第75話 伝説を撃破せし者。
勇者ビートを救うため囮となって出陣したフォールーンの騎馬隊だが、流石に相手が悪過ぎる。いくら騎馬を中心とした部隊であってもサクラのビークルモードのスピードに追いつく程の機動力を持つ化け物が相手なのだ。まともに戦っては全滅は免れないだろう。
再び地中へと潜り混んだグリーマーは大地を大きく隆起させながらフォールーン砦から出撃した騎馬部隊へと一直線にその進路を向ける。
大地が大きく隆起しグリーマーが地中に潜んでいると思われる地点へ向かって疾走する騎馬隊。その数およそ二十騎あまり。伝説の地竜へと真っ直ぐに向かう彼らの目の前の大地が、急激に陥没して行く。その沈み込む大地の中心部から黒光りする巨大な
「全員回避っ!」
騎馬部隊は、先頭の騎士が叫ぶとグリーマーの作り出した陥没を左右ニ部隊に分かれて大きく迂回しながら回避していく。足を取られた馬が数体グリーマーの開けた巨大な口に飲み込まれて行くが、乗っていた騎士は別の騎士達に助け上げられその場を脱する事が出来たようだ。
回避に成功した騎士達は持っていたクロスボウを使ってグリーマーの口に毒の
弓は元々、遠距離からの攻撃を是とする武器であるが、急所を一撃で貫かねば相手を殺す為の必殺度が足らず、戦闘では使用者の練度を要する武器である。熟練の弓師ならば剛弓を使い、必殺の一撃を放つ事も可能かも知れないが、一般の騎士達には連射性が高く、誰にでも扱う事の出来るクロスボウが配備されていた。クロスボウは僅かな訓練で誰にでも簡単に扱う事が出来るうえ、鏃や付与する毒を交換する事で目的に合わせた高い汎用性を持っているからだ。
今回鏃に使用された毒は、この世界では有名な致死性の高い毒であった。だが強い再生能力を持つグリーマーにとっては多少の痺れを与える程度で効果は薄いようだ。
だがそれでもこの生物の本能的な部分をイラつかせる事には成功したようだ。地中からその巨大な体を現し吠えた。
「ギャギャウアアァー!」
威圧の籠もった叫びに騎馬隊の隊列が大きく乱れる。
「全員散開して退避ぃっ!!」
隊長格の騎士が叫ぶと同時にまるで蜘蛛の子を散らす様に大きく広がりながらその場を離れて行く。だが、グリーマーの叫びによる威圧で錯乱した馬から落馬した騎士が数名取り残された。
グリーマーは彼らに目標を定め、頭部をしならせると、落馬した騎士達に向かって大きく口を開いた。ギチギチと歯を擦り合わせる様に音を鳴らすグリーマーが、まるで愉悦に嘲笑っているかの様に、その場の騎士達には見えていた。
そして自分達はあの悪魔の口に噛み砕かれ
遠方からそれを見て取った日比斗は叫ぶ!
「サクラ、プラズマ
「オーナー、射程距離が足りません!」
日比斗との合流を優先したサクラは、グリーマーとの距離がだいぶ離れてしまっていた。フォールーン砦へと直進したグリーマーと、陥没した大地を避けて、外縁を走るサクラの距離はかなり開いておりプラズマ超電磁砲の射程から大きく外れてしまっていたのだ。
「いいから、撃てーっ!」
「了解です、プラズマ
日比斗の号令にワンテンポ遅れて必殺のプラズマ超電磁砲を発射するサクラ。轟音をあげて飛んでいくプラズマ火球だが、グリーマーの遥か手前の大地に着弾し大地を大きくえぐって爆発を起こす。その振動と爆発音に大地と空気が震えた。
プラズマ火球はサクラの予想通り、グリーマーの遥か手前、誰もいない場所に落ちた。だがそれこそが日比斗の狙いであったのだ。
グリーマーに目があるのかは分からないが、地下での戦い以降、奴は音や振動には敏感に反応しているのを感じていた。だからこそ
そしてそれを立証するかの様に、グリーマーは目標を落馬した騎士から外し、プラズマ火球の着弾地点へと興味を移した。
「もう一度撃てるか?」
「プラズマ超電磁砲の残弾ゼロです。もう一度撃つ為には四十パーセント以上の再充電が必要です」
日比斗の質問に対し、サクラは十数分の再充電が必要である事を伝えた。もちろんグリーマーが再充電を待ってくれるはずもないのだが、それでも一時的にグリーマーの気を引く事には成功したおかげで、落馬した騎士達を救助する僅かな時間を稼ぐことは出来たようだ。
プラズマ火球着弾時の爆発音と熱風に興味を移したグリーマーではあったが、一時的な爆発ではそこまでが限界だ。奴はすぐさま砦へと逃げ戻る騎士達に興味を戻し大地に潜り込むと彼らを追って一直線に進み始めた。
正直、日比斗としては仲間内で最大火力を誇るサクラに再充電したい所だが、サクラを停止させて再充電するとなると、明らかに奴がフォールーンの城壁へと到達する方が早くなってしまう。
日比斗はサクラにグリーマーの元へと全力で向かわせながら、電力消費量の少ない
それよりも日比斗は自分がいち早くグリーマーの元へと到着できる事の方を選択したのだ。
「くっ、グリーマーの進行速度が早い、騎士達が門の中に逃げ込むより前に追い付かれるぞ。」
「婿殿、大丈夫です」
日比斗とは反対側のパイプフレームに掴まっているミレイは僅かに微笑みながらこちらへと視線を移す。その目に炎のような強い意志を映す彼女の微笑みは、伝説の化け物との戦闘中である事も忘れてドキッとしまうほど精悍でとても美しかった。
彼女は砦へと視線を移すと呟く。
