第66話 受け継がれし物。

 日比斗は充電が完了し次第、エルムとクロウド卿を守りながらミレイ達の援護を行うようにサクラへと指示を出すつもりなのだが……。


 正直、サクラへの充電を行いながらミレイとタウロスの戦いを見ていて、【雑魚敵】相手には全く何の不安も起こらない。小型の敵はもちろんミレイより体の大きなオークでさえも、スピードを生かした戦い方で翻弄している。二枚の盾と二本の槍を装備した黒鎧蟻ガードアントにもスキルを活用して柔軟に対応していた。


 また、タウロスの方は圧倒的なスピードを生かした戦い方の様だ。その動きを目で追い切れていないのか、時折姿が消えて突然別の場所に現れる。まるで特撮の忍者映画でも見ているかのようである。


 そしてお互いに、相手の間合いに不用意に敵が入り込まぬ様に死角をカバーしながら敵と対峙しているのだ。


「こりゃあ援護いらないかもな」

「「ですね。」」


 日比斗の呟きにエルムとサクラは苦笑気味にうなずいた。


「サクラはビークルモードにチェンジ。エルムとクロウド卿を守る事を優先しながらミレイの援護を頼む」


「了解です、オーナー」


 そしてそんなサクラの足元でセンセイがブツブツと呟きながら彼女を見聞している。初めて見る自動販売機に興味津々の様だ。


『この鎧とっても固いニャ、おっきくて四角いニャ。中の人間が動いてるニャに、鎧は動かないニャ。どうなってるニャ。不思議ニャー。これも勇者力ニャか?』


 日比斗は何でも勇者力に繋げたがるクロウド卿に苦笑気味だ。だが、こんな緊迫した状況の中でも場の雰囲気を明るくしてくれるこの黒猫に若干だが感謝していた。


 敵への対処はミレイ達が時間を稼いでくれるだろう。サクラもエルム達を守りながら敵への牽制をしてくれる。あとは彼自身がモモを救うだけだ。


 日比斗は鬼神憑依にどう対応すれば良いのか、対策についてエルムに質問した。鬼神を鎮めると言われても、憑依されているモモを傷付ける訳にはいかない。更に、ナーゲイルの防御結界をも砕く強敵でもあるのだ。


「モモちゃんに取り憑いた邪気を聖光エネルギーで浄化すれば何とかなるかも知れないけど、ビート君はサクラちゃんみたいにエネルギーをたまにして打ち出す事は出来ないからね。手から直接送り込む以外に方法がないかも……」


「わかった。とりあえずやれるだけやってみるさ。サクラ、みんなを頼んだよ」


「はい、了解ですオーナー」


 静かにモモの所へと歩みを進める。


 雑魚モンスターを地面へとめり込ませて叩き潰したモモは、肩を揺らして体全体で息をしている。そしてゆっくりと近づく日比斗に気が付き、姿勢を低くして身構える。


 日比斗が次の一歩踏み出した瞬間、モモも飛び出し一気に間合いを詰めてきた。防御結界を張る暇もなく懐へと飛び込まれ幅広のナーゲイルの刃で受けるのが精一杯の行動だった。


『あ、いたぁ!』


 ガチンっと嫌な音を立ててナーゲイルの悲鳴と共に身体ごと吹き飛ばされる。木葉が舞うように飛ばされながらも剣を振り回し、バランスを取ってかろうじて着地する。


 だが、モモの追撃の拳は既に目前まで迫っている!


「ナーゲイル、身体強化全開!」

『は、はいぃぃぃ!!』


 悲鳴のようなナーゲイルの返事と共に体に力がみなぎる。動体視力も向上したのかモモの動きを捉え、それに合わせた対応を取れるようになった。それでもモモの攻撃は苛烈で受け流すのが精一杯だ。


