地竜討伐編
第67話 封印されし物。
『おのれ、勇者どもぉおぉぉ!!』
ドミニネスは念話を使って大声で吠えた。
彼女の軍勢はもう親衛隊を十数騎残すのみで、ほぼ壊滅状態だ。ミレイとタウロスの実力が、敵の数の暴力を凌ぐ力を持っていた証明であった。
日比斗は力尽きて眠るように目を閉じたモモをしっかりと抱きかかえると、サクラの後部座席に運び込み、あとをエルムに任せた。
『フィーを頼む』そう言った日比斗に、エルムは『まかせて!』と言って彼女を抱きしめると自らの光のエネルギーでモモを優しく包んだ。
心配そうに覗きこむルーとセンセイの目の前で、青ざめていたモモの顔色に少しだけ赤みがさし始めていた。
「エルムに任せておけば大丈夫だ。二人ともモモを守ってくれてありがとうな!」
そう言った日比斗の言葉にルーとセンセイも目を輝かせて喜んでいる。
彼らに背を向けると、このダンジョンの主、ドミニネスへと顔を向け日比斗も叫んだ。
「俺の大切な仲間にいろいろやってくれたなアリンコ!」
その勢いに最初はビクリとしたドミニネスだが、キシキシと嫌な音を立てて念話で語り始めた。
『あと少し……オーダーズランクさえ上がれば妾も、ヒト型になれる能力が貰えた……あと少しでヒト型の体が手に入れられたのじゃ。さすればまた昔の様にファンを集めてライヴも出来たかも知れん……あの場所は小さな地下の会場じゃった。ファンもそう多くはなかった。それでもあそこには多くの声援と夢があった。だが、あの頃の妾はそれに満足できんかった。更に上を求め、挫折し引き籠ってゲームの世界に逃げ込んだ』
ドミニネスの声はこの場にいる全員に届いている。だが彼女の話す内容を大まかにでも理解出来ているのはたぶん日比斗とサクラくらいであった。
だからこそ日比斗は問い返した。
「お前いったい何の話をしている? お前はどこから来たと言うんだ」
『妾は……いいえ、私達はあの男に騙された。何が未開の新天地だ、何がやりたい事を好きなだけやれるだ! 何が自由だ、このような身体に縛りつけて! それでも妾たちは努力した、殺って、殺って、殺って、殺りまくった。あと少し……あと少しだった。上位魔獣、上位魔神になりさえすれば本当の自由が手に入れられた。この世界のゴミ虫を駆逐し、我らの新世界を作る為に……だが、だがそれも今日で終わり。全て台無し。全て貴様らが潰した。夢も希望も……全員勇者どもを絶対に逃がすな、この地を我らと勇者どもの血で染め上げるのジャ!!』
彼女が最後の雄叫びを上げると、今までドミニネスを守る様に展開していた親衛隊達や黒鎧蟻、火蟻、羽蟻たちが一斉にミレイやタウロス、日比斗達に向かって襲い掛かる。
防御も連携もない。ただがむしゃらに突っ込んで来る敵は日比斗たちの敵ではない。だが自身や味方の被害を考えない攻撃はさすがに攻撃さばく事に集中させられた。
そのスキにドミニネスは次の一手を行動に移した。日比斗たちが足下の奥深くに、『ズン!』という振動を感じた後、洞窟内のあちらこちらで小さな爆発が起こる。
「なにっ!」
『ボウーム、あんたが見つけた封印獣……使わせてもらうよ』
ドミニネスは上半身を反らすと触覚や手足を擦り合わせて耳障りの悪いギシギシという音を響かせながら顎を打ち鳴らし声を張り上げた。
「させるかよ! 行けナーゲイル!!」
飛び掛かる鎧アリをかわして胴体を凪ぎ斬りにしたその勢いのままにナーゲイルを女王アリに向かって投げ付けた。
ナーゲイルは洞窟天井付近まで回転しながら上昇すると、弧を描いてドミニネスへと向かって落下する。
『我が身を
怨嗟の声を上げたドミニネスの頭頂部に深々とナーゲイルが突き刺さり、その重さで頭部を切り裂いていく。
『ぎゃあぁぁあぁ!!』
彼女の裂けた頭部から大きな赤い石が転がり落ちると、足下の岩に当たり砕け散った。
『みんな、死ねばいい……』
日比斗の耳にはダンジョンの主、ドミニネスの最後の声が聞こえた気がした。
