第52話 証を所持せし者。

 キラーアント共を置き去りにするかのように洞窟内を疾走するサクラと、パイプフレームに掴まりそのスピード感を堪能するアスカとミレイ。一応危機を脱したかにみえたが……再び警告音が響き渡る。緊張したサクラの声が洞窟内にこだました。


「右前方、熱源……多数。数が多過ぎて正確な数が計測出来ません」


「サクラさん、速度を上げて突っ切って!」


 ミレイが絶叫すると同時に、支道から影が飛び出す!


「サクラ、ミレイ隊長!」


「オーナー!!」

「婿殿!?」


 スピードを緩めたサクラのパイプフレーム座席の中に、だき抱えていたエルムを放り込むと、日比斗はあわててミレイの隣のパイプフレームに彼女を抱え込む様に掴まった。


「む、むむ婿殿!」

「サクラ急いで出せ、すぐに来るぞ!!」


 返事を返す間もなくキャタピラを唸らせて高速機動で走り出したサクラのすぐ目の前に飛び出したもうひとつの影!


「あわわ……ひゃひゃひゃ、ごごごご主人様、助けて━━━━」


 飛び出したナーゲイルの後を追って支道の広さ一杯のルーターワームが溢れ出した。


 パイプフレームと日比斗に挟まれて、彼の腕の中で抱かれるような体勢になっていて、あわあわとしていたミレイもその光景を見て『ひっ!』と小さな悲鳴を上げて日比斗にしがみついた。


「ナーゲイル、いい加減戻れ!」


 日比斗の叫びにナーゲイルが『あっ、そうか!』と言うような表情して姿を消した瞬間、彼の立っていた場所に鋭い歯を突き立ててルーターワームの大群が群がった。


 だが、その一瞬の間が功を奏した。


 ナーゲイルのイメージ実体化に飛び付いたルーターワームが邪魔をして、後続のミミズどもは走り出したサクラのビークルモードに牙を突き立てる事が出来なかった。


 本当にダメダメなナーゲイルだが、極々希に……本当にたまたまナイスな行動をかましてくるので日比斗も彼に一目置く様になっていた。

 それでも誉める事はまずしない。調子に乗って変なご褒美を要求してくるので、心の中で感謝はしても絶対に口にはしないのだ。


 間一髪で走り抜けたサクラはドリアード屋敷の最下層にあるベースキャンプまで一気に後退した。


 サクラが全速力で後退した為に、巨大戦闘蟻キラーアント人喰い大ミミズルーターワームから若干距離を取る事が出来た。


 蟻とミミズでお互いに潰し合ってくれれば良いのだが、走り去るサクラの後方で両者が争う様な姿は見受けられなかった。それでも多少の混乱はしてくれるだろう……とは言えすぐにこの場所までたどり着き、溢れ返るだろうと日比斗は予想していた。


「オーナー、エネルギー切れで活動限界です。充電をお願いいたします」


 充電用のソーラーパネルを展開すると本体正面のパネルがブラックアウトした。背面モニターに文字が映し出される。


【すみません、音声出力もダウン致しました。】


 ここまでの走行にほとんど全てのエネルギーを使い尽くしてしまったらしい。日比斗は四次元ポシェットから魔石を取り出すとナーゲイルのコアにセットし、サクラのソーラーパネルに手をかざした。


急速充電チャージ!」


 日比斗の手から光が溢れだし、サクラエネルギー貯蔵ゲージが急速に上昇していく。

 日比斗がチャージと叫んだのは以前ナーゲイルから言われた通り、その技の名前を叫ぶ事で効果をイメージし易くなり効果が上がった事を体感したからであった。


 その様子をミレイはアスカと共にジッと見つめていた。エネルギー貯蔵量が一定以上に達するとサクラのメインモニターが点灯し、恍惚とした表情で顔を赤らめるサクラが映し出された。


