第79話 狙撃せし者。
第一城壁の上で途方に暮れていた俺の胸元から、サポート精霊のティーが急に飛び出し危険を知らせてきた。
『マスターヤバいよ、何か来る!』
俺はとっさにナーゲイルを呼び出すと、とりあえず敵の攻撃に備えて身構えた。周りを見渡すが近くに!時、頭の中に変な警告音が鳴り響いた。
『ブビーブッブー、前方、危険、危険、危険! ブビーブッブー、前方、危険、危険、危険!!』
気分を苛つかせる音声で本当に信じてだ良いのか迷い所ではあるのだが、迷っている時間があるかどうかも分からない。とりあえず敵のくる方向だけは信じて前方に意識を集中する。その瞬間、何かが俺を狙って高速で飛来して来たのを感じた。とっさにナーゲイルの刃の面を盾のように使って弾くと更に意識を集中させる。
『見えた!』
前方正面から高速で飛来するのは金属の
『敵は何処から撃って来たんだ!』
矢の飛んできた方向に目を凝らして見るが、そこには遥かに広がる湖面が静かに風に揺れているだけだ、敵の姿は一切見えない。
『マスター危ない、後ろ!!』
ティーの叫びに後ろを振り返る事なく、横っ飛びに転がると先程まで自分のいた場所を数本の矢が飛び抜けて行く。起き上がり様に続けてこちらへ向かって来た矢をナーゲイルで叩き落とした。
その時、俺はあり得ないものを見た。
ナーゲイルで叩き落とした矢は地面に落ちる事なく、風に舞い上げられ距離を取ると再び加速して俺を目掛けて飛んで来たのである。
「どういうこった、こりゃあ!」
次々と俺を目掛けて飛来する矢をかわしたり叩き落とすのだが、その度に浮き上がっては再び俺へと向かってくるので全くキリが無い。更に、城壁の上には何の
俺はティーを胸元へ飛び込ませると、矢をかわしたタイミングでそのまま城壁の上を城下町がある東の方向へと全力で走り出した。
身体強化を使って全力で走っているのだが、五本の矢は一定の距離を置いて追尾してくる。こちらが走り疲れてスキが出来るのを狙っているのかも知れない。
だが、唯一の救いは追加で矢が飛んで来なかった事だ。現状でもいっぱい一杯なので、これ以上本数が増えたら流石に全てを避けたり叩き落としたり出来るか自信が無かった。
走っている途中で警戒勤務中の兵士たちとスレ違ったので大声で警戒と対応を呼び掛けたのだが、矢が彼らの方へ向かう事は無かった。彼らを守りながら戦える余裕も無いのでその点は少しホッとしたのだが、かなりの距離を全力で走って為にすでに一般市民のいる城下町のある区画の城壁まで来てしまっていた。
もう湖は見えない距離まで走って来ているのに、未だに矢はこちらを狙って追尾して来る。遠くで先程スレ違った警備兵が警報を鳴らしているが、今近くには誰もいない。コレ以上進んで、もし一般市民に被害でも出たら最悪だ。
「ここで決着をつけるぞ!」
俺はそう叫ぶとクルリと反転し、こちらへと向かって来る矢に対してナーゲイルを正面に構える。すると突然、俺と飛来する矢の間にナーゲイルが実体化したのだ。
『御主人様、ここは私めにお任せ下さい。この程度魔術、何としても止めてみせます!!』
「おっ、おう」
珍しく気迫の籠もったナーゲイルのセリフに気圧され半歩下がりながらも、剣を持つ手は力を緩めず前方から迫りくる矢に全神経を集中させていた。
ダン、ズバババババン!!
