第60話 突撃せし者。
魔王さまと共に出陣したフォールーン攻略作戦でルーン平原に現れた悪魔に、完膚無きまでに叩きのめされた。一方的に蹂躙され、かろうじて生き残った俺は地下迷宮へと逃げ延びた。
……屈辱だった。
人間を蹂躙する為に来たのに、何もする事が出来ず逃げた━━生き延びた。魔王様からは地下迷宮での待機命令。その間にドミニネスの命令でゴブリン達と共に地下牢の警護の仕事についた。
自らの心の苛立ちを、捕虜どもを一方的に痛めつける事で晴らそうとした。だが、心の折れた捕虜どもをいくら
そんな時だ、ドゲスティの奴を討ちやぶった勇者がいる事を知った。ドゲスティは
そしてそのドゲスティを倒した人間が、この迷宮に数人の護衛のみで降りてくるというのだ。俺はすぐに討伐隊に名乗り出た。
このモヤモヤとした感情を晴らすには戦いが必要だ、血沸き肉踊る戦いが俺には必要なのだ!!
……だが、俺に下った命令は待機だ。
ドミニネスは魔王さまより次のフォールーン攻略戦までの間、生き残った兵の待機を命じられていた。簡単な仕事を与える事はあっても命を掛けるような戦いには参加させる事が出来なかったのだ。
だからこそ女王の配下と、自ら副司令官を名乗るメタ・ボウームが討伐の為に出陣した。
そして俺はいつも通りの警備任務だ。しかもドゲスティが殺られたおかげで、追加の捕虜が来る事は無くなり、空の牢獄を巡回するゴブリンどものお供だ。いっその事、一人で砦に乗り込んで暴れ放題あばれまくり討ち死にしてやるのも一興かとも思っていた。
そこにあの娘は現れた。
黒猫を連れた小娘……キキと言ったか?
(全然違います。)
人間の分際で奇妙な魔法を使い、ゴブリンどもを倒しただけでなく、俺の牙をへし折り、爆発する魔獣で怪我を負わされた挙げ句、落盤で生き埋めにされた。瓦礫の下から何とか這いずり出した俺はあの小娘を追って坑道内を探し回ったが見つける事が出来なかった。
拠点へと戻り、傷の手当てを受けていた時にそれは突撃起こった……ドミニネスからの緊急召集命令だ。
ドゲスティを倒した勇者がメタ・ボウームをも倒したと。そして妖精を連れた小娘が親衛隊と戦い、女王に傷を追わせたと。
俺は歓喜した。
今度こそ……今度こそ、あの小娘と決着を付けてやる。次は油断などしない。持てるフル装備であの小娘をぶちのめす!
ドミニネスからの命令はこの地下空間最大の広さを持つ女王の間へと敵を誘い込み、全兵力をもって敵を殲滅するとの事。
この地下空間で最も魔素濃度の濃い場所である女王の間では人間は本来の力を発揮する事が出来ず、逆に魔族はそのちからを底上げされる為である。
女王は本気だ。それほど本気で奴等の力を警戒している。その証拠に地下迷宮に滞在している全て部隊に召集命令が下った。フォールーン侵攻部隊の生き残りに待機命令を出した魔王様の意向に反してだ。
各部隊は戦闘準備をすると共に、女王の間へと誘導する為の通路の作り、伏兵部隊の配置をも命令した。
『これは総力戦じゃ、どんな手を使ってでも我等が必ず勝つ。もう一度言う、これは総力戦じゃ、侵入者どもを皆殺しにせよ!』
ドミニネスの激が飛んだ。歓喜と歓声の声があちらこちらで上がる中、俺はもう一度自らの装備をチェックすると小娘が向かってくるという坑道へとひとり歩き出した。
ガーランドの単独行動を快く思わない仲間のオークソルジャー達が彼の行く手を阻んだが、全て彼の持つモーニングスターによって粉砕され叩き潰された。
「邪魔する者は全て叩き潰す!」
ゴブリンやキラーアントでは彼を止める事も出来ず、ドミニネスも彼の行動を黙認する命令を出した。身内同士で戦力の削り合いで大切な戦力を失う訳には行かないとの判断だ。
それに上手く小娘を倒してくれればよし、ダメでも時間稼ぎと幾らばかりかのダメージ位は与えてくれればドミニネスとしても充分な戦果だ。
『好きにさせるのじゃ』
しばらく様子をうかがっていた者達は全て女王の間まで下がっていった。これで漸く邪魔者は居なくなった。
「さあ、いつでも掛かって来い、小娘っ!」
巨大な棍棒、モーニングスターを構え坑道の中心で暗闇の奥にいるであろうシスターモモに向かって大声を張って威圧を放つ!