 そしてそれは背面のモニターにも映し出される。その表情を見てミレイが顔を真っ赤にすると、両手で押さえ始めた。もちろん指と指の間からしっかりとモニターを見ている。

 こういう所が、普段はキリリと格好いい美男子風のミレイがとても女の子らしく、可愛く見えてしまい日比斗もドキリとしてしまうところだ。


 それにしてもサクラの奴……何処からこういうのを覚えてくるのやら。ため息まじりにボソリと呟くと『壱億と二千年前から愛してると言う二十一世紀のアニメです』との回答があった。なんじゃそりゃ。


 まだ顔を赤く染めているミレイと充電満タンでご満悦のサクラに今後の方針について相談した。


「で、どうする。たぶん相談する時間はそう無いと思うが、サクラ何か良い方法はないか?」


「奴らの追ってくる坑道に、ギリギリまで引き付けてからプラズマ超電磁砲レールガンを撃ち込むのが効率的かと思われます。但し、高温のプラズマ火球を撃ち込むので洞窟内の酸素欠乏と高温の熱波によるダメージが我々にも深刻な被害をもたらす可能性があります」


「とは言えもう考えている時間は無いだろう。ナーゲイルの防御結界がどの程度効果があるか分からんが、最大出力でやれるだけやってみるさ」


『私、がんばりますですよ、ご主人様!』


 いつの間にか実体化していたナーゲイルがドンと胸を叩く。……マジで不安だ。

 姉のアスカもひたいに一本指をそえてイヤイヤと首を振る。……不安倍増だ。


「オーナー、正面坑道に敵熱源多数!」


「サクラ、プラズマ超電磁砲レールガン発射準備! 他の者はすぐ後ろの岩影に身体を低くして待機。俺が合図したら討ち漏らしを排除するぞ!!」


「「了解!」」


 岩影に潜んで身を伏せるミレイとエルム。俺はその岩の前に立ち、地面にナーゲイルを突き立てると最大出力で防御結界を展開した。うっすらとヤツデの形をした空気の膜の様な物が広がっていく。その横で超電磁砲レールガンをセットして待機しているサクラ。


 全員が緊張で唾を飲む。


「熱源……行動を停止しました。正面の坑道から出て来ません」


「「えっ?」」


 突如として動かなくなった蟻とミミズ。ここからでは見えない坑道の奥で何が起こっているのだろうか?


 下手にこちらから仕掛けてやぶ蛇になっては堪らない。奴らにはここに入って来れない理由でもあるのかも知れない。日比斗たちは暫く静観するしかない様に思えた。



 それから数分がたった。日比斗たちもいつまでも静観している訳にもいかない。撃って出るか引くべきか、ミレイと相談しようと振り返った時だ。


 それまで日比斗の胸の中でじっとしていたサポート妖精のティーが飛び出して叫んだ。


『マスター、何か嫌な感じがする! 周りでいっぱい、いっぱい嫌な感じがするよ!!』


 ティーの叫びに続いてすぐさまサクラが警告音を発した。


「熱源、移動を開始……」

「どうしたサクラ?」


 突如黙ってしまったサクラが悲壮な顔をこちらに向ける。


「熱源、この洞窟外部全域に広がっています。完全に囲まれました。すみません、私の探知範囲外で移動していた様です。正面の坑道に集まっている敵は私の目を引き付ける為のおとりです」


 ベースキャンプのあるこの屋敷の最下層は、奥行きも含めて上下左右が五十メートル四方もある広い空間となっている。そこかしこに人が入れる程の大きさの坑道が繋がっており迷路の合流地点の様な様相を呈していた。


 この洞窟に繋がる坑道全てからキラーアントやルーターワームが次々と涌き出てくる。完全に包囲され退路も断たれていた。


「まさか、この展開は予想していなかった。ただの昆虫と侮ってたよ」


「ええ、そうね。女神だってびっくりだわ」


「婿殿済まない、のんびり構えている場合ではなかった。敵の動きが止まった時、すぐさま退路の確保を進言すべきだった。まさかこんな事になるとは」


「こんなの誰も予想できねぇよ、それより現状どうするかだ!」


「オーナー、申し訳ありません。これは私の失策です。この上は私が囮になって敵の注意を引きます。オーナー達はその隙に地上への通路を突破して脱出して下さい!」


「バカを言うな、サクラ! しくじったのは俺も皆も同じだ。いくら機械のお前でもこれだけの数の敵を相手にしたらどうなるか分からんぞ。必ずみんなで脱出するんだ、必ず、必ずだ!!」


