第51話 杞憂を願いし者。
薄暗いダンジョンの中で緊張感の無い女子会風な会話を楽しんでいたアスカ、ミレイ、サクラの三人だが、急に響き渡った警告音に身を強ばらせ、臨戦態勢を取る。
「三方向より熱源接近! 最初は右方向です。次が左手後方!」
『漸くお出ましと言った所かのう』
彼女達の踏み込んだこのダンジョンはメインとなる大きめの広さがある坑道に小さな穴や支道が枝葉のように連なる構造になっており、どうやら他の坑道から背後へも回り込まれてしまったようだ。
ミレイは即座に作戦を提案した。
「このままでは敵に囲まれて包囲殲滅されてしまいます。まずは後方の敵を叩いて退路を確保しましょう。サクラ殿、ビークルモードをお願い出来ますか?」
「了解です!」
言うが早いかサクラはパイプフレームを即座に展開しビークルモードへと変形した。
ミレイがパイプフレームに掴まると同時に、サクラは両足のキャタピラを唸らせて急発進する。
薄暗い坑道内をサクラが照らす僅かなライトのみで疾走して行く。今回はビジュアル実体化を消さずにミレイと共にパイプフレームに掴まっているアスカが唸る。
『なるほど……これはこれで中々
これは雷の精霊なのだろうか、アスカの開いた手から三つの光がサクラの前方へと飛んで行き坑道内をバチバチと小さな稲妻を散らしながら照らしていく。
「右手前方壁面、キラーアント複数体来ます!」
サクラの叫びと同時に、前方に飛ばしている雷精霊の光によって壁面にへばり付く蟻がチカチカと照らし出された。前方右手にある支道から湧き出すように蟻どもが溢れ出して来ている。
サクラは洞窟内の左側に自分を寄せて走りながら右前方や壁面にいるキラーアントに向かって
一方、ミレイもアスカロンを一本のショートランスに変形させるとサクラの右側のパイプフレームに移動し【
バチバチと雷を纏うアスカロンをふるって天井から落ちて来る敵や電撃機関砲をかわして飛び掛かる敵を薙ぎ切りにしていなした。
「ミレイさん、前方より更に敵多数!」
「囲まれて乱戦になれば不利だ。速力を生かして突っ切れ!!」
「了解!
「側面の敵は私に任せろ、行っけ━━っ!」
サクラのキャタピラが唸りを上げてスピードアップさせる。高速で走り抜けて行くサクラだが、洞窟内は次々と現れる蟻たちで埋め尽くされていく。
天井から落ちて来る蟻がショックバルカンをくぐり抜けサクラの前面へと迫る!
そこへアスカの放った雷精霊の光が体当たりをして跳ね飛ばした。
『妾も援護する、サクラ殿は正面の敵に集中し突破するのじゃ』
「はい!」
坑道内に溢れ返る蟻、蟻、蟻!
サクラは正面へと迫り来る敵へとショックバルカンを集中させつつ全速力で走り抜け、敵の包囲網を突破する事に成功した。
そのまま蟻の群れを突き抜け、数十メートル走った先で左キャタピラを強制ロックし、スピンターンで後方の敵に向かって正面を向くと、ショックバルカンを連射しながらミレイとアスカに向かって叫んだ。
「これより後方に敵影ありません、ここで後続も引き付けながら戦いましょう!」
「『了解だ!』」
サクラのパイプフレームから飛び降りたミレイは、槍の柄の中央より手元に近い部分にあるアタッチメントを捻り、二本の槍に別れさせた。別れた槍は互いに長さが伸縮し、二本のショートランスへと変形する。
メインランスは全長百二十センチ、先端は鋭利で硬度の高い特殊な素材で出来ている為、日本の槍の様に突くだけでなく、斬り結ぶ事までできる。
サブランスは八十センチとやや短めだが
ミレイは『
一方のアスカは手元に三つの雷の妖精を引き寄せた。丸い光の玉のように見えるそれはバチバチと小さな稲妻を発しながらアスカの差し出した右手の平の上をクルクルと回っている。
『イルハ、クルハ、イズルハ、妾の可愛い妹たち……貴方たちの力を見せておやりなさい』
アスカがそういうと三つの光は絡み合う様に回りながら、天井から近付いてきた蟻の一段に向かって飛んでいく。
アスカが両手を大きく振るように回すと、その動きに合わせて回転しながら飛んで行く光の玉は天井と左方向から押し寄せるキラーアントに次々体当りし雷撃で撃破していく。
三人の攻撃でピクピクと
攻撃では押している筈の三人が、あまりの敵の数にジリジリと押し返され始めていた。洞窟内にじわじわと積み上げられていくキラーアントの死骸を乗り越え次から次へと押し寄せてくる。
「ミレイさん、アスカ様、エネルギー残量が十五パーセントを切りました。撤退を提案致します」
「十五パーセントの意味が分かりませんが、かなり不味いと言う事でしょうか?」
「非常に不味いです」
「了解です!」
言うが早いかミレイは目の前に迫た敵に鋭い一撃を加えると、大地を蹴って跳躍し後退を始めたサクラのパイプフレームに飛びついた。
ミレイがパイプフレームに取りついたのを確認すると、サクラは一気に加速する。
アスカの放った雷の精霊がキラーアントの上をクルクルと八の字に回りながら、奴らの進行を牽制してくれている。だが、ギチギチと牙を打ち鳴らしながら押し合い洞窟内を埋め尽くす奴らには精霊たちも怯えているように見えた。
サクラもエネルギー節約の為に
流石のミレイもその光景に恐怖を覚えた。
「これは……うちの騎士団だけで調査に来ていたら全滅必至だったな。サクラ殿が共にいてくれる事を心より頼もしく思うよ」
「そのように言って頂けると私も嬉しいです。勇者さまの道具として誇りに思えます。ですがそうですね。この光景は流石に、昆虫に特別好き嫌いの無い私でも嫌悪感を抱いてしまいますね」
そんな事を言いながら、凹突の激しい洞窟内を四つのキャタピラを上手く使って疾走するサクラなのだが、馬の引く戦車に乗った事のあるミレイからすれば驚異的な乗り心地の良さだ。
それでいて荷馬車にも乗せ切れない程の大量の食料を備蓄し、自分達の騎士団をも凌駕する武装を内蔵している。
そんな彼女は自分の意思を持っており、まるで友と話すように私に語り掛けて来る。とても素晴らしい技術だが、婿殿の命令ひとつで【敵】となる事もあるのだ。
彼女の強さ、素晴らしさを感じる度にミレイは不安を感じてしまう。
ビートさまの事は好きだ。心優しく謙虚で仲間思い。口は悪いが本心からではない。照れ隠しである事がほとんどだ。そんな彼が我が国と敵対してしまう事だけは何があろうと避けねばならない。
だからこそ彼女は必ず彼を手に入れなければならない。当然自分の為に……国や領民の為に。そして勇者ビート自身の為に。
女だてらに領主を務めて来た経験が彼女にそう思わせる。杞憂であって欲しい……そう願いながらもその思いを払拭出来ないミレイであった。
その最悪の未来が訪れぬ様に努力するだけだと静かに誓う彼女を優しく見守る瞳がひとつ。
『流石は我が主殿じゃ』
珍しく、その小さな口元を緩めて笑う彼女に気付いた者はいない。アスカはミレイのこういった心根の優しさが気に入っていた。その選択が彼女自身を苦しめる事になろうとも、自らが力を貸して何とかしてやりたいと考えているのだった。
そのような未来が訪れない事を祈りながら。
ーつづくー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます