第69話 勇者と共に在りし者。
日比斗たちが森を抜けるとそこには東京ドームがいくつも入るような激しくだだっ広い草原が視界いっぱいに広がっており、遥か遠くには高く幅広の堅牢な城壁を持つ砦が見て取れた。
その城壁の上部に建設された監視塔をみたミレイは足取りを止めて呟く。
「あれはまさかフォールーン砦か……とするとここはルーン平原。東の貴族の別邸の地下からこんなに西の果てまで地下で繋がっていたというのか!」
ミレイは敵の軍との最前線にいたというのに、剣呑な日々に流され平和を当たり前に享受して警戒を怠っていた、自分自身の甘さに愕然としこの広い平野に膝を付いた。
そんな彼女を見ていたタウロスは日比斗を一瞥すると吐き捨てる様に呟く。
「デミヒューマンの多い帝国と違い、人間だけの国である皇国は魔素が少ない。先日のように軍を率いての力ずくの戦闘は魔族どもにとっても最後の手段だ。奴らは何年も前から戦いの為の準備を講じていた。首都から遠い南部にシェイプシフターが
「ヒョロ助は余計だし、お笑い草はお前だ大鬼! だいたいお前は俺たちにそんなにペラペラ喋って良いのかよ!」
殺気を込めて睨んでくるタウロスだが、 日比斗はその殺気を難なく正面から受け止めた。
「問題ねぇよ。お前ごときに潰された
なんとも正面突破が信条の鬼らしい答えだ。そして先程タウロスが言った魔族どもの作戦名はたぶん【トロイの木馬作戦】ではないだろうか。こちらにも同じような逸話が無いとも限らないが名称まで同じ可能性は極々低いと思う。また、ボウームやドミニネスも、俺のいた現実世界にもあるような事を語っていた様に思う。召喚なのか転生なのか分からんが、確実に魔族側に俺と同じ世界もしくは酷似した世界の人間が関わっている……そう日比斗は感じていた。
タウロスはサクラの後部座席で眠るシスターモモを一瞥すると、日比斗の方に向き直り口を開いた。
「俺が協力するのはここまでだ。本来ならそこの娘も連れて行きたい所だが、怪我人を抱えてお前ら全員と事を構えるのは流石に無謀だ。次に会うまで貴様に預けておく。必ず守れよ人間……いや勇者ビート!」
「いや、待て俺の名前はビートじゃ……」
「また会おう!」
言うが早いかタウロスは自分よりも大きなガタイのガレスを抱えたままその姿がブレるようにして日比斗たちの前から消え失せた。
「この世界の奴らはみんなひとの話を聞かねえ」
自分の事は棚に上げてガックリと肩を落とす日比斗を、エルムやミレイ、サクラの三人は苦笑しながら見守っている。
すると次はクロウド卿がみんなの前に進み出た。
『我輩も人間の街には行けないニャで、ここでオサラバするのニャ』
「クロウド卿……」
『ビート、お前は最後まで良い奴なのニャ。目を覚ましていたらモモにも最後に挨拶したかったのニャが、もう一分一秒たりともこんな所にいたく無いのニャ』
クロウドはそれまでの落ち着いた表情が一変し、まくし立てる様に言葉を吐いた!
『怖かったのニャ、ビビったのニャ、苦しかったのニャ、何度も、何度も、何度も、何度も本当に死ぬかと思ったのニャ! でも……でも、それでもモモと一緒は思ったより楽しかったのニャ』
ひとしきり愚痴を吐いて気が済んだのか、最後の一言の時には少しだけ寂しそうな笑顔を讃えているようだった。
落ち着きを取り戻したクロウドは、自分の影の中から取り出したマントを羽織り、羽根つき帽子を深めに被ると腰に差したレイピアの柄に手を置いてゆっくりと日比斗を見つめると言葉をつないだ。
『我輩、妻と娘の仇を討つ為にここまで来たのニャ。でも自分の無力さに心が折れたのニャ。逃げて、逃げて、隠れて、隠れて、隠れて、誰も彼もみんな全部見捨てた……必死だったのニャ。他人の事ニャんか構う余裕なんて無かったニャ。そんな我輩にモモは優しかったのニャ。責めなかったのニャ、守ろうとしてくれたのニャ。信じて頼ってくれたのニャ』
日比斗を見上げるクロウドの目には大粒の涙が溜まっていて今にもこぼれ落ちそうになっている。
『モモは勇者ニャ。役立たずの我輩を救ってくれたのニャ。非力で弱い心の我輩に勇気をくれた本物の勇者ニャ。村に戻ったら自慢するのニャ。我輩、本物の勇者と冒険したニャって! 弱い我輩でも戦えたニャって』
「お前は弱くないよ、クロウド卿」
日比斗の言葉にクロウドは目を見開いた。
「魔物たちの
『我輩が勇者たちの一員……』
その言葉を噛み締めるように呟いたクロウドは、目に溢れていた涙をポロポロとこぼした。彼と目線の高さを合わせる為に片膝を着いていた日比斗の膝に飛びついて抱きつくと、彼のズボンを涙と鼻水でしっとりとさせながらニャーニャー泣いた。
何度も何度も『我輩も勇者たちの一員……』と呟くクロウド卿の頭を日比斗は優しく撫でると、抱き付いた時に落とした帽子をゆっくりと拾い上げ彼の頭に乗せてやる。
一瞬ビクっとしたクロウドだが、じっと日比斗を見つめると、まるで何か覚悟を決めた様な顔をしてゆっくりとうなずいた。
『我輩決めたのニャ! 勇者ビートの功績を世に知らしめる語り部、ぎんゆーしじんとかになるのニャ!!』
「ええっ!?」
『我輩と勇者ビート、そして我輩と勇者の仲間たちの活躍を盛大に語るのニャー!』
「我輩が多いな、おい。それに俺の名前は……」
『我輩が勇者ビートの勇者力の凄さ、素晴らしさを余す所ニャく伝え広めるのニャー!!』
「おい、待て待て待て待て!」
『さらばニャ、勇者ビート!』
クロウド卿はそう言うと、自分の影の中に沈む様にして消えていった。
「なんで皆、
大きく叫んだあとガックリと肩を落とした日比斗が振り返ると、サクラは苦笑した笑顔を向けていたがエルムとミレイは明らかに背中を向けて肩を震わせている。
何も可笑しくないぞ、こんちくしょう……全く、まったくである。
日比斗は新たな気持ちで【草の根運動】を決意し、ゆっくりとフォールーン砦に向かって歩き出すのだった。
ーつづくー
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