第73話 死を覚悟せし者。
日比斗は自分へと鎌首をもたげて向かって来るグリーマーの頭部を、泥魔神の両手で掴むと足元の地面へと向かって叩き付けた。のたうち回るグリーマーの胴体を踏み付け動きを制限すると再び頭部への攻撃を試みる。
だが、グリーマーも尻尾を泥魔神の首へと絡みつかせて後方へとバランスを崩させた。
轟音を立てて後方へと転倒する魔神の頭部にいた日比斗は、魔神の倒れた反動で草原へと投げ出される。生い茂る草木がクッションとなるが、それでも相当な高さから落下したのと同じ衝撃が体へのダメージとして叩き込まれる。
「ぐはっ!」
あまりの衝撃に、日比斗は身体強化が効いている状態でもすぐに立ち上がる事が出来ない。これをチャンスと見たグリーマーがその巨大な口を広げ真上から日比斗へと迫る!
『ご主人様は殺らせないっ!!』
泥魔神の拳の上にしがみ付く様に実体化したナーゲイルは、魔神の上半身を無理矢理ひねりながら上体を起こし、吠える様に叫びながらグリーマーの頭部へとその巨大な拳を叩き付けた。見事、地竜の頭部に大ダメージを与えたナーゲイルだが、拳をぶち当てた反動でそのまま遥か彼方までぶっ飛ばされていく。
『ぐふっファあぁぁ!』
「ナーゲイルっっ!!」
ナーゲイルが泥魔神から飛ばされて離れると、その形を維持出来なくなったのか魔神もサラサラと崩れ落ち元の土へと戻って行く。
一方、頭部を殴りつけられたグリーマーも派手に大地叩き付けられたにも関わらず、すぐに体制を立て直しその巨大な口を広げて日比斗へと迫る!
武器を構えようとする日比斗だが、剣は泥魔神が崩れ落ちた場所に刺さったままだ。
「戻れ、ナーゲイル!」
日比斗が叫ぶと、彼の右手に光が収束しナーゲイルの柄へと実態化していく。だが、ナーゲイルの刀身が実体化するよりも早くグリーマーはその巨体を震わせ、無数にある牙をガチガチと鳴らして日比斗へと迫る!
間に合わない!
そう感じた時、自分の中に恐怖心が蘇ってきた。俺は何でこんな恐ろしい事をしているんだろう。今までの人生で命を掛けて何かをした事なんて一度も無い。もともと他人との関わりを極力避けてきたのは厄介事に巻き込まれない為だ。でしゃばる事で、目立つ事で打たれない為だ。害虫として駆除されない為だ。
エルムと関わってからずっとおかしい。俺らしくない。勇者だなんだと持ち上げられて、思えばとんでもない化け物退治ばかり……。流行りの異世界ラノベの主人公ではない、底辺サラリーマンの俺には普通に考えても無理な事ばかりだ。
色々な偶然が重なって、何とか母や妹にも幾ばくかの金も送る事が出来たのだし、俺もいよいよこの辺で終わりって事か。俺のような普通以下の人間がよくここまでやったよ。誰が褒めてくれなくても俺が、俺自身がその事を理解している。
それでも、散々害虫扱いされた俺の最後が、虫に喰われて死ぬってぇのがとんでもなく皮肉が効いてると思わなくも無いけどな……。
そうやって、もうダメだと思って目を閉じてから、ほんのコンマ数秒の間にこのような様々な想いが駆け巡った。そして再び目を開けて敵を見た瞬間、全身の神経を震わせるようなその声が、体の奥底から響き渡る。
『まだ諦めてはなりません!』
身体の中から響いたその声と共に、一瞬にして体が光に包まれた。日比斗へと迫るグリーマーが一瞬
「婿どの!」
「オーナー!!」
火球が通り過ぎた衝撃でふき飛ばされた俺の耳に懐かしい声が聞こえた。ミレイとサクラの二人の声だ。まだ別れて半日しか経っていないというのに俺にはそう感じられたのだ。
ビークルモードで俺の
「ヒビト!」
俺を押し倒す形になったミレイが俺の腕の中で震えている。顔を上げこちらを見つめる彼女の目には大粒の涙が溢れんばかりに溜まっていた。一言も発する事なく、ただただ俺の事を見つめていた。
「ごめん……」
これを見て俺には他の言葉など出る訳も無かった。
突然の恐怖にすくみ、生きる事から簡単に手を離した。自分は良くやったと諦める言い訳をした。
俺はミレイをみた、そしてサクラをみた。平原の端にはエルムが、そして砦の中にはモモがいる。俺にはまだこんなにも守るべき者達がいる。そしてこんなにも弱い俺をを支え、共に戦おうとしてくれている。何を勝手に諦めているのだ!
『まだ諦めてはいけません!』……ガチャの景品にまで叱咤されたのだ、出来るできないじゃない。やるかやらないか、出来の悪いサラリーマンからただの村人というニートに転職した俺だが、それでも俺に出来る事があるならやれるだけの事はしたい。
この世界でこんな俺の事を認め、尽くしてくれている彼女たちのために!!
