第46話 勇気を振り絞りし者。

 シスターモモは開き始めた岩扉の左脇に少しかがむ様に身を潜め、反対側にはセンセイが息を殺して壁に貼り付いている。


グーガルーガ声したぞ

マーネビリオン誰か落ちて来てる

ガルルゴーガ油断だめ、注意しろ


 開き始めた岩扉の間から、声が聞こえる。そばにはいないのにティー様のおかげなのだろうか、ゴブリン達の吠え声にルビが振られているようで、会話の内容が理解出来た。

 思わず、電磁警棒を握るシスターモモの右手が緊張で汗ばんだ。


 扉から現れたのは緑色の肌にいびつに尖った鼻、簡素な皮の肩当てと革鎧にボロボロの服を着た三体の小鬼ゴブリンだ。


 数は敵の方が多い、先制攻撃で数を減らす必要がある。シスターモモは電磁警棒ビリビリのレベルをMAXに調整し、まだこちらに気付いていない一番手近なゴブリンに向かって警棒の先端を押し当てスイッチを入れた。


 バチバチっと嫌な音を立てて電撃を食らったゴブリンは白目を剥いて崩れ落ちた。

 残りの二体も闇に潜んでいたモモに気付いてナイフを向ける。シスターモモはこちらに視線が集中したのを確認して左手に持ったLEDランタンのスイッチを入れ、軽く目を閉じた。心臓の音が強くバクバクと鳴っている。


 敵の前で目を閉じる……ほんの一瞬がとてつもなく長く感じた。


 スイッチを切り、すぐさま目を開くとランタンの光に目の眩んだゴブリン達が盲滅法めくらめっぽうにナイフを振り回している。

 近くにいた方のゴブリンの振り回したナイフが顔の近くを掠めるが、モモは冷静にその攻撃をかわすと素早くかがんで、がら空きの腹に警棒を押し当てた。電撃を食らったゴブリンが倒れる前に残りの一体の間合いに入ると同じように電撃を与えて昏倒させた。


 ふうっと軽く息を吐くと反対側の壁際にいるセンセイの方を見る。そこには『ビリビリは嫌ニャー』と言って壁に貼り付いたまま、冷や汗をだらだらと流すセンセイの姿があった。さっきまでのちょっぴり格好良かったのに残念の極みだ。


「センセイ、もう大丈夫だよ……」

『まだいるニャ!!』


 センセイを落ち着かせようと声を掛けたのだが、彼の叫びで慌ててその場を飛び退き、扉から距離を取った。

 本当に間一髪だった。彼女が今しがたまでいた地面に、扉の奥から現れた豚鬼オークの持つ棍棒が叩き付けられた。その棍棒に打ち付けられた地面は大きく落ちくぼんでひび割れている。


「ちぃっ、ニャーニャーと小煩いだけかと思ったが、意外とすばしこいな小娘」


 長さは六十センチ以上、直径が二十センチ程もある巨大な棍棒を軽々と持ち上げたオークはギロリとシスターモモをにらみ付ける。


 口元から二本の大きな牙を生やしたその顔は豚と言うより猪だろうか。その大きな鼻からは勢いよく鼻息が吹き出しておりかなりの興奮状態にある事が分かる。

 岩扉の向こうから現れたその二メートル近い巨体は、身長百六十センチに満たないシスターモモからすると倍ほどもあるように感じてしまう。


 更に簡単な兜と鋼の鎧で武装したその姿は、ゴブリンの様な嫌悪感ではなく、本当の恐怖をシスターモモに与えた。


「オーク……ソルジャー」


 シスターモモが呟いたそれは、オークの中でも戦闘に特化した個体で、伝説や物語の中でも先頭を切って勇者と戦う蛮勇の魔物だ。

 豚鬼オークは元よりガタイが大きく、力も強い。その中でも特に好戦的で力のある者が選ばれ訓練を積んでランクを上げた者たちだけが戦士ソルジャーと呼ばれるのだ。


 そしてそんな化け物がいま、シスターモモの目の前に立ち塞がっている。恐怖ですくんでしまいそうになる心と体を鼓舞してゆっくりと身構えた。


 一方、オークの方はというと彼女が何者かは分からないが、人間のしかもメスであり、いくらゴブリンを倒したとは言っても最下級の魔物ザコである。どうせ自分の相手になどならないと最初から見下している様な態度であった。


