第70話 女神を名乗りし者。
とりあえず電池の切れたサクラへのエネルギー充電を済ませると、ミレイと共にフォールーンへと向かわせた。モモの治療の為と、早くちゃんとしたベットで休ませてやりたかったのが主な理由だが、あの巨大ミミズの対策も講じなければならず、城主であるミレイの命令も必要となるであろうと考えたからだ。
正直いうと薄暗い坑道内を高速で走り抜けた為、日比斗は我慢の限界でかなりグロッキーであった。
この草原は以前自分が召喚してしまった巨大悪魔が魔王の軍勢と衝突した場所だと聞いて、名目上はグレーターデーモンの暴れた傷跡を見ておきたいと仲間たちの反対を押し切って歩き出した。
そうした流れでサクラのビークルモードを拒否して徒歩を選んだのだ。走り去るサクラを見送る日比斗の横に一人の仲間が残った……エルムだ。
エルムにはモモのそばにいて欲しいとお願いしたのだが『やだ!』の一言で拒否された。エルムにしては珍しい完全拒否だ。
「私はね、ビートくん。貴方のそばであなたを見守り、貴方の助けになれる様にここにいるんだよ。モモちゃんが心配なのは分かるけど私はビートくんのそばをずっと離れないからね」
言われてみれば、ダグの村に降臨してからずっと、いつもそばにはエルムがいた。距離をとる事はあっても目に見える範囲にいなかったのは洞窟内でルーターワームとキラーアントから逃げる為に、戦闘の負担にならないよう離れた時だけだ。
草原を歩く俺の隣をくっついて歩くエルムはジッとこちらを見てニコニコしている。この世界の基準は分からないが、正直エルムはかなり美人だと思う。黒髪黒目の容姿端麗、胸はそれほど大きく無いがスラッとしたその肢体はとてもバランス良く美しい。
その美人が笑うと何故かとんでもなく可愛らしいのだ。こんなの、今まで他人を遠ざけ女性慣れもしていない俺にとっては【毒】以外の何物でも無い。エルムにドキドキしてしまう自分がとても悩ましいのだ。
「ねぇビートくん、エルルって呼んでくれないかな」
「何でだよ。あれはただの偽名だろ。他に誰もいないここで呼ぶ意味なんてないだろ!」
「おねがい……」
こういう所だ。こういう所が【毒】なのだ。小首を傾げて可愛くお願いされたら俺には拒否権なんて存在しないのだから。
「エルル……」
俺は照れ隠しに少しそっぽを向いて小さく呟く。
「もう一回!」
まさかのおかわりの要求ビクッとするも、ため息をひとつ吐いて仕方なく応じる事にする。
「エルル……」
「もう一回!」
「エルル……」
「もう一回!」
「エルル……」
「もう一回!」
「くどいわ!」
「えへへ……」
可愛く笑うエルムに突っ込みながらも、一人ではないこの瞬間がそんなに嫌でない自分に気がついた。他人を拒絶する事で自分を守ろうとしていた自分が、誰かといる事で、笑い合える事でこんなにも安らぎを覚えるなんて……昔の俺なら想像もしていなかっただろう。
そんな俺の心を読んでいるかの様にエルムは、少しはにかんだ笑顔でつぶやく『私はいつもそばにいるよ』と。
このやろう……このやろう!
本当の本当に一人でいいなんて思ってるボッチはいない。そういった行動を取るのは、誰もが自らの心を守るためだ。他人との距離感を上手く取れず、自分を否定される事を恐れ、孤独を
その壁をこうも簡単に破壊してくる。
もう戻れない、もう無関心ではいられない。他人事と見ないふりなど出来ない。こんな自分に関わってくれた人々を守れる力があるのなら、その力を持って手の届く範囲くらい守りたい……そう強く思ってしまうのだ。
だが……エルム自身はどうなのだろう。
たった一人で人々の幸せを何十年、何百年も見守り続け、人々の祈りに応じて助けになる者を探し召喚する。そんな事をどれだけの間、続けて来たのだろう。
エルムの部屋に召喚された時、彼女は言った。
『私は弱い神さまだからね……』
彼女の部屋の窓の外には、ブラックホール……気の滅入るような闇の渦巻く空間が広がっていた。たった一人、その中に自らのパーソナルスペースを作り上げ、お気に入りの可愛い物を少しずつ揃えて行った彼女の想いは……どんな物だったのだろうか。
そして今、彼女は何をどう思いここにいるのだろうか。隣を楽しそうに歩く彼女から目が離せなくなっていく。
そんな日比斗と目線の合ったエルムはニコリと笑ってつぶやく。
「私……このエルルって名前、好きなんだ。響きがいいし、なんか懐かしい気がするんだよねぇ」
彼女は後ろ手で手を組むと少し腰を曲げて下からこちらを覗き込む。俺と目線を合わせると話を続けた。
「それにこれは……日比斗君が付けてくれた名前。みんなの知ってる女神じゃない、私だけの大切な大切な名前だから」
そう言って呟く彼女の笑顔がザクリと胸に刺さる。そんな顔をされたら何も言えなくなるじゃないか!
チリーン
ん……?