『痛い、痛い、壊れちゃう!』

「やかましい! 最強の盾なんだろ、少しは我慢しろ」


 言いながら日比斗も理解している。自分も剣を持つ両手がかなり痺れているのだ。


『ご主人さま、そうは言われましても私めもこのような事は初めて……いや、二度目……か! ま、ままま……まさか、あなたは! 貴女様あなたさまは!?』


 突然、日比斗の前に実体化したナーゲイルにモモの拳が炸裂し遥か後方へと飛ばされた。

 その隙に少し距離を取る事の出来た日比斗の足元にいきなり幼女が現れると、彼の足に飛び付いた。


『マオー、モモを助けて!』

「誰が魔王だ人聞きの悪い!!」


『マオー……?』

「そして何故疑問符!!」


 突然現れた幼女に突っ込みを入れる日比斗だが、直ぐ様距離を詰めてくるモモに余裕などある筈もない。ギリギリで拳をかわすと、足元の幼女を抱えて後方へと飛ぶ。


 そこへ鼻血を垂らしたナーゲイルが実体化すると、幼女に向かってひざまづき、こうべを垂れた。


『お久しぶりで御座います、ルーデウス様』

『ナーちゃん、おひさ!』


「軽いなお前……」


 日比斗の感想とは裏腹にナーゲイルはいつもの変態属性はどこへやら、彼女の事をうやうやしく説明し始めた。


『この御方は我らを作りたもうた神様の最高傑作、火の大精霊をその身に宿した契約精霊武器のルー……ぐひゃあぁぁ!!』


 再度間合いを詰めて来たモモの拳を受けて、説明途中のナーゲイルはまたぶっ飛んで行った。モモが続け様に繰り出して来る拳を手刀で軌道を反らしていなす。


 日比斗もモモの攻撃を受け続けて漸くその軌道が掴めてきた。モモの攻撃は破壊力が尋常ではない為当たれば一撃必殺で敵を行動不能にしてしまう。それ故、攻撃がストレートで単調なのだ。


 更に鬼神に憑依されている為なのか、応用もなければフェイントもない。それをカバーしているのが、スピードと反応速度だ。


 ただ、それもモモの体力が限界に近付いている為か徐々に落ち始めている。日比斗に攻撃をいなされ、バランスを崩したモモは距離を取って、こちらをにらみ付けながら肩で息をしているのだ。


 ……とは言え、鬼神はモモの体の事などお構い無しに襲い掛かって来る。いくらかかわしたり、いなしたり出来るとはいえ、一撃必殺が連打で飛んで来るのだ。一発でも食らえばオシマイだ。その緊張感で反応が鈍る。


「くそっ、攻撃を受け流すだけで一杯いっぱいだ。ルー何とか、あんた何とかモモの動きを止める事出来ないか?」


 少し離れた所でこちらの戦いを観察しているルーに質問を投げてみた。彼女は両手の人差し指を頭につけて『うーん、う~ん』と唸りながら小首を傾げている。


 その動作があまりにも可愛くて、つい見とれてしまった日比斗はモモの攻撃に一瞬反応が遅れた。


 拳が日比斗の顔をかすめ、拳圧で頬が切れた。パックリと裂けた傷口から血が飛び散る。その血を見てモモの動きが止まった!


『今よ、ネコ! あれやって!!』


 小首を傾げていたはずのルーがセンセイに向かって叫んだ!


『ネコじゃ無いニャ、クロウド卿……』

『やって!!』

『はい、ニャ……影縛りニャー!』


 センセイの反論はルーのたった一言で握り潰された。影を伝って一瞬で日比斗の側に現れたセンセイはルーの言葉に従って自らの影をモモへと伸ばした。


『マオー、モモを掴まえて!』


 だから魔王じゃないって!


 そう叫びたい日比斗であったが、現在この場を仕切っているのはルーだ。どういう原理でかは分からないが、彼女が作ってくれたスキを無駄にする訳にはいかない!


『無理ニャ、もう持たないニャ!』


 センセイの叫びと日比斗がモモを正面から抱き止めたのはほぼ同時だ。モモの影からスルスルとセンセイの影が下がると硬直していたモモの両腕に力がこもる。


 両腕を下に垂らした状態のモモを、日比斗が無理矢理抱きしめた形になっているので若干恥ずかしい。こちらをにらみ付けてくる様に見上げているモモの顔も、目線を反らし少し照れた様に赤く染まっている。


 ん? 照れている?


「フィー、意識を取り戻せフィー! 鬼神の支配に負けるな!!」


 暴れるモモを抱き抱えながら、聖光エネルギーを彼女に送り込むイメージで放出する。だがそれでもモモの力は緩まない。


「くそっ、このバカぢからがぁ!」


 思わず出てしまった言葉に、モモは唇を尖らせて頬を膨らませた。確実にモモの意識が表層に現れ始めているのだが、まだ足りない。


「あと少しだ、エルム、ルー何とか、お前らの光の力も貸してくれ!」


『「わかった」』


 ルーが目を閉じ祈り始めるとモモの装備していたガントレットが僅かに光り始める。


 そしてエルムもサクラの後部座席から祈りを込めた呪文を唱え始めた。 ゆっくりと目を閉じ、軽く手を握ると、右手の人差し指を一本だけ立てて額に押し当て祈るように言葉を紡いだ。


