第64話 荒ぶりし者。

 日比斗たちが産卵場へと突入する前に少し時間を遡る。坑道内を走る日比斗達の前には次から次へと新手の蟻どもが押し寄せており、前からも後ろからも敵が迫っていた。


「倒せない程じゃないが、面倒だな」


「追えば引き、下がれば押し寄せる。明らかに時間稼ぎをされているぞ、婿どの」


 確かにミレイの言う通りであったが、坑道は入り組んでおり、枝道も多くどの道が正解なのか分からない。サクラのナビゲートにより大雑把な方向は合っている筈なのだが、目的地への確実な道筋が掴めていなかった。


『ここはボクに任せてよ!』


 胸元から小さな光る妖精が飛び出し、日比斗の前でポンとその小さな胸を叩いた。


『イントネイション・スキニング~ゥ』

「勘な」


『マスター、そういう突っ込みはいらないから』


 ティーは口を左右に引っ張って、日比斗に向かって【イー】をすると、もう一度呪文を唱えて洞窟内をフヨフヨと飛び回る。


 現在いる坑道は四本の坑道が繋がった分岐地点だ。一本は今自分達が通って来た道なので残りは三本。


 ボウームを倒した直後に入った坑道は一本道の直線だったのだが、途中からやたらと分岐や隠し部屋が多くなり、行き止まりの通路も多くなった。しかも本命の通路にはわんさかと敵が現れ、奇襲も多かった。だが、その分正解だと分かり易いとも思った。


 ティーがひとつの坑道の前で立ち止まる。『う~ん』と唸って両手で頭を抱えて呟いた。


『聖光反応がこの先からしてるんだけどなぁ。ボクが知ってるシスターモモのとはちょっと違う感じなんだよねぇ』


『主様、この先には大きな空間があるようですが、濃い魔素が貯まっているようで、大地の精霊たちが近寄りたがりません』


 ティーの意見を大地の精霊たるナーゲイルが補足した。シスターモモの追跡で張り合っていた二人だが意外といいコンビなのかも知れない。少し苦笑気味に笑ったのを二人に感付かれた。


『マスター、今ボクとこの駄聖剣がいいコンビだとか思ったでしょ。心外だよ』

『主様、このポンコツ精霊などより余程役に立ってみせますので!』


 ぐちぐちと言い争う二人に、怒った様な風の表情で指をパキパキと鳴らして見せると『ひぃっ』と小さな声を漏らして固まった。


 だが、日比斗は彼らを怒るのではなく、ティーを優しく手のひらに乗せ、もう片方の手でナーゲイルの頭を撫でるとポンと肩を軽く叩いた。


「今はお前たちが頼りだ。頼むぜ相棒!」


『ボク達に任せてよ!』

『我々にお任せ下さい、主様!』


 目をキラキラと耀かせると二人揃って胸をドンと叩いた。台詞は恥ずかしいがチョロい二人に、自分もコイツらの扱いにずいぶんと慣れたものだと日比斗は思う。


 そんな彼の目の端に潤んだ優しい眼差しでこちらを見つめているミレイが映ると、途端に顔が熱く上気してくる。自分が言った台詞も相まって、美人にあんな顔で見つめられたらそれはもう照れくさいだろ。


 気恥ずかしさを隠す様にティーが指し示した坑道へ向かって歩きだした日比斗だ……が、途端にサクラからの警告音が鳴り響く!


