第80話 うしししもの。

「それで、何で俺がお前の妹に狙われなけりゃならないんだナーゲイル」


 初めて取得したスキルを見てガックリきた事はさておき、俺は吹きっ晒しの城壁の上でナーゲイルに問い正した。もちろん、城壁を守る監視兵の皆さんには『もう大丈夫です』と何の根拠も無く言い張って元の職務に戻って頂いた後の話しなのだが。


『それが私めにも皆目分からず……いやぁ何でなんですかね? ははは……』


 自分の関係者である事を自ら白状しておきながら、訳が分からないと言って逆に俺に質問してくるナーゲイルに俺は二つの拳を使っていつものウメボシ攻撃で頭を締め付けた。


『うわっ、あいたたた……痛っ、でもああ、このようなご褒美を頂けるような、あっ痛たた……』


 コレ以上締め付けても痛みはナーゲイルを喜ばせるだけなのでため息を吐いて諦めた。


『あれ?……お仕置きはもう終わりでございますか』


 俺はこの言葉にカチンと来たが、追加のお仕置きはせずに無視して城壁の上をテクテクと歩き出した。このモヤモヤとした気分を晴らす為には見晴らしの良い城壁から町並みを見下ろす方が余程マシだと思ったからだ。


 そんな俺にナーゲイルは更なる負荷を掛ける事になる話しを切り出した。


『シルも私めと同じ契約精霊武器ですから、一人でここまで移動して来る事は出来ません。何者かがここまで持って来た事になるのですが……』


「その何者かが俺を狙っていると?」


『矢は私ではなく、を完全に狙っておりましたので、それは間違いないかと』


 ナーゲイルの言葉でズシリと気が重くなった。


 大体俺には命を狙われるような理由などこれっぽっちも無い……と出来るなら言いたい。恨まれる理由など全く無いと言い切りたいのだが、こちらの世界に来てからの事を思い起こすと、絶対に無いとは言い切れない心当たりがいくつもあった。キングマイマインの爆発で身内を焼き尽くされたエイトフロアーを始め、敵である魔族や盗賊達にとっては、俺の存在はいい迷惑であったはずだからだ。


 だが敵対しているとは言っても、契約精霊武器が魔族やソレに類する者達の手にあると考える事にはならなかった。契約精霊武器は基本的に、光の生命エネルギー【マナ】を利用してその武器に宿る精霊の力を発揮する。魔素の強い魔族や悪意に染まった盗賊にはマナを自由に使うことは出来ないからだ。


 それでも魔力による強制や何らかの方法が無いとも限らない。地下迷宮でシスターモモと戦い、契約精霊武器が敵にまわる事の厳しさを知った俺は、出来ればもう敵対したく無いと強く願うのだ。



 城壁の上をかなり歩いた頃だろうか、憂鬱な気分の俺の目に城壁の外側に点在する簡易住宅や多数のテントが混在する集落が見えてきた。


 フォールーンの前城主、マクドガル・トレイターによって搾取され続けてきたデミイラストリア帝国からの避難民たちの町である。


 避難民の多くが獣人や精霊族とのハーフであり、普通の人間とは違う特徴を持つ者であった事と、マクドガルが彼らの財貨を奪う為にフォールーン砦内に入れなかった事で作られた集落である。


 マクドガルはエルメニア中央聖教会の一部の信徒からなる人類至上主義ヒューマニズムの信者であり、人間以外の亜人種を魔族と呼んで嫌悪する人々の一人であった。


 彼による搾取と弾圧によってフォールーンの騎士団への信頼が地の底まで落ちていた為、新城主ミレイの保護政策もなかなか信頼を得る事が出来なかった。また彼女の政策も全ての避難民を保護するだけの財源も食料も不足していた為に、未だに砦内への移住を拒む者達が多く住む場所でもあった。


 確かに避難民の数も多く、全てを砦内に受け入れる事は難しい現実があったのだが、ミレイも騎士団と町民たちの協力を得て、森林を伐採し簡易住宅を設置してはいる。それでもまだ多くの避難民がテント暮らしを強いられている状況は変わっていない。ここはそんな場所なのである。


