第55話 受け継ぎし者。
シスターモモは自分の耳を疑った。今目の前にいる少女は【彼】を魔王だと言ったのだ。
『モモ、落ち着くニャ。そいつはもうとっくに死んでるニャ。何の音もしないニャ』
「えっ、でもまるで……」
【彼】は精気を失っている様な顔色だが、モモが言い掛けた通りまるで生きているように見えた。
『助けて、マオーを助けて!』
少女はその瞳に涙を浮かべて、必死にシスターモモにすがり付いてくるのだが彼女にはどうする事も出来ない。
シスターモモが抱いていたセンセイを下におろし、【彼】に向かって歩き出そうとした瞬間━━━━彼の体は砂の様に崩れ出し、金属製の装備品を残しあっという間に骨まで砂となって崩れ去った。
『ニャ、凄いニャ。骨まで砂になるニャんてどれだけ昔からここにあったニャ……』
『あっ……ああぁ……』
シスターモモは足元で声もなく嗚咽する少女を抱きしめると優しく頭を撫でた。少女はたった一人……どれくらいの時間ここで【彼】を見守って来たのだろう。
何と声を掛けたら良いのか分からない。
モモは泣き続ける少女を抱きしめる事ぐらいしか出来なかった。
『モモ、気を付けるニャ。その子供は人間じゃないニャ。何があるか分からないニャ!』
「わかってる……でも、私の知り合いに同じ様な人がいるから大丈夫。センセイ、心配してくれてありがとね」
『モモ……同じ様ニャって、そんなヤツが他にもいるニャか?……それどんな知り合いニャ! お前の人脈、明らかにおかしいニャ!! 突っ込み処満載ニャ!!!』
苦笑するしかないシスターモモは、ニャーニャーと騒ぐセンセイをよそに、砂になってしまった【彼】に視線を向けた。
見間違えかも知れないが、【彼】が砂になって崩れ落ちる瞬間、口角を少し上げて笑った……そんな気がした。
【彼】が砂になった直後、彼が身に付けていた服や鎧、剣や装備品も急に錆び付きボロボロに崩れていった。まるで時が動き出したかの様に、過ぎ去った時間を取り戻すかのように。
その中でひとつ……ひとつだけ輝きを失わず、朽ち果てなかった物がある。
【ガントレット】だ。
シスターモモは少女の背中を軽くさすって落ち着かせると、砂となった彼の元へと赴き、一対のガントレットを砂の中から取り出した。
手にしたガントレットからは、ナーゲイルやアスカロンに感じたのと同じ輝きと波動をモモは感じていた。
モモはそれを少女の前に揃えて置くと、腰を落とし目線の高さを少女に合わせて優しく問いかけた。
「コレがあなたかな?」
涙を
「私はモモ、シスターモモ。あなたのお名前は?」
目を大きく見開いた少女は、キョロキョロと周りの様子をうかがい、もう一度モモに視線を戻すとうつむき加減でボソリと答えた。
『ルー……』
「ルーちゃん……でいいのかな?」
少女は小さく頷く。最初は周りを気にして挙動不審であったルーだが、ジッとシスターモモを見据えるとその小さな口から言葉を紡いだ。
『モモはマオーと同じ?』
「えっ?」
ルーは小首を傾げ不思議そうにシスターモモを見る。
『みんな、ルーのこと見えない。お話出来ない。お話できるのマオーだけ。モモ、ルーのこと見える、お話しできる。だからマオーと同じ?』
「たぶん、同じじゃない……かな?」
歯切れが悪いが、ナーちゃんやアスカ様の事は説明が難しい。
武器の
モモは、苦笑するしか無かった。
『で、どうするニャ』
静観していたセンセイが問いかける。いつまでもここにとどまる事は出来ない。早くビート様の所に戻らなくてはならないのだ。
だが、センセイが聞いているのはそういう事ではない。ルーをどうするかという事だ。
センセイは使えそうな防具なら持って帰ればいいニャと言った。だが、ルーには意志があるのだ。姿を見て声を聞いてしまった以上、単純に物扱いなどすることは出来ない。
「私達はこれからこの洞窟を出て行きます。良かったらルーちゃんも一緒に行きませんか?」
シスターモモからの誘いにルーも最初は笑顔を見せたものの、すぐに眉間にシワを寄せて砂になってしまった【彼】を見据えている。
暫くの沈黙の後、ルーは下を向いたまま目線をモモと合わせずボソボソと口を開いた。
『ルー……行けない。ずっとマオー守る約束。だから……ルー行けない』
少女の瞳に絶望の色が濃く現れている。モモにはそう感じられた。彼女の意志を尊重したい気持ちと、このままここに置き去りには出来ないと思う気持ちの狭間でモモの気持ちは揺れ動き激しく胸を締め付ける。
「ルーちゃん、やっぱりお姉ちゃんと……」
少女に問いかけたモモの言葉をセンセイの叫びが
『モモ、何か来るニャ! でっかいニャ、物凄くでっかい何かが来るニャ!!』
センセイの叫びと同時に洞窟内を激しい振動が襲う。壁面が地崩れを起こし、天井から落石が起こる。へし折れた氷柱石がセンセイのすぐ
ひときわ大きな振動が起こると、天井が崩れ出し巨大な岩石が【彼】のいた場所に降り注ぐ。落下した衝撃で砕けた岩の破片がモモの頬をかすり、傷からうっすらと血がにじんだ。
『マオー、マオー!』
モモに抱きかかえられたままのルーは、両手を巨石に押し潰された【彼】に向かって大きく伸ばし、名を叫んだ。
だが、彼女が走り込んだ先で洞窟の壁面が
「何……あれ?」
声を出したシスターモモにもそれが何かは分かっている。ただ、声を上げてしまったのはその大きさ故だ。
現れた魔物はご存知
超巨大蟻はその巨大な顎を上手く使って裂け目の穴を広げて行く。頭や体を使って穴を押し広げて行く度に強い振動が起こり、そこかしこで落石が起こる。
「キャッ!」
すぐ手前で起きた大きな落石に声を上げてしまったモモと超巨大蟻の目が合った瞬間、頭の中に声が響く。
『おやまぁ何だい、漸くクソ忌々しい結界が消えたと思ったら、餌まで用意されてるのかい? キシシシ……!』
「ひっ!」
蟻の眼は……その表情は形が変わる事など無い。だがモモは感じた……獲物を補食する喜びに笑顔になったその蟻の愉悦に歪んだその顔を!
ガクガクと震えだす足……動かない体、溢れだす冷たい汗。
怖い……怖い、恐い、怖い、恐い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、こわい、こわい、こわい、こわい…………。
恐怖で体が動かない。
でも……。
ガタガタと震えるセンセイ。
ぎゅっと腕を掴むルー。
わたしが……私が、私が!
動け、動け、動け……動け手足、動け心臓!
「私が守る! みんなを守る!!」
彼女はなけなしの勇気を振り絞って腕を、足を、心臓を動かす!
大きな岩影までダッシュすると、かばんの中から簡易召喚陣を取り出し呪文を唱えた。
「大いなる女神エルムよ、その加護を持って我が祈りに応え、
裂け目からズルズルと這い出して来た超巨大蟻はギチギチとその巨大な顎を鳴らして迫って来た。
素早く岩影から飛び出したモモは超巨大蟻の足元へ二匹、マイマインを投げ付ける。マイマインの爆発によりバランスを崩した蟻の頭部に残りの一匹を叩き込んだ!
思い通りにマイマインを爆発させる事が出来たモモに一瞬の油断があった。爆発の煙の中から伸びてきた触手に打ちすえられ、派手に吹き飛ばされてしまった。
「くっ!」
『人間の分際でこの私を傷付けようなんて百年早いわ! あなたの様な小娘に言っても分からないでしょうけど一応名乗ってあげる。 私は魔王軍ハイオーダーズ31位、
名乗りを上げている間も立ち上がろうとするシスターモモを触角を伸ばした触手をムチのように振るい打ち付け、右へ、左へと跳ね飛ばして面白がっている。
「くっはっ!」
下からの舐める様な触手の攻撃で後方の岩へと叩き付けられうつ伏せに倒れ込む。
トゥニカはズタズタに破れ、かぶっていたウィンプルとブーケは千切れて何処かに飛ばされてしまった。
必死に立ち上がろうとするが腕にも足にも力が入らない。遠くでキシキシと嗤う
……悔しい。
『モモお姉ちゃん!』
へたり込んでいる私の元にルーが駆け寄ってきた。『ルーを使って』そう叫ぶとガントレットを手渡してきたのだ。
『モモ、そんな防具ひとつ付けたところでアレにはどうにもならないレベルの敵ニャ。急いで逃げるニャ!』
『ルー防具じゃないもん、武器だもん!』
岩影に隠れながらこちらに向かって必死に声を掛けてきたセンセイだが、ルーはそれに猛反発して声を荒げた。彼女は私に抱きつくと頬の傷をペロリと舐めて『契約完了』と言った。
ガントレットを手にするとそこから熱い何かが流れ込んで来る。それが胸の中心に集まるとそこから全身へと循環して力が溢れて来た。
巨大な体に鎧のような装甲を付けた重たい身体をズルズルと引きずって近付いてきたドミニネスは、蔑む様にこちらを見下ろし宣告する。
『お前たちはもう逃げられない。
壁のあちらこちらを崩して次々と兵隊蟻が洞窟内に侵入し、シスターモモ達を取り囲む様に展開し始めた。
『ダメニャー、食べられるの嫌ニャー。今度こそ本当に死んじゃうニャー!』
「大丈夫だよ、センセイ」
パニックでガタガタと震えるセンセイの隣に、いつの間にか立っていたシスターモモが優しく微笑む。
『意外としぶといのね小娘。まぁ、いたぶり甲斐があって妾は好きじゃがの。じゃがその目は気に入らん!』
ドミニネスは語尾を荒げて叫ぶ!
先ほどまでの、自分の無力さに震える小娘はすでにいない。エサでしかなかった者が、今は強い意志を持ってこちらを見据えているのだ。弱者の分際で気に食わない!
ドミニネスは触角をムチのように伸ばしてシスターモモを打ち付けようとするが、その前に両手を左右に大きく広げたルーが立ち塞がる。
『
激しく打ち付けられるドミニネスの触角だが、透明な空気の壁に弾かれてシスターモモには届かなかった。
「ルーちゃん、ありがとう!」
モモの礼の言葉に明るく『任せて!』とルーは返す。背を向けている為、顔は見えないが自信のこもった彼女の声が自分に安心感と力を与えてくれた。
シスターモモは
このガントレットは
外側は鋼だが、内側はとても柔らか布の様な物で出来ている為、まるで薄い手袋をしているかの様な着け心地だ。
シスターモモが両手のガントレットを装着し終わるのと、後方から
右後方から襲い掛かる兵隊蟻を振り向き様の裏拳で殴り付けると、強打による勢いでキラーアントの頭部が
次に左後方、センセイに噛みつかんとするキラーアントの鋭いアゴを両手で掴んで放り投げ、洞窟の壁に叩き付ける。
最後に真後ろから来たキラーアントはその強力なアゴでモモに噛み付こうと襲って来たのだが、その顎を掴んでへし折ると眉間に左の拳を叩き込み頭部装甲を砕いて昏倒させた。
『モモ……凄いニャ。お、怒らせたら絶対いけないニャ。き、気を付けるニャ』
センセイはガクブルしながらシスターモモを称えているが、むしろモモ自身が一番驚愕していた。
ルーとの契約によって身体強化の恩恵を受けている為か、今までは逃げたりたり
更には攻撃の威力だ。
キラーアントの外骨格装甲が固過ぎてアスカやナーゲイルでも貫く事が難しく、弱点を突いて撃破していたのだが、このガントレットは軽く小突いただけなのに首がもげ、顎をへし折り、頭部を陥没させる程の威力を魅せたのだ。
凄いとは思いつつも少しだけ怖くなった。
彼女は半人前だがこれでもシスターなのだ。悪人だから、魔物だからといってむやみやたらと害していい訳ではない。それでも……。
センセイとルーちゃんを見て決意する。
私が守らなきゃいけない。
その為の力なんだ……と。
ドミニネスは表情を歪めて毒のこもった罵声を吐き捨てた。
『小娘、貴様何者だ。この化け物め!』
「化け物って……あなたにだけは言われたくないわ!」
シスターモモはこの巨大な化け物相手に怯む事なく、小さく笑った。
ーつづくー
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すみません。前半後半で区切ったつもりでしたが、後半もすでに5500文字を越えてしまい、更に中編になってしまいました。
シスターモモの決意と活躍を楽しんで頂けると幸いです。
次こそ決着です! ……たぶん(笑)f(^_^;
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