第48話 思い込みし者。

 シスターモモは薄暗い洞窟をセンセイと共にひた走っていた。

 オークソルジャー【ガーランド】を撃破する事に成功したモモ達であったが、爆発音がかなりの数の敵を集めてしまっていた。

 センセイの使う目眩ましの闇魔術【影隠れシャドーハイド】が無ければとっくに捕まっていたかも知れない。


「センセイ、奴らは通り過ぎました。もう大丈夫です」


 額に玉の汗がにじんでいるセンセイは『我輩が全然大丈夫じゃないニャ』と肩で息をしていた。やはり闇魔術の使用がセンセイの体力や精神力を大幅に削っているようだ。


 シスターモモは水筒ペットボトルの水をキャップに注ぐとセンセイにゆっくりとなめさせた。


『お前、ヒトの話しは【聞かない】が、気はニャ』


「センセイそんなに誉めないで。ちょっと恥ずかしいです」


『あんまり誉めてないニャ』


 水を飲み終わったセンセイを抱き抱えると、慎重に周りを警戒しながら早足で洞窟内を進んで行く。暫く歩くと以前見た様な光景が広がっていた。壁に無数の大きな穴が開いているのだ。


人喰い巨大ミミズルーターワームの巣だ……」


 思わず引き返そうとするモモに、耳をピクピクと動かしたセンセイが囁く。


『ダメニャ、後ろから蟻どもが近づいて来る音がするニャ!』


 現在、シスターモモには何の武器も無い。棍棒は折れてしまい、電磁警棒ビリビリも牢獄の中に落としたままだ。

 使えそうな持ち物と言えば簡易召喚陣はあるが、この場で使えそうな召喚獣も思い付かないし、腰のベルトに差したLEDランタンピカピカだけが唯一の頼りだ。


 ピカピカを前方へ向かってかざすと、穴の中で何かがブルッと震えゴソゴソと蠢く音がした。


 シスターモモはピカピカで前方を照らしながら洞窟内を走り抜ける。時折穴の中でルーターワームがモゾッと動く度にビクビクしてしまう。


 直径三十センチ程もあるルーターワームに喰らい付かれれば、一瞬で穴に引き込まれて肉塊にされてしまうだろう。


 右へ、左へとピカピカを振りながら、穴の中のルーターワームを牽制しつつ、早足で奥へと突き進んだ。


 どのくらい進んだだろうか、蟻どもは追って来ない様だ。センセイが言うにはルーターワームの巣の近くまでは来たようだがそこで止まって引き返したらしい。


 シスターモモはホッとした瞬間足がもつれて派手に転んでしまう。巻き添えをくって抱きかかえられていたセンセイも派手に地面にこすり付けられた。

 下敷きになったセンセイはシスターモモのハグから抜け出し、這いずる様に彼女の下から脱出すると猛然と抗議を始めた。


『痛いニャ人間! 我輩をもっと大切に扱うニャ、大事にするニャ、もっともっと優しくするニャ!!』


「……」


『……モモ、どうしたニャ?』


 シスターモモは倒れ込んだまま起き上がらず、肩で荒い息をしていた。虚ろな目でセンセイを見つめる瞳には光が無く薄く曇っているように見えた。


「ごめんなさい、センセイ。なんだか体が重くて上手く動けないみたい」


『失礼ニャ! 我輩、そんなに重く無いニャ! ……ってそういう事じゃないニャ。ちゃんと分かってるニャ』


「……」


 乗り突っ込みをスルーされて、若干すべり気味のセンセイは慌ててフォローを入れるがシスターモモの反応がなく、その時点で初めて本格的に不味い事になってると気が付いた。


『モモ、急にどうしたニャ』


 センセイはその小さな体でシスターモモの体を引きずりながら何とか洞窟の壁に寄り掛からせるとペットボトルの水を飲む様に指示した。


 モモの額には玉の汗が浮かんでおり、顔色も悪くかなり苦しそうだ。


