第53話 反撃せし者。

『マスター!』

「婿殿!」

「ビートくん!」

「オーナー!」


 みんなの声で意識が覚醒する。


「な、何だ。俺はどうなった?」


『マスター、大丈夫なの? ボクと話してる途中で急に動かなくなっちゃったんだよ。いくら声を掛けても返事が無いし、前のドリアードの時みたいな精神攻撃を受けてるのかと……』


 ミレイやエルムたちが心配そうにこちらを見ているが、周りを取り囲んでいるルーターワームやキラーアントの数が若干増している程度なので、気を失っていたのは数十秒程度だろう。


 みんなには『大丈夫だから』とは言ったものの、正直かなり動揺している。だってそうだろう? 百万円ガチャの景品にしゃべり掛けられてるんだぜ、全く意味が分からん。


 だいたいこちらの世界には魂の形で召喚されて、女神コーナスのちからで創られた体に魂を融合させた筈だ。それなのに何で向こう側の世界の物がくっついて来てるんだよ。携帯なんて当然持って来てないし、全くもって意味わかんねぇよ。ガチャの景品のくせに、どんだけストーキング能力高いんだよ。


 ん? ……まさかコレが呪い? イヤイヤ待て待て、【証】の言ってた『恵みを分け与えよ』の意味も分からんぞ。金か? たくさん稼いでみんなで幸せになろう的なヤツか?


「む……殿、婿殿!」

「あ、済まないプラム。何だ?」


「何だ? ではありません、この状況が分かっておられないのですか? 敵の数は増え続け、壁も天井も敵で一杯です。残すはこの岩影の周りの数十メートルを残すのみなのですよ」

「……だな」


「……だなって!」


 不安そうな顔で俺に詰め寄ってきたミレイを引き寄せると、軽く抱き締め耳元で囁いた。


「ごめん、俺も良く分からないが、たぶん大丈夫だ」


「言ってる意味が分からないぞ、婿殿。さっきまでの緊張感はどうしたのだ」


 顔を真っ赤にしながらも全く引こうとしない態度は彼女が感じている危機感故だろう。

 だが俺には今胸の奥にある【何か】による影響なのだろうか、この状況が全く不安では無いのだ。


【証】の奴が何かしたのは間違いない。


 自分にも良く分からないのだが、不安や恐れといった感情が湧いて来ないのだ。オモチャを与えられた子供の様にただワクワクと気持ちが高ぶって来る。


「おいおい、これだけの敵に囲まれた危機的状況で、いちゃラブするとは良い度胸だな。これが勇者の余裕という事なのか、勇者ビート!」


 正面の坑道内から野太い男性の声が洞窟内にに響き渡る。群がっていたルーターワーム共がズルズルと左右に割れると中から球体に手足がついた様な魔物がゆっくりと歩み出た。


 男の声はその魔物から聞こえてきた。


 大きさで言えば三メートル強はあるだろうその肉玉は、某バレーボールのマスコットキャラ【バ◯ちゃん】にも見えなくも無いが、その体はルーターワームが幾重にも絡みついた球体に貧弱な足がついただけの魔物で、腕の部分はそのままルーターワームが飛び出して腕のように見えているだけなのだ。


 肉玉はドタドタと左右に揺れる様に歩き、俺たちを取り囲んでいる虫達の前に出た。


「あのクソ豚【ドゲスティ】を倒した位でいい気になるなよ勇者ビート。俺様は、体力バカで何でも叩き潰せばいいと思ってる豚野郎とは訳が違うぞ。この地下世界ダンジョンの王、魔王軍ハイ・オーダーズ41位、キングワームの【メタ=ボウーム】様……」