「はい、オーナー」


 グラフィックのサクラの目がうるうるとして頬が赤みをさしている。全く無駄に高性能なやつだ。


 次々と全ての坑道から這いずり出した虫たちのおかげで、辺りは尋常ではない数の【キラーアント】と【ルーターワーム】に埋め尽くされ、昆虫だらけの地獄絵図となっていく。


 確実に俺たちをなぶり殺しにするつもりなのだろうか……それとも警戒してなのだろうか、坑道から湧いてくる数は増え続けているのだが一定の距離を保ってそれ以上近付いて来ない。


 俺たちはお互いの背中を守る様に固まりながら声を掛けた。


「サクラ、前方の坑道内に向かってプラズマ超電磁砲レールガンを威力弱めで撃てるか?」


「打ち出すコアプラズマの出力を調整する事は可能です」


「了解だ。俺が合図したら最低出力でぶっ放せ! 敵が怯んだら、俺が陽動で突っ込むから援護しながら後方の敵の数が少ない場所を探してミレイ達を誘導、壁際に陣取って出来るだけ敵を前方だけに集中させろ」


「了解しました」


「ミレイ隊長はサクラを援護、エルムとアスカ様は何でも出来る事があるならよろしく!!」


 大きく頷いたアスカとエルムだが、一人……ミレイだけが浮かない顔でうつむいてボソリと呟いた。


「私だけミレイ…………」


 あー、こんな時に面倒くさい!


、無事に地上に戻ったら何でもひとつ言うことを聞いてやる。だから死ぬ気で生き残れ!!」


「婿殿、その言葉に二言は無いな! うぉっしゃ━━━━っ、殺る気がガンガン湧いてきた━━っ!!」


 ミレイが単純でよかった。


 胸元で俺の話しを聞いていたティーが警告する様に囁いた。


『マスター、もう少しちゃんと言葉を選ばないと死亡フラグが立っちゃうよ。ボク、ミレイ隊長が心配だよ』


「はぁーっ、死にそうでいえば俺の方がよっぽどヤバいぞティー」


 携帯ゲームの百万円ガチャで特等を当てた途端、山手線に引かれ、エルムの部屋で体が透けるほど生気を吸われ、召喚されたダグの村ではひのきの棒を武器にゴブリン千体に囲まれた。

 魔獣の起こした竜巻に空高くにまで巻き上げられ、四十人の盗賊に襲われたり、巨大な悪魔や人の皮を被る化け物遭遇し、舗装されていない山道を高速で山下り。

 家の形に擬態した植物に、豚鬼と人食いミミズに殺人蟻と……もう既に一杯いっぱい━━ただの村人にはマジで荷が重いわ。



 ……それでも他人が信じられなくてぼっちを続けて来た俺には、みんなの優しさや協力がとても嬉しかった。信頼される事、好きだと言われる事……全てがありがたかった。


 だからこそこんな所で負ける訳にはいかない。信頼してくれるみんなを守れる力が欲しい。死亡フラグがなんだ! 今までだってそんな物、へし折って生き残って来た。


 だから今回も生き残る、誰も死なせない! 『あー、危なく死ぬところだったって』みんなで笑ってここを出るんだ。


 日比斗がそう想い、強くナーゲイルを握りしめた時、いつもの彼にだけ聞こえるその声が聞こえた。


『ビート、勇者ビートよ……お前の想い、覚悟が限界突破しました』


「くそっ、お前までビート扱いか! お前一体何者だ!?」


『私は【あかし】……勇者の証。【証】を手にし者よ、友に、仲間に、守るべき者に、そして愛する者にその恵みを分け与えよ。それこそが【呪い】を解く鍵となろう』


「ちょ、ちょっと待て、俺は何かの呪いを受けてるのか? ちゃんと説明しろ!!」


 声の主は彼の質問に答える事なく、また叫んだ日比斗本人も強い光に飲み込まれ意識を失ってしまった。






 ーつづくー

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