だが、坑道の先……闇の奥からはそれを跳ね返すかのように聖なる力の波動を送り付けて来られた。
来る、奴だ!
前とは比べ物にならない。あの時……地下牢での戦いでも強い意思をあの小娘から感じた。『生きる』という力強い意思が籠ったこちらをにらみ付ける目からだ。
坑道の奥、闇の底で何かが光る!
炎だ! 何かが炎を上げてこちらへと急速に迫って来た。
「………ットパンチ!」
轟音と共に小娘の声が遅れて響き渡る。
闇の奥から飛来したのは炎を上げて迫り来る
とっさにモーニングスターで叩き落とし、弾き返すと何かに引かれる様な軌道を取って闇の奥へと戻って行った。その闇の奥を目を凝らし見据えると……。
見えた、シスター服。あの小娘だ。間違いない。
「来たな小娘! 今度こそ、そのムカつく目を恐怖で満たし、血まみれの肉塊にしてくれる!!」
「
ガーランドの叫びと同時にモモのスキル発動の雄叫びが坑道内に重なる様に響き渡る。
先ほどの拳と違い、低い弾道から拳を螺旋状に回転させながら急速に距離を縮めてくる。
歴戦のガーランドであるが、炎を纏って空を飛ぶガントレットなど今まで一度たりとも見たことが無い。更に飛来するその拳は噴射する炎に偏りを作り螺旋状に回転させる事で突進力を上乗せしている。
「また見知らぬ魔法か、小賢しい!」
ガーランドはモーニングスターを振りかぶると、飛来する拳に向かって叩き付けた。どんな鎧も簡単に粉砕して来た自慢の武器だ。
全身全霊を込めて振るったモーニングスターだが軌道を変え急上昇してきた拳に弾かれると、両手と共に大きく頭上へと弾き返された。
「何ッ!」
暗闇を炎で切り裂き突っ込んできたガントレットはその軌道にもうひとつの拳を隠していた。そしてその拳は両腕が上がり、がら空きとなった胴体へと命中する。
「ぐふぁあぁぁぁ!」
「
シスターモモの放った二発目の拳はガーランドのフルプレートアーマーを粉砕し、衝撃波は体内に致死量のダメージを与えた。たった一撃の攻撃で彼は行動不能にされたのだ。
拳の一撃で宙に浮き、そのまま坑道の壁に叩き付けられ血反吐を吐いて倒れ込んだ。自分に何が起こったのか全く理解出来ない。
壁に寄り掛かるように倒れ込んだ俺の前を背中に黒猫をぶら下げた小娘が走り抜けた。
……完敗だ。全く手も足も出なかった。
消え行く命の狭間でガーランドは思った。戦いの中で生き、戦う事でしか自分を認める事が出来なかった自分には格好の死に方なのかも知れない。だが……だが、それでも俺は。
「……キキ、貴様は俺が……」
『モモ、今死んだ魔物、お前に何か言ってるみたいだったニャ』
「えーっ、センセイ、私あんなガッチンガッチンの魔物知らないよ。呼んでる名前も知らない人だし」
必死に背中にへばり着くセンセイはモモに問い掛けたのだが、彼女はあっさり一言こう言っただけだった。
『何だかニャー、凄く哀れな気がするニャ』
ぼやくセンセイの前に巨大な空間が広がっていた。そこに広がる景色は正に地獄と呼んでいい物であった。ガーランドを倒したモモ達は女王の間へとたどり着いたのであった。
ーつづくー
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