飛来した矢は、両手を左右に広げ仁王立ちしているナーゲイルの分身体に気持ち良いくらい全弾命中した。
『御主人様、全て止めました!』
「ああ……お前の命も止まりそうな位にな」
満面の笑みで振り返り『どうですか御主人様!』と言わんばかりのナーゲイルだが、矢が五本もバッチリ刺さっている状態は流石にかなりシュールだ。
『なんのこれしき、御主人様のウメボシ攻撃の痛みに比べれば、この程度何てことの無いご褒美みたいな物でございますよ。フフフフ……』
「お前の中で俺が与えたお仕置きがどんな位置づけになってるのか、とても不安になったわ!」
『お褒め頂き光栄至極!』
「褒めてねぇし!!」
全力で突っ込んだ俺を完全に無視したナーゲイルは、そのまま少し上空に目線を向けると、何も無いその空間に向かって声を荒らげた。
『何のつもりですかシル。我が御主人様に刃を向けるとは流石に妹でも許しはしませんよ』
そうナーゲイルが告げると、彼の見ていたあたりに光が収束しヒトの形を成していく。それは十歳位であろうか、みるみると少女の形を取り始めた。白い髪の毛に白のワンピース、草で編んだような淡い緑色のサンダルを履いた蒼い瞳の可愛らしい少女だ。背中に生えたトンボの様な透明な四枚羽が彼女が妖精であると思わせる。
ナーゲイルに似た全身真っ白な妖精少女は、少し尖った耳と背中まで伸ばした髪の毛を震わせて叫ぶ。
『アニ様のバカー!!』
彼女の叫びと共に何処からともなく飛来した矢が追加でナーゲイルに突き刺さる。
『嘘つき、おたんこナス、ヘッポコぴー!!』
ヘッポコぴーの意味は分からんが、言葉の刃と共に追加で現れた矢がナーゲイルをボスボスと貫いて行く。散々罵詈雑言を放った彼女は、現れた時と同じく急にパンっと光の玉が弾けるように細かい粒子となって消え失せた。
ナーゲイルはこちらに振り返ると、軽く目を閉じ何かを思い起こすように彼女について語り始めた。
『彼女の名前はシル……』
「ナーゲイル、サラッとその話し始める前に、まずは大量に矢がぶっ刺さったそのシュールな状況を先に何とかしろ。マジで怖いわ!」
『あっ……』
「『あっ……』じゃねぇし!」
アストラル分身体だと分かっていてもとりあえず見ていて気持ちの良い物ではないので、とっととナーゲイルをたしなめてから話を聞く事にした。それにしても痛みは感じているはずなのに、コイツの神経はどうなっているのか本当に疑問である。
一旦身体を粒子化させて姿を消すとナーゲイルの身体に刺さっていた矢はバサバサと地面に落下した。また浮き上がってこちらに向かって来るのではないかと警戒していたのだがそれは流石に杞憂であったようだ。
人間体を再構成して元に戻ったナーゲイルは『うちの
『先程の少女の名前はシル、シルフィール・グリルフェザー。属性は【風】で、私めと同じ
契約精霊武器……その名前を聞いた途端、背後から嫌な気配して、慌てて振り返ると何もない空間が縦に裂けて漆黒の闇が露出していた。そしてその断裂から目から上だけ出したクロビエルが、こちらをジト目で見つめていた。
「いやいや、待て待てクロビエル。コレは俺のせいじゃ無いだろうが!」
俺の反論にクロビエルは目だけで笑うような仕草をすると、一言も発する事なく闇の断裂の中へと消えてしまった。
「おいおいおいおいおいおい、全部俺のせいだって言うのかよ。答えろよクロビエル!」
クロビエルは俺の叫びに、応答も返事をする事も無かったが、それこそが彼女の言った『自らの責任において守るべき者を守れ!』という言葉を俺自身に強く意識させる事となったのだった。
ーつづくー
「ところでティー、お前の警告の後、頭の中に響いた苛つく変な音声は何なんだ?」
『あっ、アレですか……アレはたぶんスキルだと思います』
胸元から飛び出したサポート妖精のティーはいつも通りざっくりとした答えをしたのち、久しぶりにステータスを開く事を要求した。どうやらグリーマーを撃破した事でレベルが上がったらしい。
[ステータス]
名前:タダノ ヒビト
名称:[伝説の勇者 ビート]
[地竜討伐者 ビート]
[ダンジョン攻略者ビート]
職業:村人【Lv2】
HP:53
体力:74
腕力:80
敏捷:92
運 :(10378)
魔力:00
確かにレベルが2に上がっている。だが、あれだけ大変な思いをしてたった1しか上がっていない。そして名称も何だかやば目に変わっていた。何よりもおかしいのは【運】の数値の桁がぶっ壊れている事だ。一体コレの上限はどうなっているのだ。
しかも( )って何だよ。
[攻撃装備【0】]
武器 : 【0】
[防御装備【4】]
防具 : 【0】
頭 :ボサボサ 【0】
体 :布の服 【2】
手 : 【0】
足 :布の靴 【2】
[経験値]
154/0200
着の身着のままで防具も付けて無いから仕方ないけど、頭装備ボサボサって何コレ。ティーの奴、またいたずらしてやがるな。経験値もかなり上がってるが、それでもこんなもんなのか。レベルアップで簡単に強くなれるラノベの勇者が本気で羨ましい。
[精霊・獣魔]
【アシスト精霊ティー】
【聖剣ナーゲイル】
[パーティフレンド]
フィルス・モモ・アルスラ
エルル・ファル・ファーレーン
MS06サクラ17号
プライム・ミレイ・ライラック
センセイルド・クロウドギアス
タウロス・オレ・サンジョウ
パーティフレンド登録に知らない名前が増えている。エルムはちゃっかり偽名の方が登録されているし、あの鬼人の名前まで登録されてやがる。全くまったくだ。
ところでクロウドギアスって誰だよ!
そして最後にいよいよ獲得固有スキルが表示されたのだが……。
【自宅警備LV1】
特定範囲内の敵意を自動感知する。
アラームはON-OFF可能。
緊急時には自動作動する場合がある。
「……」
「ニートのスキルじゃねぇか、こんちくしょう!」
見なきゃ良かったと後悔するヒビトであった。
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