第49話 融合せし者。

「まさか、この展開は予想していなかった」


「ええ、そうね。女神だってびっくりだわ」


「婿殿済まない、こんな筈では……」


「オーナー、申し訳ありません。私の失策です。この上は私が囮になって敵の注意を引きます。オーナー達はその隙に地上への通路から脱出して下さい!」


「バカを言うな、サクラ! しくじったのはこちらも同じだ。いくら機械のお前でもこれだけの数の敵を相手にしたらどうなるか分からんぞ。必ずみんなで脱出するんだ、必ず、必ずだ!!」


「はい、オーナー」


 若干だが、グラフィックのサクラの目がうるうるとして頬が赤みをさしている。そんな顔をされたらこちらも照れ臭くなる。全く無駄に高性能なやつだ。


 洞窟内の探索に出た俺たち四人だが、屋敷の最下層のベースキャンプまで後退を余儀なくされていた。上下左右、奥行きも含めて五十メートル四方はあり、ここだけはかなり広い空間となっているのだが、辺りは尋常ではない数の【キラーアント】と【ルーターワーム】に埋め尽くされ、昆虫だらけの地獄絵図となっているのだ。



 数時間前、俺とエルム、サクラとミレイは別々のルートから再度ダンジョンアタックを再開した。俺たちはシスターモモの捜索、サクラ達は敵を引き付ける陽動だ。


 エルムと俺は洞窟探索を再開させてすぐ、シスターモモが落ちたのではないかと思われる穴を見つけた。

 飛び出した岩の影に隠れるようにポッカリと口を開けた穴は、人ひとりが滑り落ちるのに十分な大きさがあるように見えた。


 落ちた先がどうなっているか分からない状況で、流石に中に飛び込む事は出来ない。


 ティーにお願いして穴の落ちた先を偵察してもらい、安全を確認した上で穴の中に飛び込んだ。落とし穴は真っ直ぐ下に下っているのではなく、くねくねと曲がりながら落ちて行く。まるでウォータースライダーの様な感じだ。

 ただ、そうは言っても水が流れている訳ではないのでそこそこの勾配こうばいがあり曲がる度にそこかしこを打ち付けていた。


 漸く広い空間に飛び出したと思えば、三メートル近い高さに放り出された。


 こういう物に弱い日比斗は『ひゃっ!』と小さな悲鳴を上げると地面にしたたか打ち付けられた。


「いって━━っ! ティー、穴の先は大丈夫だって言ったじゃないか!」


『マスター……ボクは大丈夫、もありませんって言ったんだよ。間違った事いってないのにひどいや!』


 た、確かにティーの言う通りなのだが、何とも納得がいかない感じだ。確かに身体強化が効いているので、どうと言うことも無いのは事実だが、強化されていなければ何らかの怪我をしていたかも知れない。

 それを考えるとシスターモモの身に怪我がないか心配になった。


「ティー、辺りにシスターモモの反応……」


 言い掛けた俺の耳に、天井に開いた穴から悲鳴が聞こえた。目を向けた瞬間穴からエルムが降って来た。


「えっ!」

「きゃっ!」


 日比斗がとっさに伸ばした腕の中にすっぽりと収まったエルムは『いやん』と声を上げたものの、目をパチくりさせて状況を確認してから日比斗の首に腕を回してギュッと抱き付いた。


「はーっ、怖かった━━っ」

「ウソつけ!」


 しっかりとお姫様抱っこされたエルムはかなりの上機嫌なのだが、こんなところをシスターモモやサクラに見られでもしたら、私も、私もとせがまれて大変な事になる。


 まあ、強く断れるだけの甲斐性があればそんなに困る事も無いのだが、そんな物持ち合わせているはずもなく、ただただ俺は困るだけなのだ。


「はあーっ、安全を確認したら合図を送るって言ったよね、エルム!」


「だって面白そ……上で一人じゃ不安だし怖いもの」


 今こいつ、面白そうって言い掛けやがったな。全く、俺はフィーが危険な目にあってるんじゃないかと不安で一杯だっていうのに。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、エルムは俺の腕からひょいっと飛び降りるとクルリ身を翻し、背を向けたまま少しだけこちらに顔を向けて笑った。


