第78話 激変せしモノ。

「貴方には、エルムと結婚して欲しい……」

「はぁ? お前何言ってんの??」


 俺は間髪入れずにツッコんだ。


 一応相手は女神だがそんな事を考える余裕も無くやってしまった。だが、クロビエルの反応はいたって普通な反応であった。


「そんなの自分でも分かってるわよ。でも少しでもあの子の満足度が上がって、無闇矢鱈と勇者やら伝説の武器やらを召喚して人間のご機嫌を取る事が無くなればそれでいいってわけ。実際貴方を召喚してからは勇者召喚はされてないし、監視業務は分身体に任せっきりでずっと貴方に付きっきりだし……あの子は楽しいのよ、貴方のかたわらにいることが!」


 クロビエルの言ってる事は分からなくもない。だが、結婚だの天界へ連れて帰るだのまでする理由には少し弱い気がする。真っ直ぐこちらの目を見据えるクロビエルの目から視線をそらさず、こちらも彼女の真意を問わなければならない。


「現状のままでもエルムの行動は制限出来るんじゃないのか?」


「そうね、私も最初はそう思ってた。今は魔族側にも色々問題もあるしね。それに今までは勇者を召喚しても、強力な武器を召喚しても使がいなかったからこの世界に大きな影響を与える事なんて無かったの。でも貴方は違う!」


 クロビエルの眼が赤く光り、全身から黒いオーラの様な物が立ち登る。先程までパンケーキを取られまいと口いっぱいにほうばっていたチミっ子はもういない。確かにコイツは人外の者だと意識せざるを得ない様な強い威圧感を発しており、その圧力に押し潰されそうになる。


 でも、俺だってエルムガルドへ召喚されたばかりの頃とは違う。意識を集中させ、自分の中の光へと手を伸ばすと、強烈な威圧感を発するクロビエルの赤い眼をにらみ返した。


 その瞬間『パンッ』という軽い破裂音と共に彼女を覆っていた黒い霧が霧散した。最初こそ目をみはっていたクロビエルだがすぐに『ハイハイ、どうせこうなるって分かってましたよ』と言わんばかりの呆れた表情でこちらを見ている。


 そんな彼女の前にサクラは、体内で再生したホカホカのパンケーキをおかわりとしてそっと差し出した。そんなサクラを一瞥するとクロビエルはボソリと愚痴った。


「私自信無くすわ……仮にも闇の女神の威圧をひと目で霧散させるわ、むせ返る様な濃い瘴気の中で平気な顔してデザート調理してるわ、貴方たちって本当に規格外で滅茶苦茶よね」


 深いため息をついたクロビエルだが『私、出された供物は残さない主義だから!』などと言ってモリモリとパンケーキを口へと運んでいる。彼女のほっぺに付いたクリームを取ってあげたくなるのだが、きっとまた『不敬!』と言って怒られそうなのでギリギリ止めておく。俺の中でこの女神は自分の妹に近い様な位置づけになってなっているのかも知れない。


 一方クロビエルは、パクパクとパンケーキを口に運ぶ手を休める事なく話を続け始めた。


「貴方はこの世界に影響力があり過ぎるのよ。今まで召喚された勇者は戦力としてはそこそこ強い者もいたけれど契約精霊武器フェアリーアームズを本当の意味で使いこなし、それを使える者達を集結させた人なんて誰もいない」


「それはただの偶然……」


「そこの四角い商人もこちらに召喚されて二年……しばらくの間は硬いだけで無害な者だったわ。でも貴方と出会ってからはどうかしら?」


「彼女は本来の力を使う事が出来なかっただけで」


「召喚の女神を疲弊させるほどのモノを召喚し、多くの魔族を滅ぼした」


「あれもたまたま……」


「伝説の魔獣を討ち倒したのも偶然なの?」


「それはみんなの協……」


 言いかけて俺は言葉を失った。偶然が重なって、たまたま良い方へ結果が向かっただけで……本当にそうなのか?


「貴方は異常なほど、幸運値が高い。それもステータスに関係なく、世界に影響をも与えてしまうほど。貴方の魂に癒着している何か……ソレが影響してるのだと思うけれど」


「魂に癒着しているソレってなんだよ」


「わからないわ。女神の私にも見通すことが出来ない何かよ」


 女神でも見えない何かって何だよ。でもそう言われると心当たりがない訳でもない。【勇者の証】だ。アレが何なのかまるで分からない。ただの携帯ゲームのアイテムのはずなのだが、それが俺の魂に癒着する程の影響を与えた理由が皆目不明なのである。


 俺の心が読めているクロビエルには多分伝わっているとは思うのだが、彼女からそれについては何も触れて来ない。それ故、本当に分からない物なのかそれともあえて口をつぐんでいるだけなのか、俺には判断する事が出来ない。


