると騎士の振り下ろした剣を受け止め、そのまま弾き返したのだ。


「きさまぁ、何をする!」


 激昂した騎士が声を荒げ、高圧的に叫ぶが、桃色の髪の少女【シスターモモ】は一切揺るがず、むしろ相手の騎士を威圧する様な勢いで怒鳴りつけた。


「何をすると言うのは貴方がたの方です。人を守るべき教会の騎士でありながら、無抵抗の老人や子供を傷つけようとするなど言語道断。恥を知りなさい!」


 毅然きぜんとした態度で言葉を荒げたシスターモモは、背に犬人の少女を守りながら、横暴な騎士に臆する事なくその前に立ち塞がった。


「たかが田舎シスターの分際で、我ら教会騎士に逆らう気か!」


「たとえ、あなた方が教会騎士であっても、私は不当な暴力には屈しません」


 左手を軽く前に付き出す形で構えると周りにいた全員に緊張が走る。騎士たちのリーダーと思わしきヒゲ面のタレ目男がモモに向かって剣を構えると、残りの騎士たち全員が抜剣し彼女を取り囲むようにして動き始めた。


「亜人など魔族と変わらん。神に仕えるシスターともあろう者が、それをかばい我らに逆らうとは何という愚劣。我等【愛國党あいこくとう】に逆らったこと、その身をもって後悔させてくれよう」


 愛國党……それはヒューマニア中央聖教会の中でも特に人類信仰と共に、亜人排斥志向の強い一部の神父たちによって組織された実働部隊である。彼らのバックには教会幹部がいるとも言われており、その悪行は噂に数多く上がるものの、誰一人として処罰された者はなく、むしろ彼らを告発しようとした者たちのことごくが捕縛や処刑の対象となり、行方知れずとなった者など星の数ほどもいるとも言われている。王家に連なる者や、彼らに仕える近衛騎士団員であっても同じ運命をたどっているのではないかとの噂があるほどなのだ。


 その彼らに対してシスターモモは異を唱え戦う姿勢を見せてしまったのだ。この噂を知る多くの者たちがシスターモモの今後の運命について最悪の結末を想像した。


 唯一、シスターモモ本人だけがその強い意志をもって教会騎士たちを見据えていた。彼女だって怖くない訳ではなかった。


 生まれ育ったダグの村でも強くあろうと虚勢を張り、父の後を継ぐため皆の信仰の旗印となろうと努力した。投石機の使い方を覚え、召喚術を覚え、村を救えるシスターとなろうと神に祈り続けた。そんな彼女を嘲笑あざわらうかのようにゴブリンや害獣による被害が村を苦しめ、自らの力の足り無さ、無力さを強く実感させられたのだ。


 そこに彼は現れた。


 女神エルムの御神託により召喚された勇者ビート……年上なのにどこか気弱げで少し頼りない感じの守ってあげたい様な人に最初は見えた。父である神父のように外見から強く見える人ではない。言っている事も時々すごく軟弱で大丈夫なのかと心配になる程だった。だが結果的に彼は彼女の命を救い、村の平和も守った。


 普段は気弱に見える彼を支えたい、そして彼といることで私自身も強くなりたい。そう考えるようになった彼女は王都への旅への同行を決意したのだ。


 そして力を得た今もその気持ちは変わらない。


「私は弱き者、しいたげげられし者達の為にこの力を使う。もう力に飲み込まれたりしない。行くよ、ルーちゃん!」


『あい!』


 いつの間にかシスターモモの足元に実体化した幼女が満面の笑みで大きく返事をした。





 ーつづくー


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