第74話 窮地を救いし者。

 俺ははゆっくりと歩みを進める。


 一歩、一歩、大地を踏みしめ、その地下深くで息を殺している地龍グリーマーを感じるかのように。


 ビークルモードのサクラとそのパイプフレームに掴まるミレイは平原の端まで後退しこちらの様子をうかがっていた。


 そして森の中では太い木の陰からエルムと、何故かまだこの場にとどまっているクロビエルがこちらに視線を向けている。


『ここ! この下に地龍 グリーマーがいるよ。息をひそめてこっちの動きを探っているみたい……たぶん』


 俺の周りをくるくると飛び回っていたティーが、髪の毛を引張りながら教えてくれた。最後の【たぶん】は少し心もとないが、彼女の索敵能力・イントネイション・スキニングはとはバカに出来ない性能を誇っている。


「ティー、危ないから懐に入っとけ」


 俺の一言でティーは『は~い、定位置、定位置』と言いながら懐に潜り込んだ。なんだかんだでいつも一緒にいるコイツの事も可愛く思っている自分に少し口元が緩む。


 足から伝わるドクンとした振動。


「さあ、決着を付けるぜグリーマー!」


 俺はナーゲイルを大きく振りかぶると、大地に思いっ切り突き刺し大声でスキル名を叫んだ!


超重力振動波グラビティグラビトン!」


 大地の精霊であるナーゲイルのクリティカルスキルのひとつである超重力振動波は、重力をコントロールし圧縮された微細振動の波を幾重にも重複させ、まるで水の上に広がるいくつもの波紋の様に重力波動の威力を数十倍、数百倍へと昇華させ大地へと広がった。


 日比斗の足元1メートル程を残し数十メートル先までも広がる重力波は大地をひび割れさせながら大規模な陥没を引き起こしていく。


 広く平坦な土地であったルーン平野は、俺を中心にまるで蟻地獄の様に落ちくぼんでいく。足元の地盤が崩れ始めた為、サクラ達もその外側へと退避して行った。


「な、ナーゲイル、これちょっとお前から聞いたスキルの効果より大き過ぎないか?」


『いやぁ、わたくしめもびっくりな効果でございますねご主人様。効果範囲はエルム様にお伝えした通り、確かに直径五十メートル程度の範囲でございました。ですが、ご主人様の人並み外れた聖光エネルギー量と重力波動のエネルギー重複により、この平原全体に振動波が波紋の様に拡がっており、更に蟻やミミズ共が食い荒らし作った洞窟が振動波の影響で落盤を起こし、地下通路の崩壊が進んで、この大規模な地盤沈下を引き起こしているのではないかと思われます……いやぁ参りましたね、ご主人様。あはは……』


 笑顔で意気揚揚と語るナーゲイルをすぐさまぶっ飛ばしたい衝動に駆られるが、今はグリーマーをいぶり出すのが先決だ。


 そうこうしているうちにも大地の亀裂と陥没は東側の魔の森から西のフォールーン砦にまで広がり、ルーン平野全体に広がりつつあった。流石にもうこれ以上は限界かと思われた時、グリーマーの方が先に音を上げた。


 ナーゲイルの放つ重力振動波の直接効果範囲の外へと逃げ出したグリーマーは、地中からその身を現し悪魔の様な巨大な口を広げて咆哮した。


「ギャギャウアアァ……」


 グリーマーの咆哮は大地と空気を大きく振動させ、その威圧範囲はルーン平野全域に渡った。まるでフォールーン砦までもが震えているかの様な激しい空気振動の中を、剣を振るい切り裂く様に突き進む日比斗が吠える!


