第71話 ポカポカせし者。
日比斗はナーゲイルを正面に構えると手近な影の魔物に向かって走り出した。なるだけ敵の注意をこちらに引き付け、エルムの方へと向かわせない為だ。
走りながら影の魔物【シャドウインプ】に斬り付けるのだが、全く手応えが無い。霧の様に霧散するとまた影が集まって元の魔物の形を作り出す。そのくせ敵の攻撃をナーゲイルで受けるとしっかりと衝撃を受けるのだ。
「厄介なっ！」
「ビートくん、ナーちゃんに聖光エネルギーを纏わせて、シャドウは光のエネルギーに弱いわ！！」
エルムの叫びを聞いた日比斗はナーゲイルをグルッと一周おお振りすると自分の近くにいたシャドウインプを霧散させた。ジワジワと影が集まりまた形を成して行くのだが、僅かばかりの時間を稼ぐ事には十分だった。
日比斗は叫ぶ！
「力を貸してくれ証！」
日比斗は胸に当てた手の平の奥から強い光のエネルギーを感じる。バンっという炸裂音と共に日比斗の周りを可視化出来る程の光のオーラが現れると、彼に襲い掛かろうとしていたシャドウインプがそのオーラに触れて砕け散る。
他のシャドウインプ達も光のオーラに触れるとひび割れて砕け散った。
「なるほど……エルムサンキュー！」
「エルムのバカ！！ なんでそういう大事な事を簡単に教えちゃうのよ！」
クロビエルはまるで、小さな子供の姉妹がじゃれ合うかの様にポカポカとエルムをグーで殴っている。
エルムは苦笑しながら『ごめんねぇ』と言ってされるがままになっている。
なんだかんだで女神同士、エルムにも天界に帰る様に言ってたし、意外になかよしなのかも知れない。俺にはこんなおっかない影の魔物をけし掛けてるけど……。日比斗はぼんやりとそんな事を考えながら襲い来るシャドウインプを、次々と切り裂き、砕きながら確実にその数を減らしていった。
ひと呼吸で五体のシャドウインプを砕いた瞬間、足元から突き上げるような『ドンッ』という強い振動と共に黒光りする巨大な嘴が飛び出して来た。
「ちぃ、グリーマーか！」
その場を飛び退きながらグリーマーの嘴に向かってナーゲイルを叩き付けると、弾かれた反動で更に距離を取る。
「相変わらず硬い！」
『
ナーゲイルの悔しさが嘴に叩き付けた反動で痺れる手の平かじんわりと伝わって来る。
一方のグリーマーもいくら喰らっても霧散してはまたすぐに再生する影の魔物に苛立っているのかその巨体を地上へと現し、鎌首をもたげるような姿勢を取って威圧のこもった声で叫ぶ。
「ギギギャオアァァァァ！」
エルムとクロビエルは耳を塞いでうずくまり、シャドウインプたちも動きを止めてしまう中を一人日比斗は駆け回り、地上に飛び出している敵の胴体に目標を定めて行く。
「行け、ナーゲイル！
『はいです、ご主人様！』
ナーゲイルを放り投げると高速で回転しながらロックした目標へと飛来し、次々とダメージを与えていく。その間に動きの止まっているシャドウインプを聖光エネルギーを纏わせた拳で殴りつけ、こちらも次々と粉砕していく。
その光景を茫然としながら見送るクロビエルの口からため息と共につぶやきが漏れ出した。
「何なのよ、あの人間は……。以前から貴方達の動向は闇の精霊を使って探っていたけど、見ると聞くとでは大違いじゃない！」
「えへへ……凄いでしょビートくん」
「褒めてないわよバカエルム。呆れてるの！ 何百体もの影の魔物と巨大な魔獣に囲まれた戦闘の最中に、自分の武器を放り投げて、実体のない影の化け物たちを殴って砕くなんて……まったく、全くなんて非常識！ 神さまだってヘソでお茶を沸かしてしまうわ！！」
「ええっ、神さまおヘソでお茶が沸かせるの？」
「そんな訳ないでしょバカエルム！ 例えよ、たとえ！ バカバカしい程に非常識って事よ！！」
またもやポカポカとエルムをグーで殴るクロビエルを横目でみた日比斗がため息をつく。
『はぁーっ』
こっちは戦闘中で大忙しだっていうのに、あいつらなにじゃれあってんだか。
右手にナーゲイルの戻ってくる感触を感じながら、そのまま自分の体ごと腕を振り回すと日比斗の周りに集まって来ていたシャドウインプ達を十数体一撃のもとに斬り伏せた。やはり刀身の長いナーゲイルを持つと攻撃出来る範囲が倍以上に広がり間合いの広さが半端なくなる。
呼吸をする様に腕を振るう一動作で十数体のシャドウインプを葬る日比斗にとって影の魔物はもう敵では無かった。
そしていくら喰らっても霧散してすぐ再生するシャドウインプは地竜グリーマーにとっても攻撃するに値しない敵となっていた。そうなれば当然グリーマーにとって攻撃すべき相手は一人に絞られる。