漸く終わったかとホッとしたのも束の間……地中より強い振動を感じた。立っていられない程の強い振動に洞窟内の全員が膝や手を着いてしまう。
そして『ドンッ!』という強い振動と共にドミニネスの死骸の周りに六本の巨大な爪が地中から姿を現した。それはまるで長く伸びたカラスの
「なっ、ナーゲイル戻れ!」
十メートル近い体長のドミニネスが一瞬で地中に飲み込まれたのだ、慌てた日比斗がナーゲイルを呼び戻すと、手の中に光が収束したのと同時にいつもの白ボケナーゲイルが実体化して抱き付いてきた。
『うわあぁぁ、怖かったー。食べられちゃうかとおもったー!』
ナーゲイルは相変わらずである。相変わらず最強の剣とか盾とかとは無縁の存在であるかの如くヘタレである。
「放せ、鬱陶しい!」
ナーゲイルの脳天をチョップしようとした瞬間、次の突き上げるような『ドンッ!』という振動が起こり、バランスを崩したミレイの目の前に先ほどの黒い觜が突き立った。
ミレイは彼女に襲い掛かって来た親衛隊アリを踏み台にして何とかその場を飛び退き難を逃れたが、その場に取り残されたアリ達は全て飛び出した黒い觜に捕らえられ、地中に引きずり込まれた。
「こりゃあ、マジでやばい」
呆然としているミレイの元へと走り出した日比斗だが、蟻の一団が彼の行く手を遮るべく集まり始めた。そこにまた『ドンッ!』という激しい振動と共に地中からあの觜が現れる!
觜に囲まれた直径五メートル程の範囲の地面が一気に砂状化し、足を取られた日比斗も土やアリと共に中央へと飲み込まれて行く。
その先には鮫の様に尖った歯が幾重にも連なった巨大な口が大きく開いて飲み込んだ物が次々と粉砕されて粉々になっている。
土と共に飲み込まれて行く黒鎧アリを足場にして飛び上がると、閉じかけていた觜にナーゲイルを叩き付けた。
『ガチン!』と金属がぶつかり合うような音を響かせて痺れた様に動きを止めた觜の間を、かろうじてすり抜ける様にして飛び出した日比斗は、着地と同時に体勢を立て直してもう一度、觜に向けてナーゲイルを振るった。 全力でナーゲイルを叩き付けた日比斗だが、グリーマーの硬い觜には全くダメージが通らない。むしろ剣を握る腕が痺れている。また、サクラも移動しながら
ダメージこそ無いもののグリーマーをいくばくかはイラつかせる事は出来たようで、地中から觜のみを突出させて獲物を飲み込んでいたヤツが、穴からその身体を這いずり出させると鎌首をもたげた。まるで鉛筆の先端のような頭部を上昇させて、觜を四方に広げその残忍なまでの凶悪な口を顕にすると、洞窟内に響き渡る様な大声で吠えた。
「ぎゃうぇぁあぁぁ!!」
頭を揺さぶられるかの如き悲鳴の様な叫びは、恐怖で獲物の動きを鈍らせる効果があるようだ。ミレイやタウロス、魔物やアリ達までもがひざを着きその場で動きを止めでいる。
片耳を押さえたまま、日比斗はグリーマーに向かってナーゲイルを投擲する。
「行けナーゲイル、デカミミズをぶった斬れ!」
グリーマーに向かって回転しながら飛んで行ったナーゲイルだが、頭部の口を閉じた状態の觜で簡単に叩き落とされてしまう。
更にもう一度、投げ付けて胴体部分に傷を付けるも、流れ出した血液が直ぐに凝固して再生が始まってしまう。
「こんなのどうやって倒せばいいってんだよ」
愚痴りながら走る日比斗は、近くを走行しているサクラのパイプフレームに掴まり飛び乗ると、へたり込んだままのミレイの元へと走らせた。
グリーマーはまた地中に潜り込むと、日比斗達を追って地中からの攻撃を再開した。逃げ惑う魔物やアリ達も少数残ってはいるが奴は完全にこちらをロックオンしているらしい。
サクラの走行した軌道上に次々と觜が突き立てられる。ミレイの元へと真っ直ぐ進まず、近くにいる魔物の近くを走り抜け囮にしようとするのだが、魔物を地中へと飲み込むと、またすぐに追って来るのだ。