「オーナー、グリーマーは地中で活動を停止中のようです。先程の火球が直撃はしませんでしたが、多少のダメージを受けて回復中なのではないかと推測されます」
「わかった、ありがとうサクラ。プラムも心配かけて本当にごめん、もう大丈夫だ」
俺はそう呟きながらミレイを一度強く抱きしめると、彼女の手を取り、ゆっくりと共に立ち上がった。そしてミレイも涙を手で拭うと自らの行為を謝罪した。
「私こそすまない。こんなにも簡単に涙を流すなど騎士として恥ずかしい。だが、土竜の悪魔の様な巨大な口が婿殿へと迫ったのを見て体が震えた。貴方を失うと感じた瞬間、心が悲鳴を上げた。手足は痺れているかの様に震えているというのに身体は1ミリたりとも動けなくなった。だが、サクラ殿は違った。最後まで諦めず主人を助けるべく極大魔法を打ち放った。そして間に合った」
唇を噛みしめる様にミレイは続けて呟く。
「婿どのを助ける事が出来たと思った瞬間、私は涙が溢れ出してしまった。でもそれと同時に自らの不甲斐なさに絶望した。サクラ殿は最後まで諦める事なく行動出来た。だが私は……」
「ミレイ隊長、それは違います」
ミレイに向かって向き直ったサクラが、今にも泣き出しそうな表情を作って彼女の方へと向き直る。
「私はオーナーの命令無しには武装を利用する事は出来ません。武器の使用及びその運用に関する条項の第1条の3項に抵触いたしました。今回はオーナーの生命に関わる特例措置として、禁則事項をあえて無視した上、ロックを強制解除しプラズマ電磁砲を発射致しました。ですがこれはメモリー消去も適用される程の行為であり……躊躇なく行動に移した事はAIとして、とても恥ずべき行為なのです」
「婿どの、サクラは何を言っているのだ?」
「サクラは強力な武器をたくさん持っているが、それ故、自らの意志でそれらを使う事を禁じられているんだ。そしてその決まりを破った者は死罪に値する。俺を助ける為とはいえ彼女は規律を破った。規律に順守する事を誇りとしているサクラはその事を恥じているんだ。君とは逆に、行動出来てしまった事が彼女にとって後悔すべき事だったんだよ」
俺の言葉に目をみはるミレイの手を握ると、少し恥ずかしそうに目を見て話す。
「俺もさ、本気でダメだと思った。伝説級の化け物相手にもう十分頑張ったし、俺にはこのあたりが限界なんだろうと勝手に諦めた。でもその時、君とサクラの声が聞こえた。前にいた自分の世界では色々な事を諦めて生きてきた。絶望しない為に日々無感心を装ったり、大切な何かを手放したりの連続だった。だけどこの世界には君たちがいる。ブラムが、フィーが、サクラがいる。俺はもうこの場所を……何も手放したくないって、思ってるんだ」
『ティーもいるよ。ボクはいつでもマスターと一緒。生きる時も死ぬ時も一緒にいるから!』
胸元からティーが誇らしげにその小さな胸を張って俺の前にフヨフヨと飛んでいる。
「ああ……ティーお前も、大切な仲間だ」
『ふっふ、ふーん』
大切な仲間と呼ばれたティーは、くるくると俺の頭の周りを踊る様にして回っている。よほど嬉しかったのだろう。その光景がみんなに、僅かばかりだが笑顔をもたらした。
「俺はみんなのおかげで命拾いした。出来なかった事を悔やむのではなく、成せた結果をこそ、サクラとプラムには誇って欲しい。ありがとう!」
そう言って俺が頭を下げると、サクラとミレイにも笑顔が戻った。『これが結果おーらいだな婿殿!』と言って笑うミレイの表情には先程までの翳りはない。少し単純かも知れないが、笑顔で覇気のあるミレイの事を俺はとても可愛いと思った。
「さあ、今度こそあの忌々しい地竜グリーマーを撃破しょう!」
「「おーっ!」」
皆を集めて作戦を説明する。作戦と言ってもそれほど大した作戦ではない。行き当たりばったりではないものの、自分たちの攻撃がどの程度グリーマーに対して有効なのかがはっきりしない以上、やってみるしか無い訳だ。
現状一番有効なのはサクラのプラズマ
ふと草原の端にある樹木の影からエルムが『私もまぜて』と言わんばかりの強いギラギラとした目線を送って来るのだが、今回ばかりは駄女神を守って戦える余裕など無い。
俺は心を鬼にして『今回はダメ!』と強く念じると、エルムはアマガエルの様に頬を膨らませて口を尖らせてからそっぽを向いてしまった。そんなエルムを後ろからクロビエルがニヤニヤしながら声を掛け、指先でツンツンしている。
あの二人、仲がいいのか悪いのか……。
俺はミレイやサクラの方へと向き直ると正面に向かって
「グリーマーを倒すぞ!」
「「はい!」」
二人の強い意志と声が重なる。
「ナーゲイルとアスカ様も宜しくお願いします」
『ハイです、ご主人様!』
『承知したぞ、婿殿』
あえてミレイと同じ【婿殿】呼びをするアスカ様からは必ず生き残り、主を
俺はナーゲイルを軽く一閃すると、サクラが熱源探知したグリーマーの潜んでいると思われる場所の真上へと向かって、ゆっくりと歩み出した。
ーつづくー
サクラがグリーマーから日比斗を助ける為に放ったプラズマ超電磁砲の着弾地点の森の影に、黒く小さな影が動いていた。
『マジで危なかったニャ、死ぬかと思ったのニャ』
黒い影は
『飛んできた火の玉で丸焼けになるところだったニャ。まさかのタイトル回収が、我輩の事とは思いもしなかったのニャ。今度こそ本当に帰るニャ』
いらぬ事をして、冷や汗でぐっしょりと濡れたセンセイはそそくさと闇の中へと消えて行くのだった。
今度こそちゃんとケットシーの村へ帰って行ったと思う……たぶん。
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