「ごめんねセンセイ。何か急に空気が重苦しいというか、まとわり付くような感じがして、思うように動けなくなっちゃった」


 モモの話を聞いたセンセイは少し考えたが、すぐに思いあたる事がありそれを言葉にして伝える事にした。


『ニャるほどね。モモ、お前はたぶん魔素あたりを起こしているニャ』


「魔素……あたり? センセイ、私そんな変な物食べてないよ」


『食あたりじゃ無いニャ!』


 シスターモモにとって、それは初めて聞く言葉だ。


 素早く突っ込んだセンセイによれば、魔物が出す瘴気しょうき【魔素】の濃い場所では魔物の活動が活性化すると言われている。センセイはその魔素にあてられているのだと言いたいようだ。


『我輩たち妖精族には特に影響はないのニャが、人間には辛いのかも知れないニャ。前に人間たちが魔物の領域に攻め込まないのは、この魔素が強いせいだと長老から聞いた事があるニャ』


「魔素……さっきまでは大丈夫だったのに」


 彼女の言う事はもっともだとセンセイは思った。この蟻どもの洞窟にはかなり濃い魔素が充満している。

 牢獄にいた時も捕まった人間たちはぐったりとしており、ゴブリンごときにも大した抵抗が出来ない程、衰弱していたのだ。


『牢獄よりこの辺りの方がだいぶ魔素が濃くなってるからニャ。モモでも流石にきつくなったんニャないのかニャ?』


「私、鈍く無いもん! キレッ切れのクルッくるだもん!!」


『言ってる意味がわからないニャ』


【鈍い】と言う言葉にずいぶんと過敏に反応したシスターモモだが、水を飲み少し落ち着いたからなのか少しだけ元気を取り戻したよ様に見えた。センセイは魔素当たりについて少しだけ思い出したことがあったので、彼女をもう少し休ませるついでに、昔長老から聞いた事を話してみる事にした。


『昔、魔物の王を倒した人間がいたニャ。勇者とか言う人間は聖なる光の加護に守られていたので王と戦う事が出来たらしいニャ。ニャが勇者の仲間の人間たちは違ったニャ。【光の護符】とか言うアイテムで魔素から身を守り、にゃんとか魔物と戦ったらしいニャ。モモ、お前も魔素から身を守る何かを持ってたんじゃ無いニャか?』


「そんなのあったかな? う~ん…………まさか、勇者力!?」


『勇者力!? なんニャそれは? 初めて聞く言葉ニャ』


 興味津々のセンセイに、シスターモモは意気揚々と話し始めた。流石に照れくさいのか、くちびるを重ねる部分はぼやかしているが、先ほどまで死んだ魚のような目をして息も絶えだえだったとは思えない様子に、センセイはひどく感心していた。


『勇者力、凄いニャ』


 あくまでシスターモモはエウロト村での一件を思い出して興奮状態であり、割りと力ずくの思い込みで体の状態が良くなったと勘違いしているだけなのだが、それを知らないセンセイはのちに勇者力の効果を盛大に尾ひれを付けて広めて行くのだ。


 日比斗の感知せぬ所でまた勇者ビートの伝説が勝手に綴られて行く事を彼はまだ知らない。そしてその結果が次なる厄介事に繋がって行くのを知るのはまだだいぶ先の話しである。





 ーつづくー


「さぁセンセイ、先を急ぎましょう! 早くビート様と合流して、勇者力を補充しなくてはなりません」


『お、おう……本当に大丈夫ニャかモモ? 若干フラついている気がするニャわ、我輩の気のせいニャのか?』


「はい、気のせいです!」


『凄いニャ、勇者力』


「はい、ビート様の勇者力は凄いのです」


 フラフラとした足取りで洞窟の奥へと進んで行く二人の先には魔素を吐き出し続ける最悪が待ち構えている事をまだ彼女たちは知らない。

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