「サクラ、正面肉玉に向かってプラズマ超電磁砲レールガン発射!」

「了解、発射します!!」


 キングワーム【メタ=ボウーム】の名乗りが終わるよりも早く日比斗は容赦なく超電磁砲を発射させた。


 威力を弱めたとは言え、圧縮されたプラズマ火球は周りの酸素を取り込んで急速に膨張し、正面に立つメタ=ボウームへと迫る。


 慌てたメタ=ボウームがピョコンと可愛く回避するのだが、プラズマ火球は容赦なく彼の左半身を焼き払い削ぎ取った。


「ぐふぁあぁぁぁ!!」


 盛大に叫び声を上げてはいるが、プラズマ火球はかすっただけでボウームに致命傷を与えた訳ではない。日比斗は火球を発射すると同時に走り出すと肉玉の前に跳躍した。


「き、貴様、名乗りが済む前に攻撃してくるとは卑怯な! それでも勇者かビート!!」


 ボウームが日比斗を非難する台詞を口にした時には既に、彼の眼前でナーゲイルを大きく振り上げ、縦一閃に振り下ろしていた。


「俺の名前はひ・び・と・だーっ!」


 草の根運動はまだ続いているようだ。


 肉玉に縦一閃の赤いすじが走ると、絡み付いていたルーターワーム達がボロボロと崩れ落ちていく。その中から人の形をした……いや、人体模型の様に皮膚の下の筋肉や内臓が透けているような骸骨ガイコツ頭の化け物が姿を現した。


 一瞬、シェイプシフターかとも思ったのだがヤツ等の様に縦長の爬虫類眼はちゅうるいがんではなく、これは間違いなくヒトのそれだ。それもくすんで薄汚れたような濁った色の眼だった。その瞳は背筋をゾクリとさせる様な冷たい視線を送り付けてくる。


「見たな……」


「別段、見たくもなかったがな!」


 軽口を叩きながらも間合いに踏み込み横一閃でボウームの胴体を両断しに掛かるが、周りに集まり始めたルーターワームが壁となり奴への攻撃を防いでみせる。


 その一瞬で後方へと跳んだボウームはその体にルーターワームを絡み付かせ元の肉玉へと戻っていく。


「おのれ、勇者ビ……」


 ボウームは言葉を詰まらせた。草の根運動……意外にも効果が出ているのかも知れない。彼は仕切り直すと配下の魔物達に命令をくだした。


「勇者とその一行を生きたまま捕らえよ! 腕や足を多少食いちぎっても構わん。行動不能にして俺様の前にひざまずかせろ。二度と軽口を叩けぬ様に、勇者の目の前で仲間を全員犯し、拷問し、『殺してくれ』と許しを乞わせてくれるわ!」


 包囲したキラーアント、ルーターワームがメタ=ボウームの指示で一斉に動き出した。


「エルム、サクラ、プラム、作戦通りに!」


「「「了解!」」」


 群がってくる虫共を前に、日比斗は後方に跳躍すると自分の胸に左手を当て目を閉じた。


 そしてイメージする。


 自らの胸の奥にある光に触れるように……そしてそれを包み込み、同化する様に。


 日比斗が立ち止まったその場所へ、多数のルーターワームが群がり襲い掛かる!


 防戦で手一杯のミレイが……。

 電撃機関砲ショックバルカンで敵の進行を抑え込むサクラが……。

 牽制で光の精霊を飛ばすエルムが……。


 目の端に日比斗をとらえ叫ぶ!


「危ない、婿殿!」

「オーナー!」

「ビート君!!」


 その姿がルーターワームの群れに飲み込まれた瞬間、『ボンっ!』という爆発音と共に空気が震え、日比斗を取り囲んでいたミミズ共が弾け跳んだ。その場にいた全員が一瞬、聖なるエネルギーの波動を感じて動きを止めた。人も虫も魔物も全員がだ。


 エネルギーの奔流の中心には日比斗がナーゲイルをたずさえ立っている。


 彼から流れ出す聖なる光のエネルギーはまるで光のオーラを纏っているかのようで、見る者を惹き付け固まらせた。


「いくぞ、ナーゲイル!」

『ハイです、ご主人様!!」


 日比斗が『超回転粉砕擊ドリルクラッシャー』と叫ぶと、ナーゲイルはその姿を変形させた。やいばがその長さを若干短くして刀身の中央よりも先に集まり、三又の槍のような形状へと変貌すると先端の刃の部分が高速で回転を始めた。


