第47話 調査せし者。

 新宿副都心、都庁ビルを一望できる場所にそのオフィスはあった。アクノクレジットサービス……わずか52才の若きCEO阿久野真遠あくの まとうが一代で築き上げた会社だ。


 年商二兆円を越える売上高を誇る上場企業であり、豊富な資金力を武器にクレジット等の信販系会社だけでなく、独自のシステムを導入した運送業によって流通ルートの確保を行い、中小のスーパーやコンビニを次々と統合し、全てを巻き込んだ子会社を設立。その勢いはとどまる所を知らず、業界1位であったイレブンズを抜き去りその地位を確固たる物とした。


 また更に、近年盛況であった現代の錬金術とも言われる携帯ゲーム業界にも参入。傘下にあった全ての企業でのポイントシステムを利用してゲーム内ランキングにポイントが反映され、そのランキングにより百万円以上のポイントキャッシュバックが行われたことから爆発的に利用者、ゲームユーザーが加速度的に増えて行った。

 その人気と売り上げは携帯ゲームの大手グライブ社やミクリス社、サイバーゲームズ社を抜きダントツの一位となるまでになっていた。


 だが、そこまでのグループ企業であるにも関わらず、詳細が闇に包まれている部分も多く、嗅ぎ回っている者達が次々と失踪するなどの事件も起こっていた。


 それでも、警察は動かない。マスコミも大きく報道しようとはしない。そこにはアクノ社が資金援助している【聖正義ジャスティス教団】なる新興宗教の存在があった。

 十万人規模の信者数を誇るその宗教団体は政治家や警察官僚とも太いパイプを持っているらしく、数多くの隠蔽が行われているとも言われていた。


 その全てを知っている真遠は社長室で一人、都庁舎越しに見える新宿中央公園の緑を目に写しながら、優しげな声で誰かと会話していた。


「ああ、分かっているさ。私はお前を信頼している。進むべき道は自分の思う通りに決めるといい。その為の援助は惜しまないつもりだよ。」


「……」


「それに関しても近いうちにこちらで対処しよう。お前はお前のやるべき事をすればいいのだ。迷わず自分の力を信じて頑張りなさい。私はお前のそばにいる事は出来ないが、心は常に共にある。また話近いうちにをしよう、我が愛する娘、真緒よ……私はどんな事があろうともお前を信じている」


 話し相手は娘なのだろう、真遠は優しげな笑顔で電話を切ると受話器を交換機へと戻した。


 その部屋には普通の電話機もあった。だが、彼が娘と話すのに使っていたものは、社長室にはおよそ似つかわしくない物であった。

 それは幅四十八センチ、全高百八十センチはあろうかというまるで個人向けロッカーの様な巨大で真っ黒な電話交換機だ。

 受話器も長さが三十センチ程あり、まるで自衛隊が使う91式無線機のような形状の物であった。


 受話器を戻した真遠は眉根にシワを寄せると苦虫を噛み潰したかの様な顔をするとボソリと呟いた。


「ちっ、役立たずめ!」


 苛立ちを隠す事もなくインターフォンのスイッチを押すと、別室に控えていた秘書らしき女性がドアをノックしてから入室した。


「例の件……調査はどうなっている」


 身長は百六十センチ位だろうか。長い髪を頭の後ろでまとめ上げ、銀縁の眼鏡の奥からは切れ長の目がこちらを伺うようにのぞいている。濃紺のレディーススーツに身を包み、出来る秘書のイメージを体現している様な女性に見える。


 彼女は手に持っていたタブレットをその細く美しい指先で操作すると、社長の前にあるパソコンにデータを転送した。


「勇者の証ガチャ、挑戦者1523名中、当選者は1名。東京都在住の【但野日比斗ただの ひびと】28歳です。母と妹の三人暮らし。父親は十年程前に他界しております。高校卒業後、総合商社三和リビデンスに就職、成績は下の下ですが大きな商談に関わった時の成功率が異常に高く、クビにならずに済んでいるとの噂です」


「彼に強運があるとも無いとも言える状況のようだな。それで現状は?」


 彼女はアクノ傘下のゲーム会社【AーGAMES】から上がって来た日比斗のキャラクターデータを読み上げた。

 現在の月間異世界ランキング139万2253位、過去最高位は146位。二ヶ月程前からログインが無い事を伝えると、ある新聞記事を真遠のパソコンに転送する。


「二ヶ月前、山手線で起こった人身事故の被害者でした。彼は【勇者の証】当選直後にホームに転落し死亡した模様です」


 真遠は今まで彼女が見た事もないほど驚愕した表情で拳を握り締めた。


「バカな……持たざる者が偶然当選したと言うのか。いや、まさかそんなはずは……あの術式でその様な事が起こりうるはずが!」


 彼女は虚ろな目でパソコン画面を見ながらブツブツと呟く真遠に軽く一礼すると退室する為に秘書室のドアへと足を向けた。


 その彼女の背中に真遠から声が掛かる。


「岬くん、済まない。引き続き彼と彼の家族に関する調査を頼む」


「はい、かしこまりました」


 一礼して退出した彼女だが、彼が何故いちユーザーの【但野日比斗】にこだわっているのか理由が全く分からなかった。

 彼女がこの職務に就いて三年。真遠がこのような反応をしたのは初めての事であったからだ。だが、そんな風に思ったのも一瞬の事である。自分のデスクに戻った彼女は各方面への連絡を済ませると通常業務へと戻っていった。


 まさかこの数年後、本人の口からこの名前を聞く事になるなど、想像する事も出来なかった岬であった。






ーつづくー

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