「うおおぉぉ……!!」


 大木の様な太さのグリーマーへとナーゲイルを袈裟がけに振るい、斬りつけるとその勢いのままクルリと一回転し、更に水平に刃を叩き付けた。


 傷を受けのたうち回るグリーマーに更に追い打ちを掛ける。こちらの動きに合わせて鎌首をもたげるグリーマーの懐に飛び込むと大地にナーゲイルを突き立てスキルを発動させた。


超重力場スーパーグラビティ!」


 ナーゲイルはスキル効果範囲内の重力に干渉し、高圧力場による重力制御をもって鎌首をもたげたグリーマーの頭部を大地に叩き付けた。


「重力上昇レベル10、このまま押さえ込む。サクラ、プラズマ超電磁砲レールガン発射!」


「プラズマ超電磁砲、発射!!」


 サクラがが復唱すると同時にプラズマ火球が射出された。発射直後は野球のボール程の大きさの火球だが、射出直後から周りの空気を巻き込んで巨大な火の玉となってグリーマーへと迫る!


 だが、これは結果から言うとしくじった。


 奴は高圧力の重力範囲内で大地に押さえ付けられた形から無理やり体をよじらせると、地中へとその身を躍らせたのだ。


 まさかあの四〜五十メートルはあろうかという巨体で、この荷重圧の中あれ程動けるとは完全に俺の誤算だった。ミミズと同様の特性なのだろうか、グリーマーの体表に無数に生えている体毛を使った蠕動ぜんどう運動は、筋肉が伝播性の収縮波を生み出し、この高重力の中でも辛うじて移動を可能にしているようだ。


「畜生、効果範囲を抜けられる!」


 地中に潜ったグリーマーはじわじわと身体を伸縮させながら、スキル効果範囲からの脱出を試みているようだ。更に、洞窟の崩落とそれに伴う地盤沈下で高重力効果範囲もズレ始めた。


「やっぱ、土の中ではアイツの方が有利かよ」


 日比斗の足元の地盤が一気に沈み込むと、重力干渉で押さえ付けていたグリーマーの反発する圧力が一瞬で消失する。


「逃がすか!」


 叫ぶと同時に剣を抜いて走り出す。


 高重力の範囲から抜け出した奴は、地下深くへ逃げ込むのではなく地表近くを掘り進んでいるようで、ボコボコと隆起する地表面がグリーマーの向かっている方向を指し示す。


「くそっ、砦に向かっている!」


 単純に彼から距離を取りたかったのか、それとも別の獲物を狙ったのか……砦へと進路を向けた理由は分からないが、それでも日比斗はグリーマーを追って走る。だが、すり鉢状に落ち窪んだ大地はズルズルと崩れ、足を取られた日比斗は思う様に走れない。


『こうなったらアレを試してみるしか無い』そう感じた日比斗は聖剣のスキルを叫んだ。


「防御結界!」


 防御結界は聖光エネルギーを使い、任意の場所に物理防御の障壁を展開する事ができる聖剣の契約者に与えられた固有のスキルである。


 日比斗は防御結界を細かく複数展開し、それを足場にする事で緩んだ大地に足を取られること無く、更に防御結界の攻撃に対する反発力を利用して、飛ぶ様に空中を走った。


聖剣スキルわたくしを踏み台にした!』


「婿殿が飛んでる!!」


 ナーゲイルは何処かで聞いた様なセリフを吐いて驚き、ミレイはその走ると言うよりはまるで飛んでいるかの様なその姿に驚愕していた。唯一サクラだけが『さすがは我が主オーナー!』とドヤ顔で陥没した大地の外縁部をキャタピラを唸らせて疾走している。


 そして魔の森の大木の陰からこちらを覗き見ていた女神チームではエルムが『アハハハ……ビートくん、最高!!』と目をキラキラさせている後ろで、クロビエルが彼女の両頬を摘んで引っ張りながら『何なのよ、あんたんとこの勇者何なのよ〜!』と地団駄を踏んでいる。


 今回はそんな三者三様を気にする余裕など欠片も無い日比斗は、風を切り裂く様に空中を走り隆起する地表面の先頭へと躍り出た。


「こなくそっ!」


 もう一度、グリーマーを重力で押さえ込むべくナーゲイルを大きく振り被った。


 だが、日比斗が剣を振り下ろすより早く地面が落ちくぼむと、中心部が隆起し大型破砕装置のような巨大な口を広げたグリーマーが、凶悪なくちばしで日比斗を飲み込まんとその身体を大きく伸ばして、彼の目の前にその醜悪な本体を晒した。


「ちいっ、防御結界!」


 日比斗は即座に小さな防御結界で足場を作ると、そこを起点に緊急回避を行う。急激な方向転換による強烈な横Gを受けながらも巨大な嘴の攻撃をなんとか躱す事が出来た。更に自らを縦ロールに回転させるキリモミ状態を利用してナーゲイルを放り投げる。


「行け、ナーゲイル!!」

『目がぁ――ご主人様、目が回るぅ!』

「やかましい、ぶった斬れナーゲイル!!」

『はっ、はひ〜ぃ』


 泣き言を言いながらもナーゲイルは、鍔を変形させ回転力を利用して大木のようなグリーマーへと切り付けた。奴の胴体に深々と突き刺さるナーゲイルだが、致命傷には程遠い……グリーマーには脳や心臓にあたる部分が見当たらないらしい。敵の弱点を突くナーゲイルのクリティカルスキルに反応するのは、どでかい胴体の中心部にある細い神経節のような物らしいが、とてもではないがナーゲイルの刃をもってしてもそこまで斬り込めないようだ。


「戻れ、ナーゲイル!」


 即座にナーゲイルを呼び戻すと、光が収束し日比斗の手の中に実体化するのと同時にナーゲイルの重力スキルを発動させる。


重力軽減ライトグラビティ!」


 緊急回避と同時にナーゲイルを投げ付けるという曲芸をやってみせたものの、そのままでは大地に叩き付けられて致命傷を負いかねない。重力を軽減させるスキルを発動させ、衝撃を少しでも軽くする作戦を取ったのだが、それでも落下のスピードを落とし切ることが出来ず大地に叩き付けられ、大きく跳ね飛ばされてバウンドし呼吸が一瞬止まった。


 重力軽減のスキルと、深く生い茂った草原の草木が無ければこの程度では絶対に済まなかっただろう。そしてこのスキをグリーマーが見逃すはずもなく、すぐさまその鎌首を日比斗へと向け攻撃に移ろうとした瞬間だった。


 カーン、カーン、カーン……。


 フォールーン砦から鐘の音が響き渡る。それと同時に砦の中央にある正門がゆっくりと開き始める。門の向こうに控えていたのは砦の守備を任されていた騎士団員たちだった。


 全員が通常とは異なる軽装の鎧を身に付け、槍ではなくクロスボウのような弓装備の騎馬部隊であった。


「ばかな、何をしている。全員下がれー。砦の中に戻りなさい!!」


 フォールーン砦へ向かって疾走するサクラの後ろからミレイが叫ぶが、その声は門の前に整列した騎士達には届かない。


「騎馬隊、進撃! 勇者殿を掩護せよ!!」

「「「おおぅ!!」」」


 城壁に立つアスファルト・デボイの掛け声に続き、騎馬隊が声を上げて馬を走らせる。


 グリーマーに脳や意思がどの程度あるのか分からないが、日比斗の方に向いていた意識が、単純に数が多く大きな声を上げる騎兵隊へと移った。大地に叩き付けられて動きの止まってしまった日比斗はそのまま追撃を受けていればかなりの窮地へと追い込まれていただろう。そういう意味では日比斗はフォールーンの騎士達に救われた形になった。


 とはいえ、騎士達にどんな作戦や思惑があるのかは知らないがナーゲイルでも簡単は撃破出来ない伝説級の化け物が相手なのだ、どう考えても彼らには荷が重い。


 日比斗自身も少しばかり強くなったと思っていても、それはナーゲイルや仲間たちの力があってこそであり、自分自身の力ではないのだと強く感じていた。だからこそ僅かばかり歯を食いしばると『今度こそ!』と小さく呟き、グリーマーへ向かって疾走するサクラと合流するため、大地を強く蹴って走り出したのだった。




 ーつづくー

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