 以前であればその回転力に引かれ、柄を掴んでいる状態を維持出来ずに目標に投擲するか一緒にぶっ飛んでいた日比斗だが、今はその力を完全に抑え込みまるで自然体の様に構えている。


 メタ=ボウームはその姿に見とれ、動きを止めてしまった自分に強い苛立ちを覚え、怒鳴る様に虫達に命令を出した。


「殺せ、殺せ、勇者を殺せ! 殺して構わん、数で押し潰せ!!」


 周りにいた蟻とミミズが一斉に日比斗へ向かって襲い掛かる。


 日比斗は襲い来る敵を一瞥すると、軽くナーゲイルを振って横凪ぎにする。そのいち動作だけで十数匹の敵が霧散し砕け散った。


 続け様にナーゲイルを振るう日比斗の周りには細かく斬り刻まれた虫達の残骸が山のように積み上げられていく。




 大半の敵が日比斗へと向かって行ったため、壁際への陣取りがスムーズに出来たミレイは、迫り来る敵を次々と打ち払いながらも目線の先に彼の活躍を映していた。


「凄い、婿殿……格好いい🖤」


 顔を真っ赤にして目をとろんとさせてはいるミレイだが、まるで踊っているかの様に迫り来る敵を次々と行動不能にしていく。


『まったく、我が主殿は……』


 軽く目を閉じて頭を抱えるアスカだが、その口元には微笑みがたたえられているのをエルムはしっかりと見ていた。


「私たちも負けてらんないね、サクラちゃん。こちらの敵を片付けてビート君の援護に行こう!」


「ハイです!!」


 サクラは武装をプラズマ超電磁砲レールガンから電撃機関砲ショックバルカンに切り替えてキラーアントを掃討していた。ショックバルカンは蟻に対しては有効だが、ルーターワームには動きを鈍らせる程度の効果しか無かった。


 だからミレイは動きの止まったルーターワームを優先的に斬り刻んでいく。敵の中に突っ込んだミレイをサクラとアスカで援護していく形で連携が成立していた。


「私だって!」


 そう呟くエルムは孤軍奮闘する日比斗の方を振り向いた。大半の敵が日比斗の元へと向かって行った為、 こちらに向かって来る敵の殲滅はミレイ達だけでも充分だと判断したからだ。


 とはいえ、ここには自分とは相性の悪い【闇の精霊】ばかり多くて、光の精霊は自分に付いて来た者たちが何名かいるだけだ。当然使える精霊術は限られてくる。


 更に、相手を傷付ける様な精霊術は女神であるエルムには使うことは出来ない。少ない光の精霊でも出来て、それでいて日比斗を援護する様な術となればもうコレしかない。


「光の屈折率を操作してを造り出す幻惑の精霊術!」


 右手を上に上げて光の精霊を呼び集めると、腕を前に振るようにして日比斗の頭上へと飛ばした。


灯光ツルピカからの……」


 薄暗い洞窟内がほんのりと光に包まれる。これで光源は確保出来た。続けて幻惑の精霊呪文を唱えた。


影写ヅラジャ・ネ!」


 戦う日比斗の周りに、光の粒子で出来た五人の幻影が現れた。


 突然現れた勇者の幻影に蟻もミミズも混乱し、各々に攻撃するのだが幻影は攻撃を受けると光の粒子となって霧散してしまう。


 一人消えると別の場所にまた一人現れるので、敵も攻撃が分散化して日比斗への攻撃が散漫になっていた。おかげで日比斗も戦闘に余裕が出て来たのか、敵を薙ぎ倒す毎にエルムに向かって視線を飛ばして来た。


迫り来る敵を薙ぎ倒しながらも、ちゃんとエルムの呪文が聞き取れていた日比斗は、何とも言えない非難をするような目線を送っていたのだが、術が上手くいき上機嫌のエルムはそんな事など露知らず、きっと誉めてもらえるのだろうと満面の笑みを日比斗に返しているのだった。






 ーつづくー









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