「私信じてるもの……モモちゃんはビートくんが絶対助けてくれるって。そしてモモちゃんも絶対信じてがんばってる」


「……」


「だから私は、ビートくんが不安に押し潰されないように、隣で精一杯笑って、楽しんで、暗い気持ちを吹き飛ばすの。緊張や焦りで身を強ばらせてしまわないように。ありもしない責任を感じて自分を責めてしまわないように。そして信じた道を真っ直ぐに進めるように」


 それが私の役目だからとと言ったエルムの横顔はとても美しく、それでいて何故だか少しだけ淋しそうにも見えた。


「ポンコツ女神が何言ってやがる」


「ポンコツは酷いよビートくん!」


 俺はエルムから見えないように顔をそむけると口を緩ませ少しだけ笑った。

 自分の中の苛立ちや焦りがスッと消えていくのを感じる。そうか、俺は無意識に焦りと緊張で身を強ばらせていたのか。


 身体強化されてるのに穴から放り出されて尻餅をつき、苛付いてティーに噛みついたのか……情けない。


『精神安定力が限界突破しました』


 ちっ、いつものヤツか……エルムも分からないと言ったこれは一体何なのだろう。気にはなるが、今はフィーの事が先決だ。


 俺は聖剣を呼び出しその柄をにぎると、ティーとナーゲイルに命じて彼女の痕跡を探した。薄暗い洞窟内では視力に頼らない彼らの目の方が有効なのだ。


『ご主人さま、モモ様の足跡を発見しました。向かって右側の方へ続いています』


 珍しくナーゲイルが役に立っている。シスターモモの足跡を先に見つけられて、ティーはちょっぴりふくれっ面だ。


 俺が意外に感心したのが伝わったのかナーゲイルが自慢気に語りだした。


『ご主人さま、これでもわたくし【剣】となる前は大地の精霊でございます。わずかな土の応突を見分け、砂、土、埃の状態変化を読み取るのは朝飯前でございます』


「もとから変態聖剣だった訳じゃないんだ」


『変態ではございません、個性でございますご主人様。神々に創られた物には稀に意思を持っ物もございますが、我々のように上位精霊を金属と融合させた物は唯一無二となり、ただの金属と異なるため、伝説レジェンド級と呼ばれるのです』


 少し胸を張って自慢気に語るナーゲイルの話しには感心して『おおっ!』と思うのだが、普段が普段だけに、偉そうな態度に若干ムカつく気がする。俺の表情からそれを読み取ったのか、エルムが追加の説明をした。


 こちらの世界の【神様】ではなく、むしろ俺のいた世界の【古代神】がこういった物が好きだったらしく、一点物の武器や防具が伝説として語り継がれたのだと言う。


「オリハルコンとかアダマンタイトとかヒヒイロカネとか一点物に使う金属として良く創られたらしいけど、融合させる精霊によってかなり質が変わるので全く同じ物は無かったという話しよ。低級精霊を【銀】と融合した《ミスリル》なんかは割りと量産出来てポピュラーだったみたい」