 ダンジョンに入る前、シスターモモからの相談でその事を知った俺はサクラに命じて食料の供与を行った。もちろん後々には国に対して代金の請求を行なう事をミレイが約束してくれていた。


 まあ、どの程度当てになるかは分からないが。


 現状フォールーンの経営状態はあまり良くない。前任者の悪行による負債や保証と、先日の魔族大侵攻時の避難により経済的にも上手く回っていない状況でミレイが承認の書類に追われる日が続いているからだ。そんな状況にも関わらず国からの援助や補助は特に来ていない。


 防衛費は多めにきちんと出しているとの回答らしい。だが、ここは魔族との最前線だ。維持費、補修費、治療費に加えて遺族への保証といくら金があっても足りる事がない上にこの難民の保護だ。


 商人であるオルクさんの斡旋で、ワルター辺境伯領でのトンネル工事の為の人足や護衛の仕事も来ており、ダクの村の西の森の開墾作業やエウロト村の補修工事、更にフォールーン南部地域を管理するライラック伯爵領の森林整備を含む開墾や開発など人手はいくらでも必要なのだが、いかんせん金がない為に思い通りに運んでいない。


 とりあえず教会の力も借りて炊き出しなどのボランティア活動でかろうじて現状を維持しつつ、食料自給率を上げる活動を続けているようだ。


 今日、部屋にいなかったシスターモモはここでの炊き出しに参加しているとサクラから聞いていた。


 身体強化と防御結界を複数展開し、それを足場にして跳ねる様に城壁から下へと降りて行く。


「うーわ、こわっ!」


 自分が設置した防御結界だが、ほとんど無色透明なのでそこに足を着くまで本当そこに足場があるのかどうかが分かりにくい。足を付いて初めてそこにあるのが分かるので、何もない様に見える空間に飛び降りて行く恐怖心から思わず声を上げてしまった。


 グリーマーと戦った時に使った時には感じなかった感覚なのだが、上りと下りの差もあるのかも知れない。砦内に階段で降りてから回り込んで行くのが面倒だったので、なんとなく気軽な気持ちで始めてしまったのだが、現代で言えばマンションの七〜八階から飛び降りているようなものなのだ、怖くて声くらい上げてしまっても仕方ないだろう。


 だが、俺だってバカではない。避難民たちのテント村のかなり手前、木々が伐採され間引きされた空き地にこっそりと降りるつもりだった為、誰かに見られれたり悲鳴を聞かれたりする事などあり得ない……はずだった。


 落下の途中、木々の間から突然現れた人影は俺の声に反応し、上を見上げた。


「きゃっ!」


 黒いフード付きマントを頭から被ったその人影は、咄嗟に上げたその悲鳴と、こちらを見上げたその顔からまだ子供……だがとても端整な顔立ちの少女であるかの様に見えた。


 彼女は上から落ちて来る俺を見てショックで固まってしまったのか、声を上げた後その場でへたり込んだまま身動き出来なくなっている。


 このままでは彼女にぶつかってしまう!


 足に力を込め、最後に踏んだ防御結界の反発力を使ってなんとか落下地点を若干ずらす事が出来た。だが、着地の衝撃で起こった小さな風が落ち葉を舞い上げ彼女へと降りそそぐ。


「すまない、大丈夫か?」


 慌てて声を掛けた俺の目にフードが風でめくれ上がりあらわとなった少女の素顔がそこにあった。


 見た目は十五歳位だろうか、つややかで背中まで届く様な長い黒髪にうす白い肌、小さな唇はほのかにピンク色に輝いており、赤い瞳は強い意志を表しているかのようだ。


 そして何より彼女を印象付けるのは耳の少し上から波を打つ様に前に突き出した白く美しいつのだ。


 難民には獣人が多いとは聞いていたが、この娘は見た感じ角がある以外は人族と変わりない。頭に積もった枯れ葉を取り除きフードをかぶらせてあげると彼女の手を取り俺はこう声を掛けた。