 考えるに、俺の人生はさほど幸運な人生ではなかったと思う。とはいえ不幸という程でもなかった。ツイていないと思う事は多かったがそこは本人の感じ方の違いでもあるだろう。あのゲーム【エクステリアの奇跡】で勇者の証を引き当てた事は幸運だとは思う。だがそれ以前に強く幸運を感じた事はない。むしろその後の山手線に引かれてからの展開は不幸と言って良いからプラマイゼロ以下といった所だ。


 そしてエルムとの出合い……コレも良かったのか悪かったのか正直分からない。これも感じ方の違いと思う。でも残された家族に金を送れた事は感謝している。そう考えると、こちらの世界に来てからは確かに幸運に恵まれているかも知れない。


 たが、逆に言えばゴブリン千五百体に囲まれ、エルフの勇者を倒した魔獣に遭遇し、四十人近い盗賊に狙われ、人の皮を被る化け物に出合い、別荘に擬態したドリアードと戦い、精神に攻撃をする魔物に、地下拠点を統べるオーク共の王オークキングからミレイを救い出した。更に魔族領域と繋がる巨大ダンジョンの人喰いミミズの群れとその地下迷宮を管理する蟻の女王と軍隊アリたち。トドメに伝説の地竜グリーマーと対峙する事になった。これどう見ても全くついてないだろ。


『その全てを撃破した事があり得ない幸運だと言ってるんだけどね』


 クロビエルの言葉が頭の中に響いた。でも『そもそも出会わない事の方が幸運だろ』と俺は思う。内容的には玉子が先かニワトリが先かの議論になって、頭の中で同じ問答を繰り返す。そんな沈黙が続く中、先に口を開いたのはクロビエルだ。


「だから貴方には女神との婚姻という誓約……というか呪縛の中に捕らえて置きたかったのが本音ね。貴方の影響力を天界へと封じつつ、エルムの働きも制限する事が出来れば、この世界はまたバランスを取り戻す……そう思っていたのよ」


「俺にそんな力はないよ、買いかぶりだ」


 クロビエルはその赤い瞳でこちらを見据え、少々自虐的な笑みでクスリと笑った。


「でも実際、私の力では貴方の力を抑え込む事は出来ないし、多分エルムも同じよ。そして貴方は世界にとんでもなく影響を与え続けている。女神の力も凌駕する程にね。婚姻はまあ、それをエルムが喜んで少しでも自重してくれればいい程度の効力しか、もともと期待していないわ」


「大して期待していないなら結婚とか簡単に言わないでくれ。それにさっきも言ったが、俺に世界をどうこうする力なんてない。あんたの考え過ぎだ」


 俺の返答に『ふん』っと鼻を鳴らすと急に立ち上がり『付いてきなさい!』と言って歩き出した。


「まてまて……俺がこの部屋を出ようとすると、ドアの外で警備している衛兵に連れ戻されるんだ」


 前回寝込んだ時も、ミレイ大隊長の許可なくこの部屋を出る事は許されなかった。まあそれが例の噂を作り既成事実としてしまおうとした彼女の作戦であった訳だが、今回も間違いなく見張りが立っているに違いない。


 クロビエルは『面倒くさいわね』と言って、右手に闇の精霊を集めると精霊呪文を唱え始めた。


認識阻害キングオブモブ!」


 俺の周りに黒いモヤが纏わり付くのを確認してからクロビエルは『今度こそ付いて来なさい』と言って扉を開けてそっと出て行く。


 サクラにここで待機するように命じると、俺も彼女の後を追って、開いている扉の隙間をすり抜けた。扉を出た瞬間、ドアの横にいた警備兵と目が合った。


 気がした……。


 実際には彼の目線は少しだけ開いた扉に注がれていただけであり、横を通り抜けた俺を視線が追って来る事は無かった。


「凄いなこの精霊術フォース


『バカ者、声を上げるでない。この術は音まで隠蔽出来る物ではない!』


 感想を思わず口にしてしまった俺に、クロビエルは念話で叱責をする。反射的に身を低くしてそっと扉の横にいる警備兵の様子をうかがった。


 彼は俺のいる辺りをキョロキョロと見回しているが、俺の事は見えていない様でしきりに首を傾げている。いや、コレはマジで凄い。


 ホッとした俺はクロビエルの方へ目を向けると、俺と同じように少し身をかがめて、唇に指一本をくっ付けて『しぃ~っ』というポーズを取っていた。それがあまりにも可愛くて、思わず『コイツかわいいな』と強く思ってしまったのだが、心を読んでいるクロビエルはぶぁっと顔を真っ赤にすると『不敬!』という強い念話を送ってトコトコと廊下を進んで行ってしまう。本当にツンデレさんだ。




『おい、どこまで行くんだよ』


『もう少し先よ。黙って付いて来なさい』


 もう城を出てから随分と歩いた。城下町とは反対側、兵士たちの集う区画を抜けて行く。いわゆる魔族の進行を押さえる為のフォールーン三重防壁のひとつ、一番外側の一番防壁へと向かっているようだ。


 フォールーン砦は城を中心に東に城下町、西に兵士たちの生活区域や訓練場、大型倉庫や馬の飼育施設に、彼らの生活や兵器の維持に必要な商店、浴場や小さな食堂に酒場などが点在している。


