第50話 取り憑きし者。

 一方その頃、ミレイとサクラは敵を引き付ける為に洞窟内を突き進み、遭遇戦を繰り返していた。

 数組の小隊規模の蟻どもを撃破した二人だが、前回突入した時のようにワラワラと次々に敵が湧いてくる様な事は無かった。


「おかしいですね、ミレイさん。数匹は傷を負わせただけで逃がしているというのにまるで増援が来る気配がありませんね」


「確かに。先程あった小さな地揺れが関係あるのだろうか?」


 ミレイの考えは実は的を射ていた。その地揺れこそ、更にさらに地下深くでシスターモモがオークソルジャーとの戦闘で、マイマインを爆発させた為に起こった微震であり、その事で地下深くの層では蟻たちに混乱が起こっていた。だが、そんな事などサクラ達には知るよしも無い事であった。


 ややうつむき加減のミレイは、自らのショートランスを見ながらボソリと呟いた。


「まあ、小隊とは言うもののキラーアントの外骨格装甲が硬過ぎて、サクラ殿の電撃機関砲ショックバルカンが無ければとても奴等を退ける事など出来ませんでした」


 そう言ってこうべをたれるミレイだが、動いている敵を鋭い槍の先端で、確実に弱点である目や口、細くなっている首の部分や、胴体と腹の繋ぎ目である腹柄節ふくへいせつを矢継ぎ早に貫いていく技量はとても尋常ではない物なのだとサクラは理解していた。


「いえいえ、ミレイさんの槍の技量こそ誇るべき物です。私のは電気で蟻の筋肉に電撃ダメージを与えているだけですから。電池切れになってしまったら貴方の技術だけが頼りです。よろしくお願いいたします」


「いえいえ御謙遜を。ところでサクラ殿の電気と言うのはどういった物なのでしょうか? エルム様の精霊術フォースとはまた違ったような気が致しますが……」


 聞かれたサクラはマニュアル通り、電気について原子の間を流れる電子の流れである事を詳細に説明したのだが、ミレイには理解する事が出来ず少し困った顔をしていた。表情からそれを察する事ができた彼女は、かなり噛み砕いて話しをする事にした。


「まあ、簡単に言えば雷ですかね。雷の力を溜め込む箱が私の中のには有って、そこから少しずつ使っているので箱の中身が空っぽになると動けなくなるのです」


「雷の力……」


 それまで黙って聞いていた槍の精霊【アスカ】だが、雷の力と言う言葉に反応して口を開いた。


『【雷】の力であればわらわも使う事が出来るぞ。以前オークキングを倒す時に槍に纏わせた力じゃ。覚えておるかの、主殿?』


「はい、アスカ様! あれが【雷】の力……」


 ドゲスティを黒焦げにしたあの驚異的な力を思い出し、目をキラキラとさせるミレイに『これでも妾、元はいかづちの精霊であるからな!』とアスカは胸を張った。


『ただ、あの時は主殿の中の聖光エネルギーを妾が言わせた【呪文ワード】によって強引に雷属性へと変換し打ち放っただけじゃ。今回はもう少しエネルギー消費の少ないワードを教えてやろう』


 アスカはそう言うとワードと変換方法のイメージをミレイの頭へと送り込んだ。


 人間の体の中心【正中せいちゅう】には三つの【丹田たんでん】というものがあるとされており、頭部にある上丹田、胸の中心にある中丹田、ヘソの少し下、腹の奥にあるのが臍下丹田せいかたんでんという。


 上丹田は精神を司る事から第三の目などと呼ばれている。臍下丹田には神経節が集中しており、身体の強化や気を練るなどの身体機能を司るエネルギーが流れる場所とされている。


 そして胸の中央、中丹田にはエネルギーの生成や貯蔵が行われているのだ。


『まずはこの胸の奥にあるエネルギーを感じる所から始めるのじゃ』


「はい!」


 普通の武器とアスカロンを装備している時では胸の奥に感じる熱量が違っている事はミレイも少なからず感じていた。


 この中丹田にて生成されている聖エネルギーを胸から腕に向かって経路を開いて行くイメージで……腕から手、そして槍へと流していく。


 じっと見つめるサクラの目には、ミレイの手がうっすらと光を帯びているように見えた。まるで自分に充電する時の日比斗の手のひらのように……。


 ミレイの心臓のあたりから上丹田、臍下丹田せいかたんでんへと繋がり全身にエネルギーの循環が行われているのを感じる。そして腕へと流れるエネルギーが両手の槍へと流れ込んだ瞬間、アスカが叫んだ。