チリン、チリリーン
エルムの顔から目が離せなくなっていた俺の頭に、前にどこかで聞いた事のあるような鈴の音が聞こえる。そしていつもの俺にしか聞こえないあの声が聞こえた。
『
「また証かっ! エルムまたもお前はインチキ道具なんか使って!」
少し身をかがめていたエルムの頭に軽くチョップをかますと、目をバッテンにして口を尖らせたエルムも『私、今回は使ってないもん!』と強く言い張る。そして今まで静かにしていたティーが、俺の胸元から這いずり出して来てエルムを庇う様に叫んだ。
『マスター、これはエルム様のせいじゃありません! 左の上を見て下さい』
ティーに言われるがまま左上に目を向けると、少し上空に空間の歪みが見えた。ティーがその歪みに向かって文句を言う。
『普段オクテなマスターと滅多に二人きりになれないエルム様が、せっかく良い雰囲気だったのに邪魔して、貴方いったい誰よ!!』
ティー、普段オクテは余計だ。
ティーと俺が見つめるその空間の歪みはゆっくりと縦に裂けていき、中から黒い影が現れる。全身真っ黒なローブに身を包んだ影は、裂けた空間から抜け出すとふわりと地上へと舞い降りる。
めくれ上がったローブの端々から見える手足は細く滑らかで子供か女性の様に思えた。
「クロちゃん! クロちゃんも地上界に来てたの?」
俺の後方にいたエルムが叫ぶ。知り合いなのか?
「誰がクロちゃんよエルム!」
黒いローブの女はフードを後ろに払うとその素顔を俺の前に晒す。銀色に煌めく髪の毛をなびかせたその顔は、髪の毛のは違えどエルムと酷似している様に思えた。
「私の名はクロビエル。闇の女神クロビエルよ、人間の勇者ヒ・ビート」
「ひ、ビート!!?」
女神にまで名前を間違えられている事に、ショックを受けている日比斗を尻目にクロビエルはエルムへと話し掛ける。
「あんたのお気に入りのそこの勇者を連れて早く神界に帰りなさいエルム。この世界にその人間は邪魔だわ」
「そんなぁ、クロちゃん勝手だよぉ」
「勝手はどちらよエルム。いつまでも無駄な勇者召喚などを続けていくつもりなの。この世界に人間など不要。それがわからぬお前ではないでしょ」
名前の件で肩を落としている日比斗を放置して女神二人の話しはエキサイトして行く。と言ってもクロビエルが一方的に口撃し、エルムがのらりくらり躱して行く感じなのだが……。
「私がせっかく魅了アイテムまで持って来てあげたんだから、サッサとその人間魅了して持って帰って神界からポワーっと下の世界を眺めてればいいのよ。あなたどうせ昔のこと全部忘れちゃってるんだから余計な事しないで!」
「ビート君からチャームはダメって言われてるからそーゆー物は使わないんだもん。ちゃんと私の魅力で好きって言わせるんだもん!」
エルムの魅力うんぬんは置いとくとして、ちゃんと俺の言った事を守って努力しようと思ってたことには少し……ほんの少しだけグッときた。
「馬鹿な娘……もういいわ。私も同じ女神の死ぬ所は見たく無かったのだけれど、どうせ貴方は分身体。神界の本体が滅びない限り死にはしない。ここでその勇者と共に一度滅びなさい」
言い放つと両腕上に上げて呪文を放つ。
「闇の精霊たちよ、この地で滅びし者達の魂を呼び起こし影の兵士となりて勇者を滅ぼせ!
「お前もか―――クロビエルっ!!」
女神どもの精霊術はいったいどうなってやがる! クロビエルのへんてこ精霊呪文に
両手を掲げたクロビエルの頭上に巨大な二対の鐘が出現し、左右に揺れながら『ガラーン、ガラーン』と盛大に鐘の音を鳴らす。
先程までは雲ひとつ無い晴天であったにも関わらず、どこからともなく湧き出した雲によって覆われ
大地から湧き出した瘴気が集まり形を成して行き、黒い影のような魔物が次々と現れた。オーク、ゴブリン、コボルド、グール……影の魔物たちはゆらゆらと揺れながら立ち上がり、暗い闇の底で光る目だけをギラギラと輝かせる。
更にズンっと大地を揺るがすどこかで感じた様な振動が大地を揺らす。影の魔物たちの周りに
「ちぃっ、グリーマー。もう復活しやがったのか」
鐘の音に引き寄せられたのか、地竜グリーマーまでもが地上へと姿を現した。その巨体を地上へとあらわし、鎌首をもたげたグリーマーはその大きな口を広げて叫ぶ!
「ギャオギェアァァアァ!!」
日比斗はグリーマーを見て驚くクロビエルと、彼女を守るかの様に前に出たエルムをかばう様にグリーマーとの間に割って入ると、防御結界を展開し奴の威圧攻撃のこもった叫び声を真正面から受け止めた。
胸の奥に感じる聖光エネルギーを強く感じると共に、グリーマーの威圧で強く体が震える。それでも証が上げてくれた精神攻撃耐性の効果なのか、全く動けなくなるような事は無かった。
だが、大量の影の魔物と地竜グリーマーをたった一人で相手にするのはかなり分の悪い状況である。額とナーゲイルを握る手にうっすらと汗をかく日比斗であった。
ーつづくー
『あ、あのご主人さま、柄を握る手に若干きつい手汗が……』
「今、それ以上言うと、即うめぼし攻撃な、ナーゲイル!」
『それはまさかご褒美……』
「そんな訳あるか―――っ!!」
イメージ実体化したとたんに頭をギリギリと拳で締め付けられ、柄に若干きつい香りの冷や汗をかくナーゲイルであった。
「貴方たち、この状況である意味凄いわね」
迷コンビの戯れに呆れるクロビエルと、苦笑するしかないエルムとティーだった。
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