第45話 手なずけられし者。

『なんて事するニャ、人間!! 一瞬死にかけて、天国のお祖父様に会ったニャ』


 電撃で少しちぢれた毛を逆立てて、『フゥーッ!』と唸り声を上げクロウド卿は威嚇行動を取った。


 シスターモモは油断せぬ様に電磁警棒ビリビリをクロウド卿に向けるとスイッチを押す。バチッと嫌な音を立てて先端部分で火花が散ると彼はあからさまに身を引いて怯えた様子を見せている。


『や、やめるニャ、人間。ビリビリは嫌にゃ。我輩はケットシー……妖精族の猫妖精にゃ、魔物じゃないニャ! 落ち着くにゃ、とりあえず落ち着くニャ……』


 シスターモモは必死に落ち着かせようというクロウド卿の態度がちょっと可愛くて、少しだけ警戒を解いた。だが、構えは崩さず電磁警棒を右手一本で持つと、空いている左手でカバンの中から先ほど食べた残りのパンケーキを取り出しパクリとやる。


「ンーッッ、おいひー! ああ、幸せ……」


 電磁警棒はクロウド卿に向けたまま、あえて目をとろんとさせ恍惚とした表情を見せ付ける。


『ななな、何にゃそれは!? 甘い……甘い香りがするニャ。食べ物か……それは食べ物にゃのか? よこすニャ、我輩にもそれをよこすニャ!!』


 クロウド卿は電磁警棒の届く範囲内には近付いて来ないが、視線はパンケーキに釘付けだ。シスターモモがパンケーキを持った手を右へ左へ動かすとそれに合わせて頭を右往左往させている。


 その姿があまりにも可愛らしくパンケーキを分けてあげる事にした。電磁警棒を置くと食べかけのパンケーキを少しちぎってクロウド卿に差し出した。


「はい、どうぞ」


 彼はゆっくりと間合いを詰めると、彼女の差し出したパンケーキと彼女の顔を交互に見比べた。何度も、何度も……警戒解かぬようにゆっくりと近づく。


 鼻をピクピクと動かすと漂う甘い香りに目を輝かせた。その瞬間……!


『ネコパンチにゃ!』


 一気に間合いを詰めたクロウド卿は、シスターモモの右手に素早くネコパンチを入れるとはずみで落ちたパンケーキをくわえて一気に距離を取る。


「痛ったーい……」


『人間からほどこしは受けないニャ! これは落ちてたのを拾ったのだから我輩の物ニャ。 だからほどこしじゃないニャ。もう返さないニャ!!』


 そう宣言するとポイっと口に放り込む。


『ふにゃあぁぁ、何にゃコレは。甘いニャ、凄く甘いニャ。おいひーのにゃ。今まで味わった事のない味なのにゃー』


「でしょ、でしょ!」


 口一杯に含んだパンケーキを咀嚼しながら目を輝かせるクロウド卿に、シスターモモは同志を得たとばかりに 賛同を求めた。


 そして食べかけのパンケーキをまたちぎると『もう一つどう?』と言ってクロウド卿に差し出した。彼は先ほどと同じようにパンケーキとシスターモモの顔を交互に見ると警戒する様に彼女の顔をのぞき込んだ。


『いいニャか?』


「もちろん!」


 満面の笑みで差し出されたシスターモモの右手にもう一度ネコパンチをかますと、落としたパンケーキを拾って口に含んだ。


 少しだけ警戒を解いてくれたのか、先ほどとは違い今度は拾った場所から距離を取る事なく、その場で美味しそうに咀嚼している。チラチラとこちらの様子をうかがっているさまがとても可愛らしい。


 シスターモモはウエストポーチからペットボトルを取り出し、キャップに水を注ぐとクロウド卿の近くへと置いた。


「お水飲む?」


『頂くニャ。お前気が利くニャ、人間』


「人間じゃないよモモだよ、私の名前。みんなはシスターモモって呼ぶわ、にゃんこセンセイ」


『誰がにゃんこセンセイにゃ! 我輩はセンセイルド・クロウドギアス……高潔なる猫妖精ケットシーの貴……族……にゃ……』


 不意討ちで喉を撫でられてしまったクロウド卿は、ゴロゴロと喉を鳴らし『ニャーン』と鳴いてしまう。


「にゃんこセンセイ可愛いね」


『だからにゃんこセンセイじゃないニャー。クローど卿ニャと……ややや、やめるニャ、そこはダメニャ!!』


「くっ、ニャーン殺せ!