「オーナー、熱源大多数接近! 全ての坑道から敵が押し寄せてます」

「オーケー! 俺が道を切り開く!! プラム、アスカ様、エルムは後方警戒、サクラは俺の援護を宜しく。ティー、ナーゲイル、道案内頼むぜ!」


『『「「了解!」」』』


「行くぜナーゲイル、前方の敵を殲滅する! 超回転粉砕撃ドリルクラッシャー!!」


 日比斗はナーゲイルのスペシャルスキルを発動させ、槍の様に前方へと突き出したまま走り出した。サクラ、ミレイ、エルムもその後に続いて走り出す。


 前方から押し寄せる蟻の群れを、硬い装甲をガリガリと削り砕きながら、ナーゲイルを振り回して死骸の山を築き上げていく。


 日比斗が討ち洩らした敵はサクラが確実に電撃機関砲ショックバルカンで行動不能にして行った。


 それでも押し寄せる敵の数があまりにも多く、あと少しが進めない。坑道内にはひしめき合い溢れ返る巨大な蟻・蟻・蟻……あまりの光景にナーゲイルがヘコタレる。


『ご主人様ぁ、気持ち悪いぃぃ』

「気持ちは分かるがお前が先に折れるな!」


 剣のくせに、全く、まったくである。


「後ろもあまり持たんぞ、婿殿!」

『もう少しで出口なのにぃ』


 後方のミレイやそばをふらふらと飛ぶティーからも苛立ちと危機感の混じった声が上がる。ヤバい、マジでピンチだ。

 だが、日比斗自身には何故だか危機感や焦りが湧いて来なかった。むしろ気持ちが高揚したままだ。


「プラムあと少しだけ後ろの敵を押さえてくれ、前は俺が押さえる! サクラ、プラズマ超電磁砲レールガン発射準備! 正面へ発射後、後方へもぶっ放せ!!」


「了解です、オーナー!」


 日比斗は膠着状態で、坑道内を埋め尽くす蟻の群れを駆逐する為、サクラに指示を飛ばした。すぐに日比斗の指示を理解したティーも大空洞内の状況を日比斗に報告した。


『マスター、正面に巨大な魔素反応。聖光反応はかなり右側だよ』


「了解。サクラ、目標正面巨大魔素反応! プラズマ超電磁砲レールガン発射!!」


「はい、プラズマ超電磁砲、発射!」


 サクラの攻撃と同時に高速で打ち出された火球を、ギリギリのタイミングをはかり横っ飛びでかわすと、周りの空気を巻き込んで巨大化した火の玉が坑道内に溢れ返っていた蟻どもを焼き尽くし、そのまま大空洞の奥へと着弾するとその周りに炎の華を撒き散らした。


 大空洞に繋がる道を塞いでいた敵はほとんど焼き尽くされた。急速に減った酸素を取り戻す様に大空洞から腐臭を伴った風が流れ込んで来る。


「全員行くぞ! サクラ、殿しんがり頼む!!」


「「はい!」」

「了解ですオーナー!」


 日比斗を追ってミレイ達が動き出すと、後方へプラズマ火球が打ち込まれ、強い爆風に背中を押される様に全員が大空洞へ向かって走り出した。


「フィ━━━ッ!!」


 叫びながら大空洞に突入した日比斗は、坑道入り口へと集まってきた蟻どもをナーゲイルを横一閃に振り抜く事で凪ぎ払った。


 そして……大空洞の内部を見渡した日比斗は絶句する。大空洞の中には壁面や天井までも埋め尽くすほどの数の蟻・蟻・蟻……そして大量の人の死体に植え付けられた蟻の卵。生まれたばかりの幼体がそれにかぶり付き、貪り食っている。


 日比斗の怒りは簡単に沸点を突破した。


「うおぉぉぉあぁぁ! 必中投擲破砕撃ロックオンバスター!!」


 左から右へと視界に入る蟻や魔物を全てロックオンしていく。エウロト村での盗賊とは比較にならない数の敵を一気に視線でロックした。ナーゲイルのひと振りで近くにいた鎧蟻三体を真っ二つにすると、そのままの体制で放り投げた。


 鍔を翼のように一気に変形させたナーゲイルが、高速回転しながらロックオンした敵を次々と斬り付けて行く。


『おのれ、オノレ、おのれ勇者めぇー! 敵は数人じゃ、皆の者、数で押し込み叩き潰すのじゃ!!』


 女王蟻なのだろうか、少し高台に鎮座したその巨大な蟻は日比斗へ向かって怨嗟を込めた声で攻撃命令を下した。


 ナーゲイルは次々と敵を切り裂いて行くが、その合間を切り抜けた一部の敵が、その鋭い顎で日比斗を食い千切らんと襲い掛かる。軽く身をひねってかわすと、頭を拳で叩き付けた。