 普段であれば彼にとって人間のメスなど、下級オークやゴブリン共のオモチャにして上位の魔物を生み出す為の苗床となってもらうのだが、ドゲスティの失態によって人間の入手が困難になった為、この女は……貴重な素材となってしまった。


 このオークソルジャーは戦闘という名の暴力に快楽を感じているため、それ以外の事には無頓着であった。だからこそ、この程度の些事はただの面倒事だとばかりに吐き捨てるように話し掛けて来た。


「ちっ、ドゲスティの野郎のせいでこの始末だ。もともと俺様にはこんな穴蔵に籠ってチマチマした護衛や管理の仕事は向いてねぇんだ! そこの女、俺は手加減が上手くねぇ。死にたくなければ無駄な抵抗はするんじゃねぇぞ。さもないと前にここにいた奴らと同様に生きたままミミズ共のエサだ」


「まさか……ここに捕まってた人は全部?」


「あいつらは大喰らいだからな。追加も来なくなっちまったし、人も獣も妖精も全部だ」


 シスターモモは奥歯を強く噛み締めた。今までの人生で感じた事のない憤りと怒りが心を支配していく。

 こいつらの目的は分からない。だが、生かしておいてはいけないと強く思った。


 シスターモモも神に仕える者として人間は業が深い生き物だと理解している。草木を、魚を、動物を……他の生き物を殺して食らう事で生きているからだ。だからこそ毎日のかてを神に感謝して生きている。

 だから魔獣がヒトをエサとして食らうのもある程度は仕方のない事だと頭では理解していた。生きる為ならばと……。


 だが、こいつらは明らかに違う。おそらくだが、何らかの侵略行為に利用する為にルータワームを育ている。その為の贄として人やその他の生き物を集めているのだ。


「神に仕えるシスターとしてあなた方の行為は許せません!」


 電磁警棒を正面に構えた瞬間、オークの右後ろの暗闇から小さな影が飛び出し、奴に向かってレイピアを突き立てた!


「にゃーにゃニャニャニャにゃー!!」

『妻と娘の仇にゃー!!』


 完全にスキを突いた形ではあったが、センセイの剣はオークの固い表皮を貫く事なく半ばで砕けて折れてしまう。

 彼の奇襲は剣が折れてしまう程の勢いをつけた攻撃ものであったが、オークにはカスリ傷ひとつ付ける事が出来なかった。あまつさえ簡単に首根っこを押さえ付けられてしまっていた。


「もう一匹、ネズミ……いや、猫が居やがったのか」


『くそ、くそ、放すニャ!』


「センセイ!」


 センセイを捕まえる為に武器を手放したオークソルジャーに向かって、電磁警棒を突き出したシスターモモだが籠手を付けた左手一本で簡単に弾かれてしまう。つくづくなめられているのだろう。

 軽く弾かれただけだったのだが、勢いで電磁警棒は吹き飛ばされてしまった。しかも警棒を持っていた右手がビリビリとしびれる。あのまま力任せに持っていたら腕を痛めていたかも知れない。とっさに手を放したのが正解だと確信した。


 一方のオークソルジャーも自分の左手を見て不思議そうな顔をしている。もう一度シスターモモに視線を移すと下卑た顔でニヤリと笑った。


「この左手の痺れ……先程の武器は魔法の杖なのか。きさま人間のくせに魔法が使えると言うのか?」


 オークソルジャーの問いに答える事なく、モモは無言で奴を睨み付けた。


「クフフ……面白い。小娘、お前に興味が湧いたぞ。俺の名はオーツム……オーツム・ガーランド。お前なら俺の上位個体を作る苗床にしても良いかも知れん」


 センセイをシスターモモへと投げ付けると、そのスキを突いて武器を取る。


 対するモモは、投げ付けられたセンセイをキャッチすると共に、弾き飛ばされた電磁警棒へと向かって走り出した。


 その後を追って一気に加速するガーランドはシスターモモとの距離を一気に詰めた。巨大なガーランドの左手が彼女を掴もうとしたその瞬間、彼女はスッと腰を落とすとスルリと彼の左手をかわし懐に入り込む。武器を取りに行くと見せ掛けたのは彼女なりのフェイントだったのだ。


 それと同時に腰のベルトに差した棍棒を握ると、奴の左手をかわした時の回転を生かしてスキだらけのガーランドの頭部に渾身の一撃を叩き込む!


