第77話 素でツッコミし者。

「それで、あんたの目的は何なんだクロビエル」


「私は……同じ女神としてエルムの地上への関与を減らしたいだけよ。だから今一番の執着である貴方を叩きのめせば、天界に連れ帰つて静かにしているだろうと思っただけ。まあ、私じゃ歯が立たなかったんだけど」


 目線を外したクロビエルは少しだけムスッとした顔をしている所を見ると結構悔しかったのかも知れない。


「だいたい、私が魔族に関与してるのも私が闇の女神だからって訳だけじゃない。エルムが人間に肩入れし過ぎるからバランスを取るためなんだからね」


 ベッドで眠っているエルムの方へ視線を移すと、指をパチンと鳴らし呪文を唱える。


蝙蝠の歌ニフテリザソングス


 彼女の呪文と共に先程と同じ闇の精霊が操る黒い霧が現れ、エルムやミレイを包み込む。


「何を……!」


 椅子から立ち上がり掛けた俺を片手で制して『ただの子守唄。眠らせただけよ。あの二人には聞かれたくないし邪魔されたくないから』と言ったクロビエルはチラリとサクラへと視線を向けると眉根を寄せてつぶやく。


「ホントは貴方にも眠ってて欲しいんだけど、やっぱり無理みたいね」


「あはは……スミマセン」


 俺の眠っている間、サクラには精霊術を何度か試したものの効果が見られなかったらしい。そりゃまあサクラの事を、四角い鎧の中に人が入ってると皆は思っているのだから仕方ないが、AIに対して効果がある魔術なんて物があるのかどうかさえ俺だって分からない。ましてや初見の女神にそんな事理解出来るはずもないだろう。サクラは苦笑しながら俺にコーヒーを差し出した。


 それにしても誰にも聞かれたくない話しと言うのがどんな話しなのか分からないが、俺はとっとと話を戻す事にした。


「それで……みんなを眠らせてまで話したい事って何なんだよ」


「うう……あの、その……」


 クロビエルはまた頬を赤らめて目線を反らしている。そしてチラチラとこちらを見ながらボソリと呟いた。


「ち……」

「ち?」


「地竜倒して……くれてありがと」

「はあ……? なんで?」


 い……意味不明だ。なんでグリーマーを倒して、俺がコイツから礼を言われる事になるんだ。まるで分からん。ポカンと口を開けたままの俺に、クロビエルは何が気に入らないのか分からないが口を尖らせて言葉を続けた。


「おバカな魔族がやらかした事だけど、あんな化け物が好き放題暴れたら人間だけじゃなく魔族だって他の種族だって危なかったわ。だからお礼を言っただけ、悪い?」


「悪くない……です。スミマセン」


 感謝されてるみたいだが、怒られた。反射的に謝ってしまった。。


「だいたいいつも貴方たち人間はそう! 好き勝手にあんな化け物召喚して戦に利用して!!」


「あれは人間が召喚した物なのか!?」


「貴方もとんでもない物召喚したじゃない、勇者ヒ・ビート!」


「ええっ、俺?」


 そんな化け物を召喚なんて記憶に……あり過ぎる。


「王種のマイマインにあの大きな悪魔の真っ黒クロ助。貴方のおかげで危うく魔族は絶滅する所だったわよ」


「真っ黒……えー、グレーターデー」

「名前なんてどうでもいいの!」


「はい……スミマセン」


 クロビエルは立ち上がると俺を指差し、凄い剣幕でまくし立てて来た。俺は完全に気圧されていて、椅子の上でまるで借りてきた猫の様になるしかない状況だ。


「だいたい、貴方の魂には光のエネルギーが異常な程に貯め込まれ過ぎてるのよ。貴方の祈りには普通の人間の数千、数万倍の効果があるわ。それは祈りのエネルギーを受け取る女神の側からしたら効果が強過ぎて、むしろ毒や呪いと言っても過言ではないわ。召喚を司る女神サモネアは、貴方の祈りに対する対価を支払う為、あの王種と真っ黒悪魔を続け様に召喚して完全に力を使い果たし、今もまだ寝込んでいるわよ」


 確かにシスターモモに召喚は、正確なイメージと強い祈りが必要不可欠と言われていたけど、祈りのエネルギーが強過ぎて、女神が寝込むほどの力を使って悪魔を召喚させてしまうとは思ってもみなかった。