「あ、痛ったぁ!」


 ガチンと嫌な音を立てて蟻の頭部を陥没させたたのだが、手が相当痛かった。すぐにナーゲイルを呼び戻すと次の敵は正面から頭部を叩き割った。


 だが、押し寄せる敵はまだまだ数が多い。後方の火蟻の吐いた火炎弾をナーゲイルで受けると、日比斗の死角から攻撃を仕掛けた蟻の動きに一瞬反応が遅れた。


『危ないマスター!』

「婿殿!」


 ティーが日比斗を守る様に、両手を開いて敵の前へと飛び出したが、その大きく開いた口が日比斗へと届く前に一本の槍が口から頭部へと貫いた。


迅雷じんらい!」


 ミレイがスキルを唱えると槍から稲妻が溢れ出し蟻を焼き尽くした。


「敵はまだ多い、油断するな婿どの!」

「すまない、助かった」


「お礼は、で、で、でいとの時で構わんぞ」


 揺れる金髪の間から顔を真っ赤にしながら微笑む彼女は年上とは思えないほど可愛いらしく、そして二本の槍を舞うように奮う様はとても美しく頼もしかった。


「ああ、了解だ」


 自分から振っておきながら、思わず言った日比斗の言葉にミレイは顔を真っ赤に染めて固まった。


「防御結界!」


 日比斗 素早く防御結界を展開すると、固まったミレイに迫っていたキラーアント達を弾き返し、すぐさま袈裟斬りにして撃退した。


「これで貸し借り無し」

「えぇーっ!」


 心底ガッカリした風の顔をするミレイに日比斗は苦笑した。そこへ日比斗の少し上へと素早く上昇したティーがある方向を指差し叫んだ!


『マスター、あそこ、あれ絶対モモだよ!』


 日比斗もティーが指し示した方向を凝視すると、魔物の大群が集まっている中に見慣れた髪色の少女を見つけた。


「フィ━━━!」


 叫ぶと同時に蠢く敵の隙間から見え隠れする彼女に向かって走り出した。


 突き進みながらキラーアントの群れを斬り伏せるとその先にはゴブリンやオーク、コボルド等の魔物が少女を取り囲み襲い掛かっている。


 日比斗はそこへ飛び込むなりナーゲイルを一閃すると巻き込まれた魔物たちが数体消し飛んだ。


「死にたくない奴はそこを退け━━っ!」


 叫んだ日比斗の声に気圧される様に桃色の髪の少女への道がサッと開いた。だがその前に立ちはだかる一匹の鬼。二メートルを越える身長に、これでもかと筋肉を盛り付けたガタイの良い巨漢は見上げるだけても身震いしそうだ。


 だが誰にやられたのか知らないが、折れた右腕をだらりとたらし、指をへし折られた左手一本で身構えている。そしてモモはもう目の前にいるのだ、びびっている場合じゃない。


「……めは殺らせんぞ!」

「邪魔だ、そこをどけ!!」


 日比斗がナーゲイルで斬りつけるが、オーガは幅広の刃を殴り付けて軌道を反らす。


「まだだ!」


 日比斗は振り切った反動にそのまま自らが回転して速度を乗せてもう一度斬り付けた!

 満身創痍の鬼は左腕でガードするが、斬り付けた勢いそのままに弾き飛ばされる。いや、自ら飛んだのかも知れない。ダメージはあるはずだが、ナーゲイルの直撃を受けても叩き切る事が出来なかった。


 だが、これでいよいよ彼女と日比斗を遮るものは何も無くなった。


「フィー……」


 日比斗に対して背を向けていた彼女は、名を呼ばれてビクリと身体を震わせるとゆっくりとこちらへ向き直る。


「び、ビート……さま」

「えっ……!」


 日比斗の口から動揺の声が小さく洩れた。


 振り返った彼女のひたいには大きく光る一本の角……そして、赤く燃え盛るような色の瞳からは大粒の涙がこぼれていた。









 ーつづくー




『また続くニャか……作者終わらせ方下手くそニャ。お前もそう思うニャろ、鬼やん』


「……」


 ひとの足に片手をついて、『やれやれだぜ……』といったていで【鬼やん】扱いするこの黒猫に、いい加減突っ込みたいタウロスであった。

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