 戦時下では閉められている門も、現在は城から近い第二、第三城壁まで開け放たれ多くの人々が往来している。第二城壁の門を抜けた先にはほとんど兵士たちしかいなくなったのだが、俺たちに気付く者は誰もいない。


 城壁に隣接する物見台などが設置されている大きな建物の中に入ると、病み上がりにはちょっとキツイ上へとあがる階段を、延々とあがって行った。


 ビルの十階分ほどは上がっただろうか『そろそろ足がヤバイな』と感じた辺りで城壁の上へと繋がる扉が見えて来た。


 扉を開けると強く吹き込む風に、そう長くもない俺の髪の毛がたなびいた。二歩、三歩と歩くうちに、城壁の高台から見下ろす城下の町並みにゴクリと息を飲んでしまう。


 いま歩いて来た第二城壁と第三城壁、その間に点在する町並み。そしてその向こうにそびえ立つ城郭と更に向こう側には城下町が広がり、生活感を感じさせる小さな煙がアチラコチラから上がっていた。


 現代の町並みとはまるで違うが、それでも人の住む温かみの感じられるようなそんな風景に心から美しさを感じる事ができた。そしてこの街を守った、守る事が出来たのだという実感がゆっくりとヒビトの心に湧き上がる。


 そして反対側、砦の外側には視界いっぱいに広がる美しい水面みなもが……。


「って、えっ、ええっ?」

「ようやくか!」


 クロビエルのツッコミに応える事もなく、目の前の風景にア然とする。俺の視界に映っているのは、グリーマーとの死闘を繰り広げた草原が1ミリ足りとも残されておらず、城壁の土台ギリギリから周りの森の縁までたっぷりと水の蓄えられた湖であった。


 魔の森側から見たら、フォールーン砦はまるで……


「モンサンミッシェルじゃないか」


「モンさんのなんとかジャナ・イカがどんなイカか知らんが……」

「モンさんて誰だよ! てかイカじゃねぇし!」


 クロビエルには俺のツッコミを完全にスルーし不敵な笑みを称えた顔で言葉を続ける。


「コレは少なくとも、誰か他の者のせいではない。お前個人がこの世界に与えた影響の一端だ」


 何がどうなったらこんな事になるのか全く意味が分からない。啞然としたままの俺にクロビエルは言葉を続けた。


「【大いなる力には大いなる責任が伴う】エルムから聞いた、貴方の世界の蜘蛛人間のおじさんの言葉らしいのだけれど、私はこの言葉が好きよ」


 俺の世界の蜘蛛人間って何だ? しかも本人じゃなくおじさんの言葉って意味不明だよ。何となくそんな事を思いながらも、ただただ湖を見て呆然と立ち尽くし、変わり果てた草原を眺めるしかない俺にクロビエルは少し声のトーンを落とし強い口調で語り掛ける。


「エルムはきっと言わない、貴方に重荷を負わせたくないから。だから貴方の私が言ってあげる。あなたは貴方の責任においてその力を振るい、その身を賭して守るべき者を守りなさい! 私の言いたい事はそれだけ!!」


 強い口調ではあるがあえて敵とは言わず、【味方ではない】という言い回しに、立場上の言葉ではなくクロビエルの優しさを感じてしまう。


 少し頬を赤らめてそっぽを向き、口を尖らせながら『不敬!』と言う彼女は、何で俺に助言をしてくれているのだろう。彼女の真意を探ろうと言葉を発し掛けた時、クロビエルの方から先に口を開いた。


「貴方に伝えるべき事はもう全て話した。エルムといい、貴方といい、一緒にいると本当に調子が狂うわ。もう帰る!!」


 彼女は一方的にそう言うと何もない空間を縦に切り裂いて、そこに広がる闇の中へと飛び込んで消えてしまった。何だかせわしない娘だ。


 だがクロビエルはエルムよりも幼いと言うか、可愛らしい感じがする。女神ってみんなこんな子ばっかりなのだろうか?


 俺がそう思ったのと同時に突然、眼の前の空間が縦にさけるとクロビエルが頭だけちょこんと出して『不敬!』と叫んですぐに闇の空間中へと戻って行った。こういう所が……全く、まったくである。







 ーつづくー



 あれ? 気が付けば俺は強風が吹きっ晒しの城壁の上にたった一人でポツンと取り残されている。闇の精霊術【キングオブモブ】の効果なのか、俺がここにいる事を認識されなかったようで、上がって来た時に使った扉が完全閉められ、ロックされていた。


 マジか~。


 どうやって下へ降りるべきか思案している時だ、胸元からサポート精霊のティーが飛び出し俺に危険を知らせた。


『マスターヤバいよ、何か来る!』


 最初はバカにしていた彼女の能力【イントネーションスキニング】いわゆる勘だが、コレが結構な頻度で当たっている。


 俺はナーゲイルを呼び出すと、とりあえず敵の攻撃に備えて身構えたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る