「詳しいなぁ、神さまみたい」


「ぶぅ! 酷いよビートくん。私も神様だよ、め・が・み・さま!! まあ、本当はうちの神様の受け売りだけどね」


 エルムはこういう事をすぐにバラしてしまうのだが、そういう所も何か可愛くもあると思う。


『マスターもエルム様もイチャイチャしてないで、シスターモモを探しに行きますよ!』


「「イチャイチャしてない!」」


 ティーの突っ込みに声を揃えて否定してみたものの、イチャラブ感は否めない。まあ、だがそれでいい。


 無駄な緊張がほぐれて体が軽くなった気がする。


「さあ、シスターモモを助けに行くぞ!」


「『『おー!』』」


 掛け声と共に、シスターモモが向かったと思われる洞窟右手へと歩き出してすぐだった。洞窟壁面に異常な数の穴が開いている。


 穴の中でモゾっと何かかが動いた。


 次の瞬間! 複数の穴から人喰い巨大ミミズルーターワームが襲い掛かってきた。

 奴等は頭の先端にある牙だらけの口を大きく広げて突撃して来る。


 一匹目の攻撃をヒラリとかわすと、その勢いのままに右手にいたエルムを庇いつつ、残りの二体ナーゲイルの幅広の刀身で受ける。


 ガチンと刀身に牙が当たる音が洞窟内に響き渡り、『ヒィッ』と小さな悲鳴を上げてナーゲイルは後ずさった。


 日比斗もエルムをだき抱えて後方へ飛ぶと、エルムはその間に光の精霊を呼び出した。


灯光ツルピカ


 いやいや待てまて……今の呪文は流石におかしいだろ! めちゃくちゃ突っ込みたい気持ちよりも目の前の驚きの光景が上回った。


 光の精霊に照らされた洞窟の天井、壁面に開いた無数の穴からルーターワームが這いずり出して来ている。


 光の精霊の照らすあかりに一瞬、ビクリと動きを止めたものの大口を開けてガチガチと牙を打ち付ける音を立てながら這いずってきた。


 先に来たシスターモモの出した光には警戒したものの、目を眩ませるだけの害のない物だと学習したらしい。


 スピードはそこそこあるが、対応出来ない程ではない。飛びかかってくるルーターワームを何匹か薙ぎ切りにすると簡単に絶命した。

 だが、斬られて死んだルーターワームの死体に数匹が喰らい付くあっという間に食べ尽くされた。


 あれに噛み付かれたらマジでヤバイ!


 背筋にドッと冷や汗が流れた。


 ルーターワームは洞窟の幅一杯になる程の数が這いずり出して来ていて、ナーゲイルの展開した防御結界の隙間をすり抜けたヤツらを剣で切り裂く状態……正に防戦一方なってしまっていた。


 殺られた仲間を食ったルーターワームは何かガスの様な物を吐き出している。洞窟内に充満するとねっとりとした空気が体にまとわり付く様な気がした。


 ふらふらと飛んでいたティーが俺の胸元に飛び込んで『ふぅーっ!』と一息ついて俺にしがみついた。


『マスターにくっ付いてるとホッとするよ』


「ティー、あのガスは何だ、毒なのか?」


 動きが悪くなるが左手で鼻と口を軽く覆い、ゆっくりと下がりながらルーターワームをさばいて行く。


『ルーターワームが吹き出しているあれは毒じゃない【瘴気】だよ、マスター。中に大量の【魔素】が含まれてるから普通の人間には毒に近いけどね。マスターは聖なる武器……ナーちゃんに守られてるから影響ないんだよ』


 ちらりと後ろを振り返ると、ルーターワームに怯えておどおどした態度のナーゲイルが親指を立ててサムズアップしている……何かムカつく。


 ギチギチと牙を鳴らしながら防御結界に体当たりして来るルーターワーム達。結界の切れ目を乗り越えて来た奴から切り裂いているのだが、一向に数か減る気配がない。むしろ体当たりしてくる数がどんどん増えている。


 死んだ仲間を喰い散らかしながら数を増やし、洞窟内はルーターワームで一杯になった。


「くそっ、もう持たない! 撤退するぞ!!」


 全面に展開している防御結界を、踏み台にする様に右足で蹴って後方へと跳躍するとエルムをかっさらうかの様に抱きかかえて脱兎の如く走りだした。


 日比斗から距離が離れ強度の落ちた防御結界が砕け散ったのは彼がエルムを抱きかかえたのと同時であった。


 洞窟内に広がったルーターワームは勢いを増し、更にお互いをぶつけ合う様にする事でスピードを上げて追いすがってきた。


 若干逃げ遅れたナーゲイルはビジュアルイメージを消して剣に戻れば良かったのだが、無数のルーターワームにびびってしまいその事に気が回りません。


 結局、わたわたと逃げるナーゲイルの反応を追って、無数のルーターワームが日比斗を追跡して来る事になってしまったのでした。





ーつづくー

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