「畜生、止まってプラムと合流するひまが無い。サクラ、走り抜けながらかっ拐うぞ!」
「了解!」
日比斗の命令を受け、加速するサクラの後方を土の中をまるで泳ぐ様に、飛び出したり潜ったりを繰り返しながら追ってくる巨大ミミズに日比斗も冷や汗が滴り落ちる。
先ほどまでニャーニャーと小煩かったセンセイもガタガタと震えながらモモにしがみ付いている。モモを抱えて座席に着いているエルムも、パイプフレームに掴まり緊張した面持ちで、流石に今回ばかりは余計な事を言える余裕は無いようだ。
「行くぞ、サクラ! プラム今助ける!」
日比斗が大声で叫ぶとサクラは速度を落とさず、走行する軌道をミレイ向けて寄せていく。対するミレイもへたり込んだ状態からヨロヨロと立ち上がった。
「プラム、掴まれ!」
日比斗はパイプフレームに掴まったまま、大きく手を伸ばしてミレイに向けて手を伸ばした。
「ヒビト!」
差し出された手を取ったミレイは、彼の名を呼びその胸に飛び込んだ。
ミレイが先ほどまでいた場所は、サクラが走り抜けるのと同時に觜が突き立てられ、地中へと引きずり込まれた。ミレイはその光景を見て少し青ざめているようだ。抱き寄せた彼女は僅かに震えている。
そのまま疾走するサクラの横に追走するようにタウロスが現れ声を掛けて来た。
「あれをどうにか出来そうか、人間?」
「わからん、だいたい何なのだあれは?」
「俺も詳しくは知らんが、ドミニネス達が封印獣と呼んでいた物だろう。俺達もあんな化け物とは知らなかった」
「封印獣……グリーマーか。とりあえずどう戦うにせよここでは不利だ。いずれ追い詰められる前に脱出したい」
「了解だ、最短の脱出ルートを道案内しよう。だが少しだけ時間が欲しい。ガレスを……仲間をここに置いては行けない」
「わかった、少し時間を稼ごう」
日比斗がそう言うとタウロスの姿がブレる様にして消えた。
日比斗は巨大な洞窟内を出来るだけ大きく旋回するようにサクラに指示を出す。平らな部分などそう多くはないのだが、 四つのキャタピラを上手く使って高速で移動している。むしろタイヤでない事がきちんと舗装されている道など無いこの世界ではかなり有用なのかも知れない。
サクラの高速走行に揺られながらそんな事を考えていると、すぐ真下からグリーマーの觜が突き出された!
「飛びます、しっかり掴まって下さい!」
サクラの張り上げた声と共に、僅かばかりの傾斜と突き出して来たばかりの觜を踏み台にして、彼女のキャタピラがガリガリと唸りを上げて宙を舞う。
着地の衝撃で抱きしめたままのミレイの顔がすぐ目の前に来ていた。あわやそのままキスしてしまうのではないかと思うほど近づいた二人だが顔を真っ赤にした彼女は、慌てて日比斗の首筋へと顔をうずめた。顔を耳まで真っ赤にした彼女からはほんの少しだがいい匂いがした。
そんな日比斗をサクラの声が現実へと引き戻す。
「オーナー、こちらの走行軌道がグリーマーに読まれ始めています。このままではいずれ掴まります!」
ちらりとタウロスの走り去った方へ視線を向けると、あの大鬼を担いで走り出す所だった。とりあえず、幾ばくかの時間は稼げたようだ。
日比斗はサクラの背面モニターに話し掛けた。こういう時、いちいち振り向く必要もなく余計なスキを作らないサクラの設計思想に有り難みを感じる。日比斗は行動指針を示すと共に、小さな声で以前説明を受けた武装の名を口にする。
「俺達も脱出するぞ。サクラ……は使えるか?」
「大丈夫です、オーナー。8秒で準備します」
「オーケー、くそったれなデカミミズに一発かましてやるとするか!」
サクラが疾走する後方で地面が僅かに
『さあ来いミミズ野郎、俺達を簡単に喰えると思うなよ!』
そう心の中で叫ぶ日比斗の口元には僅かだが笑顔が
ーつづくー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます