第61話 奮戦せし者。
『モモ、なんニャここは? 我輩ここまで
「センセイ……」
シスターモモと
そしてそこかしこに転がる白骨死体。人間の物が多いのだが、それだけではない。獣や魔獣、人外の物も多く混じっているようだ。
更に多くの未だに肉の付いている死体の山には無数の蟻の卵が産み付けられている。
「ひどい……」
小さく漏れたシスターモモの声は微かに震えている。そして静かに怒りに燃えるその目を、最奥の小高く盛り上げられた丘の上に作られた玉座の様な空間に鎮座する女王蟻、ドミニネスに向けた。
女王の周りには先ほど倒したのと同じ親衛隊だろうか、盾と槍を装備した|赤鎧蟻と火を吹く
更には
広い空間ではあるがそこにひしめくように魔物が集結しているのを見て、流石にシスターモモも自分が偶然得た力に酔っていて、敵に上手く誘導されてしまった事を自覚した。『自分ならやれる、あの化け物を逃がしてはいけない!』
その思いが間違いだとは思わない。
だが敵の行動を良く考え、自らも慎重に行動すべきであった。
『良くここまで来たな小娘! 自らの意思でこの女王の間まで入った人間はお前が初めてじゃ』
ギチギチと歯を噛み鳴らす蟻どもの音に混じって女王ドミニネスの声がはっきりと聞こえた。シスターモモと女王の間にはかなりの距離がある、ドミニネスは念話をこちらに飛ばして来たのに間違い無いだろう。その声を聞いて背中にぶら下がるセンセイはガタガタと震えている。
『モモ、とりあえず謝るニャ。我が家に伝わる秘伝のお詫びスキル【ドゲザー】を教えるニャ。ニャ、ニャ、ニャ、ニャんとかして許してもらおうニャ!』
センセイは完全にパニック状態だ。
「センセイ……この状態で謝って許してもらえると思う?」
眼前に居並ぶ魔物の大群から目を放さず、シスターモモは背中で震えるセンセイに冷静に優しく問い掛けた。
センセイはシスターモモの後ろから顔を半分だけ上げると、彼女の肩ごしに敵の集団を見渡し呟いた。
『……無理ニャー、絶対無理ニャー』
シスターモモは正面の敵を見据えたまま、くすりと笑ってセンセイに向かってこう呟いた。
「じゃあもう、気合い入れてやるしかないね。しっかり捕まっててね!」
『皆の者、小娘を押し潰せ! 四肢をもぎ取り妾の前に引きずり出すのじゃ!!』
「「「「おおーっ!!」」」」
ドミニネスの号令と共に全ての敵が
『お姉ちゃん、ここは任せて。防御結界!』
ルーはシスターモモの前に実体化すると、両手を前に突き出し透明な防御壁を作り出した。シスターモモ一人を庇うのが精一杯の防壁ではあったが、弾かれた火球がまわりに飛び散り、前進を開始した前衛の部隊が進軍を一瞬躊躇した。そのスキを逃さず、モモはスキルを発動する!
「
シスターモモの放った二つの拳は螺旋状の炎を撒き散らし女王へと向かって一直線に飛翔する。その直接上にいた魔物たちは、なぎ倒され、吹き飛ばされ、あるいは炎に包まれて燃え盛る!
一直線に飛んで行く拳の後に道が出来た。真っ直ぐに女王へと向かう道だ。
全速力で拳を追う彼女を空飛ぶ拳に蹴散らされた魔物達は止める事が出来ない。大したダメージも受けず、ただ見た事の無い攻撃に怯んだだけの魔物たちでさえも走り抜けるシスターモモに反応する事が出来ず易々と目の前を走り抜けさせてしまった。
それでも女王までの距離はまだ四分の一程度、拳を引き戻し装着すると次の攻撃へと移る。
「
モモは敵では無く、自分の足元へと拳を叩き込む。その衝撃が彼女へと殺到していた魔物達の足下を揺らした。そしてそこへ続けてもう一撃!!
「
最初の振動波に強い衝撃波を重ねる事で自分を中心に数十メートルの範囲内にいる敵を衝撃波で吹き飛ばしダメージを与える技である。
動きを止めたシスターモモへと迫っていたゴブリンやオーク、キラーアントたちが落ち葉を掃く様に、宙を舞い弾き飛ばされて行く。
「もう一回!