「城壁の上で騎士達の指揮を取っているのはアスファルト・デボイ……私の長年の副官です。単純な戦闘力では他の騎士達には
彼女の言葉に頷き、自らも城壁へと目を向けると監視塔の上部から指揮官のアスファルトらしき人物が号令を掛けているのが見えた。彼の動作に続いて大きく鐘の音が響き渡る。
『ゴーン、ゴーン、ゴーン!』
腹に響くような重い鐘の音が三回鳴り響くと、城壁から風を切って巨大な岩がグリーマーの進路へと降り注ぐ。
「投石機か!?」
日比斗が叫んだ様に、城壁に設置されていた投石機から無数の岩がグリーマーの進路を塞ぐ様に次々と落下した。直接当たった訳では無いが、落下した巨大な岩が大地を揺らす振動音は、グリーマーを苛つかせるのに十分効果的であった。
「ギャウアアァー!」
地中からその巨大で醜い姿を大きく現したグリーマーは、まるで威嚇でもする様に城壁に向かって叫び声を上げた。
その声を聞いた兵士たちの一部は恐怖に震えその身を強張らせる。だが、アスファルト・デボイはこの瞬間をこそ待っていた。震える手を握りしめ兵士達を鼓舞する様に叫んだ。
「今だ、三番隊、撃てーっ!!」
アスファルトの号令と共に鐘が打ち鳴らされ、巨大な鋼の矢が空気を切り裂いてグリーマーへと飛んで行った。投石機と等間隔に並べられていた
数メートルの長さを誇る幾本もの鋼の矢に貫かれてもまだ、巨大な体躯と、とんでもない回復力を持つグリーマーにはとどめを刺すに至らない。
ようやくグリーマーに追い付いた日比斗が叫ぶ!
「サクラ、プラム、全力でたたみ掛けるぞ!」
「「はいっ!」」
サクラはその機動力を活かし、グリーマーの注意を引くため奴の周りを高速旋回しながら
一方、ミレイはサクラから飛び下りると大きな声で自らの契約精霊武器の名を呼ぶ。
「いでよ、聖槍アスカロン!」
その両手に二本のショートランスを召喚すると構えながらアスカの名を呼ぶ。
「アスカ様、お力お借りします!」
両手を頭上に大きくクロスさせ、槍の先端に大型の雷光球を発生させると、上から下へと勢い良く振る動作でグリーマーの頭上へと飛ばした。
「
彼女の飛ばした雷光球はグリーマーの頭上へと到達し、ミレイの掛け声と共に爆発するように大量の稲妻を撒き散らし、城壁から放たれた鋼の矢を避雷針代わりに奴の体に直撃した。数万ボルトの落雷の直撃を受け、流石のグリーマーもビクッと痙攣すると飛び出した穴から真っ直ぐ真上に向かって伸び上がるとそのまま硬直した。
そして日比斗はと言えば、サクラへの指示を出すと同時に彼女から飛び降りるとその場を走り出した。ミレイが雷光球を空へと飛ばした時には既に、ナーゲイルのスキル
フォールーンの城壁よりも遥かに高く舞い上がった日比斗の足元では、落雷を受けた事による硬直で大口を開けたまま固まっている。更にグリーマーの体表の油脂成分に火が付いたようで、ユラユラと小さく燃えていた。
「これで終わりだグリーマー!」
日比斗は重力軽減によりゆっくりとグリーマーへ落下しながらスキル名を叫ぶ。
「砕け、
『ハイです、ご主人様ぁ……って、こここ、怖―――あぁあぁぁ!!』
日比斗は変な声を上げて泣き叫ぶナーゲイルと共にグリーマーの破砕機のような口に向かって飛び込んで行く!
「婿殿!」
「ビートくん!」
「オーナー!」
みんなが俺を呼ぶ気がした。あの口の中へ飛び込むなんて、何て頭のおかしい事をしているのだろう。だが不思議と恐怖はない。
むしろ『うわわ―――っ!』とか声を上げてグリーマーの口の中へと突入して行くナーゲイルの方がまともなのかも知れないと思う。
槍の様な形状に変形したナーゲイルは、鍔に直結した二本の刃を高速回転させながらグリーマーの内部をズタズタに切り裂いて突き進む。日比斗はナーゲイルを強く握るとそのまま水平に振り回した。
ミレイやサクラ、フォールーンの騎士達が見守る中、日比斗を飲み込んだままのグリーマーは小刻みに震えると爆散した。まるで内部で爆発でも起こったかの様にその身体は粉々に吹き飛んだ。
飛び散った肉片の雨が降りしきる中、その中を巨大な剣を携えた男が一人。ゆっくり、ゆっくりとミレイとサクラのいる場所へと向かって歩いて来る。
「む、ムコ殿ぉ――っつっ」
「オーナ―――っ!!」
日比斗は走って来る二人に笑顔を向けると呟く。
「めちゃくちゃ恐かった――っ」
嘘である。だが、そう答えるのが正しいような気がしたのだ、ヒトとして。
サクラとミレイ、走って来る二人の姿が見える。
目の端にこちらへと向かうエルムが見える。
城壁で、馬上で、歓声を上げる騎士達。
ティーは胸元で目を回している。
ナーゲイルは気持ち悪いと言ってゲーゲーしている。食事なんてしないのに、なんでだろう?
でもそんなみんなの姿がようやく勝利を実感させた。伝説の地竜だか何だか知らないが、あのとんでもない化け物を倒す事が出来たのだ。
そう感じた瞬間、自らの意識が薄れていくのを感じた。最後の瞬間、グリーマー……さすがにもう再生しないよな。もう次はやらないからね、絶対。そんな事を考えながら日比斗は意識を手放したのだった。
ーつづくー
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