 首すじから頭、胸……腹へとモフられたクロウド卿は情けない声をあげて、すっかり腹を上に向けての服従のポーズとなってしまっていた。


『しくしく……ひどいニャ、我輩汚されてしまったニャ。貴族としての誇りもボロ雑巾ニャ。聖なる白きフサフサを人間ごときに良い様に持て遊ばれるとは!』


 言葉とは裏腹に腹を上にしてモフられているクロウド卿の顔は、目を閉じてかなり気持ちが良さそうに見えた。


 クロウド卿の毛並みをモフモフして堪能したモモは肩かけカバンからパンケーキをもう1つ取り出した。パンっと袋を破くと中身を取り出してクロウド卿の目の前に笑顔で差し出してみる。


「取らないからゆっくり食べていいんだよ、にゃんこセンセイ」


 服従のポーズのまま差し出されたパンケーキ受け取ったクロウド卿はシスターモモの顔をじっと見つめる。


『お前は変な人間ニャ。他人ヒトの話しは聞かないし、他人の話を聞かないニャ。そして更に我輩の話も聞かないニャ。だが、そんなに悪い人間では無さそうニャ』


 シスターモモのモフりから解放されたクロウド卿はあぐらでもかく様にちょこんと器用に座ると、両手でパンケーキを押さえる様にして抱え込み嬉しそうにかぶりついた。


 シスターモモはその微笑ましい光景を見ながらようやく本題に入る事を決意した。


「にゃんこセンセイはここで何をしてらっしゃるのですか? ここは何なんでしょうか?」


 クロウド卿はチラリとシスターモモの顔を見ると小さなため息をついて諦めの表情で語り出した。


『ここは牢獄ニャ。洞窟に迷い込んだ者たちや、捕まえて来た捕虜を入れとく所ニャ。我輩は巨大蟻キラーアント小鬼ゴブリン共に拐われた同胞達を助けに来たニャ』


 シスターモモは暗闇に慣れてきた目で洞窟内をぐるりと見渡したが自分達以外誰もいる気配はない。『私とセンセイ以外いないみたいだけど』と尋ねると、パンケーキを食べる手を止めてうつむいてしまった。


『連れて行かれたニャ』


「えっ?」


『人間と獣人がいたニャ。でも小鬼と豚鬼に連れていかれたニャ』


 クロウド卿は、先ほどまで『しゃべるか食べるか、どちらかにしなさい!』と怒られかねない程の勢いでかぶり付いていたパンケーキの食べる手を止め、うなだれてしまった。


『我輩隠れてたニャ……みんなが連れて行かれた時、怖くて影に潜んで隠れてたニャ。隠れて見てたのニャ』


 うつむいたクロウド卿の目には大粒の涙がにじんでいた。


『我輩は弱いニャ……誰も助けられないニャ。怖くて隠れてるだけだったニャ』


 青と金色からなる虹彩異色オッドアイの瞳からこぼれ落ちる雫は、足元の地面だけでなくシスターモモの心までも濡らしていた。


『我輩が村を出る時、連れ去られた仲間は諦めろと言われたニャ。助けに行こうなんて無謀にゃと言われたニャ。』


 クロウド卿はポロポロとこぼれる涙を溜め込んでいる二つの瞳でまっすぐに彼女を見た。


『我輩のように弱き者は、全てを諦めるしかないニャか? 仲間を助けたいと思ったらダメニャのか、人間?』


「そんな事ない、そんな事ないよにゃんこセンセイ……」


 シスターモモはクロウド卿をだき抱えると優しく頭をなでた。


 私だって強くない。ビート様が現れるまで何も出来なかった。無力で、祈る事しか出来なかった。そんな私を……私の村を彼は救ってくれた。ここまでビート様に付いてきたのも、ただ好きだからだけじゃない。弱い私でも何か……何かしらお役に立てる事が出来ないかと思ったからだ。


 ミレイさんのように綺麗じゃない、サクラちゃんのように強くない、エルム様のように精霊力も使えない。でも、それでも私はビート様に付いて来た。


 どんな形でも役に立ちたい、私だって勇者パーティーの一員なんだ!!


 だから……


「私も弱いよ、だけど……大した力は無くても私は誰かの力になりたいの! だから私がセンセイの力になるよ。一緒に仲間を助けに行こう!」


『本気ニャか?』


 腕の中からびっくりしたように真っ直ぐシスターモモの顔を見上げるにゃんこセンセイを、ギュギュッと抱き締めると胸の内の決意を言葉にした。


「うん、だから一緒に頑張ろう!」


『わかったニャ、わかったニャから放すニャ。痛い、痛いニャ。折れるニャ、骨が、骨が━━ニャ━━ッ!!!』


 あわててセンセイを解放したシスターモモは『ごめんね、ごめんね』と平謝りだ。


「本当にごめんなさい。力加減間違えるなんて……私、昔から不器用だから」


『不器用とかそんなレベルじゃないニャ。骨がミシミシいったニャ。死んだお祖父様に1日で二度も会っちゃうとこだったニャ』


 先ほどまでとは違う種類の涙を目に貯めたセンセイは大声で猛烈に抗議しまくった。ひとしきり大声を出して落ち着いたのかジト目でシスターモモをねめつけるとボソリと呟いた。


『お前、混じってるんじゃニャいか?』


「まじってる?」


『もうどうでもいいニャ。気を付けるニャ。敵よりも先に我輩を殺すのだけはやめて欲しいニャ。』


「ごめんなさーい……ん?」


 シスターモモはセンセイと念話で会話しているのだが、実際には独り言を言っているモモとニャーニャー言ってるだけの声が洞窟内には響いていた。ところが二人の会話に混じってギチギチという金属が擦れ合う様な音が微かに聞こえてきたのだ。


「センセイこの音……」


『奴らが来たニャ!! あれは小鬼共が岩扉を開けてる音ニャ。奴らが入って来る前に戦う準備をするニャ!』


 センセイの指示でシスターモモは肩からカバンをたすき掛けし、LEDランタンと電磁警棒を手に取った。

 センセイはと言うと自分の足下の地面から何かを取り出している。そこから手袋とブーツを出すと器用に身に付けた。更に腰にベルト巻いてショートレイピアを差すと、首に腰丈くらいの短めのマントを羽織る。最後に羽根つきのテンガロンハットを深めにかぶり、斜に構えて決めポーズを取った。


『今度こそ、小鬼共をぶっ飛ばしてやるニャ、行くぞ人間!』


 全体的な印象は闇に紛れ易い様に深く濃い黒を基調にしているが、帽子の白い羽根とマントの裏地の赤がピンポイントとなって全体をキュートに引き締めている。


「にゃんこセンセイ、格好可愛いい!」


『何度言えば分かるニャ。我輩はにゃんこじゃないニャ、可愛いくも無いニャ!!』


 ツンと顔を反らして怒った様な振りをしているセンセイだが、格好いいと言われて嬉しかったのか若干念話の声がうわずっているようだった。


『油断するニャ、人間。奴らが来るぞニャ』


 センセイの向いている方向の大きな岩がズルズルと動いていた。緊張でつばを飲み込むシスターモモの目の前でどす黒い闇がゆっくりと口を開けて行く。


 闇の奥から現れたのは三体の小鬼ゴブリンと鋼の鎧を装備した巨漢の豚鬼戦士オークソルジャーだった。





 ーつづくー

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