「それとエルムを見てみなさい、貴方に生命エネルギーを供給したせいで眠っているでしょ。普通女神はその位の事で眠ったりしないわ。たとえ分身体だったとしてもね」


「……」


 今までも何かある毎に横にちょこんとくっついて来てはクークー気持ち良さそうに眠っていたのでこの女神はそういう物だと勝手に思い込んでいた。まさか俺の方に原因が有っただなんてまるで考えもしなかった。


「とはいえ貴方からの祈りや感謝のエネルギーは桁違いだからみかえりも大きいのだけれどね。私だって女神だから感謝されるのは嫌じゃないけど、貴方の場合、たった一言礼を言った位で私の周りに展開している闇の三重障壁が消し飛ばされたのには、流石にイラつかされたわ」


 なるほど、それで『生意気ね!』と言われたのか。


「勇者ヒ・ビート……」

「えーと、ヒビトです」


「貴方の名前なんてどうでもいいわ」


「はい……スミマセン」


 名前を訂正したかっただけなのに、正座させられそうな勢いで怒られた。本当にさっきから謝ってばかりだ。それにしても女神からしてこれか……草の根運動、マジで心が折れそうだ。


 そんな俺の気持ちなど気にする風もなく、クロビエルはソファーから立ち上がると腕を組んでこちらを睨み付ける様な態度で質問を投げ掛けてきた。


「貴方、こちらの世界に来る前にエルムの部屋に呼ばれたわよね」


 山手線に引かれた俺が意識を取り戻した時、確かにエルムの部屋にいた。まるで俺の世界の女の子が住んでる様なイメージの部屋だった。窓の外に広がる空間がまるでブラックホールの様な暗黒空間でなかったら、とてもそこが女神の部屋であるなどと信じる事は出来なかっただろう。


 クロビエルはこちらの反応を伺いながらも返事は待たずに言葉を続けた。軽く目を閉じ、何かを思い出しながらそして噛み締めるように呟く。


「あの部屋は異常よ。女神はその空間を支配し、ただそこにあるという様な存在。それなのにあの子の部屋はまるで貴方の世界の小娘の部屋のよう……」


 クロビエルも大概小娘に見えるので、小娘と言う言い方には若干引っ掛かりはあるものの、言ってる事自体は理解できる。最初はオレ自身も感じた違和感だからだ。


 自分もラノベやゲームが好きな世代である。自分の持つ異世界転生のイメージからかけ離れていた為、違和感はあったのだが、エルムがゲーム【エクステリアの奇跡】のチュートリアルのガイドキャラ女神エルムであると名乗った時から、俺の脳内イメージから作り出した物だと勝手に思い込んだのだ。


「エルムは人間に憧れている。いいえ、人間になりたがっているのかも知れない。だからエルムが人間に寄り添い過ぎている事に私は危機感を抱いているの。人間に良いように利用されるだけの神になってしまわないように監視していたのよ」


「それで俺を倒して天界へエルムを連れ帰るつもりだったのか」


「人間と魔族は争っているけれど、それも含めて大いなる神のご意思ですし、それを見守るのが本来の女神の役目ですから。敵対する勢力に属しているからと言っても女神同士も敵対している訳ではないからね」


 クロビエルの言ってる事はもっともだとは感じる。それでも彼女の言ってる言葉を全て鵜呑みにして良いものかは疑問に感じていた。それをクロビエルも察したかのように言葉を続けるのだが……。


「一度は貴方の事を殺そうとしたしね、私の言うことを全て信じろとは言わないわ。私が美しく神々しい女神であるから、つい心酔してしまう気持ちも分からなくてはないのだけれど……」


 何を言ってるのだろうこの女神は。さっきもパンケーキを取られまいと必死になってたチミっ子感が何となく駄女神エルムと被る。


「不敬、チミっ子じゃない!」


「それはそれとして……」


「女神の発言スルーしない!」


 心……というかまた地の文読まれてるな。何かこういう事に慣れて行く自分が、人として駄目になって行ってる気がした。とてもした。大事なことなので二回言っておこう。


 更にクロビエルの等身が縮んでギャグキャラの様に見え始めている事を胸の奥にしまって、心に強く『話が進まない』と念じながら言葉を続けた。


「それでその神々しい女神様は俺に何をして欲しいって言うんだ?」


 ブゥっとふくれっ面しているクロビエルだが、こちらをにらみながらも話しは進めてくれる様なのだが、このエピソード最初の1行目から何も進んでいない……こちらこそ、まったく、全くである。


「貴方には、エルムと結婚して欲しい」

「はぁ? お前何言ってんの??」


 素でツッコんでしまった。





 ーつづくー



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る