「光の精霊たち、みんなの力を私に……ビート君に届けて! 【聖光集合サンミツ】!!」


「ぶっ!」


 またコイツはこちらに余裕の無い時にぶっ込んで来やがった。一回マジで怒らないとダメかも知れない。口元を緩めながら軽く吹き出してしまった日比斗は強く思った。


 エルムについて来た者達だろうか、数は少ないがいくつかの光の精霊が日比斗に取りつくとエネルギーを送り込んできた。量は少ないが純度の高いエネルギーだ。


 日比斗たちの送り込んだエネルギーがルーに届いているのだろうか、ガントレットがかなり発光している。


「び、ビー……トさ……ま」

「フィー」


 鬼神の力が徐々に浄化され落ちて来たのだろうか、モモの意識が表層まで上がってきたようだ。抱きしめた腕への抵抗力も徐々に落ちて来ている。


 このまま押さえ込める……そう思った瞬間だ、モモの角が強く光り、目の色が真っ赤に染まった!


「るぐぁあぁぁ!」


 咆哮と同時に大きな口を開けたモモが日比斗の肩に噛みついた。激痛が走り、噛まれている傷口から血がしたたる。


「ぐあぁあぁぁ、畜生!」


 吠える日比斗の目の前でモモの額にはえた光の角がゆっくりと明滅している。確実に鬼神の力も弱まってきているのだ。


「あと少し、あと少しなんだ、ちからを貸せ【証】!!」


 返事はない。だが胸の中心から熱い力の奔流を感じる。爆発的に増えた体内エネルギーが光のオーラとなって日比斗とモモの二人を包み込んだ。




 一面真っ白……白しかない空間で膝を抱えたシスターモモはうつむいたまま動かない。


「フィー」


 日比斗が声を掛けてもそのままだ。ゆっくりと近付いて行くと彼女の口から小さく声が漏れる。


「ごめん……なさい。わたし、また迷惑掛けちゃった」


「そんな事ない」


「ここからずっと見てた。逃げる魔物をたくさん殺して……ビート様を傷付けた」


 彼女の頬を伝って一筋の涙が流れ落ちる。


「フィー、俺は何度も君に助けられた。初めて召喚されて、見ず知らずの土地で不安だった時も、ゴブリンの群れに取り囲まれた時も……そしてスーパーエイトフロアーに串刺しにされそうになった時も。君が勇気を振り絞って助けてくれた。戦う力があるとか無いとかそんなの関係ない! 俺は何があろうと、何が起ころうと、必ず君を助ける! だからみんなの所に帰ろう」


 差し出した手の指先から、彼女の視線がゆっくりと腕を伝い顔へと上がる。視線が重なり彼女の瞳には大粒の涙が溢れる。


「遅くなってごめん」


「ううん……迎えに来て、くれて……ありがとう」


 モモが日比斗の手を取ると真っ白な世界は一瞬にして元の洞窟へと戻った。


 モモが顔を真っ赤にしながら、とろける様な目線を日比斗に送ってくる。彼女の額に光っていた角は無くなっている。もう大丈夫なようだ……。だが、この時点で初めて日比斗は自分がモモを強く抱きしめている事に気が付いて動転した。


「あわわ、あわわ……」


 慌ててモモから離れたその時だ。


 モモの胸の中から、彼女の顔より少し小さな位の赤く光る球が現れた。


「鬼神の魂か!?」


 日比斗はその光の球に鬼神の魂の力を感じ、完全に消滅させる為に右手に聖光エネルギーを集中させ始めた。


 モモはそんな日比斗を制して、ゆっくりと光の球を抱きかかえ呟いた。


「ビートさま、大丈夫。この光は私を守ろうとしてくれただけなの。私が弱くてその力に飲み込まれちゃっただけ。ありがとう……」


 光の球はゆっくりと彼女の胸の中に戻っていった。光がモモと同化する際、彼女には色々な女の人の姿が見えた。


 自分が鬼神憑依していた間見えていた人達。若く美しい女性達だ。彼女らは昔巫女だった人達。代々その魂は次代の巫女へと受け繋がれて行くのだろう。その中に彼女はいた。

 モモは彼女の事を覚えていない。その顔も記憶にない。だが、わかった。彼女が誰であるのか。


『ありがとう……お母さん』そうモモは心の中で呟くと、彼女は小さく笑ってゆっくりと消えて行った。





 ーつづくー

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