『唱えよ、纏雷てんらい!』


 ミレイが『纏雷!』と唱えたと同時に槍の周りに小さな稲妻がバチバチと音を立てて走っていく。アスカはそれを見て小さく頷いた。


『よし、それで良いぞ主殿。エネルギーの経路が繋がっている間は攻撃に【雷の属性】が付与されておる。力が垂れ流しになっておるのでエネルギーの枯渇こかつに注意するのじゃぞ』


「エネルギーの枯渇?」


 ミレイが首をかしげるとアスカは、先程サクラ殿の言った通り使い尽くしてからになるとピクリとも動けなくなるのじゃと言って口角を少し吊り上げて、それを手で隠すようにして笑った。


『それ全然笑えないですよ』と言ってミレイは慌ててエネルギーの経路を切断した。


 サクラは二人のやり取りを見て疑問に思った事を口にした。


「アスカ様はナーゲイルさんと日比斗様のような聖光エネルギーの充電チャージは出来ないのでしょうか?」


『はぁ? 貴方は誰に物を言ってるのかしら。あの愚弟に出来て妾に出来ぬ事などありはしないのよ! そう皆無、絶対に、全く、何ひとつとして、ありはしないわ━━━━っ!! それこそが至高の【姉】たるわたくしという存在。た、ただやってみた事が無い的な、こちらに召喚されてから一度もそういったチャンスに恵まれなかっただけの事……という事実があるに過ぎないのよ。お分かりかしらサクラ殿?』


『『うわぁ、凄い負けず嫌いだ……でも何かちょっと可愛い』』


 と言った時の、顔を真っ赤にしたアスカの表情を見た二人は常に冷静で凛としているアスカの意外な一面を見た気がした。


『念話ですからね、ちゃんと聞こえていますよ二人とも』


「「はわわ……」」


 慌てる二人と少し頬を膨らませたアスカはしばらくするとクスクスと笑い合った。


『冗談はさておき、愚弟に可能であれば妾にも魔石を聖エネルギーに変換する事は可能じゃろう。しかし、我が主に充電チャージするとなると主殿の体がもつかどうかと言った所じゃのう』


「私の体が……?」


「ミレイさんの場合はご自身の作り出す聖エネルギーだけが頼りという事なのでしょうか?」


 サクラの質問にアスカはかぶりを振って答えた。


『そうではない、慣れの問題じゃ』


「「慣れ?」」


 アスカの説明によると、アスカ自身もエネルギー譲渡に不慣れである事。そして受け手のミレイに受け入れる容量がどのくらいあるのか? また、その時の衝撃、痛みにどれだけ耐える事が出来るのか? ……というあたりが問題なので訓練によっては可能になるとの事だ。


『我が主殿は三十路近いと言うのに、未だ子もはらんだ事が無いというのじゃ。全く、これでは身体に負荷が掛かった時、どうなるか分かったものではないという事じゃ。すぐにでも勇者殿に抱いてもらえば良いというのに……こやつときたら手を繋いでもらっただけでも顔を真っ赤にして固まってしまうのじゃからタチが悪い』


「あわゎわわ……アシュカ様、ななな何をおっしゃっていらっしゃいましゅか!」


 サクラはこういう話しをすると必ず呂律ろれつが回らなくなるミレイをとても可愛いと思ってしまう。日本で街頭に配備されていた時には考えた事も無かったし、こちらに来てからは身の置き所もなく、自分の事を理解してくれる者もいなかった為、思考回路にその様な空きスペースも無かったのだと思う。


 だから、こういった些事に思考回路を回せる事こそが幸せなのだと感じていた。


「私はこちらの世界に来てオーナーの日比斗さまと出合う事が出来ました。そしてモモさん、アスカ様やミレイさんと知り合う事が出来て、とても幸せです。大切にされる事、信頼される事で嬉しいと感じる事が出来る様になりました。だから、ミレイ様のお気持ちとても分かります」


『ふふふ……面白い。サクラ殿、お主はさしずめその機械とかいうカラクリに取り憑いた付喪神つくもがみなのかも知れぬのう』


「つくも……神?」


『そうじゃ、妾や愚弟の様に物に精霊や意志を持つ者が取り憑いたものの事をそう呼ぶのじゃ。エルム様やモモ殿だけでなく、我が主殿にまた一人、とんでもないライバルが出現しておるのかも知れないのう』


「ら、ライバル……。サクラ殿、ふつつか者ですが、おおおお、お手柔らかにお願いいたします」


「私はオーナーである日比斗さまのお役に立つ為の道具です。でも皆さんにそう言って頂ける事をすごく……凄く嬉しく思います」


 モニターに映るサクラの表情はこれまでで一番柔らかく、エフェクトもキラキラいっぱいの笑顔で満たされていた。





 ーつづくー

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