クロビエル来訪編
第76話 連行されし者。
ヒビトが目覚めるとそこは知ってる天井がある部屋だった。
……またか。ミレイ団長の部屋だ。
地竜グリーマーを撃破したあとまた、いつも通り倒れたのだろう。派手に戦ったあとはいつもいつもこれだ。全身筋肉痛で動けない。ナーゲイルを装備する事で発動するアビリティスキル【身体強化】はとても便利でありがたいのだが、体に負担が半端ない。異世界ラノベ主人公の様に、レベルが上がるだけで体の機能がごっそり切り替わるのが羨ましい。
とは言え、筋力や体力が元の数百、数千倍に上がったらどんな見た目の化け物になるのか想像するだけでも気持ちが悪くなるので、この先もこの痛みと付き合って行くしか無いとも思う。何事も
そして現状、右腕も左腕も動かないのは筋肉痛だけが原因ではなかった。右腕にはエルム、左腕にはミレイが絡みつき俺を押さえ込みながらスヤスヤと絶賛おやすみ中だ。
サクラはいつも通り室内の家具に擬態していたが、彼が目を覚ました事に気付くとホログラムを切っていつもの緑色の髪の毛をふわりと揺らす、アニメキャラクターを前面に表示して近付いてきた。
「おはよう御座います、オーナー」
「おはよう、サクラ。現状までの報告を頼む」
「承知致しました」
彼女の話によるとグリーマーを撃破したあと、気を失い倒れたヒビトを騎士団員たちが砦へと運び込んだ。当初、医務室へと運び込まれた俺をミレイが『砦を救った勇者をこんな硬いベッドに寝かせておけない』と言って強引に自分の部屋へと移した。
発熱したまま目を覚まさないヒビトに、ミレイとシスターモモの二人が協力して、投薬や栄養価の高い果物のドリンクを飲ませたり、濡れタオルの交換などを付きっきりで行い、あれからもう一週間が経ったそうだ。
そしてエルムはその間、戦闘で消耗した理の力【
これを見たミレイとシスターモモは我先にと空いているヒビトの左側ポジションを争って譲らなかったのだが、急に恥ずかしくなったのかすぐに笑い合って逆に交互にその場所を譲り合う事となった。そんなこんなで現在はシスターモモが出掛けていて、ミレイが彼の左腕を確保している状況である。
ヒビトは何とか脱出を試みるが、両腕とも完全に極められていてまるで動かない。むしろ押し付けられる柔らかい胸の感触に鼻の下が伸びて仕舞わないかドキドキしてしまい、若干
そんな状況でベッドの上でもがき続けるヒビトは、近くのソファーに座って紅茶とパンケーキを口へと運ぶ女性がいる事に気が付いた。もちろんそれはシスターモモではない。
彼女もヒビトが目を覚ました事に気が付いた。
「ようやくお目覚めか、勇者ヒ・ビート」
「なんでここにいるんだ、クロビエル!」
「その……勢いというか、付き合いというか……エルムのバカに強引に連れて来られたのよ」
最初のちょっと高飛車風なセリフの態度から一転、なんだか顔を少し赤らめながらモジモジとしてハッキリしない。それに俺が意識を失って既に一週間も過ぎているのだ。帰ろうと思えばいつでも帰る事は出来るだろう。まさかコイツは……。
「まだ俺の命を狙っているのか?」
「はぁ? 違う違う。私は元々お前を殺したい訳じゃない。殺すつもりならあんたが眠っているうちにいつでも出来たし。まあ、そこの四角い鎧の商人やエルムが邪魔するだろうから簡単ではないけど、絶対不可能という程でもない。だいたい貴方達はちょっと警戒心が薄すぎじゃないかしら。私これでも闇の女神よ、あなた達に敵対する側の神なのよ。それなのにこんなに美味しい飲み物や供物を提供しちゃってバカなんじゃないの!」
サクラはクロビエルを俺と敵対する勢力の女神だと認識はしていたものの、エルムのお客様だからと丁重に扱ったのだが逆に叱られてしまった。
だが、クロビエルは彼女の方をにらみながらも『出された供物はもう返さないんだからね』と綺麗な銀髪を揺らしながら紅茶とパンケーキを両手で囲ってもう返さないアピールをしており、そんな姿はとても闇の女神と思えぬほど可愛らしい。
そしてサクラもそんな可愛らしい態度の女神さまを主の敵と認識する事は出来ずに、警戒はしながらもとりあえず歓待し苦笑するしか無かった様だ。
クロビエルはパンケーキをもしゃもしゃと
「わはひはほほうてひはらひかはえひゃにゃひ」
「誰も取らないから、とりあえず口の中の物をきちんと食べてからしゃべれよ」
彼女はジト目でこちらを睨みながらも、きちんと咀嚼しゴクンと飲み込んだ。ゆっくりと紅茶をもう一口くちに運ぶとそのまま飲み干し、ソーサーへとカップを戻した。
「わはひはほほうてひはらひかはえひゃにゃひ」
「変わってねぇ!」
「冗談よ。貴方の態度、女神に対して随分と不敬だからからかっただけ。私だって何の用もなくここにいる程暇じゃないって言ったのよ」
俺のツッコミにカラカラと笑いながら答えるクロビエルは『とりあえず私と話しをするならベッドから降りなさい』と命令してきた。確かにこのままでは話しにくい。とはいえ、俺だって好きでベッドに拘束されている訳ではない。
『悪いが、看病してくれた二人を手荒に起こす訳にはいかないんだ』と答えると『ふんっ』と小さく鼻を鳴らし、闇の精霊を呼び出すと呪文を唱えた。
「
うーん、慣れた。もう女神たちのとんでも精霊呪文にはもうツッコむ気力がおきない。
モヤモヤとした闇の塊が俺の両腕を拘束する二人の手に絡みつくと、ゆっくり、ゆっくりと俺の腕から離れていく。二人を起こす事なく少しずつ彼女達を引き剥がすと闇の塊は霧の様に霧散した。
本来は何に使うどういった術なのか全く分からないが、本当に助かった。本当に本当にマジで助かった。俺は二人を起こさない様にゆっくりと起き上がるとそっとベッドから降りて、側に置かれていたズボンと上着を羽織る。
先程不敬と言われたからではないが、流石にシャツ一枚で女神の前に立つのはためらわれたからだ。サクラにホットコーヒーを頼むとクロビエルの座るソファーの前にある椅子に座り礼を言った。
「ありがとうクロビエル。流石にあのまま話すのは俺も辛かったから助かったよ」
俺が言った礼にクロビエルは大きく目を見開くと、すぐにジト目に戻り頬を少し赤らめると目線を反らして『貴方、本当に生意気ね』と呟いた。
何が生意気なのかは分からないが、クロビエルが礼を言われる事にあまり慣れていないツンデレさんなのだという事は何となく分かった。
とりあえず敵意をむき出しにして来た最初の時とは少し違うようだし、エルムが連れてきたというならそこまで危険はないのかも知れない。俺だって無闇やたらと戦いたい訳じゃない。
本来、話ができる相手となら話し合いだって悪くない。素直に話してくれるかどうかは分からないが、彼女から話しがあると言うのなら、何が目的なのか聞いてみるだけだ。俺は素直にそれを口にした。
「それで、あんたの目的は何なんだクロビエル」
彼女はチラリと眠っているエルムの方へ視線を向けるとすぐにこちらへ視線を戻し、語り始めた。
「私は……」
ーつづくー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます