第54話 主を守りし者。
日比斗達がベースキャンプで追い詰められている一方、シスターモモ達はキラーアントの気配を探りながら奴等がいない方へと、身を隠しながら闇から闇へ移動を繰り返し、この不思議な空間へとたどり着いていた。
「天井高━━━━い」
『凄いニャ。物凄く広いニャ』
二人がたどり着いたのは天井までは三十メートルはあろうかというとてつもなく広い空間だ。横幅や奥行は正直良く分からない程広い。ベースキャンプのあった空間と同じ位のものではないだろうか。
光るコケの様な物で今まで歩いて来た坑道内よりは若干明るいのだが、視界の端の方は薄暗くどれだけの広さがあるのか、正直分からない状態なのだ。
そして更に、そこかしこに鍾乳洞に見られる様な氷柱石や、石がタケノコ状に突き立った
先程までの坑道はキラーアントやルーターワーム達によって掘られた物だろうが、この洞窟は奴等が来るよりももっと古くからこの地にあった物ではないかとシスターモモには感じられた。
「何か少し空気が澄んでる気がする」
自らの呟きの通り、魔素あたりを起こして呼吸すらも苦しそうであったシスターモモの顔色がだいぶ血の気を帯びて来ている。
『確かに、魔素がだいぶ薄くなってるニャ。不思議ニャ、さっきまで
「センセイ、敵の気配はどうかな?」
センセイは目を閉じて聞き耳を立てた。近くにはモモの心臓の鼓動だけが響いており、静寂がこの空間を支配していた。
『大丈夫ニャ、近くに蟻もミミズもいないニャ。我輩たちの音しか聞こえないニャ』
モモは『ふぅーっ』と深いため息をつくと、ここで休憩しようとセンセイに提案した。
『我輩は全然大丈夫ニャが、モモがつらそうなので仕方ないニャ』
嘘である。
ここまでに直接戦闘している訳ではないが、索敵の為の聴覚強化や、影を使った隠密術でかなりの消耗を強いられていて立っているのもやっとの状態であった。
シスターモモはカバンからパンケーキとペットボトルを取り出すと、キャップに水を汲み、パンケーキは半分にしてセンセイに渡した。
『気が利くニャ、モモ』
「休める時に休んでおかないとね。もうずっと緊張しっぱなしでクタクタだよ」
センセイに渡したチョコバナナクリームパンケーキの残りにかぶり付くと、身を震わせて足をバタつかせる。
「んんん……!」
チョコの甘味と苦味、バナナの風味と生クリームのマッチングは世界最強かも知れない! シスターモモはその味のハーモニーに心を揺さぶられ、ついでに体も震わせていたのだ。
『この甘アマの匂いが堪らないニャ。先程のぱんケーキも旨かったニャが、コレも凄いニャ。我輩こんなに旨い物食べた事ないニャ』
シスターモモと一緒に身体をブルブルと震わせていたセンセイは、急に首をうなだれると
『ミーニャとフーリンにも食べさせてあげたかったニャ』
猫妖精は特に食事が必要な訳ではない。それでも味覚もあれば嗅覚もあるのだ。美味しいという感覚は幸福感をもたらす。
助ける事の出来なかった妻と娘にも食べさせたかった。その想いが涙となって溢れ出す。
シスターモモはセンセイを包み込む様に抱き上げると優しく頭を撫でた。センセイもこの時ばかりはおとなしく、モモに頭を撫でさせていた。
鼻をピクリとさせたセンセイは、その円らな瞳をグッと閉じると涙をこらえ力強く呟いた。
『モモ、必ず生きてここを出るニャ。そして必ず家族の仇を取るニャ。そうモモの勇者に頼むニャ!!』
センセイは他力本願だった。
シスターモモは苦笑するも、自分も同じだという事に気が付いた。もっともっとビート様のお役に立ちたい! いいえ、お役に立たなきゃいけないんだ!!
「ビート様の事だ、きっと私を必死に探してくれているはず。それなのに、私はいつまでもこんな所で足手纏いになっている訳にはいかないわ!」
強い決意と共に両手にグッと力を込めた。
だが、モモに抱かれていたセンセイはぐったりとして、白目を剥いて口から泡を吹いていた。
「わっ、ごめんセンセイ!」
『ごめんじゃないニャ、また危なかったニャ。死んだお祖父様も流石に呆れ顔で苦笑いだったニャ!』
手足をバタつかせるセンセイに平謝りのシスターモモであったが、その彼女の目の端に何かが動いた様に映った。モモは何かが動いた様な気がしたあたりを目を凝らして良く見る。
ゴツゴツとした岩肌がそこかしこに乱立したその場所で確かにそれはそこにいて、こちらをじっと凝視していた。
「えっ、嘘、女の子!?」
突き立った岩影からこちらをのぞき込んでいたのは5歳位の少女だ。幼いながらも美しい顔立ちで、毛先へ向かってふわっと膨らむ様に広がった髪をリボンで留めて背中へと流している。そして、その流れる様な銀色の髪の毛がキラキラと輝いていた。
ピンク色の花のような形の宝石が付いた髪止めで、少し長い前髪を左へ流す様に留めているのだが、整った顔立ちと相まってとても可愛いらしい。
こちらがかなり気になるのだろうか、岩影から頭をちょこんと出してこちらの様子をうかがっている。
「センセイ、あそこ、あそこに小さい女の子がいるわ」
シスターモモが彼女を指差して叫ぶと、彼女も気が付いたのか頭を引っ込めて岩影に隠れてしまう。
『子供? 何処にいるニャ? 何もいないニャ。何も感じないニャー。モモの見間違えじゃないニャか? こんな所に小さい子供がいる訳無いニャ』
センセイは耳をピクピクと動かしながら、彼女が指差した辺りを注意深く観察しながら強化した聴力で音を拾うのだが、何の気配も感じる事が出来なかった。
暫くすると少し奥の岩影から目から上だけを出してまたこちらの様子を見ていた。
「センセイ、あそこ!」
『本当ニャ、人間の子供がいるニャ』
「近くに敵がいないと言っても、あんなに小さい娘、ほっとけないよ」
言うが早いかシスターモモはカバンを肩から掛けるとセンセイを抱えて走り出した。
『待つニャ、モモ。何かおかしいニャ』
走りながら何がおかしいのかセンセイに尋ねると音がしないとの事だ。人は呼吸や脈拍、動けば必ず何かしらの音が発生するのだ。だがあの少女からは何の音も聞こえて来なかった。
『罠かも知れニャい。モモ、気を付けるニャ』
あの子供が罠?
そんな事……必死で少女の元へと走るシスターモモだが一向に彼女との距離が縮まらない。確かに凹凸の激しい場所で平坦な道がある訳では無いのだが、逃げる少女のスピードも尋常ではない。
近付くと岩影に隠れ、姿を消す。次に現れる時は遠くの岩影から顔を出すの繰り返しだ。
こちらが止まって様子を見ると、向こうもじっとこちらを見ている。流石に誘導されていると気付かされた。
『どうするニャ、モモ?』
心配そうに声を掛けてくるセンセイだが、もう私の気持ちは決まっていた。心配そうに、不安そうにこちらを見つめる少女の目。
あんな目を向けられたら、シスターである私は放っておける訳が無いのだ。
センセイに周囲の警戒を頼んだモモは、自らも周りに目を配りながら何が起きても即座に対応出来る様に用心しながら進んで行く。
少女に本気で逃げる様子が無いのだからあわてて追って行く必要はないのだ。
少女は私達が着いてくるのを確認しながら付かず離れずの距離を取り誘導して行く。
「目的地はここみたいね」
シスターモモの呟いた通り、洞窟の壁面に大きく落ちくぼんだ場所があり、そこに【彼】はいた。
見た目の年齢はビート様と大して変わらない。優しそうな顔立ちの青年だ。
【彼】は肩まで覆うブレストプレートにガントレット、中には襟の立った下開きの白いローブの様な物を着て、腰には革の小物入れの付いたベルトを付けている。
ボトムスはローブと同色系の色で、柔らかそうな素材で作られていた。足元のロングブーツは革で出来ている物で、上部を三本のベルトで固定し脚の形にフィットさせていて、側面と足の甲から先のの部分が金属になっており、強度を上げている物だ。
全体的な印象は騎士のような風体なのだが、シスターモモには子供の頃に母親から昔語りで聞かされた伝説の勇者の様に思えた。
その【彼】の隣には先程の少女が立っている。
襟の立ったノースリーブの白いワンピースに白いサンダルの様な履き物を、レースアップサンダルのように紐で脚に固定している。上から下まで全体的に白い雰囲気なので頭のピンクの髪止めがとても印象的だ。
私達の事を警戒しているのだろうか……両手を胸の前で組んでブルブルと少し震えながら、ゆっくりとこちらが近付いて来るのを見ている。
彼女は【彼】まであと数メートルという距離まで私達が近付くと急に口を開いた。
『助けて……マオーを助けて!』
「マオー……えっ、えぇっ魔王!?」
驚愕して固まるシスターモモに、静寂の中で少女はコクリとうなづいた。
ーつづくー
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今回もだらだらと長くなってしまい、6000文字を越えてしまったのでまた前後編になってしまいました。
次回の後編はシスターモモとダンジョンボスのバトルが中心になります。
早めに更新出来る様にがんばりますので、応援宜しくお願いいたします。
ちなみに今回本文のみで3700文字位です。
読みやすいやら読みにくいやら悩みながら頑張っております。
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