 さすがのガーランドも頭部に強烈な打撃を受けてふらつくと片ヒザを着いてしまった。すぐには動けないのか、頭部を押さえながらも恐ろしい形相でシスターモモを睨み付け吠える。


「おのれ小娘!」


 シスターモモはガーランドを大きく回り込む様にしながら開いたままの牢の出口に向かって走り出すと共に、背中に必死にへばり付いているセンセイに問い掛けた。


「センセイ、魔法とか何か凄い特技とかアイツをやっつける方法はない?」

『あったらとっくにやってるニャー!』


 日比斗なら『マジ使えねぇ!』とか言いそうな台詞を尻目にシスターモモは洞窟の入口へとたどり着いた。背中のセンセイを下へ下ろすとふらつきながらもゆっくりと近づいて来るガーランドに向かって向き直る。


「センセイは先に逃げて! 私はここで時間を稼ぐから」


 モモの背中から降りたセンセイはちらりと振り返った彼女の横顔を見た。彼女は『大丈夫だから』と言って笑った。


 センセイには分かっていた……大丈夫な訳がないと。自分を逃がす時間を稼ぐ為にそう言っているのだと。そしてここでガーランドに捕まれば彼女がどんな目に合わされてしまうのかも。


 剣も折れた。心も折れた。我輩には何も出来なかった。村の仲間たちの言った通りだった。結局自分もこの人間も殺されるのだろう。弱きモノは強き者に逆らってはいけなかったのだ。


 家族や仲間を助ける為に村を飛び出して来たのに、逃げて、隠れて、牢に囚われて。囚われていた者達が連れて行かれるのを隠れて見ていた。我輩には関係無いと……自分の仲間では無いと言い聞かせた。


 だが、この人間は妖精族の我輩に協力すると言った。会ったばかりの弱い我輩を助けると……。そして今、我輩を助ける為に何の得にも成らないのに体を張って恐ろしい化け物と戦おうとしている。


 小鬼が怖かった。豚鬼は更に何十倍も怖い。それでもここで逃げたら……あの人間を見捨てたら、我輩は二度と妻と娘に顔向け出来ない!


 ガーランドに向かって棍棒を構えるシスターモモの前に黒い影が飛び出した。


「センセイ!?」


『人間、さっきのピカピカまだ使えるかニャ? 使えるにゃら我輩にもまだやれる事があるニャ。ピカピカをアイツに向かってかざすニャ!』


 シスターモモは手に持っていたLEDランタンのスイッチを入れると即座にガーランドに向けて光をかざした。

 暗さに目の慣れていたガーランドは、いきなり光を当てられ動揺したが、腕で目を隠す様にしながら突進して来た。


「先ほどゴブリンどもに使った魔法だな、そうそう何度も通じると思うな!」


 うなり声を上げて突進してきたガーランドだが、まるでビデオの一時停止が掛かったかの如くピタリと止まって動かなくなった。


『闇魔術、影縛りシャドウタイド!』


「……凄い。センセイ、凄いすごーい!」


 LEDランタンに照らされたセンセイの影が、無数の手形に姿を変え、ガーランドの影を押さえ込むと、ガーランド本人も全く身動きが取れなくなったのだ。口さえまともに動かせないのか『グォ』とか『ガッ!』とか声に成らない声を上げている。


『あんまり長くは持たないニャ。今のうちにお前の全力でぶっ叩くニャ、人間!!』


「はい!」


 シスターモモはガーランドの懐まで一気に駆け込むと、腰の捻りを十分に効かせたフルスイングで右斜め下から敵の頭部に強烈な一撃をかましてやった。

 あまりの強打に二メートル近いガーランドの巨体がのけ反るようにして後方に吹き飛んだ。その際、奴の左の大きな牙をへし折る事に成功したが、棍棒も半ばから折れて砕け散ってしまった。