「ビックリしちゃったよね。ごめんなさい。ところでお父さんかお母さん、君の知り合いの人はは近くにいないのかな?」


 彼女に声を掛けながらも周りに誰かいないか見回してみたが、近くに人のいる様子は無かった。彼女は不安からか、それとも余程怖い思いをさせてしまったからなのか触れた手がブルブルと震えている。


 軽はずみな行動からこんな小さな子に怖い思いをさせてしまった。何としてもこの娘の親を見つけ出してきちんとお詫びしなければならない。俺はそんな使命感に駆られていた。


「お嬢さん、お名前を教えてくれるかな?」


 なにはともあれまずは情報が必要だ。いくら怯えていても名前くらいは言えるだろう。彼女の身内を探す為にも何とかして教えてもらわねばなるまい。


 真っ直ぐにこちらを見据える赤い目に引き込まれそうになるが、必死に声を絞り出そうとする彼女の態度に俺の手にも自然と力が入ってしまう。


「………うぅ…………し……………こ…………」


「……うしこ?」

「ちが……っ」


 彼女の絞り出した声は【ウシコ】と言ってる様に聞こえた。すぐにもう一言何か言おうとしたようだがきちんと言葉にならない。少し変わった名前だが、もしかしたら彼女は牛の獣人で、彼らの中では極普通の名前なのかも知れない。


「カワイイ名前だなウシコ」

「!!!」


 俺の笑顔に、さも射殺すような目付きでこちらを見つめてくるウシコなのだが、それがむしろ、むかし反抗期の頃の妹の様に感じられてとても可愛らしく思えて来た。


「心配するなウシコ。俺がちゃんとおまえを両親の所に連れて行ってやるからな!」


 そう言うと俺はへたり込んだままのウシコを抱きかかえるとテント村のある方へ向かって森の中を走り出した。


 俺に抱かれているウシコは、俺の胸や肩をポカポカと殴り続けている。それはそうだろう。空から降って来た誰とも分からない変な人間に抱きかかえられているのだ。怖くて不安に違いない。一刻も早く親元に返してあげなければならない、そんな使命感に燃える俺は身体能力強化のギアを上げて更に急加速した。


 涙目で俺の腕をギュッと握るウシコの体温を感じながら妹の妹音まいねは元気にしているだろうかとぼんやりと想いにふけるヒビトであった。








 ーつづくー




 一面闇が支配する空間に一際豪奢な……まるで玉座の様な飾りと宝石が散りばめられた椅子に座るクロビエルは目の前に浮かぶ水晶球を眺めながら頭を

 抱えていた。


「あーっ、まだ私と別れてまだ一刻も経っておらぬというのにあの男は本当に!」


 水晶球にはヒビトとウシコが映っていた。


『はあーっ』とクロビエルは大きなため息をついた。またあの男に力を借りる事になるのか……と余計に頭を抱える事になる。


 魔王軍の指揮官クラスの【ハイ・オーダーズ】、その中でも上位十ニ柱の魔神たちの事を死を喰らう者達デス・イーターズと呼び恐れられていた。


 その中でも彼だけがかろうじてクロビエルを女神として扱ってくれる数少ない魔神なのだ。彼自身の実力は本来トップファイブにも及ぶものの、非常に面倒くさがりで気が乗らないと全くヤル気を出さないので、クロビエルの様な女神からの依頼であっても一つ返事で引き受けた事など一度もないのだ。


 本気で面倒くさい人物なのだが、それでも他の十柱の魔神達よりも引き受けてくれる可能性があるだけマシなのである。


『黒騎士どのー、お願いがあるのじゃあ』


『ただいま黒騎士どのは念話に出られません。ピーという発信音の後にメッセージをお願い致します。ぴぃぃーっ!!』


 この後、何とか彼を引きずり出すまでにもう暫くの時間を有するクロビエルなのであった。



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