嘴を閉じた状態でまるで上空から槍で突き刺すかの様に刺突攻撃が日比斗へと迫る！
グリーマーにとっては単なる鋭い突きでしかないのだが、日比斗にとっては直径五メートル近い丸太ん棒が高速でぶっ飛んで来るのだ。その恐怖は半端ない。【証】により精神力が強化されているとはいえ、普通の人間であれば恐怖で動けなくなる緊張感の中、必死で剣を振るう。
グリーマーの黒い嘴にナーゲイルをぶち当て突きの軌道ををずらすつもりだった日比斗は見事に吹き飛ばされ、風に舞い散る木の葉の様に草原を転げ回った。
「ぷっふぁあぁぁーっ！ 緊張で息が止まったー！！」
日比斗が立ち上がる間を与えぬかの様に、奴も次の突きを繰り出してきたが、
「このままだといずれジリ貧だ。ナーゲイル、先日聞いたアレ行くぞ！」
『アレでございますかご主人さま！』
「そう、アレだ」
『アレねぇ……』
「……。お前分かってないだろ」
『あははは……』
ナーゲイルには、後でウメボシ攻撃確定だ。
「
『なるほどです、ご主人さま！！』
ナーゲイルにつまらないツッコミを入れているうちにグリーマーも次の攻撃に入っていた。
「防御結界
聖光属性である防御結界を展開させてグリーマーの刺突攻撃を防ぐつもりだったが、モモのルーデンカイザー同様にいとも簡単に砕かれてしまう。ただし、二重展開のおかげで幾ばくかの時間を稼ぐ事には成功した。
「エルム、森の中に避難しろ！」
エルムとクロビエルの二人に向かって大声で叫びながら、戦闘に巻き込まぬよう彼女達から距離を取る。日比斗はグリーマーに後を追わせる様に多少加減しながらも身体強化全開で走った。
土の中を泳ぐかの様に追ってくるグリーマー。日比斗の走る後方の平原がまるで波立っているかの様に隆起を繰り返している。
「やるぞナーゲイル！」
『ハイです、ご主人様！！』
身体強化全力走行で少しだけ距離を取ると振り向き様にナーゲイルのスキルを発動する。
「
刃の形を変形させたナーゲイルの先端部分が高速回転を始める。日比斗はナーゲイルを後方の大地が隆起してこちらへと向かって来る先端部分へ向けて投げつけた！
大地を豪快にえぐりながら隆起している地面の下へと一直線に掘り進んでいく。大地の隆起が急停止するとグリーマー本体に掠めたのか、あらぬ方向へと大地が盛り上がり中からグリーマーが躍り出た。
体を大きくうねらせると嘴を開いて大声で叫ぶ！
その悲鳴の様な声を聞いて日比斗はニヤリと笑う。
「本番はこれからだぜ、
右手の中に光が集まると、光の粒子が柄の形を形成し、続いてナーゲイルの刀身が再生されて行く。日比斗は柄を握り締め大きく振りかぶると、足元の大地へと真っ直ぐに差し込み叫んだ。
「いでよ、
ナーゲイルを通じて大地へと聖光エネルギーを流し込んでいくと、日比斗の足元が隆起しドンドン高く高く盛り上がっていった。
「おい、おいおいおいおいっ……」
日比斗の立つ地面が足元の大地より五十メートルを越えて高く上がった所でそれは完成した。角張った四角い頭部に横一本棒の様な目を持つ、全高六十人メートル近い人型の
「高っけ――――――えぇっ！！ な、何これすっごい怖いんですけどぉ」
あまりの高さに日比斗はビビって声を上げた。正面に見える森の木々の間からコチラを見ているエルムとクロビエルも目を丸くして口を大きく開けたまま硬直しているのが見えた。
……だよねぇ。呆れる程巨大なゴーレムの頭部で、日比斗が一番驚いていた。
少し離れた地面の穴から顔を出していたグリーマーが、日比斗のいる頭部に向かってその大きな口を開いて突進して来た。
『ご主人さま、動かしたいイメージを
ナーゲイルの叫びが頭の中に響く。
言われるがまま、左足を一歩引いて体を少し後ろに下げ、頭部に迫るグリーマーを両手で捕まえるイメージを送るとゴーレムは瞬時にその通りに動いてグリーマーの頭部を捕まえる。
摑まれた状態からグリーマーは、その凶悪な口の中で粉砕機の様な歯をガチガチと鳴らしながら頭部の日比斗へ向かって更に体を伸ばす。
ゴーレムは瞬時に日比斗のイメージに従うと、後方へと下がりながらグリーマーを穴から引き摺り出し、その頭部を右側足元の地面に叩き付けた！
「さあ、ここからは俺のターンだ。覚悟しろよミミズ野郎！！」
日比斗の声がこの広い草原に大きく響き渡った。
ーつづくー
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