第59話 集結せし者。
これは戦略的撤退だ。我が兵の最大戦力をかき集めれば、あんな小娘の一人や二人……いや、二人は少しばかり不味いかも知れない。シスターモモの攻撃を直に食らったドミニネスは判断を上方修正した。それでも自分の最大戦力を集結すれば勝てない程の相手では無い。
彼女はそれでもまだシスターモモの実力を甘くみているのだが、今までそこまでの強敵と戦った事の無い、常勝のドミニネスにとっては仕方の無い事であったのかも知れない。
今出撃している全部隊を拠点に集結させ、一気にあの小娘を亡き者にする。各部隊を個別に敵に向かわせて各個撃破されるような愚を犯さない。その程度の戦略的判断は出来る彼女であったが、もう一人勇者がいる事など知る由もない。
この時点でドミニネスにはその後の戦況を推し測る事など出来る筈も無かった。
配下の全部隊に緊急召集命令を出した直後だ。魔石を媒介にした念話による専用通信に緊急呼び出しのコールが入る。
『ちっ、ボウームのヤツか……この緊急時に何だというのだ』
元々、向こうの世界では私のファンの一人であった彼は、貪欲なミミズ共の配下を得て頭角を現して来た。同じ地中での活動を中心とする事で共同作戦を行ううちに、ダンジョンクイーンの親衛隊長を勝手に名乗る様になってきた。許可もしていないというのに、全く調子のいい奴だ。
地中での掘削能力においては配下の蟻たちを上回り、戦闘力も悪くはない。手駒としては悪くないとこちらも調子を合わせていたのだが、最近は自己顕示欲が高くなってきたというか、戦果のポイントに対する貢献度を酷く主張するように成ってきた。
いつかはオーダーズランキングで私を抜くつもりなのだろう。正直面倒くさい。チャンスがあれば我が親衛隊の糧となってもらうのも良いだろう。
だが、利用出来るうちは使い潰すまで。
ドミニネスはしぶしぶと念話に応答した。
「どうしたのだボウーム。妾の専用通信による呼び出しとは穏やかではないな。こちらも敵戦力に対する攻勢の為に戦力を集結中なのだ。用があるなら手短に頼むのじゃ」
『ちょっと待ってよクイーン、今兵隊蟻を下げられたらマジ困るんだよ』
ボウームは焦った様子でこちらへの苦情をあげてきたのだ。確かフォールーンの東側拠点から侵入してきた砦の兵を駆逐しに向かった筈だった。彼らだけでも問題ないと思っていたのだが、一応付けた護衛の蟻兵部隊ともいつの間にか連絡が取れなくなっている。
『そうそうこっちはドゲスティを倒した【勇者】とかいう、いけすかないハーレム男と戦ってる訳よ、うん。戦闘中イチャイチャイチャイチャしやがってヨ、マジムカつく訳』
何を言っているのだこの男は?
あちらにも勇者だと……バカな! それではあの小娘は何だというのだ。
……だが、あのドゲスティを倒したとなるとそれなりの戦力ではあるという事か。アレはクズであった。だが、ただのエロ豚ではない。怪力という一点においては我が親衛隊にも引けを取らない……そういう奴であった。
『少しばかり強いからって言ってもよ、俺らが数で押せばどうって事はない相手だからさ……』
「ならば、お前も手下の兵力を全てかき集めるが良かろう。こちらもあの結界に化け物じみた小娘が現れて手一杯なのじゃ」
『そっちの状況も分からない訳じゃないんだけど、たかが小娘一人なんだろ? 親衛隊出せば一捻りじゃん』
「その親衛隊が既に壊滅状態じゃ」
連れて行った蟻兵と火蟻隊、親衛隊が防戦中だが、自分も直接ダメージを受けた事を伝える。ボウームに対して弱みなど見せたくはないのだが、それでもあの小娘は侮って良い敵ではない。そうドミニネスは強く感じていた。
『化け物って……それ人間なんだろ? お前や子供達ならどうこう無いだろうが。流石にこっちは4人もいてさぁ、変な技も使うし、うちの子達だけだとさすがに手が足りないってゆうかさ』
「そちらこそ、何人居ようがたかが砦の兵であろう。しかもそちらに応援でつけた妾の子供たちと連絡が取れん。大方我が子供たちを喰って自分たちの強化に使ったのであろう! ならば自らの部下とお前自身の実力を少しは見せて見るがよい。」
ドミニネスも別段、子供たちを喰って味方を強化した事は怒ってはいない。エサにされた訳ではなく、死体を喰って進化しただけなのは分かっている。裏切られて喰われたのであれば、それなりにこちらへの連絡が派遣した部隊から入るはずだ。更にボウームにはドミニネスの不興を買い敵対する勇気などない事は分かっているからだ。
それでも気分の良い事ではないので、気に入らなくはあるがその様な特性があるのならそれを生かして兵力を強化すればいいとも思う。本当にただそう思っていただけだ。
だが、ボウームの反応は言葉を額面通り受け取ったものであった。
『あぁ? ちょ、ちょっと待てよ、何だよその言い方。そうかよ、分かったよ。お前の子供達の死体を食って強くなっちまった俺の事が気に食わない訳だ。はぁん、ちいせぇ……本当に小せぇなぁ。クイーンだなんだったってデカイ
「気楽……だと!」
ドミニネスも流石にこの言葉にはイラつきを覚えた。それでもボウームの安い挑発に乗らなかったのは、女王として奴を利用する事はあっても、この程度の小物に自分が良いように使われる事があってはならないと強く自らを律しているからに他ならない。
そんなドミニネスの心情など知る由もないボウームは、決壊したダムの如く彼女への不満を漏らし始めた。
『こちとらいつだって前線に立って指揮してるって言うのによう。魔王様の命でこの辺りの魔素濃度を上げて、砦を殲滅する軍勢の強化をするって作戦もどうせ全部お前の手柄にしちまったんだろ!』
「そんな訳無かろう、愚か者め! この作戦は魔王様から我ら二人が直々に賜った物であろうが。合成魔石を使った新型ゴブリンの育成から、ドリアードを使った魔素濃度上昇実験。高濃度魔素による人間の鬼人化とそれらの組織化、アラクネイラー様による人間牧場計画と更にナンバーズによる全勇者殲滅計画……全ての作戦の要となる地下坑道作成計画は我ら全ての地下勢力の兵の成果である。手柄の所在など、誰か一人が勇を誇る物ではあるまい、この痴れ者めが!! どうあっても手柄がどうとか申すのであれば、せめて実力と成果をもって応えるが良かろう!」
『あ? あぁ……ごちゃごちゃ言うなら、お前こそ砦の下のあの厄介な結界をどうにかしてから偉そうな口……』
ドミニネスは吐き捨てる様に、そんな物はとっくに消え失せた事をボウームに伝えた。本当に突然、あの苛つく光の波動が消えたのだ。
『えっ、マジ? 壊したの? どうやって?』
しつこいボウームに辟易としながらもドミニネスは簡潔に事実だけを伝えた。光の波動に妙な揺らぎが起こり突然反応が消え失せたのだが、それについては語らなかった。
先ほどまでの苛つきもあり、説明する事がもう面倒だったからだ。だか、これが不味かったのかも知れない。
『普通にって、行ったら通り抜けられたって、嘘ぉ~ん。あの周りにワーム共の巣を作って拐って来た奴等を食い散らかして恐怖と憎悪で魔素溜まり作って散々努力して来たの俺なのにぃ、冗談だろ……タイミング悪ぅ、超タイミング悪ぅ!』
子供の様に愚痴り始めたボウームは、次第にエスカレートし、もう最後はただのだだっ子となんら変わり無い反応を取り出した。
『これで全部お前の手柄じゃん。あーもう嫌だ。クソ勇者の相手なんかもう嫌だ。やる気無くした。超やってらんねぇ。アイツら連れてそっち行くわ。だからさお前が倒せよ。もう俺の手柄なんていらねぇって』
「ちいっ!」
ドミニネスは小さく舌打ちをする。元より小物臭い者であったが、ここまでどうしようもないクソ下衆になるとは思わなかった。
それでもこちらはあの小娘だけで手一杯なのだ。これ以上余計な戦力に兵力を割いている余裕はない。せめて砦の戦力の足止め程度はこのクズにもして貰わなければならないのだ。
意を決したドミニネスはボウームを挑発すべく言葉を発した。