モモの正面へと打ち出された拳がドミニネスに向かって新たなる道を作って行く。拳を追って走り出すシスターモモだが、敵もそうそう同じ手を食らってばかりではない。
群がるキラーアント達の中から羽根を持つハアリ達が空中から襲い掛かる。
その時、走るシスターモモの背中でニャーニャーと悲鳴を上げているだけだったセンセイが小さな小袋を取り出すと、それの中身を空中にばらまいた。
『
嘘である。
この大坑道に入る前に、どこぞの高校生球児たちの様に記念に……と泣きながらかき集めた粒子の細かいサラサラの土である。だが、その効果はシスターモモが反撃の準備をするのに十分な時間を稼いだ。
空飛ぶキラーアント達は毒霧を警戒して間合いを詰める事を躊躇したのだ。
「
投てきした鎖付の拳を連続ヒットさせ、あっという間に六体の羽蟻を撃退し、すぐさま走り出した。
群がる敵に狭められていく女王への道すじ。さすがにたった一人で挑むには敵の数が多過ぎた。だが、ルーのガントレットの威力が強過ぎて多勢に無勢でもある程度戦えてしまっている事もモモが引くに引けない理由の一端を担っていた。
「私だって戦える。サクラちゃんやミレイさんに負けたくない。ビート様の後ろに付いて行くんじゃない、彼の隣に立てる存在になりたいんだ!」
叫ぶシスターモモの気合いの入った拳に、近づく魔物たちは次々と殴り飛ばされていく。だが、モモの背中にしがみつくセンセイだけが彼女の異変に気が付いた。
『モモ、モモ……』
「 センセイ、ごめん……今、忙しい!」
次々と襲い来る敵を殴り倒すシスターモモだが明らかに動きにキレが無くなって来ている。当然スピードも落ちて来ているのだが、最も不味いのは肩で息をする程に、疲労が体に蓄積してきている事だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。もう少し。もう少しで……あの女王蟻の所まで」
『無理ニャモモ、一回さがるニャ』
「……無理!」
『お姉ちゃん……』
ルーとセンセイの心配をよそにシスターモモは敵を殴り、叩き付け、弾き飛ばす! だがその動きは確実に精彩を欠き始めていた。
『
センセイがばら蒔いているものが毒では無いことが、敵にもすっかりバレているのだが乾いた軽い砂の様な物であることが幸いし、目に入った一部の魔物達が右往左往している。
『ふぁいあ、ふぁいあ、ふぁいあ!』
ルーも炎の精霊を呼び出し、一部の敵にダメージを与えていた為、実際にシスターモモが相手にしている敵はそれらの攻撃に耐えうる雑魚を除いた強敵のみとなる。
既に百体を越える敵を倒したモモ達であったが、それでもその坑道には、二人と一匹が相手に出来る数を遥かに越えた敵が集結していた。
「雑魚どもは退け! その小娘の相手は俺がする!!」
一匹の魔物が声を上げ、前に進み出るとモモ達に詰め寄って来ていた黒い鎧蟻たちが少し引いて周りを取り囲むように距離を取った。
その魔物は身長二メートル以上はあろうか、赤い髪を振り乱し額に二本の
他の魔物たちと違い、袖の無い着流し風の布を身に纏い
「こむすめぇ、お前中々やるじゃねぇか。暫く退屈してたんだ。俺の相手もしてくれよ」
両手を開く様に構える姿は一見無防備に見えるが、その実はどのような攻撃にも対応できる構えの様にも見える。
モモは大鬼の言葉に答える事無く一気に踏み込んで
「ぐっふぁああぁぁぁ!」
叫び声を上げ、体をくの字に曲げて十数メートル先までぶっ飛んだオーガは、仲間である
オーガの一見無防備に見えた構えは、見たまま本当に無防備だった。右ストレートを繰り出し、殴り付けた形のまま固まっているモモが、一番驚いていた。
『あぶニャい、モモ!』
センセイの声で我に返ったシスターモモは、右後方の集団から飛び出してきた大鎧蟻に向かって身構えた。
……だが、その大鎧蟻はモモの射程内に入ること無く倒れ伏した。そしてその頭部には深々と蛮刀が突き刺さっていたのだ。
モモは振り返り
刀を投げ大鎧蟻を倒したのは間違いなく先ほどぶっ飛ばしたオーガだった。刀を投てきしたポーズのままこちらを見据えている。
「
『タウロス、酔狂もその辺にせよ。その忌々しい小娘の
「ドミニネス、俺は別にあんたの部下じゃねぇんだぜ。人間どもと戦えるってぇから魔王の嬢ちゃんにも協力してるだけだ。まあ、ここに置いてもらってる分くらいは働かせてもらうが、ギャーギャーうるせぇ事言うなら敵に回ってもいいんだぜ。多勢に無勢……中々にそそる状況じゃねぇか」
『ちぃっ貴様、妾たちを裏切ると言うか?』
ドミニネスと大鬼の雰囲気が悪くなり、何かおかしな状況になってきたおかげで敵も攻撃してくる気配がなく皆動かない。シスターモモは警戒を解いていないが、この隙に息を整え始めた。