 あれだけのダメージを与えたのだ、簡単には起き上がれないだろうと思ったモモの考えはみごとに打ち砕かれた。

 ガーランドはヨロヨロとよろけながらも立ち上がったのだ。


「コロふ、殺ふ……じぇったひに殺ふ!」


 どれだけ頑丈に出来ているのだろう。怨嗟の声を上げながら一歩、また一歩と近づいてくる。それでもダメージは蓄積しているはずだ。


「センセイもう一度さっきの影のヤツ!」

『簡単に言うにゃ、あれは精神力も体力もとんでもなく消耗す……』

「やって!!」


『…………はいニャ』


 センセイは後に仲間たちに語ったと言う。シスターモモは必死だった。だがその表情がオークソルジャーよりも怖かったニャ……と。


『闇魔術、影縛りシャドウタイド!』


 センセイの毛だらけの額に冷や汗が滲む。それほどまでにこの術は消耗する。あの人間が何を考えているのか分からないが一つだけ分かってる事を伝える。


『そんなに長くは持たないニャ、何かするなら急ぐニャ!』


 シスターモモは小さく頷くとカバンの中からあるモノを取り出した。ちなみにパンケーキではない、簡易召喚陣だ。


「大いなる女神エルムよ、その加護を持って我が祈りに応え、の物を召喚させたまえ! いでよ召喚獣【マイマイン】」


 三体の魔獣が召喚陣の中に姿を現した。


『もう、限界ニャ……』


 倒れ込むセンセイをだき抱えながら、一匹目をガーランドへ向けて投げつける!

 派手な爆音と炎を上げてマイマインは爆発した。


 一撃で吹き飛ぶゴブリン共とは違い、鎧で身を固めたオークソルジャーにはダメージの通りが悪い。だが瀕死のガーランドの動きを止めるには十分な威力はあったようだ。


 シスターモモはそのままきびすを返し、牢の出口へと飛び込んだ。出口を通り抜ける際中と外に残りのマイマインをセットし通路を全力で走った。


「逃がふかこぶすべぇー!」


 ボロボロの体で牢の出口までたどり着いたガーランドは怨嗟の表情で、通路を走るシスターモモに向かって叫ぶ。

 だがその瞬間出口にセットされていたマイマインがその身を真っ赤に染めて爆発した!


「ぐおぉぉぉおぉぉぉぉっ!!!」


 マイマイン二体の同時爆発により出口付近の壁や天井が崩れ落ちガーランドに降り注ぐ。


「おのれ、おのれぇえぇ━━っ!」


 その叫びは瓦礫に押し潰され、爆風に吹き飛ばされたシスターモモはセンセイを守るように抱えながらゴロゴロと転がった。


 一瞬かそれとも数分か、気を失ったシスターモモが目を覚ますと、まだ洞窟内には爆発の影響による粉塵が舞っている。彼女はふと自分のやった事に震え、身を強張らせた。


『痛いーっ! いたたた……ニャ!』


 モモはようやく、自分が抱えているモノがぐったりとしている事に気が付いた。


「ご、ごめんなさいセンセイ。大丈夫?」


『いまの今、大丈夫じゃなかったニャ! 本気で死にそうになったニャ。死んだお爺様がいい加減にするニャと怒ってたニャ!!』


「えへへへ……」


『笑い事じゃないニャ!』と怒ったセンセイだが、それでもこの人間は凄い奴だと感じていた。自分などではどう転んでも倒す事など出来ないと思った敵……彼女の身の丈よりかなり大きい武装したオークソルジャーを、本当に倒してしまったのだ。


『お前、凄いヤツなのニャ』

「えっ、センセイ何か言った?」


『何でもないニャ』


 プイッと顔を背けるセンセイだが、基本的にシスターモモとの会話は念話で繋がっているため筒抜けだった。


『さぁ、早くここから脱出するニャ、モモ』

「えっ? あっ、センセイ、今、私の名前……」


『うっ、うるさいニャ、とっとと行くニャ、人間!』


 照れ隠しで顔を見られぬ様にこそこそと先を行くセンセイと、その後を追って『もう一度名前で呼んでよ』としつこく迫るシスターモモは薄暗い洞窟の中を賑やかに走り抜けて行った。




 ーつづくー


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 すみません、やっと最新話書き上がりました。いつも3000文字から4000文字程度で書き上げようと努力しているのですが、今回は上手く途中で切れなくて6000文字を越えてしまいました。

長すぎて読みにくいですかね。


 視点もシスターモモ、センセイ、ガーランドと各自の行動や考え、気持ちを織り混ぜているため読みにくくなってないか心配しながら書きました。


最近一気に読んでくれる方がふえて来たのでなるべく頑張って少しでも喜んで頂ける作品になればいいなぁと思っております。


 これからも御贔屓にして頂けると嬉しいです。宜しくお願いいたします。


 闇次 郎

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