「それなら好きにするが良い。魔王様には勇者を前に泣いて妾に助力を申し出た臆病者だと報告するだけじゃ。勇者を倒すチャンスを棒に振り、あまつさえ窮地の我らの元に敵兵力を連れて逃げ戻った貴方をあの御方はどう評価するのでしょう。オーダーズランキングを下げる程度で許されるかしら……ねぇ。」
これは思念による通信だが、彼がぶるりと身震いさせたのが雰囲気で伝わった。あと一押しだ……そう思ったその時だ。
『その程度俺だって分からない訳じゃねぇがそれでも納得いかねぇんだ。こっちの敵も今まで戦った事の無いほどの相当の手練れだ。むしろ俺だって、これ以上手下の犠牲出したくねぇって……言ってんだ……よっ……て』
突然だ。本当に今の今、念話で話していたボウームからの通信が途絶えた。思念による通信は戦闘中であっても継続可能なのだ。
それが突然途切れた。
「死んだか、クソ虫が! 時間稼ぎすら出来ない役立たずめ!!」
吐き捨てる様に言ったドミニネスだが、共に戦って来たボウームの実力も分かってはいる。砦から来た兵力も侮る事は出来ないと悟った彼女は、今この地下迷宮にいる全勢力の隊長クラスに向かって通信を送った。
「このダンジョンに滞在する全ての部隊に通達する。この地下迷宮に勇者を名乗る強敵が複数乗り込んできた。奴らは屋敷に擬態したドリアードを倒し、ドゲスティを殺して彼の部隊を殲滅した。そして先ほど討伐に向かったメタ・ボウームも通信が途絶した。だが、奴らがどれだけの力を持っていたとしても恐れる事はない」
ドミニネスは一拍呼吸をおいて続けて話を始める。彼女にはまるで通信相手たちの息を飲む声が聞こえて来るような気がしていた。
「この地下空間最大の広さを持つ、女王の間【産卵場】へと敵を誘い込み、我等が全兵力をもって敵を殲滅する! 全部隊戦闘準備、工作部隊は通路を偽装し誘導通路の作成と、伏兵部隊の控え室の偽装を行え。勇者どもが女王の間に突入後、伏兵部隊は奴らの後方から包囲。前衛部隊と協力し敵戦力を殲滅せよ!! これは総力戦じゃ、我等が必ず勝つ。もう一度言う、これは総力戦、侵入者どもを皆殺しにせよ!」
『『『『おお━━━っ!!!』』』
念話ではあるが歓声が、闘志が空気を震わせるかのように響いて来る。
部下達に細かな指示を出しながら玉座へと戻ると、女王の間をぐるりと見渡す。ぞくぞくと集結していく蟻兵たちと、オーク、ゴブリン、コボルド……軽装鎧を着けた者から重装備の者までこのダンジョンを拠点とする魔物たちが次々と集まって来る。
先日の魔王様のフォールーン攻略部隊の生き残りも、この迷宮に逃げ込んで滞在している為に現在はかなりの大所帯だ。魔王さまはここまで考えて彼らをここへ残したのだろうか。
どちらにせよ、ある戦力は全て使わせて頂くだけだ。ここが敵の手に落ちればエルムガルド中央大陸東側の魔軍戦力は孤立し、現状エルカサレア山脈を越える事が出来ない魔王軍にとっては侵攻作戦に大幅な遅れが生じる事となる。どんな事になろうとも、それだけは絶対に避けなければならない。
敵は少数、砦から軍隊が出勤したとの報告は入っていない。とすればこのダンジョンに足を踏み入れたのは勇者の一行だけである。
この時のドミニネスはこれだけの戦力で負ける筈が無い! ……そう確信していた。
ーつづくー
「えーい、どけどけぇい!!」
大股で坑道を歩くその大男は全身鎧のフルアーマープレートを身に付けていながらも、機敏な身のこなしで集合地点を目指して進んで行く。
フルプレートの兜から覗くその傷だらけの顔とそそり立つ牙の一方を折られたオークは怒りにうち震えていた。
「おのれ小娘、この折られた牙の恨み必ず晴らしてくれるわ!」
巨大なウォーハンマーを握り締めるオークソルジャー【オーツム・ガーランド】はシスターモモへの復讐に燃えていた。
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