すると敵の集団の中からもう一匹の大鬼が進み出た。タウロスと呼ばれたオーガより一回り大きく、筋肉の塊という感じだ。上半身裸で手甲と簡単な肩鎧に腰布と、一般的なオーガのイメージに近い。
「タウロス、いい加減にシロ。ドミニネス殿申し訳ない。我らはドミニネス殿に従オウ。だが、この人間はタウロスに任せてもらえないダロウか。もう一組の勇者もここへと向かっているのでアロウ? さすればこの娘にこれ以上戦力を割くのは得策とは思エヌ。タウロスがダメであった時は
「ガレス、俺がダメだった時だと!」
タウロスと呼ばれたオーガはかなり憤慨した様子だったが、ガレスはいたって冷静に返答した。
「文句があるのデアレバ、全員でその娘と戦ってもヨイのだゾ」
「ちっ……」
「ドミニネス殿もそれで宜しイカ?」
『妾はそれで構わぬ。結果としてその小娘の骸を妾の前に引きずって来さえすれば文句は無いのじゃ』
不満顔のタウロスと対象的に表情が変わらないはずの女王の複眼が愉悦に歪んで見える。ドミニネスは鎧蟻部隊の一部に勇者一行の足止めと、伏兵部隊に、彼らの戦力を疲弊をさせるよう、戦力の逐次投入で休ませない様に指示を済ませると、タウロスの戦いを傍観する事にした。
一方、モモ達もいつでも動ける様に警戒しながらも、息を整え身体を休めていた。
『モモ、大丈夫ニャか?』
「大丈夫だよ、センセイ。ただ少し息苦しい感じかな。スキルを使うと身体が重くなる感じだし、もうあんまり使えないかもね」
『ここは魔素が異常なほど濃いニャ。普通の人間にゃら呼吸すら厳しいニャ。普通以上に動けるモモはだいぶおかしいニャ。大事な事なのでもう一度言うニャ。モモはだいぶおかしいニャ』
おかしいは酷いよーと言って笑うシスターモモだがその額には珠の汗が浮かんでいる。平静を装って笑ってはいるがかなり厳しい状況だ。
そんなシスターモモの前に実体化したルーは申し訳無さそうに膝を着いて
『ごめんなさい、お姉ちゃん。ここは精霊たちは呼んでも少ししか集まって来ないし、ちからが出なくて全然スキルの威力も上がらない。全部ルーのせいだよ』
「えーと……今までのスキルでも十分凄い威力だった気がするんだけど、あれでも全然なの?」
『うん』
シスターモモは少しだけ考えるとルーにゴニョゴニョと耳うちした。ルーはそれを聞いて目をパチクリさせると『やったことないけど出来ると思うよ』との事。
「センセイ、お願いがあるんだけど!」
『我輩、嫌な予感しかしないんニャが』
背中にいたセンセイを下ろして抱き上げると耳元に小さな声で囁いた。
『我輩一人でそれをやるニャか? めちゃくちゃ怖いニャ。でも何とかするニャ』
言うが早いかセンセイはモモの影の中に姿を隠した。それを確認するとモモは立ち上がりタウロスをにらみ付ける。
「相談は終わったかよ、小娘」
「待っててくれたんだ。敵にずいぶんと優しいのね」
蛮刀をもてあまし気味に肩をトントンと叩いていたタウロスは、ニヤリと口角を上げて嗤うと楽しそうにこう言った。
「最初の攻撃……結構効いたぜ。俺は強い奴が好きだ。強い奴には礼も尽くす。そしてその強い奴を叩きのめし、這いつくばらせてやるのが俺は大好きなのさ」
「貴方が這いつくばるかもよ」
シスターモモもいつでも動ける体制を作りながら挑発する。
「くくっ、ハハハ……俺を挑発するかよ。面白れぇ、お前面白れぇよ」
タウロスは蛮刀を持った手を八の字に開いたまま、大地がくぼむ程強く蹴って走り出す。
「さあ、戦いを始めようか!!」
「「「「うおぉぉおおぉぉぉ!!!」」」
タウロスの号令と共に周りを取り囲む魔物達から大きな歓声が上がる。それに合わせて身構えるシスターモモ!
ここにモモとタウロスの死闘が始まる。
ーつづく!ー
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今回も更新にだいぶ時間が掛かってしまいました。申し訳ありません。流石に通勤時間だけだと限界かなとお休みの日も頑張ったんですけどね。今回も3000文字前後で何とか更新早めようと思ったんですけどね。結局6000文字になってしまいました(笑)
1話に盛り込みたいネタを考えてから書き始めるので遅いわ長くなるわで構成力の無さが浮き彫りになってしまいます。f(^_^;
さて今話の最後の一文。ヒーロー好きな方ならもしかしたらこの後の展開が予想できるこも知れません。次話ではようやく影の薄い主人公ビートくんも登場します。長くなったダンジョン攻略編も残りわずか!
更新遅い下手っぴ作者ですが、作品の方は頑張ってますので引き続き見捨てずに応援してもらえると嬉しいです。
ここまで読んで下さっている方々には感謝しかありません。いつも本当にありがとうございます。次回もよろしくお願いいたします。m(__)m
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